玉
「そういやオウミさんの用事って何だったんですか?」
課長とラウちゃんの件が一段落ついて忘れそうになっていたが、オウミさんは何かあって俺のところに来ている。
あの慌てっぷりは余程の事に違いない。それだけ大事な事なのだろう。
そう思っていたのだが、オウミさんの反応は意外にも軽く、思い出したかのように手のひらをポンと叩いて喋り出した。
「ああ、そうだった。と、言っても一つ今丁度片付いたところだ」
「それってラウちゃんですか?」
「うむ。とある人物からラウルの捜索を任されていた。そしてもう一つが――この玉だ」
そう言って、オウミさんが懐から取り出したのはピンポン球程の小さな玉だった。
それを見て俺も課長もルフも竜華も何かと思い、顔を近づける。
そこには何やら猫? 虎? の絵が描いてある――あ、あれ?
見つめ合うようにして向けられたそれに見覚えがあった。
俺が昨日見た物と同じかどうか確かめようと手に差し出した時、オウミさんがそっとその手を押さえ、忠告してくれた。
「触るなよ。こんな悍ましい呪物に。慶志郎、お前は特に」
「へ……? じゅ、呪物……?」
俺が聞き返した言葉にオウミさんがそっと頷く。
それを聞いた瞬間、全員がバッとオウミさんから距離を取った。
何でそんなもんこの人が持ってんだと思うと同時に何でそんなもんあの人が持ってたんだ、と頭の中が軽くパニックになる。
そん中を読んだのかオウミさんが「落ち着け」と静かに諭してくれた。
「これはある人物が作った発明品――と言えば聞こえは良いが実際はそんな立派なもんじゃない。人を狂わす呪物だ。私はこれを持ってるのは理由があってな、そこの白竜種の親代わりにな」
「――ッ! あのバカッ!」
オウミさんがそう言って竜華を見た。
俺達もオウミさんに連れられ竜華を見る。
竜華はオウミさんが言った事に怒っていた。
普段俺やルフに見せるもんじゃなく、心から怒りの感情をむき出している。
何故竜華が怒っているかは分からない。けど、何を対して怒っているのかは分かる。
以前も親族の話題に対して竜華が感情を露わにする事があったからだ。
それからはなるべく触れないようにしていたが……。
そんな竜華に何と声を掛けていいか分からずにいると、オウミさんは事情を知っているのか竜華に言ってくれた。
「そうあいつを邪険にしてくれるな。何だかんだお前を大事に思ってる」
「ふんっ! 大事に思ってるなら私を断崖から落としたりなんかしない! 雪山で一人でサバイバルさせたりだって、海に流したりだってしないんだからっ! あいつはいっっつもそうッ!!」
オウミさんが投げ掛けた言葉に竜華が感情のまま言葉をぶち撒けた。
それを聞いてオウミさんが絶句していた。
多分そこまで知らなかったのだろう。
オウミさんだけじゃない。それを聞いた俺も課長も皆、言葉を無くしていた。
竜華……お前……そんなに苦労していたんだな。
ふと、出会った頃の竜華を思い出した。
竜の誇りだの強くなきゃいけないだの、今となってはプライドもへったくれも無い竜華が言っていた言葉を。
あの言葉の裏にそんな苦悩があったなんて――本当に苦労していたんだな……。
いや俺が語るのはおこがましいのかもしれない。
だからこそなのか、俺と一緒にいるこの時くらいはいっぱい甘やかしたい。
その感情のまま俺は一気にまくし立てて興奮気味に息をする竜華を優しく包み込んだ。
「竜華、頑張ったな。良く生きてたな。偉いぞ」
「りゅ、竜がそんなことでなんか死なないもんっ!」
「うんうん。死なないな。死んじゃだめだからな」
「あ、当たり前だもん……」
「もう大丈夫だからな、俺が守るからもう大丈夫……」
「ふわぁ……ふひぃ……」
撫でながら背中をとんとんしていると竜華が次第に落ち着き始め、やがて変な息を漏らして強張った身体からすっと力が抜けていった。
俺に身体を預け抱き抱えられてる竜華にルフが後ろから勢い良く突っ込んでくる。
「リユウお姉ちゃんしなないで!」
「げふっ……だ、大丈夫……こ、この程度では死なないわ……今ちょっと死にそうになったけど……」
「イヤーッ! しんじゃイヤーッ!!」
