第7話 8.海へ
「ど、どうするつもりなんだい……?」
時刻は昼に差し掛かり、薄いサンダル越しに浜辺の熱が伝わってくる。
吹き抜ける風さえも生ぬるく、肌がじりじりと焼かれていく。
賑わう人々の合間を縫って、華が先頭を走る。
その後ろを、キャリーケースを引く冷と麦、そしておばちゃんが追いかけていた。
「当然! 追いかける!」
「お、追いかけるって……なにバカなこと言ってんだい! 危ないよ!」
「大丈夫! 私たちは“アイアンガール”だから!」
「わけわかんないことを……さっきからその“あいあんがーる”ってのは何なんだい?!」
浜辺を抜けると、足元は荒れた芝生から石畳へと変わる。
視線の先には、L字型に伸びた船着き場が見えてきた。
「船いっぱいあるじゃん! これなら追いかけられる!」
「扱えるの?」
「わかんない!」
「あはは、華ちゃんらしい」
「ちょっと! 本気なのかいアンタたち?!」
おばちゃんの叫びをよそに、華は船着き場に並ぶ船を見渡す。
――ふと、動きが止まる。
その視線の先には、ひときわ大きな漁船が停泊していた。
「おいおい、なんだなんだ?」
船着き場の脇にある漁港組合の建物から、
頭に鉢巻きを巻いた男が顔を出す。
「あぁ、ヨキチ! 騒がしくてすまないね」
「かまわねぇけどよ。おれっちも今から船出すところだったんだ。リョウを追いかけてな」
「ラッキー! ちょうどいいじゃん!」
華が指をパチンと鳴らす。
「ん? なんだ、このお嬢ちゃんたちは?」
「ちょっとリョウ絡みでね……」
「私たちも連れてって! 絶対役に立つから!」
ぐいっと身を乗り出す華に、ヨキチは思わず一歩引く。
「って言われてもな……」
「すみません、事情があって……お願いできますか?」
華の隣に立ち、冷が軽く頭を下げる。
続いて麦も同じように頭を下げた。
三人に押され、ヨキチは困ったように頭をかく。
「まぁ、いいけどよ。じゃあ、おばちゃんも来るか?」
「当然さ!」
「そうか……しゃーねぇな! 全員乗りな! おれっちの――“漢丸”にな!」
ヨキチは重いため息をつきながら、親指で自分の船を指した。
視線を向けた華、冷、麦は――思わず無言になる。
漁港の一角に停泊していたその船は、
船首に“漢丸”と太い筆文字で刻まれ、
はためく旗には褌の絵と「大漁」の文字。白と赤のストライプがやけに目立っていた。
――どう見ても、主張が強すぎる。
(ダッサ……)
(れ、これに乗るの?)
(どういうセンスなのかしら……)
三人はそろって真顔のまま、船に乗り込む。
ヨキチは操縦室に入り、エンジンをかける。
低く唸るような音とともに、振動が船体に伝わった。
やがて船はゆっくりと岸を離れ、半円を描くように旋回する。
穏やかな海面を切り裂きながら、前へ。
遠くに見える海水浴客の姿を横目に、船は次第に速度を上げ、沖合へと進んでいった。
「渡すタイミングが遅くなっちゃったんだけど、これ。麦専用のパワードスーツ」
冷はキャリーケースを開き、中に入った青い六角形の箱を見せた。
「麦でいいわよ。それで、これって……華ちゃんや冷ちゃんみたいに変身できるやつ?」
「クリスチャントからの伝言でね。お父さん曰く、防御力と身体能力が強化されて、能力全体の底上げになるらしい。見た目も変わるから、正体もバレにくいって」
「へー、すごいね……」
麦は箱を持ち上げ、興味深そうに眺める。
「それと、クリスチャントからもう一つ提案があって。変身中は、本名で呼び合うのは避けたほうがいいかもしれない」
「なんでぇ?」
海を見渡していた華が、額に手を当てたまま反応する。
「今、世間じゃアイアンガールは注目の的だから。素性がバレたら、マスコミが押し寄せてきて対応が大変になるんだよね」
「確かに……姿が変わっていても、名前から調べられる可能性はあるわよね……」
「うん。無意識に呼んじゃってたけど、ここは気をつけたほうがいいと思う。だから変身中は、別の名前で呼び合おう」
「別の名前ー?」
華は顎に人差し指を当て、空を見上げて考え込む。
「……タコライス」
「なんでそうなるの……?」
「華ちゃん、アタシたちは食べ物じゃないのよ?」
その時だった。
「いた!」
操縦席でヨキチが叫ぶ。
「どこだい?!」
「あそこだ、進行方向の先!」
おばちゃんが視線を向ける。華たちも振り向くと、はるか先の海面に小さな船影が見えた。
船外機付きの小舟だ。大人二人がやっと乗れるほどの大きさで、その上に小さな人影が一つ。
「いた!こんな沖まで来ちまってたのか!」
「ヨキチ!ゆっくり寄せとくれ!」
船の速度が落ち、小舟へと近づいていく。
やがてリョウの姿がはっきり見える距離になる。涙を浮かべ、体を震わせていた。
「アンタ!まったく、こんなところまで来て!」
「あ……あ……」
声をかけても、リョウは青ざめた顔のまま震えている。
「ん?どうしたんだい?」
「し、下……」
「え?」
おばちゃんがリョウの乗る小舟の足元へ視線を落とす。
――海面の下に、黒く大きな影が浮かんでいた。
冷と麦も息をのむ。
体をこわばらせ、その場に固まった。
海面が、不気味にうねる。
黒い影がゆっくりと形を変え、船底すれすれまで浮かび上がってくる。
「来るよ――!」
華の声が鋭く響いた瞬間、水面が弾けた。
海水の柱が立ち上がり、視界は水しぶきに覆われる。
次の瞬間――巨大な影が、牙をむいて姿を現した。
「……これって」
ようやく冷が口を開く。
目の前に現れたのは、
首を傾けなければ全体が見えないほどの巨体だった。
フォルムはクジラのようで、どこか蛇にも似ている。胸部には黒紫の水晶が埋め込まれていた。
顔はない。ただ、大きく裂けた口に、無数の歯が並んでいる。
その一つ一つが、刃のように鋭かった。
「間違いない、影喰だ!」
華はにかっと笑い、拳を強く握りしめる。
「麦!」
華は振り向く。
「ぶっつけ本番だけど、いける?」
声をかけられた瞬間、麦の肩がびくりと跳ねた。
胸に手を当て、ごくりと息をのむ。そして――強く頷く。
「……えぇ!」
「そうこなくっちゃ!冷、麦、行くよ!」
「もちろん」
「おっけぃ!」
三人の右手の白いブレスレットが、一瞬だけ強く光を放つ。
掲げた腕を、胸の前に構えた。




