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第8話 1.来訪者

更なる気温上昇に伴い、

連日、各地で過去最高の猛暑を観測する地域が相次いでいる。

日中は、猫すら外を歩かない真夏日が当面続くと、ニュースキャスターは原稿を片手に語っていた。


しかし、夜から朝方にかけては、

気温もいくぶん落ち着きを見せている。


そんな中――青崎市の中央を流れる川にかかる大きな橋の下で、

一人の少女がうなじに汗を浮かべながら特訓をしていた。


「すぅー……」


静かに息を吐き、肩の力を抜く。


ミルクティーベージュに近い、

くすみがかったピンクのロングヘアーがふわりと揺れる。

レイヤーカットの髪はやや乱れ、汗で頬に張り付いていた。


服装は、ワンサイズ大きいTシャツに膝丈のハーフパンツ、そして運動靴。ラフな格好だ。


「こうして……」


少女は両手を広げ、ゆっくりと目を閉じる。


次の瞬間、黄色い光が走る。

幾重にも折り重なり、半透明の障壁が形成される。

表面には幾何学的な紋様が浮かび上がった。


左手を下ろし、右手だけでそれを支える。

ゆっくりと、左右に動かす。


「やっと……片手でできるようになった……」


安堵の息をつき、麦は肩の力を抜いた。

ふと、障壁越しに河川敷の坂を下りてくる人影が目に入る。


見慣れた姿に気づき、麦は大きく手を振った。


「おはよ」


やって来たのは、富谷冷だった。


金髪は高い位置でまとめられ、動きやすいポニーテール。

黒い半袖シャツにジャージ姿という、いかにもトレーニング中といった格好だ。


「……ここで練習?」

「うん。もう少しバリアを長持ちさせたくて」

「奇遇だね。わたしも練習しに来たんだよ」

「え?そうなの?…まぁ、ここ人目につきにくいし、やりやすいのよね」


軽く言葉を交わす中で、麦はふと周囲を見回した。


「華ちゃんは?今日は一緒じゃないの?」

「先に家を出たから、てっきりここかなって……」


――その時。


後方で、轟音が響いた。


反射的に振り向く二人。

音の出どころを探るように目を向ける。


川の中央、浅瀬のあたり。


そこに、一人の少女が拳を突き出したまま立っていた。

遅れて衝撃波で巻き上げられた水が、雨のように降り注ぐ。


「…ほら、いた」

「ああ、ほんとね」


こうして三人は、いつものように合流する。

朝の光が、水しぶきの中で静かにきらめいていた。




****************************




「あー、動いた動いた!」


通りがかった公園から、セミの鳴き声が響いてくる。

朝六時半。太陽はすでに高く昇り、じりじりと熱を振りまいていた。


「気になってたんだけど、華ちゃんっていつもどんな練習してるの?」


麦は、隣を歩く華に尋ねる。


「んーっとね……まず十キロ走るでしょ。次に筋トレして、型の打ち込みやって、最後はシャドーナックル!」

「シャドー……ナックル?」

「そそ!力尽きるまで全力で拳を打つ!」

「話だけ聞くと、格闘家みたいね……」


予想以上の内容に、麦の目が点になる。


「冷ちゃんは、どんな練習してるの?」

「……わたしは、光弾を安定して撃つ練習かな。最近は、形を変えて別の使い方ができないか試してる」

「そういえば沖縄のとき……光弾を変形させて、ブーメランみたいにしてなかった?」

「うん。あの大きな影喰の口は切り裂けたけど……一回ごとに、すごく集中力を使うんだよね。まだ連続ではできないのが難点」

「え?なになに、新しい技!?」


華がぐっと顔を寄せる。


「うん。ライトバレットスラッシュ……っていう技なんだけどね」

「かっこいい!めっちゃいいじゃん!」

「へぇ……冷ちゃんって、意外と技に名前つけるのね」

「ま、まぁね……」


ちらりと華を見て、照れたように小さく咳払いをする。


(誰かさんの影響でね……)


「アタシなら……何かしら」

「見た感じバリアだから、バリアブル……とかいいんじゃないかな?」

「バリアブルかー……」


麦は自分の両手を見つめながら、うーん、と唸る。


「色々考えとくわ!」


(……すごい楽しそうな顔してる)


二十歳の女子大生が目をきらきら輝かせているのを、

隣を歩く冷は、どこか冷静な目で見つめていた。


「そういえば、沖縄のホテルで話してた変身中のお互いの呼び方。結局どうするの?」


ハっと思い出した麦は、冷に尋ねる。


「そうだなー…わたしも色々考えたんだけど、シンプルなのがいいよ。すぐお互い覚えて反応できそうな感じの…」

「そうよねぇ…華ちゃんは決めた?」

「うん!」


親指を立てる華は、自信満々の表情を浮かべていた。


(まさか、食べ物とかじゃないよね……)

