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竜華の想い

めちゃくちゃ遅れました。

でも不定期だから(震え声……)

 夜。

 二人が眠りに付いたのを見守ってからリビングへと戻る。

 眠らせる前に注いだお茶は水滴を垂らしてもう温くなっていた。

 だからと言ってどうという事も無く、かまわずに一気に飲み干す。

 ふぅ、と息を吐いてそのままソファーにもたれかかり、天を仰いだ。

 今日は色々有った。有り過ぎた。まだ全然頭の整理がついていない。

 温くなったお茶では処理速度の遅いこの頭を冷やすには荷が重い。

 だからこそ今は思考を身ごとソファーに投げ出して放熱しているのだが、これが中々上手くはいかない。

 俺の意思とは裏腹にどうしても今日の事をあれこれ考えてしまう。


 オウミさんが帰った後、部屋全体は重苦しい空気に覆われていた。

 誰も何も喋らない。

 俺も課長もラウちゃんも竜華も――

 皆、オウミさんの話を聞いてそれぞれ思う事があったのだろう。

 だけど誰もそれを口にしようとはしなかった。

 喉元まで出てきた言葉を表現出来ずにつっかえていたんだと思う。

 しかしこれだけは言えた。纏う雰囲気が俺も含め皆が穏やかなものではなかった。

 今思えばやけに攻撃的で暴力的な考えが脳を支配していたと思う。


 その中でルフだけが唯一、普段通りだった。

 と言ってもルフは多分、話の内容をこれっぽっちも理解していない。

 子供にはまだ話の内容が早かったのだと思う。

 そりゃそうだ。子供に理解させていい内容ではない。ラウちゃんや竜華にだって本当は……

 そんなルフの姿が、沈黙が流れ続ける中で無邪気に普段通りに過ごす姿が、俺に気付かせてくれた。


 戦う事が目的じゃない。この子達を守る事が俺達の目的なんだって。

 攻撃的な感情に支配され、本来の目的を見失っていた。

 それだけ気が立っていた。

 本来は俺達大人が冷静でいなければいけないのに。


 想いを気付かせ、立ち止まらせたルフには感謝しかない。流石俺の妹、俺が見失う時は、必ず迷わないように指標をくれる。

 今回も前回も。きっとこの先も――


 だからこそ、それからは普段通りに過ごした。

 オウミさんが来る前に言ってたように、皆でご飯に行ってちょっと買い物してこうやって二人を寝かしつけた。

 こうやって普段通りに日常を送ればいい。


 考えてみれば、ラウちゃんの保護にも成功しているし、玉はオウミさんが持ってくれている。

 脅威はどこにもない。それより先の事を考え過ぎていた。

 今は目の前の子達に目を向ければいい。手の届く範囲の子達を守ってあげなければならない。

 空気が読めるとか、ちょっと物分かりが良いとかなんて関係ない。

 子供達の今とその先を守れたのなら、それで良しとすればいい。

 そうやっていけば、いつかは手の届く範囲が広がると俺は信じたい。

 子供達の数だけ未来があるのなら、それを見守る大人の数だって多いはずだから。


「――とは思うものの、やっぱり焦るよなぁ……」


 吐き出した弱音に近い言葉は誰にも聞かれる事も無く、消えてゆく。

 俺がこうやって間にも、シロトラって奴がラウちゃんと同じ事を俺の手の届かない誰かにしているかもしれないと考えると、どうしても心が冷静ではいられなくなる。

 オウミさんはああ言っていたが、やっぱり自分が何も出来ないっていうのは歯痒くてもどかしい。

 そもそも俺はオウミさんが託したっていう人の顔も名前も知らない。

