表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/46

第8話 7.重圧

次の瞬間。

華の腰元に結ばれていたリボンが、音を立てて解ける。


シュルルッ――!


白い帯は瞬く間に伸び、まるで生き物の尾のようにうねりながらトライデントタワーの外壁へ突き刺さった。


ガギンッ!衝撃と共に、華の落下が止まる。


「ふぅー!間一髪!」


宙ぶらりんになった華は、額の汗をぬぐいながら安堵の息を吐いた。

眼下には、見下ろしただけで足がすくむほどの高さが広がっているが華は、まるで気にした様子もない。


「それにしても、新しいスーツすごいなぁ…」


感心したように、自分の腰から伸びるリボンを見る。


「頭で考えたことが意のままにできる!」


白いドレスの各所には、淡い桃色のラインが発光していた。

戦闘に合わせて駆動する、新型パワードスーツ。その性能は、世間に身元がバレない様に隠すだけの以前とは比較にならない。


「まるで自分に尻尾が生えたみたい」


そんな呑気なことを言いながら、華は外壁にぶら下がったまま、何気なくビルの壁面へ視線を向ける。


「……ん?」


ふと、目が止まった。

外壁に、黒い“線”のようなものが走っている。


「……こんな線、あったっけ?」

「儀式だよ」


何処からともなく、声が響いた。


華が顔を上げる。

視線の先――対面にそびえる別棟の屋上に、一つの影が立っていた。

漆黒のマントに白い仮面。

頭上では、赤い炎が静かに揺らめいている。


「――これから、実に面白いショーが始まる」


低く、よく通る声。


「そこは特等席だ。観客として楽しむといい、アイアンガール」

「……お前、アレクザールだっけ」


華の目が鋭く細まる。

だがアレクザールは気にした様子もなく、ゆっくり両腕を広げた。


「おやおや。そんな怖い顔をしないでくれたまえ」


くつくつと、喉の奥で笑う。


「これから始まるのは――神聖な儀式なのだから」

「……儀式?」

「あぁ、そうだ」


赤い炎が、ぼうっと揺れる。


「この塔に集った三百人の命を、生贄として捧げるのさ」


静かな声だった。

だからこそ、余計に恐ろしい。


「悲鳴、絶望、恐怖……人間が死の間際に放つ感情は、とても美しい。それはワタシ達影喰が最も欲しいモノだ」

「なっ……!!」


華の表情が強張る。

アレクザールは、大阪の街を見下ろしながら続けた。


「安心したまえ。すぐには終わらせない」


仮面の奥で、笑った気配がした。


「せっかくのショーだからね」

「絶対やらせない! そんなの、ぶっ壊してやる!」

「――無駄」


ゾクリ、と。


背筋を氷の指でなぞられたような悪寒が走る。


反射的に華が顔を上げた、その瞬間だった。黒い影が、頭上から落ちてくる。


いや――違う。

速すぎる。


視界が追いつく頃には、既に真横を通過していた。


横目に焼き付いたのは、ダークブルーのドレス。

三つの鋭い突起を持つ王冠。腰まで届く黒いツインテールが、夜風の中でゆらりと揺れている。

腰の赤いリボンは、尾のようにたなびいていた。


次の瞬間。

衝撃。


「――っ!!」


華の身体が、砲弾みたいに吹き飛ぶ。

トライデントタワーの外壁を削るように弾き飛ばされ、凄まじい速度で落下していく。


(やば――)


