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第8話 4.計画

「トライデントタワー……天にそびえる、三叉の塔」


――その頃。


トライデントタワーから少し離れたビルの屋上に、二つの影があった。

足元には、大阪のネオンが広がっている。


その光に照らされて浮かび上がるのは、巨躯の男。

低く、よく通る声が、静かに夜へと溶けていく。


身の丈は三メートルほど。

全身を覆う漆黒のマントは、風もないのにゆらりと揺れていた。


顔には、模様のない白い仮面。

感情を一切映さない、無機質な面。


そして――その頭上では、赤い炎が絶えず揺らめいている。


「人間は愚かだね。どの時代でも、高いものを作りたがる」


アレクザールは、わずかに首を傾ける。


「まるで、自分たちの優位を誇示するかのように……ね。アヤカ君」


背後に立つ少女は、夜景を見下ろしていた。

三つの鋭い突起を持つ王冠。腰まで届く黒いツインテールが、ゆるやかに揺れる。

ダークブルーのドレス。

腰の赤いリボンが、尾のようにたなびいた。


少女――アヤカの瞳が、ゆっくりと見開かれる。その奥で、瞳孔が開き、赤い光が静かに宿る。


「……時代が進むほど、醜くなるね」

「大阪に来たことがあるのかい?」

「……昔ね」


アヤカは目を細めた。

その視線には、わずかな嫌悪がにじんでいる。


「さて――あのトライデントタワー」


アレクザールは、夜空に突き立つ三つの塔を見上げる。


「明日は、多くの人間が集まるらしい。作戦には、うってつけの舞台だと思わないかい?」

「……そうだね」


短く返すアヤカ。

その声には、感情がほとんど乗っていない。


アレクザールは、愉しげに喉を鳴らした。


「あそこには、“我々のデータ”が保管されている可能性も高い。ついでに――消しておく必要もある」

「……また、何かやるの?」

「ああ」


わずかに口元を歪める。


「明日は、多くの観客が集う。だからこそ――」


夏の夜風が、マントを大きくはためかせた。


「とっておきの“ショー”を披露する」


一拍、間。


そして、低く告げる。


「あの塔を――生贄の祭壇に変えるのさ」


その言葉は、夜に溶けるように静かだった。


だが次の瞬間、

屋上に吹き抜けた風が、温度を失ったかのように冷たくなる。


ネオンが瞬いた。


わずかに――ほんの一瞬だけ。

トライデントタワーの灯りが、不自然に揺らぐ。


「……」


アヤカは、黙ってそれを見ていた。


遠くにそびえる三つの塔。その頂は、まるで空を突き刺す槍のように夜空へ伸びている。

くるりと踵を返すアレクザール。


「楽しみだね」


黒いマントが、大きく翻る。


その足元から、影が滲むように広がり――二人の姿を、ゆっくりと飲み込んでいく。

最後に残ったのは、夜風だけだった。


――そして。


遠く離れたトライデントタワー。


最上階のガラスに、ひびのような“何か”が一瞬だけ走る。


それは、誰にも気づかれないほど小さく。

だが確かに――そこに“兆し”として刻まれていた。





****************************





夏は日の出が早く、朝四時ごろには外が明るくなる。

午前九時を回れば気温は三十度を超え、外での活動が厳しくなる季節だ。


そんな中――

ホテルのクーラーが効いた一室で、着替えをする少女たちの姿があった。


「……」


麦は一人、全身鏡の前で固まっていた。


目を限界まで見開き、

まるでこの世の終わりのような表情を浮かべている。


(……どうしよう)


ふと、視線が腰元へ落ちる。

そこにあるのは――途中で止まったままのファスナー。


(これ以上……上がらない……!)


予想以上にふくよかになっていた自分の体型に、麦はひとり静かに頭を抱える。


(え……去年までこのサイズでいけてたのに……)


脳裏に浮かぶのは、ケーキやお菓子を頬張る自分の姿。


(もしかして……増えた?体重……)


じわじわと現実が押し寄せ、眉間にしわが寄る。

その後ろでは――


「ねえ見て!どう?」

「似合ってるよ、すごく」


華と冷、そしてキャロライナが、楽しそうにドレスを見せ合っていた。

事前に仕立てられたドレスは三人ともぴったりで、華やかな空気が部屋の中に広がっている。



――ただ一人を除いて。



(……混ざれない……)


麦はそっと壁に手をつく。

背後から聞こえる楽しそうな声が、ほんの少しだけ遠く感じた。


「麦ー?どうしたの?」


華の声。

びくっと肩を揺らす麦。


「な、なんでもないわよ!」


反射的に返すが――


「……なんでもない顔じゃないけど」


冷がじっと見ている。


(バレてる……!)


