第10話 8.楽しんで
事態の全容が明らかになったのは、騒動から半日ほど経った頃だった。
NASAが緊急記者会見を開き、公式声明を発表したのである。
会見によれば、問題となったのは地球低軌道上を周回していた観測衛星の一基だった。
本来であれば軌道維持システムによって安定運用されていたはずだったが、何者かによる不正アクセスを受け、姿勢制御プログラムが改ざんされていたことが判明した。
その結果、衛星は軌道を逸脱。
大気圏への再突入コースへ移行していたという。
さらに解析の結果、衛星の落下予測地点は日本列島沿岸部――青崎市周辺と推定されていた。
会見では「前例のない規模のサイバー攻撃」と説明され、各国の宇宙機関や関係機関による合同調査が開始されたことも発表された。
一方で。
最も大きな話題となったのは、その後だった。
衛星は確かに大気圏へ再突入した。
しかし、本来観測されるはずの大規模な落下被害は一切発生していない。
レーダー記録には無数の破片が確認されていたにもかかわらず、それらは青崎市上空で消失したとされていた。
原因は不明。
各機関の調査でも説明のつかない現象として扱われている。
ネット上では様々な憶測が飛び交った。
迎撃ミサイル、新型兵器の実験
隕石の誤認と。
専門家による議論も連日続いていた。
だが、青崎市の人々だけは知っている。
あの日。
空を覆う無数の光と。
街を守るように広がった巨大な障壁を。
そして――
空へ飛び立っていった一つの光。
もちろん、その正体を知る者はごくわずかだった。
「……軌道を外れたのは、米軍の衛星か」
男は手元のタブレットを指で滑らせながら
資料に目を通していた。
黒いスーツに角刈り、岩のような肩幅。
一見すれば軍人にも見える大柄な男の眼差しには、関心と警戒が同居している。
富谷雄二、第三開発機構の代表にして、アイアンガールのパワードスーツの開発とサポートにも関わる人物の一人だった。
「解析結果では、システムそのものの故障ではない」
画面に表示された報告書へ視線を落としたまま続ける。
「外部からの侵入による遠隔操作だ」
『はい。米軍側も同様の見解です』
耳元のインカムから秘書の声が返ってくる。
雄二は小さく鼻を鳴らした。
「特に問題なのは対象だな」
タブレットを操作し、別の資料を表示する。
「米軍の軍事衛星にはコードZ級のセキュリティブロックが導入されている」
『最高機密レベルですね』
「ああ」
雄二は頷いた。
「国家規模のサイバー攻撃すら想定して構築された防壁だ。普通のハッカーどころか、一流の技術者でも突破は困難だろう」
その時。
インカム越しに新たな報告が入る。
『騒動後に保護した男子生徒の精密検査結果です』
雄二の表情が僅かに変わった。
『脳組織に異常な活性化反応が確認されました。短期間で知能指数が急上昇した可能性があります』
「……やはりか」
社長室の空気が静まり返る。
『影喰による影響と考えられます』
雄二は窓際へ歩み寄った。
巨大なガラス窓の向こうには、ニューヨークの摩天楼が広がっている。
夕陽を浴びた高層ビル群が赤く染まっていた。
「影喰は身体能力だけじゃない」
低い声が漏れる。
「脳そのものを強化できる」
雄二の視線が鋭くなる。
「もし今回のような人間が一人ではなく、複数現れたらどうなる?」
『……』
秘書は答えない。
いや、答えられないのだ。
「世界中の軍事ネットワーク、金融システム、発電所、通信網。コードZ級の防壁ですら突破できる頭脳が複数存在した場合――」
そこで言葉を切った。
「この世界のファイアウォールは、ただの紙切れになる」
重い沈黙が流れる。
やがて秘書が静かに尋ねた。
『連中は……まだ本気ではないと?』
雄二は窓の向こうに広がるニューヨークの街並みを見つめた。
無数の光に無数の人々。
守るべき世界。
「……だろうな」
その声は低かった。
だが確信に満ちている。
「今回の件は警告だ」
雄二は静かに言った。
「アレクザールは、まだ手札の一枚を見せただけに過ぎない」
そう呟くと、タブレットの画面を指でスワイプする。
表示された資料が切り替わった。
映し出されたのは、
数日前に青崎市で発生した騒動の記録だった。
高校のグラウンド、空を覆う光。
そして――戦う三人の少女。
掲載されている写真はいずれも遠距離から撮影されたものらしく、画質は決して良くない。
それでも
白いドレスを翻し空へ飛び立つ少女の姿と、
巨大な光の障壁を展開する青いドレスの少女の勇士と、
無数の光線で空を撃ち抜く黒いドレスに少女の戦う様子が
