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決心

三人称視点です

 それは慶志郎宅からの帰路での出来事であった。

 既に夜中ということもあり、朝は渋滞する程の国道も車の行き来はほとんど無い。

 そんな夜路を由希が運転する車が静かに走る。

 何度目かの信号待ち、車内では由希とラウルが談笑しながら待っている。


「――んっ?」


 不意に目を凝らすと、その先で一人の人間が佇んでいるのを由希は発見した。

 ライトに照らされたその影は女性であり、その目は由希達を捉えて離さない。

 何故こんな時間に? そもそも何故車道の真ん中を? もしや私は幽霊が見えているのだろうか? 

 疑問に思えば思うほどわからない。が、さも当然のようにそこに立つ女性に由希はただならぬ不気味さを覚える。

 ――その目と目が合った。

 瞬間、由希の背筋を恐怖がゾクリとなぞる。

 鳥肌が一気にぶわ立ち、由希に危険の警鐘を鳴らした。


 あれはこの世のものではない。


 感覚が由希にそう告げる。

 その感覚は当たっている。由希達の前に現れたそれこそ、ダイエンの部下――ネーセフである。


 婦人が如く一歩、また一歩、場違いなほどに綺麗に歩くネーセフが由希達へと近付く。

 何とかして逃げなければ。由希はそう思うがブレーキペダルに乗せた足が異常に重く、持ち上げる事が出来ない。

 迫りくる恐怖に由希の体は固まってしまっていた。


 どうすれば……。

 頭の中はこんなにもぐるぐると焦りが回るのに、何故体は言う事を聞いてきれない……!

 焦りと恐怖に支配されながらも、由希は無理やりに言う事を聞かせようとする。

 その間にも、ネーセフはゆっくりながらも確実にその距離を縮める。

 それがまた由希の体の自由を奪う。


「由希ちゃんッ!!」


 恐怖に飲み込まれる中で叫ばれた名前。

 ハッと我に返ったように由希の体から力が抜ける。

 由希がラウルの方を見れば、必死に訴える眼差しが目に入る。

 そうだ。私はこの子を守らなければならない。

 その想いが、由希から恐怖を退ける。


「すまないラウ。目が覚めた」


 由希はラウルに告げ、慣れた足取りで動かせなかった右足を上げた。


「掴まってろよ」


 その足でアクセルペダルを踏み込み、左へとハンドルを切る。

 本来の帰り道から遠回りになるが、この際言ってられない。先ずはこの場から逃げなければならない。

 そう想いながら由希は車を飛ばす。飛ばすのだが――


「――ッ!?」

「きゃうっ!」


 車は由希の手でやむを得ず急停止する。

 慣性による反動、シートベルトが体に食い込む。

 多少の痛みがあるものの、そんなものが霞むほどに見上げた巨大な化け物へ目を奪われた。


「何だ……これは……」


 目の前の非現実が由希に現実を叩きつける。

 それは依然、慶志郎が闘った大蛇。

 ネーセフの操る大蛇が行く手を阻むべく、由希達の前へ現れた。

 腹を空かせたように大蛇が由希達を見据えている。

 由希は逃れようと急いで車をバックさせようとしたが、ネーセフはもうすぐそこまで来ている。


 どうする? どうすればいい……。

 由希は頭をフルに回転させるが、解を導き出せずにいた。

 当然であった。

 未知の化け物となんか対峙したことがないからだ。


「ラウ! 逃げるぞ!」


 しかし、だからと言ってこのままやられるほど由希は諦めが良くない。

 ラウルと共に車を乗り捨て、逃げる。

 ラウルの手を引き、ただがむしゃらに走る。

 逃げられると由希は思っていない。だが、あのままただやられるのなら足掻けるだけ足掻いた方が良いと由希は判断した。


 その場から逃げる由希とラウルを見ながら、ネーセフが問う。


「どうします、ダイエン様。殺しますか」

「駄目に決まってるでしょ。先に性能を見せて貰わないと困る」


 何処からとも無く現れた影が、いつの間にかネーセフの隣に並ぶ。

 それにさも当然のようにネーセフが話し掛け、続ける。


「しかしあの子供、玉を使う気配が一向に有りませんよ」

「ふむ……」


 ネーセフが淡々と告げる事にダイエンは顎に手を当て考える。

 少し先の未来、そこではラウルが玉を使い、暴れる姿がダイエンには見えている。

 その未来に行き着く過程を見直し――成程、とダイエンが呟いた。


「ネーセフちゃん、死なない程度なら多少痛めつけちゃっても構わない。勿論、殺しちゃだめだよ。あのガキも人間も」

「面倒ですが……分かりました」


 ダイエンがネーセフにそう指示すると、大蛇と共にネーセフが由希とラウルを追って行った。


「……厄介な事になりそうだ、全く」


 ダイエンが言った言葉は誰に聞かれる事無く、消えていく。

 その先の何を見て、そう言ったのかはダイエン自身にしか分からない。

 ただ、言葉通りに捉えるのなら心底面倒臭そうな顔をしているダイエンの通りなのだろう――



「ラウ、足大丈夫か、疲れてないか?」

「うん、でも由希ちゃんは……」


 逃げる最中、由希はラウルに仕切りに声を掛ける。

 ラウルを安心させるためだ。

 だがラウルは元々、狼犬種。走る事に関して人よりずっと優れている。

 そんなラウルが不安気な表情をする。

 由希が心配だったからだ。

 由希に疲れが見えているのはラウルの目からも明らかであった。

 けれども由希はラウルを心配させまいと無理に作った笑顔で言う。


「私なら大丈夫だ。こう見えて昔は運動部だったからな」


 しかし、それこそがラウルの心をズキリと痛め付ける。

 由希がラウルを大事に想うように、ラウルもまた由希が大事に想う。

 私の大事な人が何故こんなつらい目に――私のせいで私の大好きな人がこんなひどい目に――

 由希を思えば思うほどラウルの心は苦しく締め付けられる。

 だからこそなのか、想う心がラウルにある決断をさせた。

 繋がれた手を解き、ラウルが立ち止まる。

 それに困惑しながらも由希はラウルに声を掛ける。


「ラウ……?」

「由希ちゃん……由希ちゃんは先に逃げて」


 由希はラウルの言った言葉を――意味を理解出来なかった。

 しかし由希に構うことなく、ラウルは後ろを振り返る。

 その先にはネーセフと大蛇。由希とラウルを弄ぶかのようにその距離を縮める事も無く、遠ざかる訳でも無く保ちながら追って来ていた。


「な、何を言っているんだラウ……? 一緒に逃げるんだ! 早く!」


 由希がラウルの腕を引っ張るが、ラウルの決心は固い。

 既にその目はネーセフらを見据えている。

 例え由希がどれだけ揺すっても、その心が揺らぐことは無いだろう。

 だけど――


「由希ちゃん……ラウを想ってくれてありがとう……」


 由希のラウルを想う気持ちはラウルに届いている。

 ラウルはそれが堪らなく嬉しかった。だからこそ、ラウルにもう迷いは無い。

 ラウルは由希の手を振り解く。

 そして、ネーセフらに駆けて行った。

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