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叫び


「なるほど、そんなことが」


 皆でご飯を作ってしばらく。

 ようやっと帰って来た課長と一緒にワイワイと食卓を囲みながら、ラウちゃん達が今日の出来事を話していた。

 ほんとは課長が帰って来る前に子供達だけでもご飯を食べさせたかったが、ラウちゃんが由希ちゃんも一緒が良いと言ったので帰りを待つことにした。

 そしてそれはルフと竜華も一緒だったようで、二時間位だっただろうか、ラウちゃん達は空腹に耐えながら頑なに待てを守っていた。

 この賑やかな光景を見る限り、帰りを待って良かったと思えるが、三人のお腹の虫が鳴く度に俺の心がキュッとなっていたのは秘密である。

 自分でも大袈裟だなと思うくらい、俺は心配性なのかもしれない。

 そんな経緯を話しつつ、今に至る。


「ねぇ由希さん聞いてよ! ラウの顔、凄かったんだから! 私忘れられないわ、あのよだ――」

「ちょ、ちょっとりゅうか! やめてよぉぉ……!」


 竜華の突然の暴露をラウちゃんが大きな声で止めに入る。

 確かに課長を待っている間のラウちゃんの顔は凄かった。

 目の前のご飯を前にして、涎を垂らしながらも課長を待つ姿は健気過ぎた。

 尻尾も顔も力無く項垂れていて、葛藤に負けそうになると、その顔をぶんぶんと振って欲を取っ払おうとする仕草は、何だか俺の方が申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「ラウ。口の中モグモグしながら喋らないの」

「んっ! はーい!」


 そんな献身的なラウちゃんを課長は褒めるでも慰めるでもなく、目の前の行儀を注意していた。

 日頃から言われているのだろうか、注意を受けたラウちゃんは大きく喉を鳴らし、口を空にしてから手慣れたように返事をする。


 二人の仲を知らない人が見たら、何の変哲もないただの躾に見えるだろう。

 だが、そこには確かな情があり、愛情故の言葉がある。

 現に課長の表情、主に口元がにやけるのを必死に耐えるように口角筋が痙攣している。

 我慢なんかしないで、感情をあらわにすれば良いのに。

 そう思うが、そこは課長なりの考えやら矜持やらがあるのだ。俺がとやかく言う事ではない。

 それに表情に出さずとも、想いはラウちゃんにきっと伝わっている。

 じゃなきゃラウちゃんもあんな嬉しそうな顔はしない。


 そんな二人の様子を温かく見守っていると、既に食べ終わったルフが唐突に言い出した。


「ねぇねぇ、お兄ちゃんとユキちゃんって、つきあってるの?」


 ピシャリと――

 ルフがした発言で団欒が凍り付いた。

 俺と課長は固まってしまっていた。

 ラウちゃんは耳がピンッと反り立ち、竜華がお箸は落とす。

 いや固まっている場合ではない。ちゃんと説明しなければ。


「なな、何を言ってるのルフちゃんっ!? おおお、俺と課長はそんな関係じゃないよ?」

「でも、いいふいんき? だったよ? おとーちゃんと、おかーちゃんみたいな」


 あかん、動揺しすぎて上手く口が動かせん。

 課長に至ってはまだ復帰していない。

 っていうか俺、知らない。親父とルフのおかーちゃんの雰囲気を知らない!

 そもそもどっからそんなん覚えてきた。まだルフには早いですよっ!?

