第10話 1.文化祭
「ウーム……」
とある日の深夜。
富谷邸のリビングでキャロライナは一人、難しい顔でノートパソコンを見つめていた。
パソコン側面から伸びるUSBケーブル。
その先には、華がいつも使用している白いバックパック型ユニットが置かれている。
画面には、大量の数値と波形データ。
戦闘ログが高速で流れていた。
(バージョンアップしたとはいエ……)
キャロライナは傍らのアイスコーヒーを一口飲む。
そして、片手でキーボードを叩き、
解析画面を切り替えた。
(ハルちゃんの急激な能力成長デ、補助システムが早くも限界に近づいてル……)
モニターへ映るのは、戦闘時の負荷推移。
赤く表示された警告値が、いくつも並んでいる。
(特に両腕、両脚への負荷が異常ネ……)
キャロライナは眼鏡を指で押し上げ、目を細めた。
(天候を変えるほどの打撃力……)
画面には、華の拳が発生させた衝撃波データ。その余波で、周辺気圧が大きく変動していた。
(青崎から関西空港まで、一時間以内で走破する脚力……本人はまだ制御しきれていないと言っていたガ……)
小さく息を吐く。
(これは至急、スーツ側のアップデートが必要ネ)
再びキーボードを叩く。
別モニターへ、冷と麦の戦闘データが表示された。
(レイちゃんは、光弾の高密度固定化に成功してル。ムギちゃんも、障壁の派生制御を習得し始めてルネ……)
三人の戦闘ログを見比べながら、キャロライナは静かに呟く。
(みんな、成長が速すぎル……)
再び、アイスコーヒーを口に運ぶ。
その直後。
ふと表示された、華の肉体負荷推移グラフ。
流れてくるログを見ていたキャロライナの目の動きが止まる。
「……」
モニターに表示された負荷グラフは、危険域を大きく超えていた。
赤い警告表示が、画面のあちこちで点滅している。
キャロライナの指が、キーボードの上で止まった。
眼鏡の奥の瞳が、ゆっくり細められる。
(特にハルちゃん……)
静かに、戦闘ログを見つめる。
(この負荷のかかり方……パワードスーツの補助がなけレバ……)
そこまで考えた瞬間。
キャロライナの表情から、いつもの余裕が薄く消えた。
(両腕と両脚が、自壊していてもおかしくなイ……)
リビングに、キーボードの音はもうない。
深夜の静寂の中。
モニターだけが、白くキャロライナの顔を照らしていた。
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「ぶんか……さい?」
華は不思議そうに首をかしげた。
「毎年十月の初め頃、うちの学校では二日間にわたって文化祭をやっておってな」
校長は、ゆっくり説明する。
「今日から、その準備期間に入っておるんじゃよ」
「へぇー……だからみんな、あちこち歩き回ってるんだ」
華は窓の外を見る。
校庭では、机や段ボールを運ぶ生徒たち。
脚立を抱えて走る者。
大きな布を広げ、何かを作っているグループも見えた。
普段より慌ただしい学校の空気に、華は物珍しそうな顔をしている。
「当日は街中でパレードもやる予定だったんだが……」
校長は腰の後ろで手を組み、窓の外へ目を向けた。
「先日の騒ぎで、一部地域が立ち入り制限中でな。今回はルートを変更して、規模を縮小して行う予定じゃ」
その声は穏やかだったが、どこか複雑さも滲んでいた。
「家を失った方々も多い。こんな時に祭りなんぞやっている場合か、という声も当然ある」
一瞬、校長室に静けさが落ちる。
だが校長は、ゆっくり続けた。
「……じゃが、ワシはこういう時だからこそ、やるべきだと思っておる」
窓の外では、生徒たちの笑い声が聞こえていた。
壊れた街の中でも。
確かに、前へ進もうとしている音だった。
