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第9話 6.加速拳(マキシマムナックル)

巨大な腕が、民家の屋根を突き破った。

木材と瓦礫を撒き散らしながら、怪物は停車していた車を鷲掴みにする。

そして玩具でも投げるかのように、無造作に放り投げた。


宙を舞う車体。


次の瞬間。

一キロにも満たない先にあったコンビニへ激突する。


――ドゴォォンッ!!


轟音と爆炎。

建物が一瞬で吹き飛び、赤い火柱が空へ噴き上がった。


「きゃああああっ!!」


周囲で悲鳴が上がる。


だが。


怪物は止まらない。

振り向きざま、巨大な尾を横薙ぎに振り抜いた。

家屋は次々と粉砕。電柱がへし折れ窓ガラスが砕け散っていく。


住宅街の景色が、一瞬で瓦礫へ変わる。


さらに怪物の背部が、不気味に蠢いた。

裂けるように口が開く。

その奥から、機械的なポッドがせり出した。


直後、無数のミサイルが発射される。白煙を引きながら、空中でそれぞれ異なる軌道を描き雨のように、住宅街へ降り注いだ。

連鎖する爆発で巻き上がった炎で、周囲は一瞬で火の海へ変わる。


遠く離れた場所では、住民たちが立ち尽くしていた。

自分たちの家が焼かれていく光景を、ただ見ていることしかできない。


泣き叫ぶ者。

子供を抱えて逃げる者。

恐怖で、声すら出なくなっている者。


誰も、目の前の“非日常”へ、立ち向かうことなどできなかった。


「……はっ」


その時。


住民の一人が、何かに気づき顔を上げる。

暴れ続けていた巨大な黒い怪物が、ゆっくりと大口を開いていた。


喉の奥にて。

肉を裂くように、巨大な砲台がせり出してくる。

その銃口へ黒い粒子が、渦を巻きながら収束を始めた。


「……っ!!」


察した住民たちの顔から、血の気が引く。


次の瞬間。

一斉に反対方向へ走り出した。


「逃げろぉぉ!!」

「いやぁぁぁぁっ!!」


悲鳴が連鎖する。

誰もが、少しでも怪物から距離を取ろうとしていた。

怪物の砲口には、すでに膨大な黒エネルギーが形成されている。


逃げ切れない。

誰もが、本能で理解していた。


――ドォンッ!!


黒い閃光が放たれる。

極太の奔流は、空気を切り裂きながら波紋状に拡散。

周囲の崩れた民家すら吹き飛ばしながら、逃げる住民たちへ襲いかかった。


その時だった。


「――バリアブルシールド!!」


頭上から響いた凛とした声。


次の瞬間。

青い閃光が、空を裂くように降下した。


――ガギィィィンッ!!


住民たちの目の前。

幾何学模様が幾重にも浮かぶ半透明の巨大障壁が展開される。


直後、黒い閃光が真正面から衝突。

耳をつんざくほどの轟音が鼓膜を叩く。


圧縮されたエネルギー同士がぶつかり合い、周囲の空気が悲鳴を上げる。爆風が一帯へ吹き荒れ、逃げ惑っていた住民たちは思わずその場へ伏せた。


アスファルトが紙のようにめくれ上がる。

砕けた瓦礫が宙を舞い、道路脇の自動販売機が横倒しになる。

周囲の民家の窓ガラスは激しく震え、耐え切れなかった場所から次々とひび割れていった。


だが。

障壁は、砕けない。


青白い光を放ちながら、

黒い奔流を真正面から受け止め続けている。


「……っ、ぅぅ……!!」


障壁の中心。

両腕を前へ突き出した麦が、歯を食いしばっていた。


凄まじい圧力だった。


まるで大型トラックが何十台も同時に突っ込んできているような衝撃が、両腕から全身へ伝わってくる。足元のアスファルトには亀裂が走り、麦の身体が少しずつ後方へ押し込まれていく。


麦のブーツが地面を削る。


それでも、彼女は一歩も退かなかった。


「……やらせない、わ!!」


麦が叫ぶ。

障壁に刻まれていた幾何学模様が一斉に発光した。


瞬間。


青い光がさらに膨れ上がり、

押し返すように黒い閃光を包み込む。


――バチバチバチッ!!


