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吐露

「ロン婆、今帰った」


 ヒノタテさんとスオウに案内された屋敷の一室。

 襖を開ければそこにはお婆ちゃんと青年のような男性が静かに座っていた。

 ヒノタテさんが言葉を発すると二人がこちらを向く。

 その視線はヒノタテさんに――ではなく、後ろに並ぶ俺とアレイスターさんに向けられる。


「四聖アレイスターだけではなく、こりゃまた、とんでもないものを……如何致しますか、ロン婆様」


 男性が俺を見てニヤついた顔でそう言う。何がとんでもないのか、と思う反面、言葉とは裏腹にどこか面白がっているのは何故なのだろうか。


「これやめんかミナカタ。お客人に向かって!」


 ミナカタと呼ばれた男性をロン婆と言われたお婆さんが叱る。

 飄々とした態度でミナカタが流している。その様子に何処か既視感が――あっ。

 何となく分かった気がした。矢野さんに近いこの感覚。

 だから分かる。これ絶対何か企んでいる。

 だとしたら心を平常に保たなければならん。絶対に流される……!


「それにしてもヒノタテ、お前さんもお前さんじゃ。何故その坊やを連れて来たのじゃ!」

「ただの成り行きだ」

「それを断るのがお前の役目じゃろう!?」

「そんな役割は受けていない」

「ま、まあまあ、ヒノタテ様もロン婆様もその辺に……」

「スオウ、お前は入らん方が良い。多分何も分かっていないからな」

「なっ!? ミナカタそれどういう意味よ!!」


 俺がそう意気込んでいると何やらワチャワチャ始まった。

 ロン婆とヒノタテさん、スオウとミナカタの構図で言い争っている。スオウに関しては手がもうそこまで出ている。

 取り残された俺ら。どうすべきかとアレイスターさんを見た。いつもと同じ顔で頭を振られる。どうしようもないとでも言いたいのだろう。返答に思わず乾いた笑いが出る。


 そんな俺達のやり取りを見てヒタキとアカビは何やら関心した表情をしていた。

 何を関心しているのかは分からんけど、アカビからは凄くキラキラした眼差しが飛んできている。多分だけど良からぬ事を勘違いしていそう。どう誤解を解くべきか……。

 いや、先ずはこっちだな。身内間のいざこざに割って入るのは少しばかり躊躇するが、それでもこのままの気不味さよりはマシだろうと、俺は声を掛ける。


「あ、あの、そ、その……」


 アカン。気まずさの方が勝ってしまった。初対面、しかもこのクセ揃い面々に話掛けるのは勇気が足らない……。

 ヒタキからの視線が痛い。

 やっぱ竜怖い……おまけに鳥も……。俺が信じれる竜は竜華だけ。お家帰りたい……


「そう悲観するな慶志郎」


 アレイスターさん……!


