入城
しばらく歩いて、崖の合間を縫ってそこそこ飛んで。
まさに野を超え、山越え、谷を越え、みたいに進んでゆくとそこには煌やかでデカい城が姿を現す。
「わあ……! 綺麗っすね」
燦々と太陽が照らすそれは日本古来の物と変わらない。
絢爛たる目の前の光景に思わず感嘆の声が漏れる。
「竜種の文化はどこかお前達の世界と似ているらしい。お前の父親もお前と同じ声を上げていた」
背に乗せてくれているアレイスターさんが説明してくれる。
確かに同じ感性ならではの美しさを誇っている。
白鷺という言葉がこんなにも似合う城が、俺の中でもう一つ増えた瞬間だった。
しかし同時にちょっとした疑問が湧く。
「アレイスターさんの故郷はまた違うのですか?」
「俺のところか。そうだな……ここより血生臭いな」
「え、」
少し考えるように間を置いて、アレイスターさんが答えてくれた。
けど、それは思いもよらぬ言葉であった。いや、覚悟はしていたけど、目を背けていただけなのかもしれない。
当然だ。この世界には力があるから。それを正しく使えば問題ない。
だけどその一方で――というのは俺も心当たりしかない。
そういった意味では浮かれ気味だった俺にオウミさんは忠告してくれていたのかもしれない。
「心配するな。お前は俺が守る。必ずな」
アレイスターさんが俺の心を平然と読み、平然と答える。
ほんとこの人は、欲しい時に欲しい言葉を、簡単にくれる。
「平然と人の心を読まないで下さい」
「お前は心から声が漏れ出過ぎている。先生にも言われていただろ。悪い癖だ、治しておけ」
「……努力はします」
でも何か言われっぱなしが癪で言葉を返したが、さらなる追い打ちをかけられてしまった。
俺ってそんなだだ漏れなのか? 自分ではよく分からない。
「さて、と。ヒノタテが降下していったな。捕まっていろ」
そう言われしがみつくとアレイスターさんがヒノタテさんを追いかける。
前を見れば、器用に二人を担いだままヒノタテさんが空を駆けていた。
翼なんて無い。文字通りに空を滑るように。
それを楽しむかのように、いつの間に意識を取り戻した二人が「わーっ!」だの「きゃーっ!」だのピーチクパーチクと喚いていた。
いや多分、騒がしいのは一人だな。元気な方の。
そんな二人は置いておいてヒノタテさんのあの走法にどこか既視感が――あっ。
そういえば同じ事を竜華がやってたっけか。厳密に言うと俺にしてくれた、だけど。
やっぱ同じ竜同士なのだろうか。
「厳密に言うと、竜華が出来るようになったのは俺のおかげだがな。大した奴だ」
「前から思ってましたけど、アレイスターさんって子供には甘々ですよね。竜華が雄叫び上げてるとこなんて初めて見ましたよ。後――」
「それ以上は言うな。ヒノタテがまたへそを曲げるぞ」
「あ、はい」
やっぱ竜華のあの発言は禁句らしい。オウミさんも困り顔をしていたし。
しかしながら、またって事は以前もそんな事があったのだろうか。気になる。
「それは追々聞けば良い。ん? あいつは……」
アレイスターさんが訝しげな声を上げた先、よく目を凝らしてみると、人影が見える。
城の門の前、人影に俺達が近付くに連れて、ぼんやりからくっきりと浮かぶ。
着物を着た黒髪の女性。
その方が大きく手を振って、何かを叫んでいる。
「ヒノタテ様ーっ! アカビちゃーん! ヒタキちゃーん! あと……何かよく知らない人ーッ!」
前の三人の名前は腹が千切れんばかりに呼ばれているが、俺達はなんかおまけみたいな立ち位置だ。
もしかしたらお呼びじゃないのかもしれない。
「気にするな。あいつはどうも全てを力で解決する節がある」
「ただの脳筋ですやん」
あんな美人な女性が脳筋だとは到底思えないのだが……。
ただちょっとアホの子というのは雰囲気から分かってしまうのが怖い。
「おかえりなさいませ! ヒノタテ様! アカビちゃんもヒタキちゃんも!」
「うげっ!?」
「ヒタキ、うげとか言わない」
「ちょっ! ヒタキちゃん押さないで!」
俺とアレイスターさんが追い付くと、その女性は二人をハグしようとして腕を広げていた。
それを見てヒタキが顔をしかめている。アカビはアカビで顔を嗜めてはいるヒタキを盾にして身を守っている。
何がそんなに嫌なのだろうか。その答えはすぐに分かった。
女性がヒタキを捕まえた瞬間、ヒタキが白目を剥いた。
「無事に帰ってきてお姉さんは嬉しいよ!」
あっ、これは……
見るからに力の加減が狂っている抱擁だった。
口から魂が抜けるような、見えちゃいけないものが見えた気がした。
まさに万力、まさに脳筋!