激しい放電音。

黒い奔流が徐々に収束していく。

太かった閃光は細くなり、やがて霧散するように掻き消えた。


静寂。

焦げ臭い風だけが周囲を流れる。


「……ふぅ」


麦はゆっくりと息を吐いた。

張り詰めていた肩の力を抜き、展開していた障壁を解除する。半透明の壁は光の粒子となり、朝の空気へ溶けるように消えていった。


住民たちは呆然としていた。

目の前で起きた現象を、まだ理解できていない。


麦の足元、そこだけが綺麗に無傷だった。

彼女の立っていた地点を中心に、扇状の地面が守られている。


しかし、外側は違う。

黒い閃光が通過した周辺は、大地ごと抉り取られていた。アスファルトは融解し、民家の外壁は吹き飛び、電柱は根本からへし折れている。


直後。


――ゴウィンッ!!


空気を震わせる、鈍く重い銃声が響いた。


次の瞬間。

別方向から飛来した白い閃光が、巨大な黒い怪物の頭部へ直撃する。


――ガァンッ!!


火花と黒い飛沫が弾けた。


さらに。


二発。

三発。


連続して放たれた白光の弾丸が、怪物の頭部を次々と撃ち抜く。


巨体が揺れる。

怪物の姿勢は、一瞬だけ横へ傾いた。


「……!」


麦は咄嗟に振り向く。


白い閃光が飛来した方向。

住宅街の一角。


少し離れた民家の屋根の上に、一つの人影が立っていた。


「ライトバレット……ライフル!」


朝風を受けながら、黒いドレスが揺れる。

長い金髪をなびかせ、冷が静かに銃口を構えていた。


その手にあるのは、自身の身長に迫る巨大なライフル。


だが。

それは普通の武器ではない。


銃身も、スコープも、

装甲すら。

すべてが白いエネルギーで形成されている。


輪郭だけが存在する、光の狙撃銃。


(この力を手に入れたから続けてきた朝の練習で編み出した、わたしなりの技…)


冷は片目を閉じ、スコープ越しに怪物を見据えていた。

呼吸を止める。

周囲の音が遠のいていく。


(……凄く集中力と気力を使う)


冷の額を、汗が伝った。


(超遠距離で高威力を叩きだすにはこれが最適…段数は限られる。でも――)


冷の指が、引き金へかかる。


(あのでかい影喰の姿勢を崩すだけなら……十分、足りる!)


――ゴウィンッ!!

再び、重い銃声が轟いた。


更に黒い怪物の姿勢が崩れる。

だが、倒れる方の足を踏み出し、傾きを堪えた。


次の瞬間。


狙撃により爆ぜた断片、傷口から黒い触手が噴き出し、

肉を編み込むように再生していく。


数秒後には、完全に元通りになっていた。


「……うそ」


冷の顔が強張る。


『水晶を壊さないとダメだ!!』


直後、耳に通信で華の声が届く。


『援護お願い!』

「うん!」


冷が力強く頷く。


直後。家屋や車、公共物などが複雑に絡み合い道をふさぐように

形成された瓦礫で埋め尽くされた住宅街を、一筋の白い光が駆け抜けた。


桃色の髪を揺らし。純白のドレスを翻しながら。

華は一直線に巨大な影喰へ向かっていく。


砕けたアスファルトを蹴り、横転した車を飛び越え。

吹き荒れる熱風の中を突き進む。


その姿を見た者は、

きっと彼女を勇敢だと言うだろう。


(怪力は空中で無力に等しい!相手は背の高い敵、普通の助走なら水晶に届く前に失速して怪力の威力も半減する…)


華の頭の中は、驚くほど冷静だった

瓦礫の飛び越え走りながら、目を見開く。


「だったら……!!」


その瞬間。


――ドォォンッ!!