「ウギギギッ……助けて……」
「ルフちゃん!? どうどうどう!」
竜華にギュウッとしがみつくルフを宥めているところを課長とラウちゃんがぽかんとした様子で見ていた。
その二人に呆れた表情をしたオウミさんが問い掛ける。
「あれが共生するということだ。今ならまだ間に合うが、どうする?」
「い、いえ。それでも私は受け止めます。この子と共に、慶志郎達のように」
「そうか。良い心掛けだ」
ラウちゃんを撫でる課長にオウミさんはそれ以上何も言わなかった。
ラウちゃんは大人しく座って課長にされるがまま撫でられ、それを喜んで受け入れているようだった。
これじゃあどっちが野生児何だか分からない。
依然としてもみくちゃになっている俺達にオウミさんが痺れを切らしたのか咳払いをしてルフと竜華を睨む。
「ンンッ! 小娘共、いい加減にしろ」
その咳払いに反応してか、危険を察知したようにラウちゃんの耳がピンッと立ち、その動きと連動したように姿勢を正す。
多分、というか絶対、小娘達の括りにラウちゃんは入っていないが、反応が早い。
どうやら自然を生き抜くための危機察知能力は高いらしい。
またの名を空気が読めると言うべきか。ワンチャン人間社会でもやっていけるんじゃねって思った。
少なくとも、俺が抱えている二人よりは。
ルフと竜華を両膝に抱え、オウミさんの方向を向かせる。
改めてオウミさんと向かい合った二人は、今知ったと言わんばかりにオウミさんの放った威圧に気圧され、力任せに俺の腕を握ってくる。
しがみつかれた両腕が物凄く痛い……。
「全く、お前達はほんとに、もっと節度ある行動をしろと日頃から言ってるだろ――慶志郎、知らん顔しているがお前のせいでもあるのだからな!」
「え、俺ですか」
「当たり前だ。甘やかすだけが世話じゃないんだぞ。お前がちゃんと叱ってやれ」
何か俺にまで飛び火してきた。
いやまあ、オウミさんの言うことは一理も百理もある。
でも叱れたら苦労しないんよなあ……。
とか思ってるとオウミさんに睨まれた。
はい努力はします。可能な限り、俺の可能な限りで。
心の中でそう言うとオウミさんがため息を吐いた。
「分かれば良い。それとヒノタテには私からも言及しておく。それで良いな?」
「……どうせ聞いてくれないわよ」
「それでも言い聞かす。それが私の仕事だからな。安心しろ、奴は頑固者だがちゃんと人を理解出来る。アレイスターとは違う」
「……私はアレイスターさんの方が良い」
「やめとけ。本人の前で絶対に言うなよ」
「……わかった」
いじけたように呟く竜華をオウミさんが諭してくれる。
最終的に竜華は納得してくれたのか頷いた。
先生だけあって、扱いに慣れている。
「さて、大分話が脱線したが続けよう。私の予想が正しければラウル、お前この玉を持っていないか?」
「ふえっ……!?」
オウミさんがそう言うと、ラウちゃんの身体が大袈裟にビクリと反応した。
何か思う節があるのか胸の辺りをグッと抑え込んでいる。
その反応を見てしまえば、それはもう肯定と捉えていいだろう。
いやそれ以前にラウちゃんはオウミさんが持ってる玉に興味を示さなかった。
それだけ危機察知能力が高いのだろう。
オウミさんは一言、「やっぱりか」と呟く。
その一言に何を悟ったのか、今度はラウちゃんの身体が怯えたように震え出した。
ガタガタ震えるラウちゃんを課長が身を寄せて包むが止まりそうにない。
そんなラウちゃんに向かって、オウミさんが落ち着かせるように語り掛けた。
「安心しろ。だからと言ってどうこうする訳じゃない。有無の確認をしただけだ。ただ――持ってはいるな……?」
課長の腕の中でぶるぶる震えるラウちゃんが激しく首を縦に動かす。
そして胸をギュッと押さえながら、震える声を何とか紡いで喋り出した。
「お、お屋形様が……こ、これがも、もしもの時に……守ってくれるって……で、でもバレちゃだめって……バレたら帰れなくなるって……もう誰とも会えなくなるって……私……もう一人は嫌だよぉ……」
「シロトラめ、適当な事を言いおって」
怯えの原因はそういうことか。
