第9話 11.普通
「……あの飛行機かな」
それから少し経って。
関西空港、スカイデッキ。
青空の下。一般客が立ち入れない展望エリア上部の屋根で、
華はどこまでも続く空を見上げていた。
滑走路を走り抜けた一機の旅客機が、轟音と共にゆっくり浮かび上がる。
白い機体は高度を上げ、やがて大阪湾の空へ飛び立っていった。
海から吹く風が、桃色の髪をふわりと揺らす。
白いドレスの裾も、小さくなびいていた。
「ここにいた」
少し上空から聞こえた声に、華は振り向く。
青いドレスを纏った少女――麦が、空からゆっくり舞い降りてきた。
背中の飛行ユニットを収納し、屋根へ着地する。
「体は大丈夫かしら?」
「うーん……ちょっと無茶しすぎたかも」
華は苦笑する。
「体じゅう、めちゃくちゃ痛い!」
「時速三〇〇キロで青崎から大阪まで走ったんだもの。しかも関空まで」
麦は呆れたように肩をすくめた。
「当然だわ」
その時。
ピピッ、と耳元で電子音が鳴る。
華は耳へ指を当て、通信回線を開いた。
「もしもーし」
『どうだった?』
通信越しに聞こえてきたのは、
冷の声だった。
「うん! 無事間に合った!」
華は嬉しそうに笑う。
「ナビありがとー!」
『よかった』
その声は、どこか安心したようだった。
「青崎の方はどう?」
『怪我人は出たけど、死者はいないよ。被害も最小限で済んでる』
「ふぅ~~……!」
華は胸を撫で下ろす。
「よかったぁ……」
『自力で帰ってこれそう?』
その問いに、華は自分の足元へ視線を落とした。
「うーん……たぶん無理!」
苦笑しながら、膝を軽く叩く。
「もう足ガクガク。動くだけで精一杯なんだよねー」
「アタシの飛行でも、二人抱えて青崎までは厳しいわ」
麦も困ったように言う。
『じゃあ、クリスチャントにヘリを出してもらうよ』
冷は淡々と続けた。
『少し時間かかるけど、そこで待ってて』
「おっけー! ありがと!」
耳から指を離し、華は通信回線を閉じる。
そして再び、空を見上げた。
「未来さんには、私の通信番号教えてあるから」
華は笑う。
「一通り終わったら連絡くれると思う! それまでは、ここで一休み!」
「そうね」
麦は両腕を上へ伸ばし、大きく背伸びをした。
「……でも、意外だったわ」
「なにがー?」
華が振り向く。
少しだけ麦は笑う。
「華ちゃんが、あんなに恋愛ごとに熱くなるなんて」
「…………うーん」
華は少し考えるように視線を落とした。
左腕をそっと押さえ、そのまま大阪湾へ目を向けた。
「興味があるっていうよりさ」
海風が、桃色の髪を揺らす。
「ちゃんと伝えられる人って、すごいなって思うんだ」
「……」
麦は黙って聞いていた。
「私はたぶん、そういう“普通”から遠いから…」
華は、どこか遠くを見るような目をする。
ぽつりと零れた声は、らしくないほど静かだった。
けれど次の瞬間。
華はいつものように、にかっと笑った。
「だからかな! 頑張ってる人見ると、応援したくなるんだよね!」
「普通から……遠い?」
麦が小さく呟く。
その時だった。
ピピピッ、と耳元で電子音が鳴る。
華はすぐに耳へ指を当て、通信回線を開いた。
「もしもーし!」
『……山上です』
聞こえてきた未来の声は、どこか照れくさそうで。
少しだけ、泣いた後みたいな声だった。
「おっ!」
華の顔がぱっと明るくなる。
『一通り、終わりました……』
「どうだった?!」
華が勢いよく前のめりになる。
その横から、麦もそっと身を寄せた。
まるで、友達の恋バナを聞く学生みたいに、耳を澄ませる。
青空の下。
大阪湾を渡る海風だけが、静かに吹いていた。
―最後まで読んでいただきありがとうございました!次のお話も楽しみにお待ちください!