華を中心に、凄まじい風圧が爆発した。


周囲の瓦礫が一斉に吹き飛ぶ。

道路へ積もっていた粉塵すら巻き上げ、暴風のように周囲へ拡散。

近くの炎が揺れ、電柱がミシミシと軋んだ。


「なっ……!?」


離れた場所で見ていた住民が息を呑む。

華の周囲だけ、空気そのものが歪み始めていた。


迷いのない、力強く灯る黄金色の光。

その彼女の瞳孔の奥で赤い螺旋模様が、ゆっくりと浮かび上がる。


まるで、封じられていた力が目覚めるように。


ビキ、ビキ、と。

頬へ亀裂のような金色の発光が、皮膚の下を這うように走る


(練習では……やっと出来るようになった)


華は息を整える。


心臓は加速を重ね、全身が熱い。

身体の奥で、何か巨大なエネルギーが暴れている。


(何分……維持できるかな)


直後。


――ドシンッ!!


華が地面を踏み抜いた。


アスファルトが陥没する。

足元を中心に蜘蛛の巣状の亀裂が走り、小石と瓦礫が宙へ浮き上がった。


次の瞬間。

華の姿が消える。


否。


速すぎて、誰の目にも捉えられなかった。


爆発的な加速。

置き去りにされた衝撃波が遅れて周囲を叩き、粉塵の壁を生み出す。


その中心。

白い閃光だけが、一直線に空へ突き抜けていた。


空気を裂き。

轟音を引き連れ。

白い軌跡を残しながら、華は空中へ撃ち上がる。


「――加速マキシマムッ!!」


その瞬間。


巨大な黒い怪物が、異変に気づいたように顔を上げる。


だが。

もうそこに、いた。


怪物の懐。

真下から突き上がるように飛来した、白い戦士の姿が。


拳を大きく後方へ引き絞る。


全身へ、圧縮された力が集中していく。

黄金色の光が、華の瞳から稲妻のように迸った。


太陽を背に、宙へ舞う少女。


逆光によって表情は影に沈み。

螺旋の紋様を宿した黄金の瞳だけが、暗闇の中で鋭く輝いていた。


その姿は、もはや人ではない。

空から舞い降りた、災厄を砕く”何か”だった。


「――怪力・加速拳マキシマムナックル!!」


拳が放たれる。


瞬間。

世界から、音が消えた。


衝突した。


――そう認識するより先に。


空間そのものが、爆ぜた。


超圧縮された衝撃が、一点から解放される。

怪物の頭部へ触れた瞬間、凄まじい破壊エネルギーが内部へ突き抜けた。


一拍遅れて。


――――ッッッ!!!!!!


轟音。


いや。

それはもはや、音という領域を超えていた。


大気が震える。

衝撃波は空を貫き、周囲の雲すら吹き飛ばす。

住宅街へ暴風が叩きつけられ、瓦礫が宙へ舞い上がった。


気づけば。

黒い怪物の首から上が、完全に消し飛んでいた。





「……」


少し離れた民家の屋根。

ライフルを構えたまま、冷は言葉を失っていた。


華が飛び込んだ。

そう認識した次の瞬間には、もう終わっていた。


巨大な黒い怪物の首から上が、跡形もなく消失していたのだ。


爆発ですらない。

切断でもない。


“消えた”。


そう表現するしかなかった。


「……天候を、無理やり変えた……?」


冷が呆然と呟く。


さっきまで空には黒煙が立ち込め、

怪物の放つ瘴気によって空気そのものが淀んでいた。


だが今は違う。


華の拳が放たれた直後。

空を覆っていた雲が、まるで押し流されたように消えていた。


裂けた雲の隙間から、朝日が差し込む。

吹き荒れていた暴風も、徐々に静まり始めている。


まるでこの場に満ちていた“異常”そのものを、

拳一つで吹き飛ばしたかのようだった。






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