あのアレイスターさんが若干引き気味だ。
「ヒタキ、ごめん……」
無情にもやられるヒタキを見ながらアカビが言葉を漏らして目を伏せる。
けど言葉と動作とは裏腹に表情は安堵している。怪力から回避に心からホッとしている。
姉? 妹? なのかは分からないけどずる賢いような世渡り上手なような、まあ強かではある。
「スオウ、その辺にしておけ。今は急を有する」
「しかしまだアカビちゃんを迎え入れておりませぬ!」
その女性、スオウと呼ばれた彼女がそう言うと、アカビの身体がビクリと小さく跳ねた。
当然だ、今自分の片割れがブクブクと泡を吹いているのを目の当たりにしているから。
アカビにとってその言葉はもはや死の宣告。
「すまんが後にしてくれ。早いところこいつをロン婆に会わせなくてはならない」
「むう……ヒノタテ様がそうおっしゃるのならば」
しかしヒノタテさんがそれを阻止した。
名残惜しそうにスオウがヒタキを放す。
心配そうにアカビがヒタキの傍へと駆け寄るが、その前に心の底からの「助かった」という表情を俺は見逃してはいない。
「そういえばヒノタテ様、こちらの方は……それと、何故四聖アレイスターがいるのですか?」
「お前は何を聞いていたんだ」
やっと俺達の存在に気付いたようにスオウが目を向ける。
目が合う。綺麗な顔立ちである。ポニーテールの黒い長髪が着物と合わさって良く似合う。
撫子、おしとやか。なのに脳筋。
外見からのあれであるのが残念でならない。
人は見かけによらない。いや、案外これがギャップとしての良さなのだろうか。この人然り、隣の人然り。
「まあなんでも良いです! ようこそ竜種の里へ!」
そう言ってスオウが手を差し出してくる。
あまりに自然な動作だっため、俺も反射的にその手を何も考えず握ろうとして、思い出した。
あれ、これ、やばくね……?
気付いた時にはもうもう遅い。終わった……
「慶志郎、先を急ぐ。挨拶は皆が集まった時にすれば良い」
「倅、悪いが後にしてくれ」
そう思ったが間一髪、アレイスターさんとヒノタテさんに止められる。
アレイスターさんはさりげなく俺の手を防ぐように、ヒノタテさんは俺とスオウの間に割って入るように。
あまりに自然な動作であるが故、俺は何が起きたのか分からなかったが、助けられたと気付く。
「先生に仰せつかっているからな」
俺にこそっと耳打ちをしたアレイスターさんに感謝……! 危うく一生お箸を持てない手になるところだった……
「挨拶もほどほどに、付いてこい」
「さ、皆! ロン婆様がお待ちです!」
スオウの方はまだよく分かっていなさそうだが、あまり深く考えていなさそうだ。
ヒノタテさんとスオウが並んで歩く後ろを俺達は付いていく。
「だ、大丈夫か、アカビ?」
「…………」
「大丈夫です。多分……」
一応アカビに声をかけてみるが返事が無い。
ヒタキが答えてくれたが、見るからに大丈夫そうではない。
その様子に見かねたアレイスターさんがアカビを抱き上げる。
お姫様抱っこのような形になったアカビを見て、少しヒタキが顔を引き攣らせる。
「仕方ないだろ」
「でも……流石に……いえ、すみません……お手を煩わせてしまい……」
「気にするな」
二人のやり取りに、若干のぎこちなさを感じつつも、俺はただ見ているしかなかった。




