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第10話 5.螺旋の拳

「え!?」


冷が目を見開く。


「じゃあ、あれが……!」


――ガギィンッ!!


突然。ステージ上に立てられていたマイクスタンドの根元が、

何かに叩き切られた。


弾け飛んだマイクが、宙で何度も回転。

そして、中央通路を歩いていた男子生徒の手へ、吸い込まれるように収まった。


観客席がざわめく中、男子生徒は、

まるでミュージシャンのようなポーズでマイクを構えた。


「ハァ!!」


喉の奥から、異様にテンションの高い声を張り上げる。


キィィィィン――!!


左右の巨大スピーカーが、耳を裂くようなハウリング音を響かせた。

観客たちが思わず耳を塞ぐ。


「長い時間をかけてぇ!!」


男子生徒は、血走った目を見開く。


「あの憎たらしいカスが担当してたクラスが出てくるのを――ずっと待ってたァ!!」


――ビキッ!!


背中が裂ける。

制服を突き破り、湾曲した巨大な刃が飛び出した。


「きゃああああ!!」


観客席から悲鳴が上がる。

人々が席を立ち、パニックの波が一気に広がっていく。男子生徒は、その光景を恍惚とした顔で見渡した。


「この俺に辱めを与えた男――!」


刃が、ぎらりと光る。


「あの新井田とかいうクズが担任していたクラスの女どもを! 全員殺す!!」


口元が、狂ったように吊り上がる。


「それで俺の復讐劇は――閉幕だァ!!!」


――ブチッ。

男子生徒の背中が、内側から裂けた。


「がッ……!」


肉を突き破り、湾曲した巨大な刃が飛び出す。


一本、二本。

さらに両脇腹からも刃が生え、まるで身体へ無理やり固定されるように突き刺さっていく。

制服が裂け、皮膚が剥がれ落ちる。

その下から現れたのは、どす黒い体毛だった。


「いやぁぁぁぁ!!」


観客席から悲鳴が上がる。


男子生徒の身体は、もはや人間の形を保っていなかった。


胸部が大きく脈打つ。

その中心で黒紫の水晶が、鈍く不気味な光を放っていた。


――バキィッ!!


次の瞬間。

男子生徒の顔が、弾け飛ぶ。

砕けた肉片が宙へ散り、その断面から骨が伸び始めた。

ぐちゅ、ぐちゅ、と嫌な音を立てながら、

首が増殖していく。


一本。


二本。


三本。


生え揃った三つの首が、同時に観客席を見渡した。そこにはもう、人間の面影など残っていない。

大衆の目の前に現れたのは、異形の怪物だった。


「カッ……ハハハハハハハハハ!!」


影喰は、喉を震わせるような下卑た笑い声を響かせた。まるで、長年待ち望んでいた瞬間へ酔いしれるように。


三つの首が同時にステージ上を向く。


その視線は、巴を捉えた。


「おままごとは……ここまでだ」


低く唸るような声。


影喰は、右脚を大きく踏み込む。

ぐしゃり、と地面が沈んだ。


その瞬間。


「きゃああああ!!」

「逃げろ!!」


観客たちが悲鳴を上げ、一斉に逃げ始める。パニックが、一瞬でグラウンド全体へ広がっていった。

だが、影喰の視線は、巴たちから一切外れない。


「その綺麗な身体をバラバラに引き裂いて――!」


湾曲した刃が、ぎらりと光る。


「お前らの死体を、新井田へ送り付けてやるぜェ!!」


――ダンッ!!


地面を砕き、影喰が飛び出した。


凄まじい速度。

一直線に、ステージへ突っ込む。


――刹那。

影喰の顔面に、拳がめり込んでいた。


「――ッ!?」


認識した時には、既に食い込んでいた。


そう表現するしかない。

圧倒的な衝撃が、顔面から脳を揺らす。


次の瞬間。


――ドォンッ!!!


影喰の巨体が吹き飛んだ。

グラウンドを一直線に突き抜け、端のフェンスを破壊。そのまま浜へ叩きつけられ、水飛沫を上げながら海へ転がっていく。


「……え?」


巴は、呆然と顔を上げた。


土煙の向こう。


そこに立っていたのは――。

振り抜いた拳をゆっくり下ろす、華の姿だった。


「……えぇ?」


理解が追いつかない。

巴は目を丸くしたまま固まっている。


その時。

ステージ袖から、駆け寄ってくる足音。

振り向くと、冷と麦が女子生徒たちを守るように前へ出た。


「冷! 麦!」


華が叫ぶ。


「とっくだいの煙玉! お願い!」

「わかった!」

「おっけ!」


冷はポケットから、麦はシャツの内側から。それぞれ球体を三つずつ取り出した。


観客席へ二つ、ステージ裏へ二つ。

ステージ上へ一つ。

グラウンド端へ一つ。


迷いのない動きで投げ放つ。


――パンッ!!


着弾と同時に球体が破裂し、白煙が一気に噴き上がった。瞬く間に、グラウンド全体が濃密な煙幕に包まれていく。


「け、煙!?」


巴は咄嗟に口元を押さえた。

何が起きているのか理解できず、しかし本能的に周囲を見回す。


その時だった。


「……え?」


巴の視界に、不思議な光景が映る。


目の前に立つ華が、右手を前へ構えていた。

白い時計、そこから淡い光が漏れている。


華は何かを叫んでいた。

けれど、周囲の悲鳴やざわめきに掻き消され、巴には聞き取れない。


後ろでは、冷と麦も同じように叫んでいる。

ただ、クラスメイトたちの驚きの声だけが、妙にはっきり耳へ届いていた。


次の瞬間。


華の身体が、白い光に包まれる。

まるで巨大な繭のような球体が、その場に現れた。


そして――。


――パリンッ。


ガラスのような音を立て、白い球体が砕け散る。

光の破片が舞う中。


そこに立っていたのは――。


「――…あっ」


理解した瞬間だった。


――ドォンッ!!


海の方向で、巨大な水柱が上がる。殴り飛ばされていた影喰が、海から這い上がってきたのだ。

砂浜を蹴り、フェンスを破壊しながら突進してくる。

両肩と脇腹の湾曲刃が、さらに肥大化。


「グオォォォオオオッ!!」


一直線に、華へ襲い掛かる。


――ゴリッ。


鈍い音が響く。

それは骨が砕ける音。


気づいた時には影喰の腹部へ、拳が深々とめり込んでいた。

その腕を辿るように、巴は視線を上げる。


「……あっ、あ……!」


頭の大きなリボン。


白いドレス。


そして拳の風圧でふわりと舞う、

桃色の髪。


「……あ! あああっ!!」


巴は目を見開いたまま、言葉を失っていた。


その時。


「怪力――螺旋拳ッ!!」


華が拳を振り抜く。

捻りを加えた一撃が、影喰の腹部へ炸裂した。


――ドゴォォンッ!!!


衝撃が爆ぜる。

影喰の巨体は、独楽のように回転しながら吹き飛んだ。グラウンド端のフェンスを突き破り、そのまま岸壁へ激突。

轟音と共に、大量の粉塵が舞い上がる。


「……ふぅ!」


華は突き出した拳をゆっくり引き、

小さく息を吐いた。



その姿は、まるで本物のヒーローそのものだった。



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