第10話 6.空からの追撃者
「グギギギギ……!!」
瓦礫が崩れる。
粉塵の中から、影喰がゆらりと立ち上がった。
身体へ乗った破片を払い落としながら、三つの首が華を睨みつける。
「貴様らが……噂のアイアンガールかァ!!」
殺気の籠った咆哮。
だが、華は一歩も引かない。
「私は――!」
右拳を突き出し、真正面から叫び返す。
「お前をぶん殴りに来た女だ!!」
力強い声がグラウンドへ響き渡った。
そして華は、ちらりと隣を見る。
そこには、まだ呆然としている巴の姿。
「離れないで!」
華はにかっと笑った。
「あと、これ秘密だから!」
「……あっ」
その声で、巴はようやく我に返った。
ぶんぶんと頭を振り、慌てて頷く。
「は、はい!!」
元気よく返事をする巴に、華はニヤッと笑った。
そして。
「冷! 麦!みんなに被害が行かないようにサポートお願い!」
華が叫ぶ瞬間、
耳元へ小さな半透明のサークルが展開した。
淡く発光する円環、表面には英字の波形データが流れている。
『まかせて』
冷の落ち着いた声。
続いて。
『存分にやっていいわよ!』
麦の軽快な返答が響く。
通信が終わると同時に、耳元のサークルは粒子となって消滅した。
それはキャロライナが追加した、新型支援機能。
装着者の思考へ反応し、瞬時に通信・補助機能を展開するシステムだった。
「やはり……!」
影喰が低く唸る。
三つの首が、華を睨みつけた。
「あのお方の言う通りだ!貴様たちは必ず邪魔をしに来るッ!!」
「……あのお方。アレクザールのことか!」
華が叫び返す。
「あぁ、そうだァ!!」
影喰の口元が、ぐにゃりと歪む。
「頂いたこの力で――俺は復讐を果たす!!」
憎悪に染まった叫び。
直後、影喰は、両肩と脇腹から生えた四本の湾曲刃へ触れた。
――ギギギギギッ!!
刃が変形を始める。
捻じれ、噛み合い。
四枚の刃が、一つへ融合していく。
やがて現れたのは、巨大な十字型の刃だった。
「グゥゥゥ……!!」
影喰はそれを片手で握り締める。
胸を大きく反らし、全身を弓のようにしならせた。
次の瞬間。
――ダンッ!!
地面を踏み砕く。
同時に巨大な十字刃が、手裏剣のような回転を伴って射出された。
「……っ!」
華は咄嗟に後ろを見る。
そこにあるのは文化祭のために作られた巨大な特設ステージ。
更に後ろには巴たちの校舎。
正面玄関へ飾られた、各クラスのスローガン幕。
今、この学校には。たくさんの人たちの想いが詰まっている。
「避けられない――!」
その瞬間。
――シュンッ!!
青い閃光が、華の前へ滑り込んだ。
「バリアブル――!」
水色の髪がふわりと舞う。
青いドレスを纏った麦が、華を守るように前へ出た。
「ディフェンス!!」
麦が右手を振る。
放たれた光の軌跡が、空中へ四角形を描いた。
次の瞬間。
――ゴォンッ!!
巨大な半透明の盾が形成される。
分厚く、重厚な光の障壁は地面に深く食い込む。
――ガギィィンッ!!
回転する十字刃が激突する。
耳を劈く金属音、火花が激しく散った。
十字刃は光の盾を削るように高速回転を続ける。
だが――。
「――ッ!!」
麦は一歩も引かなかった。
華奢な身体を前へ倒し、全体重を盾へ預ける。
歯を食いしばりながら押し返す。
そして。
――ガゴンッ!!
光の盾が十字刃を弾き飛ばした。
「なっ……!?」
影喰の三つの顔が歪む。
「耐えただと!? ダイヤモンドすら切り裂く刃だぞ!」
思わず一歩後ずさる。
その瞬間、弾き飛ばされた刃が真上へ舞い上がった。
――バァンッ!!
一筋の閃光が空を貫く。
刹那、十字刃は空中で粉々に砕け散った。無数の破片が、雨のようにグラウンドへ降り注ぐ。
影喰は目を見開いた。
そして、弾丸が飛来した方向を睨む。
「一つ」
静かな声。
ステージ上、巨大なライフルを構えた冷が、スコープ越しに影喰を見据えていた。
金色の髪が風に揺れる。
射撃の反動で、黒いドレスの裾がゆっくりと翻る。
冷の瞳は既に、次の標的を捉えていた。
「チッ……! こうなれば――」
「どうするんだ?」
影喰の背筋が凍った。
気配はなかった。
本当に、何の前触れもなく。
気づいた時には、目の前に華が立っていた。
逆光。
太陽を背にしたその姿は、顔が影に沈んでいる。
だが黄金色の瞳だけが鋭く輝いていた。
既に拳は構えられている。
影喰が反応するより早く、拳が突き出された。
「怪力拳ッ!!」
――ゴンッ!!