 多分それもこの感情に拍車をかけているんだと思う。

 いやまあ、それ以外に術が無いのは重々承知の上なんだが、こうも心が落ち着かないのは俺が妹という存在を知ってしまったからだろうか。


 妹の前ではかっこいい兄でありたい。

 けどヒーローなんてそんな大それた存在にはなれっこない。

 この狭間で揺れているのが今現状なのだろう。

 だからこそ今は強くならなければならない。俺が目指すオウミさん(ヒーロー)みたいになるために。


 ちょっと考え過ぎた。

 頭から全身に熱が回っている。

 いつの間にか握った拳を解き、お茶のおかわりを取りに行くと、寝室の方から扉が開く音がした。

 そっちの方を見れば、竜華が起きてきた。


「どうした竜華? トイレか?」

「ううん、違う。何だか目が覚めちゃって」


 竜華はなるべく物音を立てないようにそーっと扉を閉めるとソファーへと向かった。

 多分眠っているルフに気を使ってくれているのだろう。

 そしてそのままソファー越しに俺を見つめて聞いてきた。


「慶お兄ちゃんはもう寝るところだった?」

「ううん、何だか俺も寝付けなくてな。ジュースでいいか?」

「うん、ありがと」


 追加で出したコップにジュースを注ぎ、竜華の隣に座る。

 差し出したジュースをちびちびと飲む仕草が可愛らしい。

 だがどうしてか分からないけど、今の竜華に少し違和感を感じた。

 根拠がある訳じゃない。言ってしまえばただの勘のようなもの。

 それでも普段の竜華とは何か違う。


「何かあったか?」


 そう聞くと竜華がピクリと反応した。

 どうやら当たっていたようだ。


「えっと、あの、その……」


 けれどもそれは言い辛い事らしい。

 喉に引っかかった言葉を何とか出そうとしている。


「良いよ。ゆっくり、落ち着いて」

「その……慶お兄ちゃん覚えてる……? お昼に私が言った事……」


 勿論忘れるはずがない。

 今まで聞けずにいた竜華の過去の話。

 その片鱗は、幼い子供には非道く過酷なものであった。


「うん。辛かったな」


 竜であろうがなかろうが自分の子供にそんな仕打ちは許されない。

 もし今ここに竜華の親がいたなら手が出てしまっていたであろう。


「その、さっき夢見ちゃって、最近は無かったのに……ラウの話を聞いて、久々に思い出しちゃったからかな……あははっ……」


 そう言って竜華はぎこちなく笑う。

 そうだ。竜華もずっと一人で過酷な日々を送っていたのだ。

 だからその辛い経験を思い出してしまったのだ。


 俺に心配をかけさせないために笑ったその顔は、どこまでも儚く、触れてしまえば簡単に壊れそうだった。

 けれども、そんな顔されたら触れずにはいられない。

 見過ごすことも、ほっとくことも出来やしない。

 だから俺は竜華を強く抱きしめ、抱き寄せ、何度も頭を撫でながら、竜華に言った。


「大丈夫、大丈夫だから。俺はそんなこと絶対にしないから。俺がついてるから」

「うん……う、ん……」


 そう諭していると、竜華の身体からは力が抜け、俺に身を委ねてくれた。

 しかし、強張った想いが壊されれば、次第にすすり泣く声が聞こえてくる。

 それは徐々に大きく成り始め、ずっと溜め込んでいたであろう心の内を吐露し始めた。


「私だってずっと一人で寂しかった! でも私は竜だからって……一人で強くなれって……でも慶お兄ちゃんに会って、優しくされて……また一人になるのが怖くて……そしたら夢であいつが……! もう私わかんない! わかんないよぉ……グスッ……うえぇぇんっ!」


