第8話 2.語られる真実
カラン、とコップの中で氷が溶け、軽くぶつかる音が響く。
施錠された富谷邸のリビングは、最新式のクーラーによって冷やされている。
先ほどまでの気だるい暑さが嘘のような、快適な空間だった。
テーブルを挟み、キャロライナと冷、華、麦の三人が向かい合う。
四人は、真剣な表情で話し合っていた。
「……わたしたちのパワードスーツは、その第三開発機構で作られた……?」
「そうネ。四年前から開発が始まって、何度も試作を重ねた。今の形に落ち着くまで、企画を通すのも大変だったヨ」
キャロライナはコップを手に取り、麦茶を一口飲む。
その仕草の一つ一つが、どこか異国の雰囲気をまとっていた。
一方で華は、アイスの棒をもしゃもしゃとかじりながら話を聞いている。
あまりにも気の抜けた様子に、緊張感が少しだけ緩んだ。
「今回キャロが日本に来たのは、アナタのお父さんから頼まれたからネ」
「何を……頼まれたんですか……?」
冷はごくりと息を飲む。
「パワードスーツの修理とアップデート。今後度重なる戦闘で、目に見えない損傷も出てくル。随時機構の更新をしないと、これからの脅威には対抗できない――そういう判断ネ」
「……え?」
冷の表情が、わずかに揺れる。
「脅威って……」
「……えぇ。影喰のこと、知っているネ」
その言葉に、華の手がぴたりと止まる。
アイスを持ったまま、動かない。
麦もまた、視線をキャロライナに向けたまま固まっていた。
「なんで知ってるの?」
もぐもぐとアイスを食べながら、華が問いかける。
「……アァ。うーん」
キャロライナは少し困ったように眉を下げ、額に手を当てる。
「……ま、いっカ」
大きくため息を吐き、キャロは顔を上げた。
「貴女たちは最前線にいる。だから、情報開示は当然の義務ネ。影喰の存在は、もはや一部の騒動じゃない。世界規模の脅威になりつつあるノ」
告げられた言葉に、三人の視線が集まる。
「始まりは四年前。世界各地で突発的な災害が発生し、多くの犠牲者が出た。その遺体の中から、謎の生命体が発見された……それがすべての始まりだっタ」
キャロライナは、組んだ手に顎を乗せる。
その眼差しが、鋭くなる。
「その生命体の体には、紫の水晶が埋め込まれていた。それが“影喰”の原型ネ。銃も効かない。兵器も通じない。不死身に近い存在で、人を殺す本能だけを持つ化け物」
小さく息を吸い、続ける。
「……でも、そんな影喰に対抗できる人間がいた」
一瞬の間。
「それが――富谷咲」
「……え?」
冷の口から、かすれた声が漏れる。
「そう。貴女のお母さんだネ」
「……え」
言葉が、続かない。
理解が追いつかず、冷の思考が止まる。
「初めて聞く話かもしれないネ。貴女のお母さんは四年前、“光核”の力で影喰と戦っていたノ」
「ちょ、ちょっと待って……!」
ようやく絞り出した声は、反射的なものだった。
「ど、どういうこと……?お母さんが……え……待って……意味が……」
「表向きは“不治の病”で亡くなったことになっている。でも、それは事実じゃない。影喰との戦闘で命を落とした……それが真実ネ」
「……え」
次々と告げられる事実に、冷の反応が薄れていく。
言葉が出ない――それが正しかった。
「“不治の病”の正体は、影喰の攻撃の一種。体内の臓器を腐食させていくものネ。貴女のお母さんは、それを受けてしまった」
「…」
「残念だけど、現代の医学では治せなかった。ただ、死を待つしかなかったノ」
「……っ」
冷は口元を押さえる。
その瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
その様子を見て、華は静かに目を細める。
麦もまた、眉をひそめていた。
「お母さんが亡くなった後――お父さんは、影喰に対抗する兵器の開発に没頭したネ。いつか現れる、“光核の力を持つ者”のために」
キャロライナはソファに身を預け、少しだけ力を抜く。
「生前、お母さんがこんなことを言っていたノ。“光核の力は、もともと一つだった”って」
「……一つ?」
麦が反応する。