その姿がはっきりと写っていた。
騒動直後、現場にいた来場者や報道関係者が撮影した画像の一部がメディアへ提供され、ネットニュースやSNS上で拡散されているのだ。
もちろん、正体までは判明していない。
だが、人々は確かに目撃していた。
青崎市を襲った未曾有の危機と、
それに立ち向かった三つの光、三人の少女たちの姿を。
「だからこそ――」
雄二の視線が写真の中の三人へ向けられる。
「光核の能力を持つ、彼女たち―アイアンガールの力が必要になる」
その言葉には期待だけではない。
来たるべき戦いへの覚悟も込められていた。
窓の外では、ニューヨークの街が静かに輝いている。雄二は高層ビル群の向こうへ視線を向けた。
(……皮肉なものだな)
静かに目を細める。
(自分の娘を――冷を戦場へ送り出している)
父親として失格だ。
そう言われても否定はできない。
危険な戦いに身を投じる娘を止めるどころか、その力を必要としている。
守るべき側の人間が、守られる側に頼っているのだから。
(改めて考えると、最低な父親だ……)
自嘲気味に口元を歪める。
やがて耳元のインカムへ手を伸ばし、通信を終了した。
室内に静寂が戻る。
雄二は小さく息を吐くと、
スーツの内ポケットから加熱式たばこの本体を取り出した。
慣れた手つきで専用スティックを差し込み、電源を入れる。
小さな振動が指先へ伝わった。
準備完了を示すランプが点灯し、雄二はそれを口元へ運び、ゆっくりと一服吸い込んだ。
白い蒸気が肺を満たす。
そして静かに吐き出された煙は、
窓から差し込む夕陽の中へ溶けていった。
「……オレは結局、お前との”約束”を守れてないな」
雄二はゆっくりと煙を吐き出した。
「なぁ、咲」
夕陽に染まるニューヨークの街並みを見つめる。
「お前なら、あいつを止めたか?」
返事はない。
白い煙だけが静かに揺れる。
誰もいない社長室で。
雄二はただ黙って、遠い日本の空を思い浮かべていた。
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騒動から一週間半後。
「おー! やってるね!」
華は校門の前で両手を腰に当て、校舎を見上げた。
屋上からは各クラスが手作りした横断幕が風にはためいている。
校門の先へ続く一本道には屋台がずらりと並び、焼きそばやフランクフルトの香りが漂っていた。
休日の文化祭とあって、一般来場者の姿も多い。
大勢の人々で賑わう光景は、まるで小さなお祭りのようだった。
「あっ! りんご飴!」
華の目が輝く。
「こっちはベビーカステラもあるよ!」
今にも駆け出しそうな勢いで指を差す華に、
「その前に行くところがあるでしょ」
冷は首根っこを掴んで動きを止める。
「そうよ。まずは約束したところに顔を出してからだわ」
麦も呆れたように肩をすくめる。
「あーん! 私のご飯ー!」
華は大げさに両手を伸ばしながら抗議する。
だが、彼女の首根っこを掴み引きずりながら、冷と麦は容赦なく校門をくぐった。
三人は中庭を抜け、グラウンドへ出る。
中央の観客席はすでに満席に近く、多くの来場者で埋め尽くされていた。
照明器具や道具が置いてあるグラウンド脇を通り抜け、
三人はステージ裏へ向かう。
その時だった。
「……っ!」
最初に気づいたのは巴だった。
本番を前に小道具の確認をしていた彼女の動きが、ぴたりと止まる。目を見開き、信じられないものを見るように三人を見つめた。
そして次の瞬間。
ぱっと表情が明るくなる。
「……あっ!」
思わず声が漏れた。
「華さん! 冷さん! 麦さん!」
巴は勢いよく駆け出した。
興奮のあまり足取りは少しおぼつかない。
それでも構わず、真っ直ぐ三人の元へ向かってくる。
「やっほー! 見に来たよ!」
華が大きく手を振る。
その姿を見た巴の頬が緩んだ。
「来てくれたんですね!」
弾んだ声が返ってくる。
数種間前まで共に準備を進め、文化祭当日には命まで救われた。
そんな三人が見に来てくれたことが、純粋に嬉しかった。
巴の瞳は期待と喜びに輝いていた。
すると巴の反応に気づいた他のA組の女子生徒たちも手を止める。
「えっ?」
「うそっ!」
「ほんとだ!」
一人が声を上げたのをきっかけに、次々と視線が集まった。
そして。
「華さんだー!」
「冷さんもいる!」
「麦さんまで!」
女子生徒たちは嬉しそうな声を上げながら、
ろぞろと三人の元へ駆け寄ってくる。
「見に来てくれたんですか?!」
「もちろん!」
華は胸を張った。
「約束したじゃん! 本番見に来るって!」
「うれしい~!」