「その竜華は何年も耐えたんだ。大人のお前が泣き言言うな」


 アレイスターさん……

 ちょっと追い討ちかけるのやめんてくんない? っていうか、勝手に心を読むのは――まあ、これは俺が悪いな、うん。

 それよりもどうにかして下さいよ! 俺ら置いてけぼりです。


「あまり種族間のいざこざには首を突っ込みたくないのだが、仕方ないな」


 そう言って、アレイスターさんが前へ出る。

 その様子をアカビとヒタキが緊張の面持ちで見守っている。

 この子達はさっきからコロコロと表情が変わる。見ていて少し面白いと、今この状況じゃなかったら心底楽しめたのに。


「久しぶりだなロン婆。そろそろ話に入っても良いだろうか」

「はっ!? わしとしたことが抜かったわい」

「ふむ、しばらく会わないうちに老け込んだな」

「四聖アレイスター、それはあまり関心しない挨拶ですな」

「でもロン婆様も大分……」

「お主らは黙っておけ!」


 ロン婆の一言で二人がピタリと黙る。流石は年の功ってやつか。


「話、続けても良いだろうか」


 静まった中、淡々とアレイスターさんが言う。こういうところがアレイスターさんの強みだ。

 ロン婆がアレイスターさんの言葉に嫌そうに顔をしかめる。

 そして、でっかいため息を吐いてから口を開いた。


「お主の言いたい事など大方分かっておる……相変わらずの厄災じゃ」


 そう言ってロン婆がアレイスターさんではなく、俺を見た。

 視線が合う。その目は見るからに面倒そうだ。

 一秒、二秒と視線を交わすとロン婆の視線が再び、アレイスターさんへ向く。


「それで、オウミは何と?」

「本当に頼む。と切実に言っていた」

「……じゃろうな」


 そしてもう一度でっかいため息を吐いた。


「オウミが坊やをお前やヒノタテに任せるなんぞ有り得ん話じゃからな」

「ヒノタテはともかく、俺が言われるのは心外だな」

「アホかっ! お主が一番信用ならん!!」


 ああ言えばこう言う。どれだけ押してもまるで手応えの無い暖簾のような対応にロン婆が頭を抱えている。

 どこに居ようとも、良くも悪くも、これがアレイスターさんなのだと感じさせられる。そりゃオウミさんも手を焼く訳だ。


「お前さんはもうちょっと年寄りを労らんか。わしも事も、オウミも事も」

「先生はまだ老け込む歳でもない。ロン婆はそうだな、考えておく」

「やかましいわい! オウミなんぞに負けておられるかい!」

「ふっ、困ったものだな」

「どの口が言う! ハァ……全くお主と話すと寿命が削られるわい。まあ、良い。一先ずは、こちらじゃな」


 ロン婆が無理矢理話を切った。

 これ以上続けるつもりはないらしい。確かにアレイスターさんと長く話をしていると頭おかしくなるからな。聡明な判断、流石年の功。


 話を切り上げたロン婆の目が再び俺に向く。


「今更じゃが――大きくなったねぇ〜、坊や」


 ロン婆がそう言うと、ニコりと微笑んだ。

 先程とは違う。

 過去を懐かしむような、人を慈しむような、優しい目が俺を見て微笑みを浮かべる。

 どうやらこの人もオウミさん同様、俺を知っているらしい。

 しかしながら俺にそんな記憶は全く無い。

 そんなことを知るか知らぬかロン婆は昔話に思いを馳せて続ける。


「坊やがまだ赤ん坊の頃に何度も抱いたもんじゃ。またこうしてお主を見れて婆は嬉しい」

「あ、ありがとうございます」


 あまりにも嬉しそうに話すもんだから、つい頷いてしまった。


「カトラに代わってお主のおしめを何度も交換したんじゃよ。 覚えておるか? あの時はよくオウミともどちらが変えるかで喧嘩したものじゃ。懐かしいのぉ〜、つい先日の出来事じゃと思っていたのに、もうこんな立派になって」

「え、えっと……俺なんてまだまだ……」


 何かとんでも無い事言い出したんだが、まるで覚えていない。いや、そもそもそんな記憶が残っているわけがない。

 っていうか、婆さん二人が俺のおむつで何喧嘩してんの!?


「ふふっ、謙遜するでない。目を見れば良く分かる。強く、優しい目をしておる」


 ロン婆が優しく語りかける。

 そう言われて悪い気はしない。


「しかしのぉ、だからこそお主はここへ来るべきではなかった。ましてや、争いの戦火が絶えぬ南の方角に――此奴の故郷に行くべきではない」


 ロン婆の視線に釣られて、アレイスターさんを見る。

 いつも通りの表情だった。何を思っているのか、俺にはその内の心情を読むことは出来ない。

 けど、道中に言っていた事を思い出す。

 血生臭い世界、多分それは俺が想像を簡単に超えてくるのだろう。

 何せ、俺を想ってくれる二人の先人が道を違わぬよう諭してくれのだから。

 でもだからこそ、俺は知りたい。

 アレイスターさんや、ヒタキアカビの生きた地を。

 こんな子供がわざわざ遠い地まで助けを求めてきたのを俺は無視できない。

 俺に出来ることがあればどうにかしてやりたい。それはきっとアレイスターさんも同じ筈。

 同じ道が見えているのであれば尚更。


「確かに俺達の里は乱世が続いている。竜の里が代々平和的に時代を歩んできたとするならば尚更そう見えるだろう」


 アレイスターさんが口を開く。

 俺の想いを汲み取ってくれたのだろうか。


「それは俺とオートリーを見ればお前にも分かるだろう。俺達の種は力でしか己を誇示出来ない」


 確かに何かとアレイスターさんに突っかかっているイメージしかない。当の本人はあまり気にしていない様子だが。


「まあ俺には興味が無いからな。そういう意味では種として劣っているのだろう。だが他はそうでない。里には今もあんなのがうじゃうじゃと居る。力は俺やオートリーに及ばんが俺達が居ない今は――」

「やりたい放題ってことですか?」


 つい被せてしまった。

 それだけ気持ちが走っていた。


「簡単に言うとそうだな。そこに女子供など関係ない。ただの奪い合いだ」

「それでよく滅ばないっすね……」

「何を言っている。俺達は炎と共に再生する。お前も知っているだろう」

「そ、そうでしたね――え? でも、それって、つまり……」

「そういうことだ」


 思わず本音が出たが、アレイスターさんはさも当然のように言ってのける。

 いや、いや、それただの無限ループじゃんか。やられて、生き返って、またやられての繰り返し――


 そんな環境の中、この子達は育ってきたのか。


「……なら、早く止めないと、ですね」

「いや、俺はあまり気乗りしていない」


 アレイスターさんが言葉に俺は困惑した。

 こんな性格だが、子供達には優しいアレイスターさんの言葉とは思えなかったからだ。

 けど、その理由は直ぐに本人の口から吐露される。


「俺はあの里全てが嫌いだからな」


 それはあまりにも幼稚で自分勝手だった。

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