手助け
三人称視点です
暫くしてから子供達が起きたとスオウから伝えられる。
そして再度ヒノタテとロン婆はスオウと共に屋敷を訪れた。
「ヒノタテ様」
「おー、この方が」
「こらヒタキ、そんなまじまじ見つめないの」
「だってアーちゃん」
「だってじゃないの」
ミナカタの横でぴーちくぱーちく騒ぐ二人。
見れば、スオウやミナカタと同じ和装に着替えていた。
二人の髪の色に似た赤い着物に黒い帯。黒い帯には子供が好きそうな派手な刺繍が施されている。
「あの子達の着替え、私も手伝ったんですよ!」
ヒノタテとロン婆にスオウが胸を張って自慢気に言う。
何故そこまで誇らしげに語っているのかとヒノタテは思ったが、大方ミナカタにまた煽られたのだろうと片付けた。
「帯を締める時、アカビちゃんがもの凄く苦しそうだったがな」
「あれは苦しかった。口から内臓出るかと思った……」
「ヒタキは大丈夫だったよ!」
「そりゃ俺が締めたからね」
その時の様子を思い出したのか、アーちゃんと呼ばれていたアカビがげんなりとした表情で顔をしかめた。
一方でヒタキと呼ばれた少女は元気そうな声をあげている。二人の表情は正反対だった。
それはおそらくミナカタ自身、自分の子供の着付けは何度もしているからなのかもしれない。
であれば、普段から自身の着付けをしているはずのスオウなのだが……こればかりは脳筋故の、ということだろう。
「さて……」
盛り上がる二人の子供を前に、ヒノタテが一つ咳を払って座る。
流れ漂う空気が変わったのを感じ取った二人はすぐさま姿勢を正し、ヒノタテに向き直る。
「これヒノタテ。子供相手に大人げない。ほれお前さん達、もっと楽にして良いぞ」
「む……」
少しばかり張り詰めた空気を作り出したヒノタテにロン婆が呆れながらそう言って横に腰を下ろす。
アカビとヒタキには笑顔を浮かべる。
しわくちゃな顔で笑うロン婆に促され、アカビとヒタキは少しだけ足を崩す。
「そうですよヒノタテ様! ロン婆様もこう仰られております!」
「あっははっ! スオウに言われたら終わりですよヒノタテ様」
「なっ!? ミナカタそれどういう意味よっ!」
スオウがミナカタに喰って掛かる勢いで詰め寄った。
確かに加減すら出来ないスオウに言われるのは、とヒノタテも思ったが口に出す事はしなかった。
「スオウよさんか! みっともない。ミナカタもじゃ! あまりスオウをからかうでない」
ミナカタの両肩をガクガクと激しく揺さぶるスオウと、それを笑い飛ばしながら受け流すミナカタにロン婆の雷が落ちる。
それに打たれたスオウはぶーたれながら渋々といった感じで離れ、アカビとヒタキの隣へと座る。
ちゃっかりと二人の隣を確保しているのは計算なのか、単なる偶然なのか……
ミナカタはと言うとスオウとは違い、へらへらと笑い、お調子者のような仕草でペコリと頭を下げる。
「話、始めて良いか……?」
「元はといえばお前さんが……まあ良い」
いつの間にか傍観に徹していたヒノタテにロン婆は再度呆れる。
何故こやつは腕組みして知らんぷりしていられるのだろうか。いや皆まで言うまい。こやつは元々こういう奴じゃ。
言葉より先にため息が出てしまったロン婆は胸の内を口にする事ない。ただただ心で嘆く。
そんな心境など知らぬ、興味持たずのヒノタテは淡々とアカビとヒタキにその視線が向いている。
「アカビとヒタキ、と言ったか。先ずは此処に来たことを歓迎しよう。幼子には長く酷い旅路だっただろ」
「うん、とーてっも大変だった! 途中でね、迷子になったりもしたけど、こーんな大っきい黒い竜さんが助けてくれたり――」
「こらヒタキ。すみませんこの子ったら……」
