影
三人称視点です
時を少し遡り――
慶志郎の家から少し離れたマンションの一室にて。
「お! だいぶ回復してきたんじゃねーの」
ダイエンが谷野、さすとら君と戦った後の話。
ダイエンは帰ってくるなり、上着を脱ぎ捨てソファーへ座ると、対面に座っている二人に声をかけた。
「はい。受けた傷は順調に回復しつつあります」
そう答えるのは慶志郎とオウミが倒したネーセフ。
そしてもう一人も答える。
「クソッ、あの野郎……次は必ず……!」
ギリギリと歯を鳴らしながら怒りを噛みしめるオートリー。
「いいねぇ〜、やる気だねぇ〜。たが今は傷を治すことだけ考えろ。ネーセフちゃんもオートリー君もだいぶやられてんだ」
「でもっ! このままやられっぱなしじゃ気が収まらなないっ!」
宥めるダイエンの言葉を前に、オートリーが身を乗り出して食ってかかる。
間に挟まれた机が大きな音を立て、置かれていた灰皿が揺れる。
「口を慎みなさいオートリー。誰のおかげでこんな早く傷が癒えていると思っているの」
感情を熱く滾らせるオートリーとは対象的に、ネーセフが冷たく言葉を吐いた。
ネーセフにギロリと睨まれたオートリーはたじろぎながらも何かを口にしようとしたが、それを飲み込み、ゆっくりと元居た場所に腰を下ろす。
「おー、怖ッ! ネーセフちゃんの睨みは凄みがあるねー」
「――ダイエン様」
そのやり取りを見ていたダイエンがおちゃらけた様子でネーセフに声をかける。
本人は場を和ませようとしたつもりだったが、矛先がオートリーからダイエンに移っただけであまり意味が無いようだ。
この雰囲気を誤魔化そうとダイエンは煙草に火を付け、一つ煙を吐き出した後、少し真面目な口調でネーセフに言った。
「それにしてもネーセフちゃん、火傷はもう大丈夫かい? 跡は残って無さそうだけど」
「ご心配には及びません。この通り、既に完治しております」
ネーセフはそう言うと、自身の袖をまくり、ダイエンに肌を見せ付ける。
その腕には慶志郎とオウミとの戦闘で負った傷は既に無くなっている。
腕だけでは無い。受けた傷は一つ残らず消えていた。
外傷は完治している。だがネーセフはあまり嬉しそうでは無かった。
「――お恥ずかしい限りです。あの年増が居たとしてもひよっこ一人にやられるとは……。オートリーではありませんが、私もこのままでは腹の虫が収まりません」
ネーセフが苦虫を噛み潰したように顔を歪ませ、その理由を語る。
彼女も表に出さないだけであって、その内では沸々と怒りを燃やしているのだ。
その熱で握られた拳がネーセフの理性に関係なく、わなわなと震えている。
そんなネーセフを見て、ダイエンが煙と一緒にため息を吐きながら言った。
「これは受け売りだがよ、怒りに心をのまれるな。常に冷静でいろ。全く、そんなとこまで誰に似たんだか……ね、ネーセフちゃん?」
「えぇ、ほんと。誰に似たんでしょうね。しかし私は誰かさんと違って常に冷静ですよ? ね、ダイエン様」
「……言ってろ」
ダイエンは言葉を吐き捨てる。
ネーセフが冷静で言うのであれば、これ以上は不毛だと感じたのだろう。
比較対象にされた誰かさんと似て、その辺の強情っぷりは融通がまるできかない。
だからこそダイエンは話を戻した。
「まあ、今回の件、手負いはしたが目的は達成された。そもそもあの婆婆とバチバチにやり合うつもりなんて毛頭無かったしな。手強かったろ、あのクソババアの炎は」
「確か浄化の炎でしたか……? あれは不愉快極まりない……! それを真似て使ったあの小僧も……!」
ネーセフ自身に攻撃は喰らってないが、その分身体の大蛇と共鳴している以上、その痛みもダメージもネーセフも受ける事は免れない。
慶志郎から受けた攻撃を思い出したのかネーセフが自身の腕を強く握る。
爪が食い込むくらいに握られた腕は赤くなっていた。
その様子をダイエンは何をするでもなく、言うでもなく、ただただ見つめながら話を続けた。
「だが慶志郎君のあれはババアにはまだ程遠い。それは実際会ってみて確信出来た。良かったよ、あれの目覚めがまだまだ先で」
「……それは嫌味ですか」
「何でそうなった」
「その未完成にまんまとやられて命からがら敗走してきた私に対して嫌味を言われたのかなと」
見るからに不服そうな顔をしているネーセフを前にしてダイエンはガシガシと乱暴に頭を搔いた。
ダイエンにその気が無かったとは言え、ネーセフがそう捉えられたのは失態だと思ったからだ。
ダイエン自身、慕ってくれる部下には誠意を見せる。
それが上に立つ責任だと、戦友とかつての師が教えてくれたことを全うしている。
「すまない。軽率な発言だったな」
「いえ、悪いのは私の方ですから。それに今のは貴方の困った顔が見たくて」
ダイエンが素直に謝るとネーセフがそう言った。
不服そうな顔はもうそこにはない。澄ました顔で悪びれている様子も全く無い。
「……強かな奴だ」
「ええ、ほんと。誰に似たんだか」
誰に言う訳でも無く、鼻を鳴らしダイエンは呟いた。
ネーセフはそれに反応を見せ、ダイエンの様子を伺う。
心なしか表情も柔らかい。ダイエンのからかうのが余程楽しいのだろう。
しかし、ダイエンはネーセフの魂胆が見えているのかそれ以上は何も言わなかった。
変わりに煙草を灰皿に押し付け、オートリーへと向き直る。
「オートリー君もお疲れ様。大変だっただろ、あいつの足止めは」
「俺的にはお二人の雰囲気の方が大変です。俺、席外してましょうか」
