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休み明け

 課長がラウちゃんを連れてきた日から数日経った。

 二人の仲は日に日に増しているようで、残りの休み、課長はラウちゃんを色んな所に連れ回していたようだ。

 何処かへ行く度に、俺のスマホへ課長からメッセージが届いていたから間違いではない。

 正直、スマホがこんなにもブーブーうるさかったのは初めてだったもので、非常にうざったるかったのは内緒だ。

 その都度どう返したらいいものか悩んだのもついでに秘密である。

 悩んだ挙げ句、「良いッスね」とか「うわぁ、めっちゃ良いッスね」とかしか返せなく、語尾力の無さを痛感させられたのは休み中の苦い思い出となった。

 っていうか多分これ俺が少ないのでは無く、課長の言葉の引き出しが多すぎなのでは? と思い始めている。

 そもそも俺のスマホは基本は鳴らない。連絡を取る友達なんか居ないからなッ!

 ……自分で言ってて悲しくなってきた。


 ともあれ、残りの連休はそんな感じで過ぎて、そして今日という日の朝、俺は布団から出たくなかった。

 何故なら今日から仕事だからだ。


「おっはよーッ! お兄ちゃんッ!」


 そんな憂鬱であってもルフの声とざぶんと飛び込んでくる重みを感じれば元気になる。

 元気にはなるが、布団からは出たくない。

 このままルフを布団へと誘って、一緒に二度寝しようか。

 それで夢の中でルフと竜華と一緒にゆっくり過ごしたい。

 良し、そうしよう。魔性の誘惑が俺にそう囁く。


「ルフちゃん、捕まえた」

「ふみゃっ!?」


 俺はダイブしてきたルフをそのまま掴み込んで、布団へと引きずり込んだ。

 ルフはんみゃんみゃ言って手足をばたつかせるが、抵抗虚しく、俺にやられるがままである。

 抱いたルフの体温が心地良い眠りを誘い、再び瞼が重くなっていく。

 こんな事しているが一応はちゃんと考えている。

 スマホのアラームが鳴らないということはそういうことなのだろう。

 ぼやけた思考の中、たっぷりとルフを堪能することを決めた。


 決めたはずなのに、何故だかまだ体に重みを感じる。

 竜華だろうか? いやしかし、竜華がこんな時間に起きる事は考えづらい。

 ではこれは誰だろうか。俺はそれを確かめるべく、布団からちらりと顔を出す。すると――


「――はよっス……」


 俺を見下ろす猛禽類の眼と目が合った。

 俺が感じていた重みはどうやら課長の足だったようだ。

 ……いや何でッ!?

 目の前の現実でぼやけた思考が晴れる。

 瞬間に体がドッと熱くなるを感じた。

 課長が来るのは知っていた。そういう約束をしていたからだ。だが時間的にまだ早くない!? 百歩譲ってこんな朝っぱらから来るのは良いとして、何で目の前に居んの!?