「楽しいことがないと、やっていけないわよね」
話を聞いていた麦も、静かに頷いた。
「そういう時こそ、“いつも通り”って大事だよ!」
華はにかっと笑う。
「“また頑張ろう”って思えますよね」
続けて冷も言葉を添える。
その言葉に、校長は目を細めた。
「……うむ」
静かに頷く。
「人というのは不思議なものでな。苦しい時ほど、“日常”に救われることもある」
窓の外では、
笑いながら飾り付けの相談をしている生徒たちの姿があった。
壊れた街は、まだ完全には元へ戻っていない。
それでも人は。
確かに、前へ進もうとしている。
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「あ、なんか作ってる!」
金属製のフェンス越し。
グラウンドの奥では、
業者らしき人たちが巨大な鉄骨を組み上げていた。
奥から響く金槌の音に飛び交う作業指示、そしてクレーンで吊り上げられていく資材。
「ステージね」
校長室を後にした三人は、
入校許可を首から下げながら中庭沿いの渡り廊下を歩いていた。
「野外ライブもやるのかしら」
麦は少し感心したように目を細める。
「本格的だね」
冷もフェンスへ近づき、
組み上がっていく鉄骨を見上げた。
「すごー……」
華はフェンスにぺたりと張り付き、興味津々な様子で眺めている。
そんな二人を見て、麦はふっと笑った。
「華ちゃんも冷ちゃんも、文化祭って参加したことないんだっけ?」
「うん、ない!」
華は即答する。
「わたしもないよ。どんな感じなのか、全然わからなくて」
冷も小さく頷いた。
「楽しいわよ」
麦は少し懐かしそうに笑う。
「一週間くらい、授業やらずに準備へ専念するの」
「え!? 授業しないの!?」
華の目が驚きに変わる。
「えぇ。みんなで買い出しに行ったり、こっそり買い食いしたりね」
「楽しそう!」
華はぱっと身を乗り出した。
その反応に、麦はくすっと笑う。
「アタシの通ってた高校は、前日と一日目は申請すれば学校に泊まれたの」
「えぇー!!」
華の目がさらに輝く。
「みんなでお風呂行ったあと、コンビニでお菓子買ってさ。教室で夜中までパーティーしたりね」
「いいなぁー!」
「自由なんだね」
冷も少し感心したように呟く。
そんな話をしながら歩いていると三人は中庭を抜け、
体育館裏の部室棟が並ぶ通路へ差しかかった。
その時だった。
――ガゴッ。
上の方から、何か重たいものがぶつかる音が響く。
「ん?」
華が反射的に顔を上げる。
視線の先。
体育館横の外階段を、
巨大なぬいぐるみがふらふらと降りてきていた。
どうやら文化祭で使う着ぐるみらしい。
だが、両手が塞がっているせいか、足元がおぼつかない。
次の瞬間。
ガクッ――!ぬいぐるみの身体が大きく前へ傾いた。
「あっ――」
考えるより先に、華の足が沈む。
キィィィィン――…。
華の瞳が黄金色へ変わり、奥に螺旋の刻印が浮かび上がった。
アスファルトを蹴る。
爆ぜるような踏み込み。
一瞬で階段を駆け上がった華は、
倒れかけた着ぐるみを両手で支え止めた。
「うわっ、とと……!」
ぐらつく巨大なぬいぐるみを押し返し、華はにかっと笑う。
「あっぶなー! 間一髪!」
「あわわわ!すいませんー!」
体勢を立て直した着ぐるみの中から、慌てた声が聞こえる。
冷と麦も階段下に駆け寄ってきた。
「びっくりしたわ。急に目の前からいなくなるから」
「大丈夫?」
階段の下から、冷と麦が心配そうに見上げていた。
華は振り返り、ひらひらと手を振る。
「うん! 大丈夫!」
そして支えていた着ぐるみへ視線を向けた。
「着ぐるみさんも平気?」
「は、はい! おかげさまです……!」
「は、はい! おかげさまです……!」