 噛み噛みで否定した俺に、ルフはさらなる追撃を仕掛けてきた。


「でもお兄ちゃんとルフはけっこんするから、ひとりじめダメだよ!」


 ルフがそう言ってギュッと俺の腕を掴んだ瞬間、竜華の方からベキッと音がした。

 見れば、拾い直したお箸がへの字に曲がって――いや折れていた。


「ひゃっ……」


 そんな竜華を見てラウちゃんが小さく声を漏らす。

 おそらく竜華の剥き出しの感情にあてられたのだろう。俺だって怖い……竜華がここまで対抗心のような感情をさらけ出したのは初めてだから。

 そんな竜華がルフに向かって言う。


「ルフー? 食べ終わったらちゃんとお皿片しなさい。後、離れなさいよ!」


 凄い笑顔なんだけどそれが逆に怖い。

 ルフを言い聞かす時、そんな顔したのを見たことがないからだ。


「イーヤッ!」


 ルフが拒否して俺にさらにくっつくと竜華の放つ感情というか、オーラというかが濃くなったのを感じた。

 課長、助けて……

 助けを求め、課長へと視線を動かす。


「私と慶志郎が付き合う――つきあう……ツキアウ……」


 ダメだった。うわ言を虚無に語りかけている。

 ダメもとでラウちゃんへと助けを求めると、ぶんぶんと大袈裟に首を振られてしまった。当然だ、俺だってラウちゃんの立場なら首を突っ込みたくない。

 万事休すといったところだろうが、とりあえず俺の出来る事をやる。


「りゅ、竜華ちゃん? ほ、ほら、ルフの――子供の言ってる事だから――」

「はっ!? 何ッ!? それじゃあまるで私が……私が……!」

「竜華が……?」

「なな、何でもないわよっ!! それよりも早く片付けなさい! お兄ちゃんでしょッ! ()()()()()の!!」


 そう言って竜華が食べ終わったお皿を片付けに行った。

 一先ず、危機は去ったのか……? いや先延ばしにしただけなのだろうか。


「ルフもちゃんとお片付け。出来るよね?」

「はーい!」


 とりあえず、ルフにもそう言って離れさせる。

 キッチンで喧嘩にならないと良いけど……


「ラウちゃんと課長は座ってて。俺が片しちゃうから」

「あ、ありがとうございます……」


 災難が去ったような安堵の表情を浮かべたラウちゃんが持ちやすいように食器をまとめてくれた。

 その間も課長は固まったままで、まだ戻って来ない。


「ありがとねラウちゃん」

「うん」

「課長は……大丈夫ですか?」

「はっ!? 私は何を……」


 課長がようやっと我にかえった。

 俺が言った訳では無いが一応課長に言い訳を入れておく。


「いいですか課長、子供の言う事を真に受けないで下さい。それに、今はああやって言ってくれますけど、あと数年も経てば何言われるか分かったもんじゃないんですから」


 ルフに限らず、子供の頃なんて単純であり、好意と愛がごっちゃになっているだけである。

 女の子の好きはそういうもんだと勝手に思っている。

 問題はここから先、これが逆に転じて、嫌いにならないのを祈るばかりである。

 もしルフや竜華に嫌いなんて言われてたら――想像しただけで死にたくなる。


「そそそ、そうだな。もし仮に数年経って私と慶志郎が恋仲になってもルフちゃんは認めてくれそうだな。早とちりした」

「ゆ、由希ちゃん……」


 早口にそう言った課長をラウちゃんが哀れみの篭った残念そうな目で見ている。

 俺も言ったのを少しばかり後悔している。

 こんなしどろもどろな課長を見るのは俺も初めてかもしれない。

 課長をこんなにも惑わすルフの才能が恐ろしい。

 それだけ落とした爆弾は強力だった。


「おっと、もうこんな時間か。私達は帰らないといけないな。な、ラウ」

「えっ? もう帰るんですか? 一応お風呂の準備も終わってるんですけど。一緒に入りたいって」

「ふふふ、風呂ッ!? いい、一緒にッ!? そそそ、それは流石にまだ早すぎるだろ!?」

「えっ? いや……子供達がですよ。ルフと竜華がそう言っていて」

「由希ちゃん……もうやめて……」


 課長の早とちりはまだ続いてるようで。

 それを見続けていたラウちゃんが遂に自分の事のように恥ずかしさで顔を手で覆ってしまった。

 いやまあ、今のは俺の言葉足らずだった。一概に責められない。


「そそ、そうだよな! ど、どうするラウ? 入っていくか?」

「ううん、今日はもうやめとこ」

「ラウ……」


 そこまで言って、ラウちゃんはハッとしたように、課長を見上げた。


「ち、違うの! 今日はラウが眠くなっただけなの!」


 課長に自責させないためか、ラウちゃんは精一杯に身振り手振りでそう言った。

 しかしそれを分からない課長では無い。このまま家に帰ってもしこりが残ってしまうのは見るからに明らかだった。

 お互いがお互いを想ってのことだからこそ、たちが悪い。


 そんな二人に俺から出来ることは何だろうか。

 ここでラウちゃんに気を使って、大丈夫と言ってもラウちゃんは余計気にしてしまうだろう。

 ラウちゃんは人の想いに敏感だから。ならば――

 俺はラウちゃんの目線に合わせ、膝を折り、撫でながら声をかけた。


「じゃあ、明日は一緒に入ってくれるかな。二人とも絶対楽しみにしてるから。約束」

「――うんっ! 約束っ!」


 俺が出来るのは多分これくらい。

 これで少しはラウちゃんの負担を軽く出来ればいいが……多分心配無さそうかな。


「ぐぬぬ……」


 その横で唸る人まで、どうこうしろってのは荷が重いけど。


「ルフー、竜華ー、ラウちゃん達帰るって」