鈍い衝撃音。
視界が弾け飛ぶ。
認識した時には、影喰の身体は砲弾のように吹き飛んでいた。
フェンスを突き破り、岸壁を砕く。
砂浜へ深い溝を刻む。
さらに海面を切り裂き――百メートル先の防波堤へ激突した。
――ドォォォンッ!!
轟音と共に、コンクリート片が空へ舞い上がった。
「……凄い」
目を丸くした華は、ゆっくりと引いた拳を見つめる。
今までと感触が違う。
確かに殴った。
だが、それ以上に。
体の奥から力が溢れてくるような感覚があった。
『目的は能力の底上げだからネ』
耳元に半透明のサークルが展開する。
淡く発光する円環、表面には英字の波形データが流れていた。
「キャロちゃん!」
『イェス!今までのスーツは隠密行動や身体能力の補助が中心だったネ!』
キャロライナの元気な声が響く。
『筋力を電気刺激で補助したり、光学迷彩を使ったり。どちらかと言えばサポート特化だったヨ!』
「うんうん!」
『でも今回は違うネ!』
キャロライナの声が少し誇らしげになる。
『能力の増幅と戦闘支援!リアルタイム解析!装着者との連動性向上!全部盛りネ!』
「おぉー!」
華の目が輝いた。
『他にも色々追加してるヨ!例えば――』
その時だった。
「ダァッハハハハハハハハハハッ!!」
野太い笑い声が響く。
海を越え、対岸の防波堤から反響してきた。
華の表情が変わる。
「!」
即座に振り返り、拳を構えた。
巴たちの様子を見守っていた冷と麦も、同時に視線を向ける。
防波堤の上に
立ち上る粉塵の中に、黒い影が立っていた。
「これで俺の役目は終わったァ……」
影喰だった。
顔面は砕け、胸部も大きく陥没している。
それでも、不気味なほどに三つの首は笑っていた。
「もうじき……ここは更地になる!」
影喰が右腕を高く掲げる。
「全員仲良く――あの世行きだァ!!」
咆哮が響く。
その直後、ボロリ、と掲げた腕が崩れ落ちた。
黒い砂となって風に散る。
続いて肩や胸。
首が、全身が音もなく崩壊していく。
胸に埋め込まれていた黒紫の水晶も、ひび割れながら光を失った。
――パリン。
乾いた音を立てて砕け散る。
そして。
崩れ落ちる砂の中から、一人の男子生徒が現れた。
伊達眼鏡をかけた小柄な少年。
意識を失ったまま、防波堤の上へ倒れ込む。
「……どういう意味?」
冷が眉をひそめた。
ライフルを杖代わりにしながら、海の向こうを見据える。
敵は消えた。
だが、最後の言葉だけが、胸の奥へ嫌な重さを残していた。
――もうじきここは更地になる――。
言葉の意味を理解できる者は、
まだ誰もいなかった。
その時だった。
『ハルちゃん!聞こえる?!』
開いたままになっていた通信回線から、キャロライナの焦った声が飛び込んでくる。
先ほどまでの余裕ある口調とは明らかに違った。
「うん、聞こえる!どうしたの?」
『今、第三開発機構から特別回線で連絡が入ったヨ!かなりマズイことになったネ!』
「マズイこと?」
華が眉をひそめる。
『NASAと国際軌道監視ネットワークが緊急警報を出したヨ!』
キャロライナの声が続く。
『低軌道上を周回していた大型通信衛星が、数分前から姿勢制御を喪失。軌道修正スラスターも応答してないネ!』
「……?」
華は半分も理解できていない顔をした。
代わりに、
冷と麦の表情が変わる。
『簡単に言うと――』
キャロライナは一拍置いた。
『衛星が落ちてくるヨ!』
空気が止まった。
『現在の解析では高度約四百八十キロメートルから急速降下中。軌道離脱が始まっていて、地球重力に捕捉されているネ』
冷の顔色が変わる。
「再突入……?」
『イエス』
キャロライナは即答した。
『しかも問題はサイズネ』
通信の向こうでキーボードを叩く音が響く。
『全長三十メートル級。重量約二百トン。大型太陽電池パネル搭載型の通信衛星ヨ』
「二百トン……」
麦が息を呑む。
『通常なら大気圏突入である程度燃え尽きるネ』
キャロライナの声が低くなる。
『でも今回は違うヨ』
キーボドを叩き確認する音が通信越しに聞こえてくる。
『再突入シミュレーションの結果、主要構造体が燃え残る可能性が高いネ』
「落下予測地点は?」
冷が即座に尋ねた。
数秒の沈黙、キャロライナが答える。
『現在の誤差範囲は半径七キロ』
誰も言葉を発しない。
『予測中心地点――青崎水産高校』
その瞬間。
華たちの表情が凍りついた。
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