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第8話 11.違和感と。

その後。


通報を受けた警察や救急隊が到着し、

トライデントタワー周辺は一時騒然となった。


騒ぎを聞きつけた報道陣やマスコミも次々に集まり、現場は怒号とサイレンの音で埋め尽くされていく。

規制線の外では、野次馬たちが不安げな表情でビルを見上げていた。


トライデントタワー完成記念パーティー。

華やかな祝賀会として始まったはずの催しが、三百人もの命を巻き込む立てこもり事件へ発展したのだ。


それは、誰も予想していなかった惨劇だった。

当然のように、この事件は各局の速報で大きく報じられることになる。


だが。


三百人に及ぶパーティー参加者は、奇跡的に全員が生還した。


重軽傷者こそ出たものの、死者はゼロ。

警察も報道陣も、その事実に驚きを隠せなかった。


そして。


保護された参加者たちは、口々に語る。

暗闇の中で、自分たちを守り続けた少女たちのことを。


黒い怪物たちが蔓延るビルの中を駆け抜け、怪物と戦い続けた存在。


――アイアンガールの活躍を。






『先日、大阪のトライデントタワーで発生した大規模立てこもり事件。現場では原因不明の爆発や建物の一部損壊が確認され、パーティー参加者およそ三百人が一時、ビル内へ閉じ込められました』


大阪駅前の広場に設置された巨大モニターには、規制線の張られたトライデントタワーが映し出されている。


赤色灯を回すパトカー。

慌ただしく駆け回る救急隊員。

ビル周辺には、数え切れないほどの報道陣が詰めかけていた。


『警察および消防によると、事件発生直後に通信障害とセキュリティシステムの異常停止が発生。避難誘導が困難になる中、“黒い化け物のような存在を見た”という証言も相次いでいます』


映像が切り替わる。

崩れた連絡橋に砕け散った窓ガラス。

――ビル上空に渦巻く黒雲の映像が、一瞬だけ流れた。


『また、SNS上では、現場で人命救助を行っていた複数の少女の姿が確認されています。“アイアンガール”ではないかと話題になっています』


画面の端には、パーティー参加者の一人が撮影したと思われるブレた動画が表示される。

粉塵の中を駆ける少女。

青い光の盾を展開する少女。


そして。

巨大な怪物を殴り飛ばす、桃色の髪。


『なお、この事件による死者は確認されておらず、警察は特殊なテロ事件の可能性も視野に捜査を進めています』


大型モニターの前では、

道行くサラリーマンや学生、主婦など、多くの人々が足を止めていた。

誰もが、画面へ視線を向けている。



世間の注目は、今この事件へ集中していた。



――そんな人々の喧騒から少し離れた場所で。

その様子を静かに眺める、四人の少女たちの姿があった。



「現実味ないわねー……この事件の中心に、アタシたちがいたなんて」


巨大モニター近くのカフェ。

窓ガラス越しに人の流れを眺めながら、麦はテーブルへ肘をつき、ぼんやりと呟く。


「朝起きたら、SNSもKyahhooニュースも朝の情報番組も、この話題ばっかだったよ」


冷はストローを咥え、アイスコーヒーを一口飲む。


「世界的企業のビルで大規模事件だもん。そりゃ放っておかないよね」

「トライデントタワーは現在も一部封鎖中。パーティーも延期ではなく中止。企業側としても、かなり大きな損害になったのは間違いないヨ」


隣でノートパソコンを開いているキャロライナは、器用にキーボードを叩きながら画面を見つめている。


「見つかった社長も、眠らされていただけで無傷だったらしいわね」


フォークで半分に割ったケーキの角を切り取りながら、麦が続ける。


「秘書の人って、アレクザールが社長へ姿を変えるところを見た人だったのよね?」

「たぶん、それで逃げ出したんだと思う。まぁ……あんな化け物が目の前で変身したら、普通は逃げるよ」


冷は苦笑混じりに答えた。


「……アレクザールとアヤカ。影喰を生み出しているのが、あの二人なのは今回で確定したネ。そこは大きな収穫ヨ」

「でも、気になることも多いよ」


冷の表情が少し曇る。


「トライデントタワーの人たちを“生贄”にするって言ってた。命を奪って……何をするつもりだったんだろう……」


視線を落とし、冷は思考を巡らせる。


そんな中。

カッカッカッカッ、と軽快に食器を叩く音が響いた。


「うま! うま! うま! うま!」


隣では。

頭に包帯を巻き、頬へ大きなガーゼを貼った華が、チャーハンを勢いよく頬張っていた。


「すっかり元気ね、華ちゃん」


麦が苦笑する。


「もちろん! 腹が減ってはなんとやら! このチャーハン、めちゃくちゃ美味しいよ!」

「ほら、食べかす落ちてる。もっとゆっくり食べたら?」


冷がティッシュを差し出す。


「もーっ、わかってるよー! 冷、お母さんみたい!」


華は頬を膨らませ、不満そうな顔をした。

その様子に麦が吹き出し、キャロライナも小さく肩を揺らしていた。


騒がしくて。

気が抜けるくらい、いつもの空気。


――しかし。

冷だけは、どこか遠くを見るような目をしていた。


脳裏に浮かぶトライデントタワーでの戦い。

無限に湧き続けてきた黒い人間体の群れに、300人のパーティー参加者たちの顔。


血まみれの華。

黄金に染まった瞳の奥に浮かんだ、螺旋の目。


そして。

アヤカを圧倒した、あの力。


(……あの時の華は、一体……)


