日常
「お兄ちゃん、由希ちゃん、いってらっしゃーい!」
「行ってきます」
「ラウ、良い子にしてるんだぞ。何か痛い所があったら、ちゃんとオウミさんやアレイスターさんに言うんだぞ。我慢なんかしちゃ駄目だからな」
「んもうっ由希ちゃん! 分かったから! ラウはもう大丈夫だよ! もう……!」
ラウちゃんを救ってから早いもので数日が経とうとしていた。
お見送りに来たラウちゃんに課長がこれでもかってくらい、言い聞かせている。
それをラウちゃんは少し恥ずかしそうにしながら受け止めていた。
あの日以来、課長のラウちゃんへの過保護っぷりが増している。
オウミさんが言うにはラウちゃんの身体や心に異常は無く、心配は要らないということだった。
それでもラウちゃん自身まだ本調子で無いらしいが、これもまたオウミさん曰く、もりもり食べて、ぐーすか寝れば直ぐにでも治るとのこと。
だから俺が言うのも何だが、もうちょっと放っておいても良いんじゃないかと思う。
ただまぁ、課長の想いを汲み取るのならそれは仕方のないことなのだろう。
ラウちゃんが玉で想いが暴走して目を覚ますまで、気が気でなかったのは俺も同じだった。
いや、課長からしたら俺なんかよりもっと……。
だからこそ今こうやってラウちゃんと何とも無く無事に過ごせているのが嬉しくもあり、その喜びが爆発しているのだろう。
それと同時に過保護と溺愛と庇護欲とが色々混じり合って、どっちかと言うと課長の方が心のバランスが取れなくなってしまっているように見受けられる。
そのせいかラウちゃんが目を覚ました時は大変だった。課長が我儘のような事を言ったのは俺が知る限り、あれが初めてである。
確かにラウちゃんのような性格の子は守ってあげたくなる。なんというか、こう、甘え下手って言うのかな。
今まで誰にも頼れなくて、自分で何とかしなきゃって思ってる子ほど、どこか儚げに見えて守ってあげたくなる。竜華なんかがその例だろう。
最近は俺にちゃんと甘えてくれるし、慕ってくれるようになってきたしでめちゃくちゃ嬉しい。ただ時折、ぞんざいにあしらわれることがあるけど……
ま、まあ、それだけ心の距離が縮まっている証拠である。慣れてきて、きんもいとか思われてなければ良しとする。
一方でルフみたいな最初から好感度が振り切っているのも甘やかしてあげたい。
そういえばルフって何でこんなに最初から俺に懐いているのだろうか。
兄妹だからと言っても、今まで一度も会ったことないのに。
やっぱ遺伝子レベルでそういうのが刻まれているのだろうか? 今まで兄妹がいた事無いから分かんねーや。
話が逸れた。
やっぱこういうのって時間が解決してくれるのを待つのが良いと思っている。
これからいっぱい共にすることで、言葉にせずとも互いに理解を深められるくらいにずっと傍に居てあげれば良い。
それだけの時間はまだまだあるのだから。
「それにしても、あれだけの事があったのにやはり何事も無かったように時が進んでいるな」
「確かにそうっすね」
駐車場に向かってる最中、課長が訝しげに言う。
思えば、ラウちゃんの事以前に竜華の時もリシもネーセフの時も、何も無かったように世界は時を進めている。
まるでそこだけ綺麗に切り抜かれたように。
現に課長があの時乗っていた車は何事も無く乗れている。
それが疑問でたまらなかった課長がオウミさんとアレイスターさんに聞いていたのだが、返ってきた答えは「お前達は知らない方が良い」だった。
その迫力たるや何人も寄せ付けず。俺達は何も聞き出すことが出来ずじまいに引き下がった。
「やはり何かのテクノロジーなのだろうか。SF何かでよくあるタイムトラベルやワープ的な何かのような」
「それならラウちゃんが傷付かない世界線に飛んで貰いたかったですよね」
「それはそうなのだが……慶志郎、私の考察にケチ付けるつもりか」
猛禽類の眼にギロリと睨まれる。
ケチつけるつもりはこれっぽっちも無かったのだが、原理が分からない以上、俺は俺で自分の考えを必死に弁明した。
