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第10話 2.準備期間


「……なるほど」


難しそうな顔で、冷は台本を読んでいた。

というより、“内容を確認している”という表現の方が近い。


その両脇から、華と麦も顔を覗き込み、

一緒に台本へ視線を落としている。


「……地球侵略を企むサイアークと、三人の謎の美少女アイアンガールによる友情と涙の舞台劇」


冷は淡々と文章を読み上げる。


「一日目、二日目ともに午後二時開演。場所は野外ステージ……なるほど、この教室は宣伝用なんだね」


ぱらり、と次のページをめくった。


「そうなんです!」


巴は嬉しそうに身を乗り出す。


「うちのクラス、ステージ担当で! 教室は展示と宣伝ブースみたいな感じですね!」

「へぇ……」


麦は感心したように教室の奥を見る。


そこでは女子生徒たちが、

色付きの布を広げ、慣れない手つきで必死に衣装を縫っていた。


「服は、自分たちで作ってるのかしら?」

「既製品だと丁度いいのがなくて!」


巴は力強く頷く。


「百均とかホームセンター回って、布を集めて、気合で作ってます!」

「気合なんだ……」


麦は少し苦笑した。

その時だった。


「あの糸、なに?」


華が、教室後方に置かれたマネキンを指差す。

三体並んだマネキンの頭には、ピンク、金、水色の糸が大量に垂れ下がっていた。


「あれは髪の毛ですね!」


巴は待ってましたと言わんばかりに答える。


「アイアンガールの皆さんって、ピンクと金髪と水色じゃないですか! そこも再現しようと思って!」

「なるほど」

「でも不思議なんですよねぇ……」


巴は顎へ手を当てる。

まるで真相を追う探偵のような顔だった。


「あんなボリュームある髪なのに、空飛びながら戦っても全然崩れてないじゃないですか」

「……」

「どうやってセットしてるんでしょう……」


その言葉に、

三人はちらりと互いに視線を合わせた。


「それに、アイアンガールの方々って普段なにしてるんでしょうね?」


巴は興味津々といった様子で続ける。


「あんな格好してたら、絶対目立つと思うんですけど……」

「う、うーん……」


麦は頬へ手を当て、なんとも言えない顔で唸った。

その時だった。


「いたっ」


小さな声が聞こえる。


麦がそちらへ目を向けると、教室後方で布を縫っていた女子生徒の一人が、指先を押さえながら顔をしかめていた。

どうやら針を刺してしまったらしい。


「大丈夫ー?」


周囲の友人たちが慌てて駆け寄る。


「慣れてないんですよね、みんな」


巴は苦笑しながら、クラスメイトたちへ視線を向けた。


「こういうの、ほとんど初めてで」


教室のあちこちでは、

布を切る音や、

段ボールを運ぶ声が飛び交っている。


「だから今、みんな手探りでやってます」

「手探りか……」


呟いた麦は、どこか遠い目で生徒たちを眺めていた。

やがて、ふらりと教室の後ろへ歩き出す。


「こんにちは」


麦は少し屈み、

両膝へ手を添えながら優しく声をかけた。


突然話しかけられた女子生徒たちは、

きょとんとした顔で視線を向ける。


「あ、こんにちは……」


戸惑いながらも、ぺこりと小さく頭を下げた。


麦は、先ほど針で指を刺してしまった女子生徒の手元を見る。

布の縫い目は少し曲がり、糸も途中で絡まっていた。


「よかったら、貸してもらえる?」

「……え? あ、はい」


女子生徒は不思議そうな顔をしながら、

持っていた布を麦へ手渡す。


受け取った麦は、その場へしゃがみ込んだ。細い指で針を摘み、絡まった糸をするすると解いていく。

無駄のない、慣れた手つきだった。


「わ……」


女子生徒の一人が、思わず小さく声を漏らした。


麦は糸を通し直すと、今度は布を縫い始める。


最初はゆっくり。

けれど、手の動きは徐々に速くなっていった。

その動きはまるで、布の上を針が滑るようだった。


「あ……」


周囲で作業していた別の女子生徒たちも、

いつの間にか手を止め、麦の指先へ視線を集めている。


そして――。


「こういう縫い方をしたかったのかなって、見てて思ったのだけど。どうかしら?」


麦は修正した部分を、そっと女子生徒たちへ見せた。


「わーっ! そうですそうです! これです!」


「すごっ……プロの方ですか!?」


「手の動き滑らか! びっくりしたー!」


「今の、もう一回見せてもらっていいです?」


一気に声が飛び交う。

その反応に、麦は少し困ったように笑いながら、もう一度ゆっくりと縫い始めた。

教室の後ろでは、すっかり即席の裁縫講座が始まっている。


その様子を、

教室前方で感心したように見ていた華と冷は――。


「ちょっとヤバくない!?」

「倒れる倒れる!」

「一人じゃ無理!誰か支えてー!」


突然、廊下側から上がった慌ただしい声に振り向いた。

見ると窓際へ立てかけられていた巨大な建物セットが、ぐらりと傾いている。


ギシギシときしむ音を立てながら。

支えにしていた二本の木材が外れかけ、今にも倒れそうだった。


「あっ」


咄嗟に華が飛び出した。


床を蹴った瞬間、

一気に距離を詰める。


そして倒れ始めたセットへ両手をかけ、

そのまま軽々と持ち上げた。


「ふぅー! 間に合った!」

「す、すいませんっ! ありがとうございます!」


慌てて駆け寄ってきた女子生徒へ、華はにかっと笑いながら手を振る。


「……」


華の動きの一部始終を見ていた巴は、

ぽかんと口を開けていた。


その横を通り過ぎながら、冷はセットの足元へ視線を向ける。しゃがみ込み暫く観察しつつ、支えになっている木材を軽く触った。