(沖縄のTシャツのせいで、エビフライが頭をよぎるわ……)


警戒気味の二人は、ごくりと唾を飲み込む。


そして――華が口を開いた。


「グレア!」

「……グレア?」

「うん!まぶしいって意味!アタシっぽくない?」


一瞬、間が空く。


(……よかった、食べ物じゃない)

(エビフライじゃなかったわね……)


安堵した二人は、そっと胸をなでおろす。


「冷と麦は?どんな名前にするの?」

「……わたしは、ノワールかな。フランス語で“黒”って意味だよ」

「かっこいい!冷っぽい!で、麦は?」

「あ、アタシは……うーん……能力がバリアだから――」


眉をひそめ、難しそうな顔をする麦。

それを見た冷は、少し首をかしげる。


人差し指を顎に当て、少し考えた。


「……セレスは、どうかな?」

「セレス?って?」

「ローマ神話の女神の名前で。穀物とか、大地を司る存在なんだ」

「へぇ……」


麦は小さく呟き、自分の手のひらを見つめる。


「守る力とも、ちょっと合ってる気がして……あと、麦だしね」


ぽつりと付け加える冷に、

麦は一瞬きょとんとしたあと――


「あ……そっか」


じわりと、表情がほどけていく。


「セレス……いいわね」

「おお!なんかそれっぽい!」


華が楽しそうに声を弾ませる。


「じゃあ決まり!これで変身中も気兼ねなく呼び合えるじゃん!」

「まずは慣れるところからだよ。華ってば、絶対癖で本名呼ぶでしょ」

「だ、大丈夫だって!」


慌てて否定する華を見て、冷は疑いの目を向け、小さくため息をつく。

強まる日差しを感じながら、三人は他愛ない会話を続けていた。

やがて、富谷邸の近くまでやってくる。


ふと、何かに気づいた華が足を止めた。


「……あれ、誰かいる」


冷と麦も足を止める。

門の前には、見慣れない人物が一人立っていた。


敷居の隙間から庭を覗き込もうとしているその様子に、三人は警戒の視線を向ける。


「冷、知ってる人?」

「知らない。誰だろう……」

「宗教勧誘かしら?」


そんな会話をしていると、相手がふいに振り向いた。

そして、大きく手を振ってくる。


「……クリスチャントの知り合いかな?」


首をかしげながら、冷が歩き出す。

華と麦も、その後に続いた。


近づくにつれ、相手の姿がはっきりしてくる。

背が高く、肩を少し越えるブロンドヘア。透き通るような青い瞳。

白いワンショルダーに、メンズライクなワークパンツというラフな服装だ。

両手で、少し大きめのキャリーケースを転がしている。


「海外の人……?」


華が小さく呟いた、その瞬間だった。


「わーお!きゅーと!」


満面の笑みを浮かべた女性が、勢いよく距離を詰める。

そして――むぎゅっと、華に抱きついた。


「わ、わ!なになになに!?」

「ジャパニーズガール、キュート!」

「やっぱり海外の人じゃん!え、えくすきゅーずみー?!」

「謝罪してどうするの」


冷静なツッコミを入れる冷へ、今度は女性が飛びつく。


「んー!きゅーと!きゅーと!」

「え、え……ちょ」


さらに視線は麦へ。

そのまま移動して抱きつき、頬をすりすりし始めた。


「あの……どちらさまですか……?」

「ごめんなさいネ。つい可愛くて、愛でてしまっタ!」

「あ、日本語だ」


華がぽつりと呟く。


「急にごめんなさい。えーっと……ここ、富谷さんのお宅で合ってるよネ?」

「そ、そうですけど……何か御用ですか?」


冷が一歩前に出て応じる。


「申し遅れました!キャロライナ・エミリーと申しますネ!第3開発研究機構から来ました!」

「第三……開発機構?」


聞き慣れない言葉に、冷はわずかに眉をひそめる。


「イェス。あなたのお父さんが指揮をとる、世界政府直属の、極秘開発機構だネ」

「え……」


冷の目が見開かれる。

口が、わずかに開いたまま固まった。


「き、聞いたことない……」

「やはり主任は、お話されてなかったのネ」

「アメリカにある企業の部門チーフって聞いてたから……その、極秘開発機構って……?」

「ここではなんだから、よかったらおうちでお話しない?」


キャロライナの提案に、冷は少しだけ考え、静かにうなずいた。

状況を飲み込めていない華は首をかしげ、麦は黙って二人のやり取りを見守っている。




****************************

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