 竜華本人も制御出来ないくらい想いが堰を切ったかのように溢れ出した。

 子供本来の泣き声を晒す竜華を、俺は声をかけながらずっと受け止める。


「うん、頑張ったな。もう大丈夫だから。俺がついてるからな」

「うぅ……お兄ちゃん……っ! 怖かったよぉぉ……グスッ……うあぁぁあんっ!」


 多分こういうのは全部吐き出せる時に吐き出した方が良い。

 その方がすっきりするし、気持ちも晴れるだろうから。


 本当は俺だって言いたいこともいっぱいある。

 だけど今は竜華が泣き止むまでギュッと抱きしめることにした――


「――落ち着いたか?」


 返事は無い。

 が、わずかに竜華の身体が動いた気がした。

 暫くして泣き止んだ竜華を俺は今膝に置いて抱えている。

 身体の体位が辛くなってきたからだ。

 そのせいで表情は見えないが、泣き声は止み、鼻水のすする音が時折聞こえてくる。

 おかげでシャツの肩ら辺が竜華の流した色んな体液でベトベトだ。

 けどそれを不快には思わない。寧ろ本音をさらけ出してくれて嬉しいまである。


「お顔拭いてあげるから、ほらこっち向いて」


 返事は無い。

 その代わり、顔を向けようとするとシャツをギュッと掴まれ抵抗された。


「ズビッ……今はダメ……きっとひどい顔してるから」


 どうやら涙やら鼻水やら涎やらで濡らした顔を見られたくないらしい。

 そんなん今更だろう。とんだ意地っ張り屋さんだ。

 そう思いつつも、背中を擦りつつ、竜華のプライドってやらを尊重する。

 ティッシュを持ってないのに聞こえてくる鼻を噛む音も今は目を瞑ろう。

 そうしている内に竜華の方も落ち着いてきたのかぽつりと言葉を漏らした。


「竜なのに弱いね私……一人じゃ生きられない……強くなんかなれっこない……」


 その言葉は誰に向けて言っているかは分からない。

 俺に問いかけているのか、それとも自分に自問しているのか。

 ただそんな言葉を聞いてしまったから、俺もまた言葉を宙に投げ掛ける。


「……強さっていうのはさ、人それぞれなんじゃないか」


 もぞりと小さな竜が腕の中で反応した。

 その竜をあやしながら俺は続ける。


「確かに一人で何でも出来て、無敵で無双の強さもある。誰の手も借りないで全部自分で道を切り開くけるのなら、そっちの方がかっこいいし、自分の力を皆に認めて貰えるかもしれない」

「……うん」

「けど一方で、皆で強力してどんな困難にも一緒に立ち向かうのを俺は弱いとは思わない。寧ろ皆が同じ方向を向いてるのなら、その力は無限大じゃないかなって思う」


 所詮は弱い者が言う戯言なのかもしれない。

 だけど想いが力と言うのであれば、その先に見た未来の数だけ人は強くなれると俺は信じたい。

 そうやって時代は動いてきた。多分これからも。


「まあ、俺も説明がごっちゃごちゃなんだけど――」

「お兄ちゃんはどっちが良いの……?」


 言葉を遮り、竜華が聞いてくる。

 ようやく見せてくれたその顔が不安で揺らした眼差しを向けてくる。

 俺はそれを見据えて真剣に答えた。


「どっちが良いとかは無いよ。人それぞれだから。でも俺は後者の方が好き。ルフと竜華と――ううん、オウミさんともアレイスターさんとも、それにラウちゃんと課長とも――皆で一緒に幸せになれる未来を創りたい」


 少し遠慮がちで、でも本当はいつも甘えたそうにしていた物分かりが良い子供が想いを心のままにさらけ出して歩み寄ってくれたんだ。

 俺も本音を伝えなければならないと思った。


「ははっ、何か恥ずかしいなこういうの」


 でも答えてから気付いた。顔が熱い。

 ちょっと熱がこもり過ぎだ。


「ううん、お兄ちゃんの想いを聞けて嬉しい。私もお兄ちゃんとずっと一緒にいたい」


 竜華にはちゃんと届いたようで良かった。

 そう言って笑顔を見せてくれた竜華を撫でる。

 ようやく笑ってくれた。やっぱり家の子は笑顔が似合う。

 その姿を見ていると自然とこっちも笑顔になる。

 この心に残る熱が温かく感じるのは、俺が妹という尊い存在を知ったからに違いない。


「よし、そろそろ寝るか。その前に」

「その前に?」

「竜華は顔洗わなきゃな。俺はシャツを交換しなきゃだ」

「うぅ……ごめんなさい……」


 少し落ち込んだ竜華に「良いんだよ」と言って、俺達は洗面所へと向かった。


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