「でもね、いっぱい楽しかったよ!」
「ほう……」
ここまでの道中を身振り手振りで楽しそうに語るヒタキをアカビが嗜める。
仙境の地と語られるこの場に足を踏み入れる者など、修行僧、或いは命知らずの愚か者以外に居ない。
そこを拠点にする竜族すら、今は恐怖の対象になっているのだから。
しかしそれを恐れもせずにアカビとヒタキはやって来た。
二人の住まう地から来たとなれば、それ以上に過酷な事であることはヒノタテも分かりきっている。
かつて修行と称して何度も竜華を連れ回していたからだ。
何度も海に落ちては近くの孤島に担いで行った記憶をヒノタテは今もまだ鮮明に覚えている。
季節も風の向きも、二人にはおそらく関係は無いだろうが海の渦さえも全てが反対に異なる。
現にヒタキの話では二人は道中迷ったらしいが、おそらく風向きの変化が二人の進路を妨害したからであろう。
それを楽しかったの一言で済ませられるというのがヒノタテにとって興味の対象であった。
「ヒノタテ様、おそらくはクロがまた――」
「そうみたいだな。相変わらず勝手な奴だ」
ミナカタの言葉にヒノタテが頷く。
いつもながらに勝手な奴だが、今回ばかりはその勝手気ままの黒き竜に感謝している。
ヒノタテにとって今は過去の竜華に匹敵する潜在能力を秘めたこの二人に惹かれている。
「それでも遠路遥々よく来てくれた。それでそんな苦行をしてまで俺に何の用だ」
「えっと……んっと、何だっけ……?」
「もうヒタキ! 私達の里が今大変だから助けて貰おうって、言ってたじゃない!」
「おーっと、そうだった!」
考え込むヒタキにアカビが言う。そして思い出したかのように手を叩いてはヒタキが続けた。
「ヒノタテ様、今私達の里が大変なんです! こう、ドガーンッ! バギーン! ズバババンッて!」
「随分と激しいな」
「ヒタキ、それじゃ分からないよ。ヒノタテ様、実は――」
具体的な内容に欠けるヒタキの説明にアカビが追加――いや、変わって一から語り始めた。
「今私達の里を統治する者がおらず、争いが勃発してます。本来ならはアレイスター様やオートリー様がそれを鎮圧してくれるのですが……」
「アレイスター様はどっか行ってしまって、オートリー様も里を離れてしまって、もうズガガガーンって感じなんです!」
「ヒタキちょっと黙ってて! それ故に里が後継者争いで荒れに荒れてしまい、四聖様のお力を頼ろうとヒノタテ様にお願いしに来た次第です」
「他の四聖様にはちょっと頼りずらいって言うか、アレイスター様が言うには竜と鳥は昔っから仲良しのズッ友だって聞いております!」
「ヒタキ!」
「なるほど……」
少し前にアレイスターがオウミと共に慶志郎のもとへ出向いているのは耳にしていた。
そうなれば必然的にオートリーもアレイスターを追いかけるのも容易に想像がつく。
アカビとヒタキのように元々仲の良い二人だったのに何処で道を違えたのは誰も知らない。
その結果、今は統治する者がおらず、その間に争いが起きているらしい。
「全く、アレイスターのガキは何をやっておるのか……。それを咎めんオウミもオウミじゃ」
「まあ、四聖アレイスターは中々の変人ですからね」
「でもあの戦いっぷりには竜としても憧れます!」
二人の話を聞き、ヒノタテが考えている最中、各々の言い分が耳に入る。
確かにオウミはアレイスターに少しばかり甘い。だがそれはあの一件のせいでもある。だからこそ、今のアレイスターは変人に見られがちだ。だが戦闘となれば、スオウが言うようにヒノタテすらも目を見張る豪傑っぷりである。
それにしても、いつから竜族と鳥族は仲良しのズッ友になったのだろうか……?