一瞬の沈黙。

そして。


「……チャック、上がらないの」


観念したように、小さく呟いた。


「え?」

「ちょっと貸して」


冷がすっと近づく。

麦の背中に手を回し、止まっているファスナーに指をかける。


「……ん」


ぐっと力を込める。


――が。


「……あ」


止まる。


「……あ」


3人同時に、同じ声。


「やっぱり無理よね?!無理よねこれ?!」


一気に顔を赤くする麦。


「ちょ、ちょっと待って、角度変えれば……!」


冷も珍しく焦る。

その様子を見ていた華が、にやっと笑った。


「任せて!」

「え?」

「こういうのはね――勢い!」

「やめて!!」


ガッ――!


「いっっっっっ?!」

「閉まった!!」

「閉めたわね今無理やり!!?」


部屋に、わちゃっとした声が響く。


一瞬の静寂。

そして――


「……大丈夫?」

「……き、きつい…………」


麦は、ぎこちない笑みを浮かべた。


それを見たキャロライナが、くすっと笑う。


「パーティー終わるまで、我慢ネ」

「長い戦いになりそうだわ……」


そんなやり取りの中で、さっきまでの重たい空気は、すっかり消えていた。


「……」


鏡の中。

少しだけ苦しそうに、それでも綺麗にドレスを着た自分がいる。


(……ダイエットしよ…)