泣きじゃくるラウちゃんを見て納得する。
オウミさんの言うシロトラってのに脅されていたのだろう。
子供の純粋な気持ちを歪ませるのは流石に許せない。
この気持ちは多分、課長も同じだろう。
課長の目が見たことない程怖い。
獲物を狩る寸前の鷹のように語られた敵を見据えている。
このまま野に解き放ったら何をするか分かったもんじゃない。
そんな不安と恐怖を感じ取っているはずなのに、それと同じくらい安堵もしているし、頼もしくも感じる。
それはおそらく共通の敵を見据えているからだろう。
決意に満ちた目はまるで歴戦の猛者が隣に居てくれる安心感をくれる。
「二人共、その怒りは今は心に閉まっておけ。お前達の方が子供達を怖がらせる」
「しかし……!」
「花宮殿、気持ちは痛い程分かる。だからこそ花宮殿がやらなければならない事を見失わないで欲しい」
「……ッ!」
その目に臆する事無くオウミさんが告げる。
課長はその言葉に我に返った様子でハッとしてラウちゃんを見る。
守ってやれ。オウミさんはそう言いたいのだろう。
「この件は私が責任を持って解決してみせる、絶対に。だから花宮殿、私を信じて欲しい」
「――わかりました。よろしくお願いします」
「あぁ、任せてくれ」
二人の雰囲気が柔らかくなった気がする。
それは多分、互いに心が共鳴した証拠だろう。
一方に合わせるんじゃなくて、二人が歩み寄って踏み出した一歩。
二人の想いを、人柄を知ってる俺は確信している。
この二人が組めば怖いもの知らずだと。
「ラウル、お前が持ってるこれは今何処にある?」
「こ、ここに……」
そう言ってラウちゃんは首元から下げた玉を取り出した。
オウミさんと、そしてあの人が持っているそれと同じ。
胸の辺りを押さえてたのはそういうことか。
玉をぶら下げた紐を首から外したラウちゃんがオウミさんに近寄り、それを渡す。
その時のラウちゃんの横顔が不安そうだった。
意識を刷り込まていたとは言え、一人でこっちの世界に来たラウちゃんにとって、それは心の拠り所だったからであろう。
例えそれが邪悪な物であっても、縋りたい気持ちは何となく理解出来る。
でもこれからはそんな悪しき物に頼らなくて済む。
課長がラウちゃんの心に寄り添うことが出来るから。
課長だけじゃない。俺もルフも竜華も、オウミさんだって。
これからは一人じゃないってラウちゃんに分かって欲しい。
「確かに受け取った。そんな顔をするな。安心しろ、お前には私達が付いている。」
「ふわぁ……」
そんなラウちゃんの心を見透かしてオウミさんがラウちゃんを撫でて、抱き寄せる。
気持ち良さそうな声を出したラウちゃんに、オウミさんの想いはきっと届いている筈だ。
少しだけ気掛かりなのは課長がほんの小さな声で「ぐぬぬ……」と漏らしていたことくらいだろうか。
もちろん課長の嫉妬はオウミさんも感じ取っている。気不味そうな顔をしているから間違い無い。
「そ、それでその玉って一体どんな呪物何ですか? 何か効力というか呪いがあるとか」
これ以上課長の醜態を――いやオウミさんに負担をかけさせないためにそんな話を振ってみた。
オウミさんも俺の意図を汲んでか、ラウちゃんを放し、玉の説明をしてくれた。
ラウちゃんは課長の傍へと戻った瞬間、がっちり課長に抱えられていた。
「詳細は省くがこれを潰して念じれば一時的だが己の限界を凌駕出来る」
「……え?」
「つまり、本来の力よりも強力な力を発揮出来る」
そう説明してくれたオウミさんに疑問が沸く。
つまりそれって限界突破みたいなものじゃないのか。
ラウちゃんが持っていても何の問題も無いじゃないか。
寧ろ、必要不可欠な物ではないのか。
そう思うくらいに呪物と言うには何だか拍子抜けだった。
もっとこう、ゲームで言う所の呪われるとか、持ってるだけでステータスが、とか想像していた。
「それの何が呪物なの? 私はそれ使ってあいつに一発ぶち込んでやりたいわっ!」
一緒に話を聞いていたであろう竜華が物騒な事を口走った。
あいつというのは竜華の親父さんで間違いない。
もしかして竜華ってけっこうな闇を抱えてたりする……?
