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第10話 4.当日



「よぉおおおーし!!! できたー!!」


数日後。

文化祭前日の午後七時頃。

3年A組から、大きな歓声が上がった。

教室へ並べられているのは、完成した建物セット。ステージ裏で背景を動かすためのアーム。


そして――。

マネキンへ着せられた、色鮮やかな衣装たちだった。


女子生徒たちは完成した作品を見つめながら、

満足そうな笑みを浮かべている。

その顔や体操服には、飛び散ったペンキの跡。針で指を傷つけたのか、絆創膏や包帯を巻いている生徒もいる。


何日も必死に準備してきた証だった。


「間に合ったぁ……」


巴はその場へへたり込み、

肩の力が抜けたように息を吐く。


「めちゃくちゃ大変だったぁ……」


教室のあちこちから、

疲れ切った声と笑い声が漏れる。


けれどその表情は、誰もがどこか誇らしげだった。


「一時はどうなるかと思ったけど、なんとかなったわね」


生徒たちが喜ぶ横で、麦も笑みを浮かべる。

流石に疲れたのか、その顔には少しだけ疲労の色も見えていた。

最初は私服だった彼女も、途中から動きやすさを優先してジャージ姿で作業へ加わっている。


「前よりクオリティは上がったと思うよ」


冷は完成した建物セットや衣装を見回しながら、

確信を持った口調で言った。


「華の方はどうだったの?」

「ばっちり!」


にかっと笑い、華は親指を立てる。


「戦う動きは、アタシたちより華ちゃんの方が先輩だものね」

「適任だよね」


冷と麦が頷く。

すると華は、満面の笑みで続けた。


「オマケで首をへし折るやり方も教えといたよ!」

「…………」


華の明るい声に、冷と麦の動きが止まる。


(……それって必要?)

(演劇で使う技なのかしら……)


