第7話 2.夏の大地
北陸地方、青崎市からバスで一時間。
新幹線に乗り換え、東京から飛行機に乗ること約三時間半。
窓の外の景色は、徐々に地上の色へと染まりはじめていた。
やがて――真下から、タイヤが滑走路を捉える軽い振動が伝わってくる。
長いフライトを終えた飛行機は、ゆっくりとターミナルへと近づいていく。
シートベルト着用サインが消え、乗客たちが一斉に立ち上がった。
上の収納棚が次々と開き、荷物を取り出す音が重なる。
「やっと着いたぁ……」
華が大きく伸びをする。
「まだだよ。ここからがちょっと長い」
冷は冷静に言いながら、自分の小さなバッグを肩にかけた。
順番に機内を進み、蛇腹状の通路を抜ける。
外の光が近づくにつれて、空気の温度がわずかに変わっていくのが分かった。
到着ロビーへと足を踏み入れると、ひんやりとした空調の効いた空気が三人を包み込んだ。
「うわ、人多っ……」
「観光シーズンだしね」
案内表示に従い、三人は「手荷物受取所」と書かれた方向へ進む。エスカレーターを下りると、広いフロアにベルトコンベアが並んでいた。
すでにいくつかのスーツケースが、ゆっくりと回り始めている。
「どれだっけ?」
「この便だから……あれ」
冷が指さした先、黒いキャリーケースが流れてくる。
「来た来た!」
華が身を乗り出し、タイミングを見てひょいと持ち上げた。
「……華の荷物って、分かりやすいよね」
「え? そうかな?」
「華ちゃん、そのカバンの中に何入ってるの?」
興味深そうに麦が尋ねる。
「うーんとね……着替えだけ!」
「男子じゃないんだから」
「え、なんで!?」
「あははは……」
麦が思わず笑みをこぼす。
続いて麦も自分の荷物を受け取り、三人はその場を離れる。
自動ドアを抜け、到着出口へ。
――その瞬間。
「うわぁ……」
華が思わず声を漏らした。
むわっとした空気が肌にまとわりつく。
昼の強い日差しと、南国特有の湿った熱気が一気に押し寄せてきた。
「暑っ! なにこれ、青崎とレベル違うんだけど!」
華は手で顔をあおぎながら叫ぶ。
「沖縄だしね」
冷は淡々と答えつつも、わずかに目を細めた。
「空の色、すごく青い……」
麦は外に広がる景色を見上げ、静かに目を輝かせる。
視界の先には、強い日差しに照らされたヤシの木。どこまでも澄んだ青空が広がっていた。
「ていうかさ!」
華がくるりと振り返る。
「本当に来ちゃったね! 沖縄!!」
両手を広げ、満面の笑みで叫ぶ。
「空港で騒がない」
冷がすかさず釘を刺す。
「だってテンション上がるでしょ!?」
「まあ……ちょっと分かるかも」
麦がくすっと笑った。
「それにしても、商店街のくじ引きで一等当てちゃうなんて、華ちゃんすごいよね」
「いやー、それほどでも! 日頃のおこない? っていうかぁー!」
「最初は“お米一年分”だと思って回してたもんね」
「お米は三等だったのよね」
三人はそんな会話を交わしながら、発着乗り場へと続く歩道を進む。
頭上からは容赦ない日差し。
アスファルトからの照り返しが、じわじわと体力を奪っていく。
等間隔に停車している観光バスの列。低く響くエンジン音と、熱を帯びた風が頬を撫でた。
「うわ……外やば……!」
華が顔をしかめる。
「さっきより暑い気がする!」
「湿度が高いからね」
冷は淡々と言いながら、バスの案内表示に目を向けた。
やがて目的のバスを見つけ、三人は足を速める。
乗車口に立つ係員にチケットを見せると、指示に従ってキャリーケースを預ける。
トランクルームに荷物が収められ、軽くなった足取りで車内へ。
冷房の効いた空気が、火照った体を一気に冷やした。
「生き返る……」
華がぐったりとシートに沈み込む。
「移動だけでこれなら、先が思いやられるね……」
麦が苦笑する。
しばらくして、車内に落ち着いたアナウンスが流れた。
バスは静かに動き出し、ゆっくりと空港を後にする。
窓の外では、青く広がる空と南国の街並みが、ゆっくりと流れていった。
「今回、華が当てたのは“完全招待制の旅行”。三名様までご招待だから、ホテルのカウンターでチケットを見せるだけでいいみたい」
冷は、カモメ柄の横開きの封筒から三枚のチケットを取り出し、左右に座る華と麦へと手渡す。
「ふんふん……移動費もタダなんだね」
「そう。現地での食事とかは、自分たちで払う必要があるけど」
「へぇー……」
麦が感心したようにチケットを眺める。
「あれ……? っていうか、なんで冷ちゃんが全部持ってるの?」
「華に持たせると、無くすから」
さらっと言い切る冷。
ちらりと隣を見ると――
華は、先ほど空港の売店で買ったチューブ型のアイスを、幸せそうな顔で吸っていた。
「ん〜、うま〜……」
「ほらね」
「あぁ、なるほどね……」
何かを察した麦は、苦笑するしかなかった。
そして、窓の外を流れる煌びやかな海の中に、
どこか不自然に“揺らぐ影”が一瞬だけ混じったことに――この時の三人は、まだ気づいていなかった。
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