いや、あれだけの酷い事をしたんだ。恨まれていて当然か……
「お前……絶対それ本人の前で言うなよ。お前の一言で世界を巻き込む戦争になりかねんからな」
「ご、ごめんなさい……」
オウミさんが本気の声色で竜華に忠告していた。
それを感じ取った竜華から勢いがみるみる無くなってゆく。
オウミさんのガチトーンを聞くに、多分、というか絶対、アカンやつなのだろう。それだけ親父さんは竜華を大事に思っているのか、或いは――
「話が逸れたな。効力だけ聞けば確かにこの玉は一級品だ。だがそれ以上に代償が大きい」
オウミさんは話を続けた。
「慶志郎、以前私が言った言葉を覚えているか? 想いは力だと。制御出来ずに振り回した想いはやがてどうなると思う?」
「え、えっと……」
問われ、考える。
叶えたい想いの果てを。
願っても願っても、届くことすら許されない想いの行く末を。
必死に、死に物狂いに努力して、それでも叶わなくて辿り着いた終着点に何が広がっているのか。
無だった。
諦め切れず、ズルズルと引き摺った成れの果てに広がっていたのは寂しくなる程の虚空が広がっていた。
夢見た光景とはまるで違う。
そうなる前に人は誰しもが引き際を見定め、妥協点を見出す。
それが制御出来ずに突き進んでしまった結果が虚空の闇ならば――
「心を壊す、ということですか」
俺が辿り着いた答えと同じ解を課長がそっと口にした。
オウミさんは頷き、続きを説明してくれた。
「そうだ。空っぽになるまで力を使い、やがて心が壊れる。壊れ方は人それぞれだ。何も考えられない廃人になる者もいれば、力に溺れて狂う者だっている。シロトラはそれをラウルに持たせ、その性能を試させようとした。ある種、実験体みたいなものだ」
「――許せない」
オウミの説明を聞いて、課長の目に再び怒りが灯る。
いや課長だけしゃない。俺だってむちゃくちゃ腹が立っている。
まるでモルモットのように使い捨てされるなんて溜まったもんじゃない……!
今回はたまたまラウちゃんが俺達の下に保護されたから良かったものの、これが俺の大事な妹だったら――
俺をお兄ちゃんと慕ってくれるかけがえのない子達だったら――
沸々と煮えるこの感情に心が呑まれそうになる。
駄目だ、落ち着け。怒りに支配されるな。それじゃあの玉と一緒だ。
冷静にならなければならない。
「そうだ。落ち着け慶志郎。花宮殿も。その感情を無くせとは言わないが制御はしろ」
オウミさんの言葉に深く長く息を吐き出す。
溜まった負の感情を全て吐き出すように出来るだけゆっくりと。
言いたい事も、やりたいたい事もあるけど、今はこれでいい。
そんな俺を見て、課長も正気に戻ったようだった。
いや無理矢理戻したに近いのかもしれない。
吐き出したいものを今は飲み込んで、グッと堪えている。
「二人共良くやった。偉いぞ」
そんな俺達を労うかのようにオウミさんが頭を撫でてきた。
やっぱりこの人に撫でられると落ち着く。
「私の話は終わりだ。私はもう戻る。アレイスターに色々と文句を言われる前にな」
撫で終われば、その足でオウミさんが玄関へ向かって行った。
俺も急いで後を追う。流石にお見送りなしで帰す訳にはいかない。
「済まないな。邪魔をして」
「いえ、オウミさんから話を聞けて良かったです。俺――」
「その感情は今は心に留めて置け。奥底にな」
「――はい」
俺の言おうとした事を見透かしてオウミが牽制してきた。
それとは別にオウミが言う。
「それと慶志郎、ラウルについて思ったことはあるか?」
「ラウちゃんについてですか」
「ああ、何でもいい。違和感のようなものだ」
オウミさんに言われて考える。
が、その答え、というか違和感は既に感じていた。
「オウミさんの言うラウちゃんと実物のラウちゃんに違和感がありました」
「あぁ、その通りだ」
どうやら合っていたらしい。
「狼犬種は本来、誰かと共生はしない。が、あやつはもう一人は嫌と言った。私の知っている狼犬種とはまるで違う。あやつには社交性があるんだ。そしてそれは極めて高い。慶志郎――ラウルを良く注視しておいてくれ。私も調べてみる」
「わ、分かりました」
そう言い残してオウミさんは帰って行った。
閉まった玄関で去った影を見つめ考える。
オウミさんは争いを嫌っている。
だからこそ俺を牽制した。
それとも別の何か要因があるのだろうか――分からない。
それにしても、オウミさんの言う本人とはどっちのことを差しているのだろうか。
気になったが、これも真相は知れずにいる。
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