眉をひそめる二人の頭上へ、同時に「?」が浮かんだ。


「あ、あの!」


背後から声が飛ぶ。

振り向くと巴を先頭に、女子生徒たちがずらりと並んでいた。


全員、真剣な顔をしている。


「おぉ?!」


突然の圧に、華は思わず目を丸くした。

冷と麦もきょとんとしている。


巴は一歩前へ出る。

そして、深く頭を下げた。


「今日まで頑張ってこれたのは、華さん、冷さん、麦さんのおかげです……!」


ぎゅっと拳を握る。


「本当に……ほんとーーに! ありがとうございました!」


その瞬間。


女子生徒たちも一斉に頭を下げた。


「ありがとうございました!!」


揃った大きな声が、教室中へ響き渡る。

日が落ちたあとも廊下で作業していた他クラスの生徒たちが、何事かと振り向くほどの声量だった。


「な、なんか……改めて言われると照れるなぁ……!」


後頭部をぽりぽり掻きながら、華は少し顔を赤くする。その横で、華を微笑ましそうに見ていた冷は、巴たちへ視線を向けた。


「急に参加させてもらったけど、わたし達も楽しかったよ」

「うんうん、アタシも! 久しぶりに若返った感じだわ~」

「二十歳でしょ」


冷の鋭いツッコミに、女子生徒たちから驚きの声が上がる。


「えっ!? 麦さん二十歳なんですか!?」

「そうよー。現役JD!」


麦は得意げに胸を張った。


「じゃ、じゃあ……華さんと冷さんも……?」

「ううん。わたしと華は十六だよ」


その瞬間。

巴たちの空気が固まる。


「……え?」


数秒遅れて。


「年下!?」


教室中から驚きの声が爆発した。


「え、待って!?」

「華さん絶対年上だと思ってました!」

「冷さんとか先生側の人かと……!」


教室が一気にざわつく。


「えぇー? そう見える?」


華はきょとんと目を丸くした。


「見えますって!」

「というか落ち着き方が高校生じゃないんですよ!」

「あと力!」

「力?」

「建物セット片手で持ち上げてましたよね?!」

「あっ」


華は視線を逸らした。

間髪入れず、冷がすっと横へ入り込む。


「……鍛えてるからね」

「鍛えてるで説明つくかなぁ?!」


女子生徒たちの総ツッコミに、教室へ笑い声が広がった。


その空気の中。

巴はふと、完成した衣装の方へ視線を向ける。


「でも……ほんとによかった」


ぽつりと漏らした声は、さっきまでよりずっと柔らかかった。


「壊された時、正直もう無理だと思ってたんです」


教室が少し静かになる。

巴は続けた。


「でも華さんたちが、“もう一回作ろう”って言ってくれたから」


その言葉に、何人かの女子生徒も小さく頷く。


「あの時、めちゃくちゃ救われました」

「……うん」

「ちょっと泣きそうだったもん、私」

「えへへ」


照れたように笑う華は、鼻の下を指でこすった。


「だって、皆すごい頑張ってたからさ」


その声は、いつも通り明るい。


けれど。

だからこそ真っ直ぐだった。


「頑張ったものが壊されて、“はい終わり”なんて、やっぱ違う。そんな思い出、悲しいもん」


教室の空気が、少しだけ静かになる。

夕陽はもう落ち、窓の外には夜の色が広がり始めていた。


その中で。

完成したセットと衣装だけが、誇らしげに教室へ並んでいる。

巴はそれを見つめながら、小さく笑った。


「……絶対、成功させましょうね」


その言葉に。


「うん!」


華が真っ先に頷く。

続くように、冷と麦も笑みを浮かべた。


文化祭前夜。

3年A組の教室には、確かな熱が残っていた。





****************************





そして――。


文化祭当日がやってきた。

校門から正面玄関まで続く一本道には、ずらりと屋台が並んでいる。


焼きそばの香りに油の弾ける音、

そして呼び込みをする生徒たちの声。

学校全体が、いつもとは別世界のような熱気に包まれていた。


そんな中。


「……ねぇ」


人混みの中を歩いていた冷が、ふと足を止める。


「ん?」


隣の麦も視線を向けた。

冷が指差した先には、手作り感満載の看板。


そこへ大きく書かれていたのは――。



『プッチョリン』



「……あれ、アウトじゃない?」


冷は半目になる。


「どう見てもチャッ〇リンだよね?」


麦は少し目を細め、看板をじっと凝視した。

数秒後。


「……“プッチョリン”って書いてあるわね」


真顔で頷く。


「セーフよ」

「ほんとかなぁ……」


冷はなんとも言えない顔をした。

そのまま二人は、呼び込みを避けながら屋台通りを抜け、

グラウンドへ向かって歩き出す。


遠くでは、ステージ準備の音が賑やかに響いていた。


「補強用の養生テープと、ウィッグ固定用のマスキングテープ。なんとか間に合ったわね」

「この時間のコンビニ、意外と混んでて焦ったけどね」


話しながら、二人は満席になりつつあるグラウンドの端を歩く。

観客席から少し離れた場所。

暖簾代わりの黒幕をくぐり、舞台裏へ入った瞬間――。


二人の動きが止まった。


「……何してるの?」


冷は半目になる。

その視線の先では華が、妙に真剣な顔で片脚を高く上げ、

意味不明な姿勢を取っていた。


「え? なにって準備体操!」


元気よく振り向く。


だがそのポーズは、どう見ても準備体操ではなかった。


しかも。

その前には、劇へ出演する女子生徒たちがずらりと並んでいる。

全員、何の疑問も抱かず華と同じポーズで静止していた。


「はい! 次は“敵に捕まった時に関節を外して脱出する動き”!」

「「はいっ!!」」


冷は思わず額へ手を当てた。


「なんで徹底的に実戦形式なの……」

「あははは……」


隣で見ていた麦は、引きつった笑みを浮かべる。


その時だった。


「――2年A組の劇、まもなく終了しまーす! 3年A組は準備に取り掛かってくださーい!」


ステージへ繋がる奥の暖簾をくぐり、文化祭実行委員の生徒が顔を出す。

表情は真剣で、どこか緊張した声だった。


その瞬間。

巴と女子生徒たちの表情が、一斉に切り替わる。


「きた……!」

「うわ、マジで本番だ……!」

「小道具確認して!」

「衣装まだの人、急いで!」


さっきまでの和やかな空気が、一気に慌ただしさへ変わった。


女子生徒たちは、それぞれの持ち場へ散っていく。

衣装を抱えて走る者に、台本を最終確認する者、緊張で深呼吸を繰り返している者。


舞台裏は、本番直前特有の熱気に包まれていた。


そんな中、華は、そわそわしている巴たちへ歩み寄る。

そして一人ずつ軽く肩を叩いていった。


「大丈夫!」


にかっと笑う。


「自分を信じて!」


もう一人、肩を叩く。


「今までやってきたことを信じて!」



華の言葉は、不思議なくらい真っ直ぐだった。



だからこそ。

緊張で強張っていた女子生徒たちの表情が、少しずつ和らいでいく。

そして――。


「「はいっ!!」」


返ってきた声は、さっきまでよりずっと力強かったという。



――その時だった。


「おい……あれ、なんだ?」


外から聞こえてきた、困惑混じりの声。


華が反応し、ぱっと振り向く。

続いて冷と麦も異変に気づき、三人の視線が自然と交わった。


言葉はない。

それでも、互いに小さく頷き合う。


三人は暖簾をくぐり、ステージ裏から外へ出た。


周囲では、生徒や教師たちがざわついている。

外部から来ていた照明スタッフまでもが、作業の手を止め、一点を見つめていた。


その視線の先。

中央観客席を縦に貫く通路を、一人の男子生徒が歩いていた。


小柄な体格に伊達メガネ。

俯き気味の顔。


けれど――。

その足取りだけは異様にゆっくりで、妙な威圧感があった。


ざわつく観客の間を、

風を切るように真っ直ぐ歩いてくる。


「あの通路って……演劇やる人専用の通り道よね」


麦が目を細める。


その眼差しが、

徐々に警戒色へ染まっていった。


「――きた!!」


華の表情が変わる。


瞳孔が大きく開き、

空気を探るように顔を上げた。


「ピキーンってきた! アイツ、影喰だ!」


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