着ぐるみの両手が頭へ伸びた。
ぐりぐりと左右に動かし、被り物を持ち上げる。
すると中から現れたのは、赤縁眼鏡をかけた少女だった。
少しくせのある髪に童顔気味の顔立ち。
着ぐるみの中はかなり暑かったのか、額にはうっすら汗が浮かんでいる。
「ふぅ……」
少女は息を吐きながら、髪をかき上げた。
「これ、文化祭で使うの?」
華は着ぐるみを眺めながら尋ねる。
160㎝中盤の背丈がある華よりも大きく、横にも広い。
丸っこいフォルムで、妙に愛嬌のある顔だ。
「そうなんです!」
少女はこくこく頷いた。
「クラスの出し物で使う着ぐるみなんですけど…ちょっと大きすぎて」
困ったように笑いながら。
「一人で運ぶの大変だったので、着ながら持って行こうかなって……」
「なるほど!」
華は感心したように、こくこく頷いた。
「いや、それは危ないと思いますよ」
階段の下から、冷が冷静にツッコミを入れる。隣で聞いていた麦も、うんうんと頷いていた。
「アタシたちでよければ、運ぶの手伝うわよ?」
「えっ!? いいんですか!?」
少女の顔がぱっと明るくなる。
だが次の瞬間。
「あれ……?」
ふと、不思議そうに首を傾げた。
「あの……ところで、どちら様ですか?」
「「「……」」」
三人は思わず顔を見合わせる。
万が一生徒と遭遇し聞かれた際の文言を、完全を考えていなかった。
「えーっと……私たちは――」
華が慌てて口を開く。
しかし、焦るほど言葉は出てこない。
雲の子を散らすように目が泳ぐ。
その様子を見ていた少女の視線が、ふと華の胸元へ落ちた。
首から下がっている、入校許可証。そこに書かれている文字を見た瞬間。
「あー!」
少女は納得したように声を上げた。
「学校設備管理の人たちですね!」
「……え?」
聞き慣れない単語に、華はぽかんと目を丸くする。階段の下では、冷と麦もぱちぱちと瞬きをしていた。
「今年、文化祭の人手不足だから、外部スタッフ入るって聞いてたんですよー!」
少女は一人で納得したように、
うんうん頷いている。
「そ、そう……なの?」
華は助けを求めるように、階段下の冷と麦を見る。
だが二人とも、「話を合わせなさい」と言いたげな顔だった。
「……そ、そうだよ!」
華は慌てて胸を張る。
「学校設備管理です! えっへん!」
「へぇー!」
少女は疑う様子もなく、目を輝かせた。
「今年、業者さんいっぱい入ってるって聞いてたので!」
着ぐるみの頭を抱えながら、楽しそうに話を続ける。
「ステージ設営とか警備とか、外部の人たち増えてるって先生が言ってました!」
「な、なるほど……」
冷は小さく頷きながら、横目で華を見る。
華はなぜか、少し得意げだった。
「じゃあ、この着ぐるみの頭、持っていきますね!」
「えっ、いいんですか? ステージのほうは……」
「あー! 私たちは校舎内担当だから!」
華は勢いよく答える。
「ささ、行こう行こう!」
そう言うなり、
少女から巨大な着ぐるみの頭をひょいっと受け取った。
見た目に反して、まるで発泡スチロールでも持つような軽々しさだ。
そのままルンルンした足取りで、華は階段を降りていく。
「わっ、ありがとうございます!」
少女も慌てて後を追った。
着ぐるみの足は視界が悪いのか、どこか危なっかしい。
階段下で待っていた冷と麦へ合流すると、四人はそのまま歩き出す。
「何年生かしら?」
中庭へ向かいながら、麦が少女へ尋ねた。
「三年です。今年が最後の文化祭なんですよ」
「あら、そうなのね」
麦は少し目を細める。
「やっぱり、寂しい?」
「んー……正直、寂しいです」
少女は少し照れたように笑った。
「クラスのみんなと一緒に出来るのも、今年が最後なんだなーって思うと」
「進路は決まってるの?」
今度は冷が尋ねる。