麦は小さく息を吐いた。




****************************




「わぁあああ!見てみて!あんな料理、見たことない!」


会場に入ってすぐのことだった。

すでに会場には、多くのVIPや建設関係者、各業界のトップが集まっている。

誰もが落ち着いた所作で談笑を交わし、上品な空気が満ちていた。


――その中で。


「……じゅるり」


華だけが、テーブルに並ぶ料理に釘付けになっていた。


「はしたない!」

「きゃうん!?お腹空いたよー!」


冷に首根っこを掴まれるように引き戻される華は、まるで子犬のようだ。


「あはは、華ちゃんはほんとブレないわね」

「マイペースガールだよネ」


麦とキャロライナは、くすくすと笑い合う。


そんな4人は――

普段とはまるで別人のように、華やかなドレスに身を包んでいた。


華は、白を基調としたドレス。

軽やかなチュールが何層にも重なり、動くたびにふわりと揺れる。

肩まわりには透け感のあるレースがあしらわれ、柔らかな印象を引き立てていた。


胸元には小さなパールの装飾。

頭にはシンプルな白いカチューシャ。

無邪気さをそのまま形にしたような装いだった。


冷は、黒のドレス。

全体は細身のシルエットで、無駄のない洗練されたデザイン。

肩には控えめなフリルが施され、硬さの中に柔らかさを添えている。


背中側はわずかに開いており、上品な抜け感を演出。

金色の髪は高い位置でまとめられ、首筋がすっきりと見える。


静かで凛とした空気を纏っていた。


麦は、水色のドレス。


やや光沢のある生地が、照明を受けて涼やかに輝く。

スカートのサイドにはスリットが入り、歩くたびに脚がさりげなく覗いた。

ノースリーブのデザインが、軽やかで大人びた印象を与える。

片側だけまとめたヘアアレンジが、柔らかな雰囲気を際立たせていた。


上品さと女性らしさが自然に溶け合っている。


キャロライナは、ライトグリーンのドレス。


淡い色合いの布地に、花を模したレースが肩から胸元にかけて広がる。

細やかな刺繍が施され、まるで庭園の一部を切り取ったかのような美しさだった。

ウエストはきゅっと絞られ、裾に向かって優雅に広がるライン。

動くたびに、異国の風を思わせる気品が漂う。


四人四様のドレス。

それぞれの個性をそのまま映したような装い。


だが――


「ねぇ、あれ絶対おいしいやつだよね!」


一人だけ、視線は料理に釘付けである。


「……あとでね」


冷は小さくため息をついた。


「IT企業から政財界の重鎮、各分野の企業トップに軍事関係者、建設関係者まで……。顔の広さが分かるパーティーだネ」


視線の先では、スーツ姿の男女がグラスを片手に談笑している。どの顔もニュースや経済誌で見かけるような人物ばかりだった。


「トップ企業にのし上がるには、多方面との関係と支援が不可欠です。そういう意味では……渚隆司の人徳、とも言えますよね」


冷はどこか納得したように呟く。

キャロライナは、シャンパングラスを軽く揺らした。


「……半分イエス、半分ノーだネ」

「え?」

「人が集まる理由は、必ずしも“好意”だけじゃないヨ」


キャロライナの青い瞳が、会場を静かに見渡す。


「ビジネスの世界では、“この人と組めば得をする”“逆らえば損をする”……そういう計算も働くネ。特に渚財閥くらい大きいと、なおさらサ」

「つまり……」

「尊敬されてる人間もいれば、利用してる人間もいる。逆に、利用されてる人間もいるってことネ」


麦が小さく目を丸くする。


「なんだか、怖い話ね……」

「大人の世界ってそんなものヨ」


キャロライナは肩をすくめた。


「渚財閥は建設だけじゃない。情報通信、AI、防衛技術、エネルギー、都市インフラ……今の日本の基盤に深く入り込んでる。ここにいる人達の多くは、何かしらで渚と繋がっているネ」

「このパーティーは…」


冷は会場を見渡す。


「顔合わせだけじゃなくて、“確認”の場でもあるんだ」

「そうネ」


キャロライナは口元を少しだけ緩める。


「誰が味方で、誰が中立で、誰が敵になり得るか――」

「そんなの、笑いながら見極めるのかしら?」


麦は思わず眉をひそめた。


「笑顔の裏でね」


その言葉に、一瞬だけ空気が冷える。

真面目な話をする中、華だけがローストビーフの山を見ていた。


「……うわ、うまそ!」


華の視線は、すでに料理へ固定されていた。


「花より団子」


冷の冷静なツッコミに、麦が思わず吹き出す。


「渚隆司って、見た感じ強引そうではあるけど……」


冷は小さく目を細めた。


「お父さんが“嫌ってる”っていうのは、そういう部分なのかな」

「かもしれないネ」


キャロライナは短く答える。


「結果を出す人間は、時に“正しさ”より“勝ち方”を選ぶ。渚隆司は、そういうタイプに見えるヨ」

「……勝つためなら、なんでもする?」

「そういう人間ほど、高い場所を目指すネ」


キャロライナの視線が、窓の向こうにそびえる二つビルへ向く。


「このタワーみたいにネ」

「なるほどぉ!」


ちらりと視線を向けると、華の頬が大きく膨らんでいた。口をもごもごと動かしながら、何かを口に含んでいる。


「……何食べてるの?」


冷がジト目で尋ねた。


「あそこにあったステーキ!噛むと肉汁がいっぱい出てきて、すっごくおいしい!こんなお肉、食べたことない!」


目を輝かせる華に、麦が吹き出す。


「あははは。華ちゃんに難しい話は向いてないわね」

「本当に。華らしいといえば、華らしいけど」

「その時を全力で楽しんでるって感じがするよネ」


呆れながらも笑みを浮かべる三人に、華はちらっと振り向いた。


「だって――」


一度、口の中のものを飲み込む。


「今の楽しいって、その時しか味わえないじゃん」


まっすぐな瞳が三人を映す。


「だから、後悔しないように楽しまなきゃ」


一瞬、三人の間に小さな静けさが落ちた。


「……」

「……なんか」


麦が目を丸くする。


「たまに、すごくいいこと言うのよね」

「“たまに”って何さ!」


華がむっと頬を膨らませる。


「……そうかもね」


冷は小さく笑った。


「あ」


モグモグ食べていた華は、何かに気づき振り向く。その視線の先には金色のスーツに身を包んだ渚隆司の姿があった。


「えぇ…すごいスーツだね」

「悪趣味、成金の豚」

「麦?!」


続いて冷も気づき眉を顰める隣で、麦は冷静な顔で毒づいていた。しかし、華だけは何処か不思議そうな目で渚隆司を見ている。


「そういえば、渚社長に挨拶はしてこなくていいノ?」

「あ、そうだった。ちょっと行ってきます」


キャロライナに言われ思い出した様子の冷は、3人の元を離れ、パーティーを楽しみ来客の中へと消えていった。





***************************

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