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お許し

「――なるほどな」


 オウミさんの前に俺と課長、その隣にラウちゃんが座り、これまでの経緯を話した。

 オウミさんはそれを聞きながら、困ったような表情で頷いた。

 出したお茶に口を付ける事無く、腕を組みながら眉間にシワを寄せ、唸りながら何か考え始める。

 俺も課長もオウミさんが凄く難しい顔をしてるもんだから口を挟むのを憚られた。


「――花宮殿」

「は、はい!」


 考えを纏め終えたのだろうか。

 静かに目を開き、オウミさんが口を開いた。


「まずは礼を言いたい。この子を保護してくれて感謝する」

「いえ、当然の事を――いや私のしたかった事をしたまでです」


 重苦しく開いた口とは裏腹に課長を見据えたオウミさんの表情は柔らかい。

 さっきまで表情とはまるで別物だ。

 慈愛に満ちた目を向けられた課長もホッとした様子だった。


「そこのラウル・フォーラギは狼犬種であり、普段は山の奥深くで生活している。人里に下りてくることが珍しく、集団で生活することもない種だ。言ってしまえば、野生児であり、共同生活というのに向いていない。こう言ってしまうのはあまり良くないが、被害を出す前に保護してくれたは本当に助かる」


 オウミさんがラウちゃんを見ながら、安堵した様子でそう言った。

 逆にオウミさんに見られ、ラウちゃんがビクリと肩を震わす。

 これで野生児……? ほんとに自然を生き抜いていけるの……? 寧ろ保護の対象だろこれ……。

 ラウちゃんを見てるとオウミさんの言ったことに信憑性が欠ける。

 いやそれは多分ラウちゃんだけしか見ていないからであろう。

 他の狼犬種だっけ? はそれはそれは立派に自立出来ているのであろう。

 それにラウちゃんはまだ子供だ。これからいっぱい――


「だから、その……な……」

「一緒には暮らせない。とおっしゃりたいのでしょうか」


 言い淀んだオウミさんに、はっきりとした口調で課長が言った。

 オウミさんは課長へと目を向けて頷く。

 そして覚悟を決めたかのような目で続けた。


「はっきり言えばそうなる。正直、私は花宮殿にラウルを任せるには荷が重いと思っている」

「それはラウのためですか? それとも私のためですか」

「両方だ」

「その場合、ラウはどうなるのでしょうか?」

「帰るまでは私が責任を持つ」

「お言葉ですが、ラウの怯えようを見て、貴女に任せられません」


 強い意志同士がぶつかり合う。

 お互いに引くことのない思いのやり取り。


 オウミさんに何と言われようが課長の気持ちは変わらないだろう。

 そんなコロコロと自分の気持ちを変えるような人じゃない。俺はそれを良く知っている。


 しかしそれはまたオウミさんも一緒だ。

 この人の誰かを思うための行動は俺が身体がよく分かっている。

 自分の利益のためじゃない。他者を思いやる心がこの人が先生と呼ばれる所以である。


 そんな人がラウちゃんを、そして課長を思い、苦渋に決断したのだ。

 意図的にではなく、お互いの最善に尽くすために。

 それはおそらく、俺の考えが正しければオウミさんはこう言うだろう。


「そうかもしれないな。私もよく人に怖がられる。しかしそれが巡り巡って誰かのためになるなら私は揺るがない。それを貫く、今回も」

「今回も……?」

「ああ。思うことはあれど、私は花宮殿とラウルが共に生活することに対して悪くは思わない。寧ろ狼犬種がここまで人に懐っこい姿を見せるのは、好意的にすら感じる。しかし、私が危惧しているのはその先の未来。この世界は物に溢れている。便利過ぎるんだ。そんな世界で自然と共に育ってきたラウルと共に過ごすというのを私は見過ごせない。これから先の人生を考えればなおさらだ。この便利過ぎる世界で人の温もりを知ったラウルが元の世界でどう育っていけばいいか、花宮殿ほどの頭の持ち主なら分かってくれるだろう」