「えーっ! もう帰るの? 一緒にお風呂入って約束したじゃない!」

「ラウちゃん疲れたんだって。今日が初めてだから仕方ないよ」

「ユキちゃんも帰っちゃうのー?」

「ごめんね。明日も来るからね」


 そう言いながら、中々別れられず、玄関先で話が続く。

 その間、ラウちゃんが俺にありがとって言ってくれた。そのお返しにふわりと撫でる。


「じゃあ、慶志郎また明日な。ルフちゃんも竜華ちゃんもまた明日」

「うん、おやすみー!」

「ラウ、明日こそ一緒に入るわよ!」

「うん! りゅうか!」

「ラウちゃん、今日はゆっくり寝るんだよ。課長もおやすみなさい。帰り気を付けてくださいね」

「そのついでみたいな言い方が気に食わんが、まあ良い。心配するな」


 皆でおやすみーと見送り、課長達は帰って行った――



「――で、お兄ちゃん。さっきの話、結局どうなの?」


 課長達が帰った後、ルフ達を風呂に入らせ、寝る準備をさせる。

 その時、竜華がソファーで寛いでいる俺に詰め寄ってきた。

 グッと近付ける顔が見るからに怒っている。そのせいか子供と対峙しているとは思えないほどの威圧感を感じた。


「どうなのって、何のことだ」

「とぼけないで!」


 竜華が珍しく声を荒げた。

 俺の横で同じく寛いでいたルフも何事かと竜華を見つめている。


「あ、ごめんなさい」


 竜華自身もそんな大声を張るつもりが無かったのか、自らが発した声量に思わず謝ったてきた。

 最初に見せた威勢がみるみるうちに萎んでいく。

 だが、それが完全に無くなる前に俺に言ってきた。


「ルフとけ、結婚するって話。私、聞いてない……! わ、私だって、わたしだって……」


 全てを言い切る前に勢いは無くなっていた。おかげで最後の方は正直聞き取れなかった。

 けど、竜華が言いたいのはさっきルフが言ったことであった。

 そういや竜華が一番過剰に反応していたっけ。

 その理由は理解している。例え勘違いだとしても、そうであって欲しい。

 けどだからこそ、それはさっき課長に言った通りだ。

 しかし竜華やルフに説明しても理解してくれるかは疑問である。

 そういう意味では納得させるほど説明が出来ない。


 俺が何て言っていいか困っていると、ルフが竜華に向けて言った。


「リュウお姉ちゃんもお兄ちゃんとけっこんするの?」

「〜ッ! そ、そうよ! 何か文句ある!?」


 ルフの問いに竜華が半ばヤケクソに言葉を返していた。

 そんな竜華をルフがジーッと見つめている。その瞳と竜華もまた見つめ合っている。

 一触即発の雰囲気、頼むから喧嘩にだけはならないでくれよ……

 見つめ合うこと数刻、俺の願いが届いたのかルフがにんまりと笑う。


「リュウお姉ちゃんもお兄ちゃんとけっこんしたら、ルフたちでいっぱいよしよし、してあげようね!」

「へっ?」


 ルフが発した言葉が意外過ぎたのか竜華が力の抜けた声を漏らす。

 いや俺もルフに驚いている。そして同時に何か良からぬ予感がしてならない。

 こういう感はやはり当たるらしく、ルフが続けて言う。


「こういうの、はーれむっていうんだって!」


 ル、ルフちゃんっ!? なんてことを言ってるのあなた!

 どこで覚えたのか――いや、思い当たる節なら有り過ぎて困るほどだ。


「あははっ、良いわねっ! ルフ! 天才だわっ!」

「えへへ〜っ」


 拍子抜けしたように竜華の纏う雰囲気が柔らかくなっていった。

 それだけルフの言った事が馬鹿馬鹿しく、それでいて名案だと思ってしまったのだろう。

 実際にそうだ。しかしそれじゃあ俺はまるで、女たらしのようではないか!

 風評被害だ、実際は未だに彼女なんてものと微塵も縁の無い人種だぞ!


「ルフちゃん? 竜華ちゃん? それは流石にまずいんじゃ……」

「お兄ちゃんはいやなの……?」


 ルフの曇りなき眼が俺を射抜く。

 うっ……、やめろルフ。その目に俺は弱い……。


 ――ともあれ、ルフのおかげで竜華の機嫌が治った。ことの発端も顛末もルフだけど……良しとしよう、無事解決した事に意味がある。


 これ以上この話は無しだ。そう思い、俺は竜華へ話題を逸らす。


「そういや竜華」

「何よ、お兄ちゃん」

「そろそろ見せてくれても良いだろ。あれ」


 話題を振られた竜華は一瞬何のことやらと首を傾げたが、思い出したように手をポンと叩いた。

 そして自慢気に、且つ出し惜しみするかのように言う。


「そんなに見たいだなんて、お兄ちゃんはしょうがないわね!」

「なに、なにー?」


 ルフも興味津々なのか、竜華を見つめている。


「竜華の修行の成果だって」

「おーっ! たのしみ」

「けどちょっと待って! これは集中力が必要だから」


 そう言って竜華は静かに目を閉じる。

 集中力が必要ということは、力の制御がそれだけ難しいことなのだろうか。

 俺とルフは竜華を見守りながら、その時を待った。


 けど――


「あ、ごめん」

「もうっ! お兄ちゃん!」


 不意にスマホが鳴った。

 鳴ったことで竜華に怒られながらも俺はそれを手に取った。

 画面に映し出された着信。

 そこには課長の番号。

 何だろう、忘れ物でもしたのだろうか。その電話を取った時、耳をつんざくばかりのノイズが響き渡る。

 それが咆哮と分かるまで時間は掛からなかった。

 そして、それと同時に――


『慶志郎! 助けて!!』


 課長の悲痛な声が俺に助けを求めてきた。

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