「何らかの理由で、その力はいくつかに別れ地球上の彼方此方に飛んでいった。そして、いくつかあるその力に選ばれ授かった者がいる――そういう話ネ」
三人は、互いに顔を見合わせる。
「そう。貴女たちのことネ」
「……この出会い、偶然じゃなかったんだ」
華が、確信を帯びた声で言う。
「今この世界で、影喰に対抗できるのは貴女たち三人だけ。そして第3開発研究機構は、全力で貴女たちをサポートするネ」
キャロライナは、ソファ横に置いていた二つのキャリーケースのうち一つをテーブルに乗せ、ふたを開けた。
「これは第三開発研究機構から持ってきた、最新型のコネクター。
三人の戦闘データをもとに、動作を補助する最適化プログラムを一段階向上させているネ。戦闘能力の底上げを目的としたモデルヨ。
それと――今までのは少し無骨だったから、デザインも可愛くしてみたネ」
説明を聞きながら、三人は中を覗き込む。
中に入っていたのは、帆布製の小ぶりでおしゃれなリュックだった。
白、黒、水色の三色が並び、その隣には三つの腕時計が収められている。
「えっ、かわいい……!」
思わず、麦の口から本音がこぼれる。
「試作型は箱型だったけど、今回は日常でも使えるデザインに変えたネ。女の子が使いから、可愛いものにしたのネ」
「こっちの腕時計も新しいの?」
じっと見ていた華が、腕時計を指さす。
「機能は同じ。デザインを一新したネ」
「へー!かわいい!」
華が目を輝かせる。
「あ……今日来た本題を忘れるところだっタ」
キャロライナは、小ぶりなバッグから三通の手紙を取り出した。
「はい、これネ」
「なにこれ?」
華は首をかしげながら受け取る。
「主任の友人が、新しく完成したビルのオープンパーティーを開くらしいネ。でも本人は出られないから、代わりに行ってほしい――そういう伝言ヨ」
「……わたしが、代わりに?」
冷は手紙を見つめる。
その表情には、どこか乗り気でない様子がにじんでいた。
「しかも三人分、あるのね」
困惑気味に、麦も手紙を受け取る。
「キャロも招待されてるからネ。四人で参加するネ」
「で、場所はどこ?」
華は手紙を二本の指で挟み、ひらひらと揺らしながら尋ねる。
「えーっと……アァ、大阪ネ!」
「「「お……大阪?!」」」
三人の声がぴたりと重なる。
その声に驚いたのか、庭の木に止まっていた蝉がジジッと鳴き、
どこかへ飛び去った。
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真夏の日。
雲一つない快晴の空を背景に、聳え立つ日本屈指の山――富士。
その足元を、今日も新幹線が軽快に通過していく。
「んー!駅弁美味い!」
弁当を片手に笑顔を浮かべる華は、昭和の男児みたいに口いっぱいにおかずをかっこむ。
隣に座る冷は、そんな彼女を横目に、スマートフォンの画面をぼんやりと眺めていた。
「何見てるのー?」
「明日パーティーで行く、トライデントタワーを見てたんだよ」
「世界一高い“三つ子のビル”なのよね。スカイツリーの次に高いんだったかしら?」
「そうだね。オーナーは渚財閥の渚隆司。二十八歳で社長に就任して、当時経営不振だった企業を立て直し、トップ企業まで押し上げた実績を持つ人物」
「やり手の社長さんなのね」
話を聞きながら、麦は駅で買ったポテトチップスを一口つまむ。
「渚財閥は第三開発研究機構と兄弟企業にあってネ。互いのトップが友人関係ってこともあって、今回のパーティーに顔を出さないわけにはいかないノ」
「娘や友達でも、大丈夫なんですか?」
冷は、ふとした疑問を対面に座るキャロライナへ向けた。
「こういう場は“関係性”が大事なのネ。家族名義なら問題ないヨ」
「で、で!パーティーってことは……七面鳥とか出るんだよね?!」
「どこに食いついてるの」
呆れたようにため息をついた冷は、ぐいっと身を乗り出した華の頭に軽くチョップを入れる。
「料理は一流のシェフ達によるおもてなしだから、きっとあると思うヨ。各国の料理が来場者を迎えるはずネ」
「んんんー!めっちゃ楽しみ!」
そう言って華は三個目の駅弁の封を開け、
かぶりつくように食べ始めた。