 目の前の現実と思考が追いついていない。頭がパニックだった。

 が、一応なんとか言葉を捻り出し、俺を見下ろしながら足でぐりぐりとしてくる課長に声を掛けた。


「早くないっすか?」

「寝起きの開口がそれか」

「いやだって、どう考えても理解が追い付かないんで」

「そうか。なら私がちゃんと説明してやろう。どっかのねぼすけさんにも分かるようにな」

「……へっ?」


 課長が言った意味は理解出来るが、何を言っているのか分からなかった。

 お寝坊……? いやしかし、まだアラームはまだ鳴っていない。

 俺はとりあえず、スマホを確認しようと手を伸ばしたが肝心のスマホはそこには無かった。


「あ、あれ? スマホが無い」

「探しているのはこれか?」


 そう言って課長が俺のスマホを見せ付けてくる。

 その画面を見て、二度見してようやっと理解した。理解した瞬間、俺は叫んだ。


「ハァァアアッ!? 何で!? ヤバッ!? 何で起こしてくれなかったんすかッ!?」

「何ッ!? 何事ッ!?」

「ぴゃうッ!?」


 俺の叫びに寝ていたであろう竜華が飛び起きた。

 多分その隣で眠っていたラウちゃんも耳をピンッと立てて見つめてくる。


「お前を起こすなってルフちゃんが言ったんだ」

「いや、でも、えっ、ルフちゃん!?」


 ルフを見ると、えへへと笑っていた。

 グッ……この笑顔を向けられると何も言えない……。

 いや叱るなんて出来ない。なんせルフは今日から仕事があるなんて知らないんだ。これは俺が悪い。

 そう判断してからの俺の思考は早かった。

 これからルフと竜華、それにラウちゃんのご飯の準備して、俺の身支度整えて――ギリギリ間に合うな。

 俺はすぐさま布団から飛び起きる。

 その前にちゃんとルフを撫でておく。

 まずは子供達のご飯の準備からだ。

 そう思い、キッチンへバタバタ向かうと――


「あ、あれ?」


 そこには既に朝ご飯のみならず、お昼ご飯のお弁当まで準備されていた。


「お前が寝ている間に済ませておいた。ラウとルフちゃんも手伝ってくれたから手早く終わったぞ」


 きょとんとしている俺の後ろから課長が声を掛けてくる。

 どうやら課長が準備してくれていたようだ。

 聞けば、ルフが普段しまってあるお弁当箱とかを教えてくれたらしい。


「えへへ、ルフね、お兄ちゃんがちょっとでもねれるように、い~っぱいかんばったの!」

「ルフ……」


 後ろを付いてきたルフが笑顔いっぱいに甘い声でそう言う。

 俺は感極まって堪らず、ルフを抱え上げてギュッと抱きしめた。


「うん、ありがとな。ルフは偉い子だな」

「ふみゅみゅ〜」


 ちょっと強く抱きしめたかもしれない。

 ルフが口から空気を漏らすように声を上げる。

 いやしかし、こんな兄想いの妹がいれば俺のこの行為はもはや必然である。もう一日中抱いていたい。


「お前はルフちゃんの優しさを無駄にする気か。いいから早く顔を洗って準備しろ」


 しかし現実は俺に厳しい。

 課長が少しだけ声を荒らげそう言ってくる。何故だかちょっとだけ怒っているような気もした。何故だろうか……?