「……何でそうなる」
オートリーの余計な気遣いにダイエンはまた頭を搔く。
「俺的にはアレイスターを相手していた方が楽です。何なら二、三時間くらい外に出ておきましょうか?」
「変な気遣いすんじゃねえよ。後、お前が思ってるような事にはならんから安心しろ」
そう言ったオートリーに、ダイエンは額に手を当てそう返す。
オートリーはアレイスターの事になるとたちまちカッとなってしまうが、普段はアレイスターとは真逆で常識的で必要以上に気遣いが出来る男である。
「んなことより、オートリー君には次もあいつの相手を頼みたい。だから自分の体の事だけ今は考えろ」
「次も……! その次ってのは何時ですかッ!?」
「オートリー君が万全な状態になってからだ。いくら君だってあの炎を喰らってすぐには動けまい。それにあの炎――滅火の炎の性質上、この場ではオートリー君くらいしか太刀打ち出来ないからね……って、聞こえてる?」
ダイエンの言葉は途中からオートリーには聞こえていなかった。
今は再戦という言葉しかオートリーの頭にはない。
それ程までにオートリーにとって、アレイスターへの再戦は重要なのだろう。
今のアレイスターが操る炎を滅化というのなら、オートリーは再生の炎。
相性こそあれど、アレイスターと戦えるのはダイエンが率いる部下ではオートリーしかいない。
……いや、もう一人いるが当の本人はやる気がまるでない。
その張本人に向かってネーセフが言った。
「ダイエン様が足止めすれば良いのでは? 私の予想ですけど、多分あっちはそれを望んでますよ」
「やだよ、あんな変人で野蛮な変異種なんてお断りだ。殺したって死なない奴の相手なんかしてられっか」
見るからに嫌そうにダイエンがネーセフの言葉に拒絶の反応をみせる。
おそらく二人の間には何らかの遺恨がありそうだ。
それを根掘り葉掘り聞いてみたいとネーセフは思っているが、ダイエンはきっと答えない。
ネーセフもダイエンの性格を知っているからこそ、自分からは言及はしない。
「それでダイエンさん! 次は何をする予定何でしょうか!?」
火の粉が飛ぶようにオートリーがテーブルへ身を乗り出す。
そこまでしてアレイスターと戦いたいのかとダイエンは少し引いた。
が、聞かれずとも追々説明する予定だったため、ダイエンはオートリーに手をシッシッと払って座らせる。
そしてポケットから取り出したあの玉を二人に見せつけて説明を始めた。
「これはシロトラが作ったもんだ」
「――えっ」
「なんてものを……」
ダイエンが話始めると、二人の表情がみるみる強張った。
オートリーに至っては固まってしまっている
それだけシロトラが作り出した呪物という言葉は強力であり、もはやそれ自体が呪いと化しているようだ。
そんな中、何とかネーセフが恐る恐るといった様子で口を開く。
「まさか、私達にそれを使えと……?」
その言葉を耳にしたオートリーが首だけをぐりんと捻り、ネーセフを見やった。
ネーセフはオートリーを気にも止めることなく、確かめるような目でダイエンを見つめている。
「アホか、こんな訳わからんもん使わせる訳ねぇだろ。俺だって使いたくねぇよ」
「では一体……」
ネーセフの問いにダイエンは不敵に笑い、応える。
「どうやらシロトラ自身もこれがどれ程の威力があるのな分かってねえらしい。だから実験を試みようとしている――こっちでな」
「自分で作っておいてそれはどうなのかと思いますが……なるほど……」
「そして何の因果か知らねーが、その実験動物は慶志郎君達の手中にある。これは好機と言っていいんじゃねか?」
ニヤリと笑う、ダイエンに少しだけ恐ろしさを感じながらもネーセフは頷く。
その二人をオートリーが首をぐるぐる動かし交互に見渡していた。
ネーセフはうっとおしいなと思いながらも話を続ける。
「簡単な話、襲えと……?」
「あぁ。だが襲うだけだ。危機的な状況を作り出し、選択を失くす。俺達の目的はあくまでどれ程のものなのかを検証させるだけ。そして実用的と判断出来れば量産してやれば良い。そろそろあいつも何か作りたいだろ、シロトラのもんなら喜んで作るさ」
「確か……」
オートリーを残し、話が進む。
そんな中、オートリーは自分にとっての最重要要素を確認した。
「ダイエンさんッ! 俺はアレイスターと戦えるんですよね!?」
そう言ったオートリーに、二人の視線が突き刺さる。
冷ややかに見るネーセフの冷徹な目と面白いものを見るダイエンの目。
ダイエンは確信を持って言う。
「ハッハッハッ! オートリー君、あいつは必ず来る。君の役目は重要だよ」
「貴方は勝手になさい」
「任せて下さい!」
二人から期待を向けられ、オートリーが勢いの良い返事を返した。
「その時が来るまで、二人は準備を整えておいてくれ」
ネーセフとオートリーにそう言い残し、ダイエンは立ち上がる。
投げ捨てた上着を再び羽織り、その場を後にした。
暗がりを歩きながら煙草に火を付けダイエンは呟く。
「リシ君の落とし前は付けた。師と戦友よ……お前達にも必ず付けを支払わせてやるよ――」
街灯から見える影はドス黒い闇を伸ばしていた。
非常に申し訳ないです。
何ならかにやらが積み重なってどんがらがっしゃーんでどたばたばたばたばたしていて全然書けません。
不定期ですが、お読みいただければありがたいです。
お読みいただき、ありがとうございます。
頑張って時間作って書きます。