「……たぶんですけど、足に重りを置いたほうがいいです」

「お、重り……ですか?」


周囲へ集まっていた女子生徒たちが、不思議そうに聞き返す。


「足の組み方自体は悪くないんです」


冷は、セットが先ほど倒れかけていた方向を見る。


「でも窓が開いてるので、風をまともに受けてました」

「……あ」

「セットが大きいぶん、風圧もかなりかかります」


冷はベニヤ板の接合部へ視線を落とした。


「野外ステージで使うなら、たぶん危ないです。海風もありますし」


女子生徒たちの顔が、少しずつ真剣になっていく。


「足場へ砂袋を置くか、裏をバツ字に補強した方がいいと思います。薄いベニヤだと、強風で割れる可能性もあるので…」

「は、はい!」


静かに続ける冷の的確な説明に、

女子生徒達は疎らに、しかし、力強くうなづいていた。


巴はそんな三人を見渡しながら、ぽかんとした顔で小さく呟く。


「……今年の文化祭。すごいことになりそうかも」






****************************





「……ん?」


釘を打っていた華が、ふと顔を上げた。


気づけば、校内へチャイムの音が響いている。

教室の時計を見ると、針は午後五時を指していた。


「下校時間のチャイムですね」


台本を書き直していた巴が、

体操服のポケットからスマートフォンを取り出し、時間を確認する。


「前日と一日目を除いて、準備期間中は午後五時から午後七時まで、生徒は一度帰宅するよう言われてるんです」


窓の外では、夕日が校舎を赤く染めていた。

グラウンドから聞こえていた作業音も、少しずつ落ち着き始めている。


「じゃあ今日はここまでだね!」


華が笑いながら金槌を置く。


「はいっ! とても助かりました! ありがとうございます!」


巴は深々と頭を下げた。

その隣では、冷が他の女子生徒たちと新しい建物セットを組み立てている。偶然、廊下を覗きに来た麦の姿にも気づき、巴は慌ててもう一度頭を下げた。


「……あ、えっと」


少しもじもじしながら、巴が三人を見つめる。


「皆さんって……今日だけの助っ人、ですか?」

「?」


華たちは顔を見合わせた。


「その……すごく助かったので」


巴は照れくさそうに笑う。


「できれば、明日も来てほしいなーって……」


そう言われた三人は、

どう返せばいいのか分からない、という顔で互いを見合わせた。


すると教室の中から、

他の女子生徒たちも次々と顔を出し始める。


「去年と一昨年は模擬店だったんですけど、今年初めて演劇やることになって」


一人の女子生徒が、少し恥ずかしそうに笑った。


「だからずっと手探りで……」


すると隣の女子生徒も続く。



「マジで助かったんです!」

「優しいし、めっちゃ頼れるし……なんかメロいっていうか!」

「不安だったけど、引っ張ってくれる感じあって安心したから!」

「さっきみんなで話してたんです!」


そして――。


「お願いします!」


一斉に頭を下げる女子生徒たち。

その勢いに、冷と麦は思わず目をぱちくりさせていた。


「いいよ!」


即答したのは華だった。

親指を立て、にかっと笑いながら頷く。


「は、華!」

「いいじゃん! 楽しそうだし!」

「……アタシも、いいと思うわよ」

「む、麦まで?!」


意外な反応に、冷は目を丸くする。

そんな三人のやり取りを見て、巴たちから歓声が上がったのは言うまでもない。


 


****************************


 


「あー……3年A組ね」


それから少し後。

帰路につこうとしていた華たちは、

職員用玄関で見覚えのある人物と遭遇した。


山上未来である。


すっかり日も落ち、

校内では外灯がぽつぽつと灯り始めていた。


「知ってるの?」


華が尋ねると、未来は小さく頷く。


「あそこのクラス。食品工業科は、この前まで新井田先生が担任してたの」


「へー! そうだったんだ!」

「でも渡米しちゃって、今は代理の先生が担当してるの」


夜風に揺れた髪を手で整えながら、未来は続ける。


「新井田先生、食品科の生徒たちにすごく好かれてて」


少し懐かしそうに笑った。


「最後の日なんて、教室ほとんど大泣きだったらしいよ」

「今どき、そこまで慕われる先生も珍しいわね」


麦は感心したように呟く。


「それで、渡米した新井田先生に――サプライズで文化祭の動画を送る計画を立てているみたいでね。喫茶店じゃパッとしないから、じゃあ演劇をやるかってなって、今回のクラスの出し物になったみたい」

「で…アイアンガールショー?」


口元が引きつる冷は微妙な顔をしていた。


「変なめぐりあわせだよね。まさか本人たちが来るなんて」


未来は小鳥のように笑う。

ちなみに彼女は、華たちがアイアンガールだと知っている数少ない人物の一人である。


「でも、なんかいいね!」


華は両手を後ろで組み、少し嬉しそうに笑った。


「人を喜ばせたくて、皆で頑張ってるんでしょ?」


夕暮れの風が吹き抜ける。

遠くでは、まだ片付けを続ける生徒たちの声が聞こえていた。


「だったら、ちゃんと成功してほしいな!」


華の言葉に、未来は少しだけ目を丸くする。

そして、ふっと優しく笑った。


「……うん。あの子たち、きっと喜ぶと思う」


校舎の窓から漏れる明かりが、

夜になり始めた学校を静かに照らしていた。


文化祭まで、あと数日――。





****************************


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