 とか思ってはいたが、このままでは本気で怒られそうなので、いそいそと顔を洗いに向かう。

 けどその前に。


「ラウちゃんもありがとね。おかげで助かったよ」


 ラウちゃんにも感謝を述べつつ、頭をそっと撫でる。

 そっと撫でている間、ラウちゃんは何だかぽーっとしながら俺にやられるがままだった。

 その隣で竜華は何だか機嫌が悪そうに見えた。

 多分二人共起きたばかりでまだ完全に目が覚めていないであろう。

 そう決め付け、今度こそ俺は身支度を整え始めた。


「――なるほど。そういうことでしたか」


 課長の作ってくれた朝食を皆で食べながら、事の経緯を聞いた。

 どうやら俺のスマホに電話をかけたらしく、それを既に起きていたルフが取ってくれたそうだ。

 そしてそのままルフが課長とラウちゃんを招いたそうで、現在に至る。


「全く、子供より遅く起きるだなんて」

「いや、まあ、それはすみません……」

「……? 由希ちゃんだって――」

「おっとラウ、これも食べていいぞー」


 何かを言い掛けたラウちゃんの口を課長が強引に食べ物で逸らさせた。

 それに釣られラウちゃんは自ら続ける言葉を塞いだ。

 どうやらラウちゃんはけっこう食べるらしく、目の前には子供には山盛りのご飯が盛られている。

 家の子も元気に育ってくれるにはそれくらい食べた方が良いのだろうか。特に竜華なんか朝はこっくりしながらだからほとんど食べないし。


 それにしても……俺に言っておいて、まさかね……? とか邪推するが、課長に限ってそれは無い。しっかりしている部分を目の当たりにしているから。

 だが、余程俺に聞かせたくないのか課長が話題をぐいっと変える。


「そういえば、私達が仕事している間、面倒を見てくれるのはオウミさんなのか」

「いえアレイスターさんですよ。オウミさんの連れ? 保護者? みたいな人です」


 何と言っていいかわからず、アレイスターさんをそう説明する。

 そう言えば、あれ以来オウミさんと会っていない。

 アレイスターさんが言うには、忙しく動き回っているようだが……

 結局、ネーセフと戦って以来、修行が無くなってしまったのは残念だが、オウミさんに負担をかけさせる訳にもいかないから仕方がない。


「だ、大丈夫なのか? その人って確か」


 そう思っていると課長が心配そうにそう言った。

 何を不安かっているのだろうと思ったが、そう言えばオウミさんの話でちらりと名前が上がったのを思い出す。

 その時にあまり良い印象では無かったのだから課長が心配するのも当たり前である。


「大丈夫ですよ。何だかんだ良い人ですし、それに……確かにちょっと訳解んない所もありますけど……良い人ですし!」

「本当に大丈夫なんだろうな……」


 いかん。ここでも語尾力の無さが浮き彫りに……。

 いやでも本当の事を言ってるし、実際突拍子も無い事言う人だし。

 とか思っていると、玄関のチャイムが鳴る。

 タイミング良すぎだろ。とか思いつつも、確認すればやはりナイスタイミングであった。

 俺はそのまま玄関へと向かい、アレイスターを迎える。

 その後ろを課長も付いてきた。多分、その目で確かめたいのであろう。


「おはようございますアレイスターさん」

「ああ、おはよう。既に先生からは聞いている。任せておけ――んっ?」


 そう言ったアレイスターが課長に視線を向けた。

 その目を逸らす事無く、課長もまたアレイスターさんを見据えている。


「はじめましてだな。アレイスター・フェネスと言う。花宮殿の事は先生からは聞いている」


 そう言ってアレイスターさんが課長に手を差し出した。

 課長はその手を握り、アレイスターさんに返事を返す。


「こちらこそ挨拶が遅れて申し訳ない。ラウの保護者の花宮と言います。ラウの事、よろしくお願い致します」


 お互いに視線を外す事無く、交わされた挨拶は異様な光景だった。

 温かく迎えるでも無く、微笑ましいものでも無い。お互いが何かを探り合っているかのようなものに感じた。

 だが課長にそれは部が悪い。

 既にアレイスターさんはその腹の中を見透かしているであろう。


「花宮殿、どうか安心してほしい。何があっても俺は貴女とあの子を守ってみせる。貴女方に仇なす者を討つ剣となることを約束しよう」


 少しだけ穏やかに笑い、アレイスターさんが告げる。

 ……何だこのイケメン。何だこのくさい台詞……。

 こんなイケメンにこんな台詞言われたら、世の女性は皆、この男に酔ってしまうだろう。文字通りイチコロだ

 男の俺でもくらくらするくらい、きゅんとした。ハンコロである。

 語尾力に乏しい俺でもあんな風に恥ずかしげも無く、あんな風な表情で言えればモテるのだろうか……。

 試しに小さく笑ってみた――だめだ、見なくても分かる、歪に歪んでいる……。

 そうやって一人で傷ついていると、アレイスターと課長の挨拶は終わっていた。


 課長もアレイスターさんにやられてしまうのだろうかと思っていたが、意外にも課長は平然としていた。

 何事も無かったかのように普段通りで逆に恐怖すら覚える。

 まさか――課長は女じゃない……?


「やめておけ慶志郎。それと早く行け。時間無いのだろう?」


 俺の腹の中を弄ったアレイスターがそう告げる。

 スマホ見れば、確かにそろそろ危ない。


「課長そろそろ行きますか」

「ああ、だがその前に――ラウッ」


 課長がラウちゃんを呼ぶ。

 すると、呼ばれていないルフと竜華も一緒にやって来た。

 ラウちゃんはアレイスターを見ると、一瞬体をビクつかせたが、それ以上は何も無い。

 受け入れてくれたのだろうか。もしそうなら嬉しく思う。


「ラウ、これから私と慶志郎は出掛けるけど、言う事聞いてお留守番出来るか」

「うん、頑張る!」

「そうか。偉いな。しっかり頼むぞ。ルフちゃんも竜華ちゃんも仲良くしてあげてね」

「まっかせてユキちゃん!」

「ルフ! ユキちゃんじゃなくて、さんッ!」


 竜華がそう言ってルフに言い聞かせていた。

 家の子は強かである。誰かに似ずに良かった。


「じゃあルフと竜華、ラウちゃんお留守番は頼んだよ」


 そう言うと三人が仲良く声を揃えて返事をする。

 いつも思うが、この光景を見ると、行きたくなくなる反面、頼もしいと感じる。

 子供は日に日に成長していっている。だからこそ守らなければならない。アレイスターさんの言葉を借りるなら俺達が剣となり、そして盾となって。


「……俺には頼んでくれないのか」

「あんたはちょっと黙っていて下さい。でもちゃんと見守っていてください」


 そう言った俺にアレイスターさんは悪びれる様子も無く、当たり前だと返した。


 そんなやり取りを終え、俺と課長は家を後にする。

 戸締まりは念入りしたから大丈夫な筈である。

 その場を後にして歩きながら俺は課長に言葉を投げかけてみた。


「にしても、ちょっと意外です。課長はもっと名残惜しくなるのかなって思いました。俺がそうでしたから」

「そうだな。本当は慶志郎が言うように名残り惜しいさ。だが、そうやって引っ張ってしまってはラウも別れづらいだろう」


 そんなことを言ってみたが、課長から返ってきたは真っ当な言葉だった。

 この人はやはり強い。大事な人のためなら、自分を平気で犠牲に出来る。心が強い証拠だ。ラウちゃんを課長に任せて良かったと改めて思う。この人ならラウちゃんに新たな道を作ってくれるだろう。

 いや、一緒に切り開いてくれると言った方が良いのかもしれない。


「そう言えば車はどうする。別々で行くか、それとも一緒に行くか?」


 駐車場まで向かうと、ふいに課長が聞いてきた。

 正直そこまで考えていなかった。確かにどうすれば良いのだろう……。

 別々で行けばそれまでなのだが、ガソリンとか諸々考えると一緒に行った方がコスパは良い。

 でもその場合、どどど、同伴出勤ッ!?


 不味いですよそれは。連休明け、上司と部下が同じ車で出社。

 もし見られでもしたら噂になるのは必然。

 俺は良いんだが、課長がそんな目で見られるのは耐えられない。谷野さんには特に――!

 それで課長の評価を下げてでも見ろ。申し訳無さ過ぎて死にたくなる……


「別々で行きましょう! これはもう決定事項です!」


 目の前のコスパと今後の評価を天秤にかけ、決断付けて俺は課長へとそう告げた。


「何だ――残念だ」


 だと言うのに、課長がいつもと変わらない表情でそう言った。

 どういうことだ。一体何が残念だったのだろう。

 その意味が分からず、俺は車の中で一人悶々と考えながら会社へと向かった。

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