 真剣な面持ちだった。

 まるでラウちゃんを自分の子のように語るオウミさんに課長も俺も何も言えなかった。


 そう、俺や課長は困っているラウちゃんの今しか見ていなかった。

 だからこそ気付くのが遅れた。

 その先を見据えたオウミさんに反論なんて出来やしない。


「そう……ですね……」


 感情を押し殺して絞り出したような課長の声が肯定する。

 それが何なのか俺には分からない。

 離れ離れになる絶望なのか、己の考えの甘さを悔いているのか、それとも未練なのか――

 ただ一つ言えることは課長もまた一人の大人ということ。

 ラウちゃんのためを想って、それ全てを飲み込んで耐え忍ぶ。

 一筋の涙が流れるのはそれだけ強い想いの現れ。

 愛情を注いだ者のために流したのならば、そう簡単に止めることは出来ない。

 にもかかわらず、何も言わず静かに受け入れる姿はまさに俺が惚れた上司の姿そのもの。


 そんな姿を見せられたら俺だって二人のことを思わずにはいられない。

 だからこそなのか気付けば俺は立ち上がって、オウミさんの前に立っていた。


「一応聞いておく……どうした慶志郎」

「……そこを何とかなりませんか」

「――無理を言うな。私を困らせるな」


 オウミさん、課長、どっちを困らせるつもりなんて無い。

 けど俺のやり方じゃどっちも困らせるだろう。

 二人の覚悟が決まっているように俺もまた覚悟を決めている。

 仕方のない事だってこと位分かってる。それが自然の摂理であり、ズカズカと踏み込んでいいものでは無いことだって。

 だけどそれじゃあ、あまりにも誰も浮かばれない。

 ラウちゃんがこっちに来てしまったのが運命のいたずらならば、これから俺がやろうとしてることもまた然り。

 このまま全部無しにして、はい、やり直しなんて出来っ子ない。

 既に運命は動き出し始めたのだから。

 ならその狂った運命に身を任せるのも一興だと思う。

 賽はお互いに投げ合っているのだから。

 俺もまた身を委ねようと思う。

 これから俺がやることを多分オウミさんは既に分かっている。

 知った上で投げ掛けてくるのなら、俺もまたそれを貫き通す。

 課長の見ると俺達の様子を見ていた。

 ラウちゃん、ルフと竜華また俺達を眺めている。


「そこをどうにか何卒お願いします」


 そんな中、俺はオウミさんの目の前で膝と手を床につき、頭を下げようとした。

 だけど……


「この馬鹿者ッ! お前ホントにやる奴があるか!」

「慶志郎、お前何をやろうとした!?」


 頭を下げようとした瞬間、オウミさんと課長に止められてしまった。

 前からオウミが俺の肩を押さえるように、後ろから課長が俺を抱くようにして。


「いやでも、こうでもしないとオウミさんは動かなそうだし、課長も諦めそうだったんで」

「だからといってホントにやるな!」


 オウミさんの込める力が強い。

 ググッと押され、いだだだだたッ!


「慶志郎、お前それで私が喜ぶと思ったか! 大事な部下にあんなことさせてまで私は自分を貫き通すつもりはない!」


 後ろを見れば、今まで見たことのない形相で課長が怒っていた。めちゃくちゃ怖い……

 たかだか頭を下げてお願いをしようとしただけなのに。


 そう思っていると、オウミさんから圧を感じた。

 目は口より物を言うもので、これがたかだか? って言ってるような気がする。

 俺も心を読めるようになってきたのだろうか。


「〜〜ッ! 全く、お前と一緒だと肝が冷える。心臓に悪い。ただでさえ……いや何でもない」

「だけどオウミさん……」

「お前は私の――いや私達の立場も考えろ。教え子に、大切な部下のお前にここまでされたら私達の立つ瀬が無いだろう」

「本当だ全く、二度とするな。いいなッ!?」


 前から後ろからお叱りを受け、俺はコクコクと首を振った。

 その間、オウミさんが困りながら悩み、暫くしてからゆっくりと俺の肩から手を離し、口を開いた。


「少しばかり気が変わった。決してお前の行いのせいじゃない。断じて違う! そこだけは覚えておけ! ――ラウルの件について、保留にする。正直、今の私に面倒を見る余裕がないからな」

「オウミさん……! じゃあ……!」

「勘違いするなよ。事が終わり次第、こちらの件に取り掛かる。優先順位が後なだけだ。その間は花宮殿――」


 そう言ってオウミさんの目が課長を捉える。

 その目を課長はしっかりと見据えて言葉を待っていた。


「二転三転してすまないが、ラウルを頼んでも宜しいだろうか」

「お、お任せ下さい!」


 課長にしては珍しい弾んだ声がオウミさんの問いに答える。

 心なしかオウミさんもどことなく表情が柔らかくなっているのは気のせいだろうか。


「ラウル・フォーラギ。こんな素敵な方に迷惑はかけるなよ?」

「は、はいッ!」


 オウミさんの言葉にラウちゃんが首を大袈裟に振った。

 今の言動とさっきまでの言動を踏まえてもオウミさんの事をラウちゃんは知ってる可能性が高い。

 山奥までその名が轟いてるって、この人ほんとに凄い人なんだろうな……


「ラウッ! 良かった。こうしてお前と一緒に暮らせる」

「由希ちゃん、苦しいよ!」


 晴れて正式にお許しを得た課長とラウちゃんが抱き合ってる。

 そんな姿を見ると頼んだ甲斐があって良かった。


 それにしてもオウミさんと課長。

 恐らく二人は似た者同士だと思う。

 不器用で、他人を思いやる気持ちは人一倍強いのに、怖がられる。

 そんな二人だからこそ、想いが通じ、共鳴したのではないだろうか。

 これからもいっぱい仲良くして欲しい。

 俺の頼れる強くてかっこいいお姉さん方なのだから。

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