冷は無意識に、華の横顔を見つめていた。

チャーハンを頬張りながら、「あっ、このエビ大きい!」だの、「冷も食べる?」だの、いつも通り騒いでいる。


――本当に、いつも通りだ。


トライデントタワーで見た、

あの圧倒的な存在感など感じさせないほどに。


「ん?」


視線に気づいたのか、華がスプーンを咥えたまま首を傾げる。


「どしたの、冷?」

「……別に」


冷は慌てて視線を逸らし、アイスコーヒーへ口をつける。


だが。

胸の奥には、違和感だけが残っていた。


(あの後、倒れた華をキャロさんの紹介で救急病院に運んだけど。致死量レベルの出血だったのに、一晩で傷はほとんど塞がってた。搬送された時は骨折だって何か所もあったのに、次の日には普通に歩いてたし……)


冷はちらりと華を見る。

当の本人は、何も気にした様子もなくチャーハンを頬張っている。


(……華って、どういう身体の仕組みしてるんだろ)


異常なまでの回復力。

戦闘中に見せた変化、そして――あの力。


思い返すほど、わからなくなる。


「さっきからどしたの?」


華が口いっぱいにチャーハンを入れたまま首を傾げた。


「なんでもないよ。ちゃんと噛んで食べなよ」

「もぐもぐしてる!」

「飲み込んでから喋ってネ」


キャロライナが即座にツッコミを入れ、やり取りを見ていた麦が吹き出す。


カフェの空気は穏やかだった。


人々の笑い声、食器の触れ合う音。

窓の外を行き交う人波。


つい数日前、大勢の命が危険に晒されていたとは思えないほど、世界はいつも通り動いている。


――なのに。


冷だけは、どこか落ち着かなかった。


まるで。

まだ何かが終わっていない。

そんな、嫌な予感が胸の奥に残っていた。


「アッ! そろそろホームに移動しまショ。新幹線来るヨ!」


キャロライナがノートパソコンを閉じ、肩掛けバッグへしまい込む。


「はーい」


麦も食べ終えた皿をトレイへ乗せ、椅子から立ち上がった。

冷は飲み干したアイスコーヒーのカップを手に取り、華も空になったチャーハンの皿を満足げに掲げながら立ち上がる。


「完食!」

「口の周りについてるよ」


冷が呆れ半分に返した。

四人はキャリーケースを転がしながら店内を歩き、カウンター横の返却口へトレイを戻す。


冷が空のカップをゴミ箱へ捨てると、カフェの自動ドアが静かに開いた。


外から流れ込んでくるのは、

大阪駅の喧騒。


行き交う人々に響くアナウンス。巨大モニターでは、今もなおトライデントタワー事件のニュースが流れ続けている。


そんな騒がしさの中へ、四人は並んで歩き出す。


「今回、あんまり楽しめなかったから……次はゆっくり来たいわね」


前を歩く麦が、少し明るい声で言った。


「そうだね。わたしも色々回りたいところあるし」


「たこ焼き、美味しかったヨ」


キャロライナも笑みを浮かべる。

冷は顎へ指を当てながら、


「今度は普通に観光したいかも」


と、小さく笑った。


――その時。


ふと、冷は違和感を覚える。


(……あれ?)


歩きながら、ちらりと後ろへ視線を向けた。少し後ろを歩く華が、ぼんやりと前を見ている。


「ん? どしたの?」


視線に気づいた華が、いつもの調子で首を傾げた。


「……ううん。なんでもない」


冷は小さく笑い返し、前を向く。


(……珍しい。食べ物の話なら食いついてくるのに)


改札で電子カードをかざし、四人は人混みの中へ流れていく。

行き交う人々に響き続けるアナウンス。

事件などまるで存在しなかったかのように、大阪駅はいつも通りの喧騒に包まれていた。


キャリーケースの車輪音を響かせながら、人波を縫うように進み、階段を上がっていく。


その途中。

ふわり、と生暖かい風が、四人の頬を撫でた。


階段を登りきる。


視界の先に広がっていたのは――真夏の大阪の空だった。

眩しい陽射しと、流れる白い雲。

そして、遠くで響く蝉の声。


冷は知らず知らずのうちに、空を見上げていた。


その隣で。


「帰ったらラーメン食べたい!」


ようやくいつもの調子を取り戻した華が、明るい声を上げる。


「さっきチャーハン食べたばっかじゃん……」


冷は思わず吹き出す。



四人の背中を、夏の陽射しが照らす。

その先に待つものを、まだ誰も知らないまま――。









—最後まで読んでいただき、ありがとうございました!次回もお楽しみにお待ちくださいませ!

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