「やばい、めっちゃ緊張してたのに元気出た!」
「華さん達いるなら失敗しても何とかなる気がする!」
「そうはならないかも」
冷が即座に突っ込む。
女子生徒たちから笑い声が上がった。
「でも本当に来てくれたんですね」
「来るに決まってるじゃない」
麦が微笑む。
「ここまで頑張ってるの見てたんだから」
その言葉に、
何人かの女子生徒が照れくさそうに顔を見合わせた。
「そういえば!」
一人の女子生徒が華を指差す。
「テレビ見ましたよ!」
「見た見た!今日もやってたよね!」
「ネットニュースも!」
「すごかったです!今でもSNSでバズりまくり!」
「ほえ?」
華は首を傾げる。
「何の話?」
「何の話って、あの流星群です!」
「あの日の夜、全国ニュースになってたじゃないですか!」
「あー!」
華はぽんっと手を叩いた。
「きれいだったよね!」
「絶対そこじゃない」
再び冷が突っ込む。
また笑いが起きた。
先ほどまで張り詰めていた空気が、少しずつ和らいでいく。
本番前の緊張は消えていない。
それでも。
三人が来てくれたことは、彼女たちにとって何より心強かった。
「……あの」
巴が少し遠慮がちに口を開く。
どこか様子をうかがうような眼差しで、華たちを見つめていた。
「事件のあと、ちゃんとお話しする時間がなかったので聞けなかったんですけど……」
一度言葉を切る。
「華さんたちが、アイアンガール……だったんですね」
「……たっはー!」
華は頭の後ろで手を組んだ。
「まぁ~、あれだけ間近で見られちゃったら隠せないよねーとは思ってたけどさ!」
「そうだね」
隣の冷が苦笑する。
「わたしたちがアイアンガールだよ」
「今までニュースになっていた怪物の事件も……全部?」
巴は慎重に尋ねた。
「そうよ」
麦が頷く。
「正確には、私は途中からだけどね」
その返答に、周囲で聞いていた女子生徒たちから
小さなどよめきが起こる。
やはり本当だったのだ。
驚きと納得が入り混じった空気が広がっていく。
「……びっくりしました」
巴は少し照れくさそうに笑った。
「でも同時に、勇気ももらったんです」
その言葉に、華たちは静かに耳を傾ける。
「私たち、今までずっと新井田先生に引っ張ってもらっていました」
巴はグラウンドへ視線を向けた。
準備を続ける生徒たちの姿が見える。
「だから急にいなくなって……正直、不安だったんです。自分たちだけで本当にやっていけるのかなって」
少しだけ俯く。
だが、すぐに顔を上げた。
「でも」
その瞳には、迷いはなかった。
「華さんたちの戦いを間近で見て――」
巴はまっすぐ華を見る。
「あんなに怖い相手に立ち向かって、それでも誰かを守ろうとしている姿を見て……」
巴は言葉を続ける。
「私たちも頑張らなきゃって思えたんです」
真剣で。
けれど、どこか吹っ切れたような表情だった。
「先生がいなくても、私たちは前に進める」
一度、後ろにいるクラスメイトたちを振り返る。
皆が同じように頷いていた。
「……ううん」
巴は小さく首を振った。
そして、はっきりと。
「私たちは、自分たちの力で前に進むんだって思えたんです」
その言葉に。
華は少しだけ目を丸くした。
「……いいじゃん!」
にかっと笑う。
太陽みたいな笑顔だった。
後ろでは女子生徒たちも顔を見合わせながら笑っている。
不安そうだった表情は、もうどこにもなかった。
華は満足そうに頷くと、両手を腰に当てた。
「よぉぉぉぉーし!」
その声に、周囲の視線が集まる。
「今日はみんなの晴れ舞台なんだから!」
元気いっぱいに叫びながら、勢いよく親指を立てた。
「思いっきり楽しんできて!」
そして――
「ファイトォォォーーーーーッ!!」
「「オォォォォォォォォォ!!」」
力強い返事がステージ裏に響き渡る。
その声には、もう迷いはなかった。
先生に支えられていた少女たちは、いつの間にか自分の足で立ち上がっていた。
巴たちは顔を見合わせて笑うと、
一斉にステージへ向かって駆け出していく。
本番を待つ舞台。
仲間たちと作り上げた、たった文化祭へ。
その背中を見送りながら、華は小さく目を細めた。
少し前まで不安そうに俯いていた少女たち。
けれど今は違う。
前だけを見て走っている。
その背中は、ほんの少しだけ大きく見えた。
「いいなぁ…」
華はそんな彼女たちの姿に、どこか誇らしげに微笑む。
文化祭は、まだこれからだ。
けれど――
彼女たちの一歩は、もう確かに未来へ向かって踏み出されていた。
―最後まで読んでいただきありがとうございました!次回もお楽しみお待ちください!