「アカビ、ヒタキ。確かに俺がその争いを鎮めるのは簡単な事だ」
「では……!」
勝手に話す三人に少しばかり気を取られていたが、ヒノタテは二人に言う。
ヒノタテの言葉にヒタキが期待の声を上げたが、ヒノタテは構わずに続けた。
「だが、悪いが俺が介入するわけにはいかない。仮に俺が争いを鎮めたとしても意味がないからな」
ヒノタテにとって、それは確かに容易である。誰しもがそう思う。狂戦士と異名がつくのも納得できるほどに。
だがヒノタテは二人のお願いを拒んだ。
月明かりが雲に隠されたようにアカビの表情から明かりを奪う。
ヒタキも同様であった。さっきまであんなに元気だったのに、信じられないというような、絶望というような顔でヒノタテを見据えている。
「お前さん……白竜ばかりでは飽き足らず、こんないたいけな子達まで見捨てるとは……見損なったぞ!」
「ヒノタテ様……貴方は何時から鬼族になられたのですか」
「ヒノタテ様のケチ! 悪魔! 鬼! 女王!」
各々がまたも好き勝手に吐き捨てる。
だがヒノタテは慌てることも無く、冷静に一つずつ対処していく。
「ロン婆、俺は竜華を見捨ててなどいない。人聞きの悪いことを言うな。タケ、スオウ。勝手に鬼に変えてくれるな。後、性別も。それとアカビ、ヒタキ。俺の話を最後まで聞け」
そう言って、ヒノタテはアカビとヒタキを見る。
不安そうに揺らぐ目、だがその瞳の輝きは失ってはいない。
その目を見たヒノタテが小さく笑う。
それは昔、あの小さな竜が魅せたものと酷似しているから。
「俺が介入したところでその場しのぎになるだけだ。それにアレイスターが居ない間に俺がそんなことすれば、さらなる面倒事に発展する。鬼が出張ってくるのはお互いに嫌だろ。ならばどうすれば良いか分かるか」
「ど、どうすれば……」
「簡単な事だ、奴を連れ戻してこれば良い。介入は出来ないが、その手助けくらいはさせてもらおう」
「連れ戻す……アレイスター様をですか!?」
「おーっ! 久しぶりにアレイスター様に会えるってことですか!?」
ヒノタテの言葉にアカビもヒタキも信じられないというような声を上げた。
確かにこれならば、ヒノタテが直接介入することはない。
だが、どうやって連れ戻してくるのか。アカビとヒタキに疑問が沸く。
それを見越してか、ヒノタテが二人に言った。
「アカビ、ヒタキ。お前さん達はおそらく使った事ないだろう。心配するな、俺もだ」
「な、何をですか……?」
「ヒノタテよ、まさかお前さん……使うのか、あれを……」
二人にそう言うと、何かを察したロン婆が口を挟む。
何かを考えるようにヒノタテが目を閉じた後、静かに口を開いた。
「アレイスターが俺達を戦友と呼び、その民が俺に助けを求めてきたのだ。ならば今は感情を捨てよう」
「お主……成長したのぉ……」
ロン婆が感慨深いといったように目元を指で拭った。いや、正確には拭った素振りを見せただけだった。目元はからっからに乾いている。
「あ、あの……!」
その二人のやり取りに置いてけぼりにされていたアカビとヒタキ。ヒタキが声をだしてヒノタテを呼ぶ。
「一体、何をしようというのでしょうか……?」
「ああ、そうだったな。何、ちょっとした遠出だ。アカビ、ヒタキ。お前達も準備しておくといい」
「えっと、その、準備とは」
「む、そうだな。タケとスオウに任せておけば良い。頼んだぞ」
「お任せ下さい。ヒノタテ様」
「アカビちゃん、ヒタキちゃん、お姉さんに任せなさい!」
「うげっ……」
どん、と胸を張るスオウにヒタキが声を漏らす。
それに構わずヒノタテがアカビとヒタキに続ける。
「お前達は、そうだな……心の準備でもしておけ」
「心の、ですか……」
ヒノタテの言葉を聞き、ヒタキは生唾を飲んで喉を鳴らす。
誰もが恐れるあの四聖ヒノタテにこう言われてしまえば、誰もが身構えてしまうのは仕方ない。
「あぁ、英雄が言うには想像以上に酔うらしいぞ。シロトラの生み出した移動呪術は」