空中で体勢を立て直すより先に、華は腰のリボンを展開。意思に反応したリボンが鋭く伸び、外壁へ突き刺さる。


ガギィンッ!! と火花が散った。


「ぐっ……!」


激しい衝撃に腕が痺れる。


だが、落下は止まった。

華は再び、超高層ビルの外壁へ宙吊りになる。


その頭上。


別棟の屋上へ、アヤカは音もなく着地していた。


「……あの時の」


宙吊りのまま見上げる華の眉間に、深い皺が刻まれる。


赤く光る瞳が、真っ直ぐ華を見下ろしていた。


「やらせない」

「邪魔するなら容赦しない! 私は――お前をぶん殴りに来た女だ!」


華は腰のリボンを引き戻し、勢いよく外壁へ着地する。

ゴッ、と靴裏が壁を踏み鳴らした。


拳を構えた、その瞬間。


視界が黒紫の光に染まる。


「――っ?」


アヤカが、両腕を空へ掲げていた。


頭上へ黒い粒子が集束していく。集まり続ける闇は巨大な球体へと変わり、その表面を漆黒の稲妻が這い回る。


バチバチ、と。

耳鳴りにも似た不快な音。

空間そのものが軋むような重圧が、周囲を満たしていく。


「ブラック――ストライク」


静かな声。

直後、アヤカが両手を突き出す。

放たれた二つの黒球が空中で激しく歪み――融合。

さらに巨大化した闇の塊が、稲妻を撒き散らしながら一直線に迫る。


「っ……!!」


速い。

避けきれない。


次の瞬間。


黒紫の閃光が、華を飲み込んだ。


――轟音。トライデントタワーの外壁が、大きく揺れた。





****************************





「今の音、なに……?」


床から伝わってきた振動に、冷が顔を上げる。

照明の落ちた通路。


冷は先頭、最後尾には麦。

二人で三百人近いパーティー参加者たちを誘導していた。


「地震……なのか?」


参加者の一人が、不安げに呟く。


「このビル、震災対策は世界最高レベルって聞いたぞ……でも、今の揺れ……普通じゃなかった」


隣の男も顔をこわばらせながら口を開く。


「まだ携帯繋がんねぇ……圏外のままだ」

「どうなってるんだよ、くそ……!」


後方では苛立ち混じりの声も上がり始めていた。

先の見えない暗い通路。

極限状態が続く中、抑えていた不安が少しずつ表に出始めている。

冷はその様子を横目で確認すると、耳元へ指を当てた。


「麦、そっちの様子は?」

『大丈夫。少し余裕が出てきて、みんな喋り始めたところ』

「了解。引き続きお願い」


耳元を二度タップ。


通信先を切り替える。


「キャロさん、そっちはどうですか?」

『んー……メインシステムにアクセスしようとしてるんだけどネ。このビルの管理AIが、外部接続を全部遮断してるヨ』

「解除はできそうですか?」

『厳しいネ。トライデントタワーの制御システムは、完全独立型の自律AI。ハッキング対策も国家レベルだからサ』


キャロライナの声色が、少しだけ重くなる。


『本来なら安全のためのシステムなんだけド……今回は逆に閉じ込められてる状態ネ。通信機器が圏外なのも、その影響だと思うヨ』

「そんなものまで……」


冷の表情が強張る。

脳裏に浮かぶのは、あの仮面―アレクザール。


思い出しただけで、

背筋を冷たいものが走った。


『おそらくだけド……AIそのものを乗っ取られてるネ。冷チャンが遭遇したアレクザールってやつの仕業と考えるのが自然ヨ』

「……そんなことまで出来るんだ」

『引き続きやってみるヨ。そっちも気をつけテ』

「はい、ありがとうございます」


通信が切れる。


冷は小さく息を吐いた。

新型パワードスーツの機能の一つ――遠隔通信。それが今、唯一の連携手段だった。


「なぁ、アンタ」


背後から声が飛ぶ。

冷が振り向くと、中年の男性が不安そうな顔でこちらを見ていた。


「最近ニュースでやってる、“アイアンガール”ってやつ……だろ?」

「えぇ、まぁ……」


男は唇を震わせながら、冷を見つめる。


「オレ達……助かるのか?」


その表情は、ひどく怯えていた。

後ろにいるパーティー参加者たちも同じだ。不安に揺れる目と張りつめた空気。


誰もが、“助け”を求めている。


真正面からその視線を受けた瞬間、冷は息を詰まらせた。胃の奥に、重たいものが沈む。


(……答えなきゃ)


だが――脳裏に浮かぶ、アレクザール。


肌に焼きついた圧倒的な恐怖。

喉が、わずかに震えた。


――それでも。


冷は小さく拳を握る。

震える瞼に力を込め、ゆっくりと顔を上げた。


「……はい」


一拍。


そして、はっきりと言い切る。


「必ず、助けます」


その言葉に、参加者たちから小さく安堵の息が漏れた。張りつめていた空気が、ほんのわずかに緩む。


「…っ」


気づかれないよう、冷は小さく息を吐いた。

心臓だけは、まだ激しく脈打っている。


(……これが)


両肩に、見えない重みがのしかかる。


(“守る”って……ことなんだ……)


その現実が、ずしりと身体の奥へ沈んでいく。

今まで体感したことのない確かな重圧に、足先が鉛みたいに重くなっていく。

知らなかった責任の重さに、呼吸の仕方すら少しぎこちなくなる。


(華はずっと、これに……)


冷の拳に、自然と力が籠った。


思い返せば、華はいつだって前に出ていた。


初めて出会った時も。

影喰との戦いでも危険な場面では、必ず。


参加者たちの安堵した声を背に、冷は照明の落ちた通路を進む。

先の見えない暗闇を、足先で探るように。


(その裏で……こんな恐怖と責任を、一人で抱えてたのかな……)


沈んでいた瞼が、少しだけ上がる。


無邪気に笑って。騒いで。

好き放題やっているように見えていた。



でも、本当は―

誰よりも前で、“守る側”に立ち続けていた。



冷は、ゆっくり息を吸う。


(今も華は、外で戦ってるんだ……)


その瞳に、静かな決意が宿っていた。




**************************************************

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