「いやいや! そうじゃなくてですね! 俺的にはどっちかと言うとSFよりはマンガやアニメとかである異世界転生寄りかなーって……!」
「ふむ……私はその手の話はよう分からん。今も昔も触れてこなかったものでな」
「で、ですよねぇ……」
「だが、もしそこにヒントがあるのなら観てみようと思う。慶志郎、おすすめは何だ?」
「いやー俺もそんなに詳しくは無いんで……ルフとか竜華なら最近テレビばっか見てるんで、帰ったら聞いてみましょう」
「ふむ、そうだな。そうしよう」
ルフ、竜華、後は頼んだぞ……。
そうこう喋ってるうちに駐車場に着いた。お互いの車に乗り、俺達は会社へ向かう。
そういえば、今日から矢野さんが来るんだっけか。課長が昨日言っていた。
ゆっくりといつもの日常に戻りつつある。本当に何事も無かったように。
それは良い事なんだろうけど、少しばかり虚しく感じてしまうのは俺が力を持ち始めたという傲慢からくるものなのだろうか――
「慶ちゅわーん! 俺が居なくて寂しかっただろぉぉう!?」
会社へ着いた矢先の出来事だった。
一瞬誰だこいつと思ったが、矢野さんだった。
俺と課長を見つけ、矢野さんが口調おかしく俺達へと寄ってきては抱きつく勢いで迫ってくる。
キモい、いやキショい……いやキンモい。
「俺が居なくて色々寂しかっただろう。大変だっただろう」
「いや別に……」
寂しかったはともかく、大変だったけど……。でもそれは矢野さんが居なくて大変だった訳ではない。
だから少しあしらうようにそう言う。竜華が時折俺にやるように。
「花ちゃん、慶が冷たい」
俺がそう言うと、矢野さんはわざとらしく悲しむような素振りを見せては課長に助けを求めていた。
しかし課長も課長で矢野さんを見る目が冷たい。っていうか俺よりも冷たい気がする。
「馬鹿な事言ってるからですよ全く……それでもう大丈夫なんですか?」
「うん! ばっちし! 花ちゃんにも迷惑掛けちゃったね」
「いえ、別に、なんてことは無かったです……」
「あれ? 何だか歯切れが悪いな~。もしや花ちゃんの方が寂しかったとか? 抱き締めて、よしよししてあげようか?」
矢野さんの言葉をギロリと睨み返す課長。
多分、課長が普段ラウちゃんにしている事を想像したのだろう。あれは他の人に見せられないデレデレっぷりだ。
しかし矢野さんは慣れているのか、怯えた様子などまるでない。
飄々とした矢野さんの態度を見て課長は、諦めたような呆れたようなため息を吐いて言葉を返した。
「それだけ元気なら今日から目一杯残業してもらえますね」
「えっ……」
「それと今の発言はセクハラです。真衣さんに報告させてもらいます」
「あっ、ちょっ、まって」
おー、強い。あの矢野さんを一発で黙らせた。
課長の会心の一撃に矢野さんも流石に狼狽えている。
俺をチラチラと見ては、助けてと言わんばかりに目配せをしてくる。
けど、すいません矢野さん、俺も課長が怖いんです。
「さ、さあっ! 矢野さんも元気そうですし仕事の準備しちゃいましょう!」
だから俺はあえて気付かない振りをしてそう言った。
いつもの日常……以上に騒がしいがこれもまた日常になっていくのかもしれない。
そしてそれは――
「――ただいまー」
久しぶりに騒がしい一日を終え、帰宅する。
玄関を見れば、オウミさんとアレイスターさんが来ているのが見受けられた。
二人が揃って来ているのが珍しいと思いつつ、リビングへ向かうと――
「おー! この人が! こんばんわッ!」
「ヒタキ、指を指すのは失礼……こんばんわ」
「こ、こんばんわ……」
着物を来た赤い髪の双子? が俺に物珍しそうな視線を送ってくる。
それは良いんだが、いや良くはないんだが、それよりも気になるのは……
「ほう? しばらく見ない間にデカくなったな。光志郎の息子よ」
「お、お兄ちゃん……」
座っていても分かるガタイの良い男と、それを怯えるようにアレイスターさんの後ろに隠れる竜華の姿だった。




