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第9話 10.踏み出す一歩

「今から……手続き、ですか?」


未来の声は、できるだけ普段通りを装っていた。


けれど、その奥に滲む不安までは隠しきれない。

新井田の後ろには、『出国審査』と表示された電光掲示板。

そして、保安検査へ続くゲートにキャリーケースを引いた人々が、列を作り始めていた。


あと少しで。

本当に、行ってしまう。


そんな現実が、未来の胸を締め付ける。


すると。


「本当は、もっと早く入るつもりだったんだけどさ」


新井田は、ぽりぽりと後頭部を掻いた。

どこか照れくさそうに笑っている。


「……待ってたんだよ」

「……え?」


未来の呼吸が止まる。

空港の喧騒が、一瞬だけ遠くなった気がした。


「君を」


その言葉に、未来は目を見開く。


「待ってた……って……」


恐る恐る尋ねる。


すると新井田は、ゆっくりズボンのポケットへ手を入れた。


取り出したのは、小さな箱だった。


未来の鼓動が跳ねる。

新井田は未来の前まで歩み寄ると、

その箱を両手で丁寧に持ち、静かに蓋を開けた。


「――っ」


未来は、言葉を失った。


箱の中。

そこには、銀色の指輪が収められていた。

空港の照明を受け、小さく光を反射している。


「アメリカに行くことを伝えた、あの日。遅れた理由」


新井田は、少し困ったように笑う。


「これを選んでたからさ」

「え……」


未来の目が揺れる。


「大切なことは、ちゃんと自分の口で伝える」


新井田は、照れ隠しみたいに咳払いをする。


「……それが、俺のポリシーだから」


そう言って笑う顔は、いつもの教師の顔ではなく。

一人の男の顔だった。


新井田は、ゆっくり未来を見つめる。


「俺、アメリカ行ってもさ」

「……はい」

「たぶん、君のことばっか考えると思う」


未来の呼吸が止まる。

目を見開いたまま、言葉が出ない。

心臓だけが、うるさいくらい鳴っていた。


「笑った顔も。怒った顔も。必死に頑張ってる顔も」


新井田は、少し照れたように笑う。


「……全部、好きだ」


指輪を持つ手に、少しだけ力が込もった。

空港の喧騒が、遠く聞こえる。


「こんな俺ですけど」


新井田は、まっすぐ未来を見つめた。


「これから先も、一緒にいてくれませんか」

「――っ」


未来は咄嗟に、両手で口元を押さえた。

肩が小さく震える。


次の瞬間。

堪えていたものが決壊したように、涙が溢れ出した。


「っ……ぁ……」


息がうまく吸えない。


鼻をすすりながら、未来は顔を真っ赤にする。

それでも震える唇を、必死に動かした。


「よろしく、お願いします……!」


未来は、涙を零しながら笑った。


そして――。


今度こそ。

自分の意志で、一歩を踏み出すのだった。





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