四人は部室棟を抜け、体育館裏を通り過ぎていく。
やがて中庭へ入り、開け放たれた校舎の入口をくぐった。
すれ違う生徒たちは皆ジャージ姿で、段ボールや木材を抱えながら忙しそうに走り回っている。
文化祭前特有の熱気が、学校全体を包んでいた。
「一応、短大に二年行こうかなって思ってます」
少女は着ぐるみの手を抱え直しながら話す。
「美容師になりたくて。資格を取ろうかなって」
「あら、美容系に興味があるのかしら?」
「それもありますし、親が元々美容師なんです。兄もやってて」
「へぇー!」
華は感心したように声を上げた。
「髪を切る資格って、難しいの?」
「難しいですねぇ……」
少女は苦笑する。
「学校通うだけでも二年かかりますし、その後もアシスタント経験が必要なんで。ちゃんと一人前になるまで、結構長いんですよ」
「ひえぇ~……!」
華は思わず肩を震わせた。
「大変だぁ……」
「でも、好きなことなんで」
少女は少し照れくさそうに笑う。
「大変でも、頑張ろうかなって思ってます!」
「いいわね」
麦は柔らかく微笑んだ。
「デビューしたら、アタシも切ってもらおうかしら?」
「あっ、私も私も!」
華が勢いよく手を挙げる。
「えへへ、ぜひ!」
少女は嬉しそうに笑った。
「そういえば、名前まだだったわね」
麦がふと思い出したように口にする。
「はっ!」
少女は肩を跳ねさせた。
「す、すいませんっ! つい普通に話しちゃって……!」
「いいのよ」
くすっと麦は笑う。
「アタシは月城麦」
「富谷冷です」
「桐灰華!」
三人は順番に名乗った。
すると少女は、抱えていた着ぐるみの手を持ち直しながら、
ぺこりと頭を下げる。
「坂下巴です!」
元気のいい声だった。
四人は中央階段を上がり、三階へ到着する。
そのまま突き当たりを左へ曲がると、廊下いっぱいに文化祭準備の光景が広がっていた。
巨大な板へペンキを塗る生徒。
脚立に登り、壁や天井へ飾り付けをしている生徒。
床には段ボールや工具が並び、あちこちで笑い声と作業音が飛び交っている。
どのクラスも、慌ただしく準備に追われていた。
「へぇ~……文化祭の準備って、こんな感じなんだぁ……」
初めて見る光景に、華の目はきらきらと輝いていた。
「なんか、みんな楽しそう」
「あ、クラスは一番奥です!」
巴が前を指差す。
四人は、他クラスの邪魔にならないよう
廊下の端を歩きながら進んでいく。
その時だった。
「……おっ、あれ?」
先頭を歩く華が、ふと何かを見つけて立ち止まる。
後ろにいる冷と麦も、華の視線を追った。
そこには――。
廊下へ立てかけられた、巨大な看板があった。
『超絶無敵!!愛と希望の戦士!!アイアンガールショー!!』
ド派手な文字。
背景には、
明らかに見覚えのある白・黒・青、
それぞれのドレス姿の少女が描かれている。
「……え?」
看板を見た瞬間、冷は思わず目を見開いた。
隣では麦が無言で凝視している。
そして華は――。
「……」
完全に口を開けて固まっていた。
「……こ、これって」
最初に口を開いたのは冷だった。
「どういう内容?」
「あっ、知らないんですか?」
巴はぱっと顔を輝かせる。
「最近めちゃくちゃ噂になってるんですよ!」
ぐっと拳を握り、熱量たっぷりに語り始めた。
「どこからともなく現れて! 圧倒的な力で敵を倒し! 人々を救う3人の謎の美少女ヒーロー!」
巴は勢いよく看板を指差す。
「そう――我がクラスの出し物は!」
びしぃっ!!
「アイアンガールショーです!!」
得意げに胸を張る巴。
その横で――三人は揃って、ぽかんとしていた。
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