「ただ、会場ではなるべくおしとやかにしてネ。来る人達は各企業のお偉いさんや政財界のトップ、それに軍関係の人達もいるからサ」
「そんな大事なパーティーに、あたし達みたいな一般人が出向いていいのかしら……って思っちゃったわ」
「マァマァ。富谷家の令嬢とその友人っていう、ちゃんとした立場での参加だから大丈夫ネ。キャロも第三開発研究機構のメンバーとして顔を出すからサ」
「大変ですね」
「ハハ、本当は開発主任が現場を離れちゃいけないんだけどネ。貴女達のバックアップができるのは、キャロしかいないからサ」
複雑な笑みを浮かべるキャロライナは、
先ほど駅で買ったハンバーガーを一口かじる。
「光核の能力についても、多少は詳しいからネ。その点でも、貴女達の助けになれると思うノ」
「……この力が出るようになって、まだ間もないんです。出し方や使い方はなんとなく分かってきたけど、まだ曖昧で」
冷は自分の手を見つめながら、目を細める。
「アタシも。冷ちゃんや華ちゃんより、全然まだ扱えてないし……もっと練習して、自由に使えるようにならないと」
「向上心があっていいネ。で、華ちゃん……だよネ?君は力が使えるようになって、どれくらいになるのかな?」
尋ねられた華は、箸を止める。
少し視線を上に向け、考え込んだ。
「うーん……いつからだったかなー……。四年前くらい?」
「じゃあ、冷ちゃんのお母さんと同じ時期に使えるようになったのネ。面識はないノ?」
「ううん、ないよ!」
華はおにぎりをもぐもぐ食べながら答える。
「ちょっと、気になったことがあるんですけど。昨日家で話してた、“いくつかある力をわたし達が授かった”って言ってましたよね。それって、一人が二つの力を持つこともあるんですか?」
少し身を乗り出した冷の質問に、
キャロライナはこめかみに人差し指を当て、思い出すように考える。
「貴女のお母さんから聞いた話だと、力は一人につき一つしか持てないと言っていたネ。光核の力は質量が大きすぎて、人間の器では一つが限界なのサ」
「……この前、沖縄で華が戦ったブラックナイト、宙に浮きながら黒い攻撃をしてきたって言ってたんです。だよね、華?」
「そうそう!ぷかぷか浮きながら、黒いのいっぱい出してきたんだよ!」
「うーん……一人が二つの能力を持っているってこと……?」
キャロライナは、わずかに目を細めた。
「……それは、少し厄介な話になるネ」
キャロライナは新幹線の座席に背中を預ける。
顎に手を当て、眉間にしわを寄せた。
「……まだ未知の段階だから、可能性の話になるけド。あるとすれば――」
ゆっくりと顔を上げる。
「ブラックナイトは、人の形をした――“人ではない何か”」
キャロライナの言葉が、静かに落ちる。
その瞬間――車内の空気が、わずかに沈んだ。
規則正しく流れていたはずの走行音が、やけに遠く聞こえる。
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
冷は視線を落としたまま、指先をわずかに握る。麦もまた、手にしていた袋を持つ手を止めていた。
何気ないはずの移動時間が、ほんの一瞬だけ別のものに変わる。
新幹線は変わらず走り続けている。
けれどその中で、確かに“何か”だけが静かに重く沈んでいた。
「――ねぇ」
不意に、華が口を開く。
「これってさ」
二人の視線が、ゆっくりと向く。
「……当たりじゃない?!」
一瞬の沈黙。
華は無邪気な笑みを浮かべる。
そして、駅弁のふたの裏を三人に見せた。
そこには、「大当たり」とひらがなで書かれていた。
「ね?ね?当たりでしょ!」
ぐいっと身を乗り出す華に、
冷は小さく息を吐く。
「……緊張感って言葉、知ってる?」
「知ってるけど、当たりはうれしいじゃん!タダでもう一個駅弁もらえるんだよ!大事なことじゃん!」
むしろ堂々と胸を張る華に、
麦は思わず吹き出した。
「引き当てた私エライ!えっへん!」
さっきまでの重苦しさが、少しだけほどけていく。
トンネルを抜けた車窓の外では、変わらず夏の景色が流れていた。
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