花宮由希の想い
課長こと花宮由希ちゃん視点です
朝。
ふいに目が覚めてしまっした。
寝ぼけ眼でスマホを確認すれば、普段起きる時間よりも大分早い。
その証拠にアラームはまだ作動していない。
休みの日にアラームを掛けているだなんておかしな話だが、決して外すのが面倒くさかった訳ではない。
が、鳴ってしまってもただやかましいだけなので解除しておく。
こいつにどれだけ休日の眠りを邪魔されたことか……。
ただ今日はその耳障りな音で叩き起こされる事なく、二度寝が出来る。
どうやら私の勝ちのようだ、ふふんっ。
時間的に外はまだ日が昇りきってないだろう。
春も終わりかけているというのにまだ朝は肌寒い。
だからこそこのぬくぬくのベッドが気持ち良い。
私のお腹らへんで眠っているラウのおかげである。
冷え性の私にとって凄くありがたい。
布団を捲って覗いてみれば、ラウは身体を丸めながら眠っていた。
あの小さな御人――確か慶志郎はオウミさんと呼んでいたっけか。が言うには、ラウを狼犬種と言っていたな。
眠る姿はまさにその種の名前を表しているようだ。
すやすやと眠るラウを見ていると気持ちがほっこりとし、自然と顔が綻ぶ。
それだけ私にとって、ラウはもうかけがえのない存在になっているのかもしれない。
おかしな話だ。まだ会って数日しか経っていないというのに。
我ながら中々に単純だなと思う。
だが、そう思う程にラウの仕草には愛くるしさがあり、私を想ってくれるその心が癒しをくれる。
何事にも懸命で、誰かのためを想い、行動出来るこの子に惹かれるのはもはや必然なのだろう。
私はそれが出来る人を既に知ってしまっているのだから。
緩んだ顔は中々戻ってくれそうにない。
思えば、ラウが家に来てからは仏頂面で過ごす事が無くなった気がする。
誰かに笑顔を作ることはあっても、自然と緩むなんてあまりなかったのに。
それだけラウという存在が私を変えていっているのだろう。
それが顕著に出ているのはこの部屋だろうか。
以前は床が足の踏み場も無い程、ベッドは寝るスペースが無い程物が散らかっていたのに、今ではこんなにも整頓され、二人で一緒に眠る事が出来ている。
台所もリビングもそう。きっちりと片付け、ゴミだってちゃんと出した。
極めつけはやはり料理だろうか。
家で料理をするなんて何時ぶりだっただろうか。振り返ってみても私の記憶に覚えが無い。
保身のために一応言っておくが、私はやらないだけでやれば出来るんだ。
その証拠に慶志郎だって昨日、簡単なものだが私の手料理を美味しいと言って食べてくれた。
そう。私はやれば出来るんだ。決して面倒くさいという訳ではない。
私にとって快適なスペースを確保していたに過ぎない。
物は出しっぱなしなら直ぐに見つけられるし、ゴミだって一遍に出した方が効率が良い。
そう。何事も効率だ、ラウが手伝ってくれるって言ったから片付けたに過ぎない。
それにこの家はもう私だけのものではない。
私はかまわないが、ラウをあんな汚部屋に住まわせるなんて出来るものか!
そんな想いが私の心に火をつけてくれた。
オウミさんの言葉を借りるならこれが共存ということなのだろう。
そう言えば……。
ふと、オウミさんが言っていた事を思い出す。
あの場で語った彼女の言葉に冷静さを欠いてしまっていたが、慶志郎のおかげでその後は何とか平静を取り戻した。
部下に気を使わせるとは私もまだまだだな。精進しなければ……
そう思わせた慶志郎の言葉とは反対に、彼女の言葉は私に疑問を感じさせた。
それは勿論ラウの事である。
彼女の語るラウと私の見ているラウには乖離がある。
多分慶志郎も、竜華ちゃんも、あの場で聞いていた者なら誰もが思ったことであろう。
彼女の言葉を疑っている訳ではない。私もそれなりに人を見る目はあると思っている。
だが、語られた言葉をそのままラウに当て嵌めるのは難しい。
確かに私とラウの出会いはただの偶然であり、その生まれも育ちも全く知らない。
その細かい生態については彼女の方が知っているだろう。
だがラウと数日過ごすことで私もラウを理解しつつある。
ラウはものを教えれば、直ぐに理解する。
水道の使い方やお風呂の入り方、お箸の使い方だって今は覚えつつある。
普段の在り方であってもそうだ。
ラウは私をよく見ている。
それもあってか、私が何かやっていると傍に来ては手伝ってくれたり、何事にも興味関心を持つことが多い。
おまけに私の行動を見通し、次の行動を察知する能力にも長けている。
子供のくせに空気を読む力が高い。
それのおかげで私も助かっているから何も言えないが。部屋の掃除だったりとか料理だったりとか諸々。
こうやって一緒に生活しているからこそ言える。ラウには間違い無く社会性がある。
客観的に見ても社会的順応力が非常に高い。
これを自然界でいう、適応力と言ってしまえばそれまでなのだが。
しかし私は素直に受け止めようと思っている。
彼女が言った言葉こそが真であっても、今のラウこそが素の生き方だと私は思いたい。
それが例え、私がラウのその運命ごと変えてしまったと言われても。
ラウが私を変えてくれたように、私もまたラウを変えていってしまっている自覚はある。
それがどちらに転ぶかはわからない。良い方にも転ぶかもしれないが、逆にもまた然り。
結末を知り得るものなんて神様か、或いは先の未来を見透かす事が出来る者だけであろう。
そんな者なんて居ないからこそ赤い糸は何重にも交差し、結ばれ、絡み合う。
その先に何があるのか分からない。
が、その先に夢見た未来があるのなら、人は動く。何時の日も、何時までも。
既にラウと私の運命は交わっている。
ならば私は――私達は掴み取らなければならない。
その先に見た未来を。
――少し考え過ぎた。頭がすっかり冴えてしまっている。
これでは二度寝なんて出来やしない。
言っておくが、まだ起きる時間には早いから二度寝をしようとしていただけであって、惰眠を貪る訳では――いや、既に運命が変わってしまっているのなら素直に認めるとしよう。
こんなもふもふでぬくぬくのラウが居て、起き上がる方が無理である。
私はその温もりともふもふの感触をもっと肌で感じようと、ラウに足を絡ませ密着するように包み込んだ。
「むにゃ……由希ちゃん……?」
「す、すまん。起こしてしまったか……」
しかしそれが悪かったのかラウを起こしてしまった。
もぞもぞ動きながらラウが布団の中から這い上がってくる。
「ううん。おはよう由希ちゃん」
「おはようラウ」
布団から顔を出したラウと見つめ合う。
まだ完全は目が覚めてないのか耳が眠そうに垂れている。
今日も相変わらず可愛い。
「だが、まだおはようには早い時間だ。まだ眠っていろ」
「うん……じゃあ由希ちゃんも一緒に……えへへっ」
……危ない。
ふにゃっと笑ったラウを思わず強く抱きしめるところだった。
よく耐えた私。
暴走しようとする感情を何とか制御しながら、私はラウを撫でる。
目を細めて笑うラウと同じくらい、今の私も顔が相当緩んでいるだろう。
しかし、逆に言えばこれはラウが私を変えてくれた確固たる証拠でもある。
やはりラウはもうかけがえのない存在になっているのは間違い無い。
これが運命だというのであれば、私は喜んでそれを受け入れよう。
だから今はこの時間を一秒でも長く堪能すると決めた。




