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提案

 課長と会った翌日、今日も今日とて修行は無かった。

 正確に言えば無くなったらしい。

 アレイスターさんの話だと、何やらオウミさんは忙しいらしく、目を回しているのだとか。

 昨日のだらけた姿がまるで嘘のようだとも語っていた。


 とりあえずオウミさんの幼女化はもう直っていて一安心した。

 だからといってまたすぐに無理はしないで欲しいが、オウミさんなら大丈夫なはずだ。


 それにしても、そう語ってくれたアレイスターさんに少し違和感を覚えた。

 明確にどこがと言われると難しいが、何だか気が立っているように見えた。

 オウミさんが忙しい理由と関係があるのだろうか?

 もしそうであれば、俺に何か出来ることはないだろうか……?


 多分その気持ちが顔に出ていたのだろう。アレイスターさんはフッと笑って、ただ一言「心配するな」と言われ、頭を撫でられた。

 俺がもし女性なら、その瞬間恋に落ちていたであろう。

 男のままでも思わず抱いてって言いそうになったくらいだ、女性なら悶え死ぬ。

 そう言われ、布団に引き換えした後もキュンキュンが尾を引いていたのは内緒だ。


 そしていつの間にか眠っていた俺が目を覚ますと――


「――えっ?」

「くんくん……すぅ、あぁ、良い匂いがしますぅ〜」


 何故かラウちゃんが俺のにおいを嗅いでいた。

 顔を近づけ、首周りを嗅がれている。

 耳のもふもふが鼻を刺激してくすぐったいが、肌に当たる肌触りが凄く気持ちが良い。


「じゃなくて! ラウちゃん!?」

「ふえっ!? ……ひゃあぁぁ!?」


 俺の声に反応したラウちゃんがクイッと顔を上げると、丁度見つめ合う形になった。

 するとラウちゃんは見る見る内に顔を赤くしていき、そして叫んだ。

 いきなり叫ばれ、俺も叫びそうになったが何とか持ち堪えた。


「どうしたラウッ!? って慶志郎、やっと起きたのか」

「へっ……? 課長……? いやいやいや! 何で課長まで居るんですかっ!?」


 ラウちゃんの叫び声を聞きつけ、部屋の扉が開かれると課長が勢い良く飛び込んで来る。

 鋭い眼光が俺を睨み付け――ひえっ。

 朝の目覚めには尖りまくったそれはちびるって。

 何とか耐えながらもガクブルしていると、その後ろからひょっこりと竜華が顔を覗かせている。良かった、うちの子、喰われてなかった。

 俺とラウちゃんを見ながら何か言いたげにしていたが、それより先に課長が言葉を口にする。


「ラウと一緒に来たからに決まっているだろ。お前はラウが一人で来たとでも思ってたのか」

「いやそうじゃなくて! 何で二人が居るんですか!?」


 さも当然のように言い放った課長にそう返すと、やっと質問の意図が分かったように課長は手をポンと叩いた。


「ああ、そういうことか。実はな、聞きたいことがあって来たのはいいものの、お前がまだ寝てると言われてしまって。一度時間を改めようと思ったが、竜華ちゃんとルフちゃんに招かれたのでお邪魔させてもらってたよ。ね、竜華ちゃん」

「うんっ!」


 竜華を見ると、凄くドヤ顔をしていた。

 この子達いつの間にそんなことを覚えたのだろうか。

 そもそも昨日の今日で何でそんなに仲良くなっているのだろうか。この娘のコミュ力、末恐ろしい……


「竜華? 課長だから良かったけど、知らない人にはしちゃ駄目だからな」

「当たり前でしょ、そんなこと。テレビでやってたもん!」


 どうやらテレビで得た知識らしい。竜華が好きな何かのドラマの受け売りだろう。

 竜華はしっかりしているから問題ないけど、ルフが心配になる。


「そういやルフは?」

「テレビ見てる」

「ルフちゃんジーッと見てて可愛いな」


 ということは何時もの教育番組かな。


「それよりも慶志郎。朝食作ったから顔を早く洗ってこい」

「え、飯作ってくれたんですか?」

「簡単なものだがな。材料は買ってきたが、すまない。キッチンは勝手に借りさせてもらった」

「あ、いえ全然いいっす……通い妻?」

「何か言ったか」

「い、いや何も。楽しみだなー課長のご飯」

「通い妻?」

「ほう……?」

「じょ、冗談すよ」


 ボソリと呟いた言葉にまたしても課長の眼が鋭く光った気がした。

 だがラウちゃんには思い切り聞かれていたらしく、結局課長の耳に入るが、何とか誤魔化す。


「はぁ、いいから早く顔を洗ってこい。ラウともいい加減離れてやれ」


 しばし睨み合い、呆れたようなため息を吐いて課長が折れた。

 その間、生きた心地がしなかった。気付けば、何時からかラウちゃんを抱きしめていた。このもふもふ癖になるかもしれん。

 不意に見た竜華の目が課長と似たようになっていたのは気のせいだろうか。

 と、とにかく、何とか今を生き延びて飯に在り付くことが出来る。

 そう思いながら俺は立ち上がり顔を洗いに行った――


「――それで課長、話って何ですか」

「ああ、ラウのことだが」


 作ってもらった朝食を食べながら、課長の話を聞く。

 予想通りと言ったところか、ラウちゃんについての事だった。

 と言っても、ラウちゃんについてほとんど知らない。

 彼女が何故こっちに居るのか、そもそも何で居るのか知っている訳がない。

 言ってしまえば、ラウちゃんは俺と出会わなかった世界線の竜華のようなもの。

 保護していると言えど、思えば竜華がどんな目的でこっちに居るのかすら俺は分かっていない。


 その中で知っていることが有るっちゃ有るが……課長にそれはあまりにも現実感が無さ過ぎて、受け入れるには時間とリスクが掛かるだろう。

 そんな業を背負わせるなんて俺が堪えられない。


 だからこそ昨日から考えていたことがある。

 そしてそれは早めに言った方が良い。時間が経てば経つほど別れが辛くなるから。

 俺は課長の目を見据え、自分の考えを口にした。


「課長、知り合いにラウちゃんを引き取ってくれる人がいます」

「……どういうことだ」


 課長の怪訝な目が俺を見返してくる。

 さっきよりも鋭く、疑問を投げ掛けてくる。

 それに負けじと俺は真剣な眼差しで応えた。


「ご存じの通り、ラウちゃんは普通の子供ではありません。事情は分かりませんが、この世界に迷い込んだ迷子なんです。そしてそれは――」

「二人も、か……?」


 課長の言葉に俺はこくりと頷くと、課長の目が仲良くテレビを見る三人へと映った。

 暫くしてから、課長は状況を噛みしめるようにゆっくりと何度も頷き、黙って静かに飲み込みんでくれた。


 理解が早くて助かったが、同時にしまったとも思った。

 こんな事を言ってしまえば、既に無知では済まされない。

 狙われる危険性すら有る。

 そこは全力で俺が守れば良いが、ただそれだけの理由で狙われるのは気が気じゃないだろう。


「……そうか。あまりピンと来ないが、目の前の現実が物語っているのなら受け入れざるを得ないか」

「俺も正直、全部を受け入れている訳じゃないです。こんな嘘のような本当のこと」

「それでも私はお前を信じるよ。大切な部下の言葉ならな――なあ、慶志郎。それを承知の上であえてお願いする。私にラウを任せてくれないか」


 課長の真剣な眼差しが俺を射抜く。

 芯の通った心を、覚悟の決まっている意志をそのまま宿した強い目が、俺を見据えている。

 俺はこの目を良く知っている。そして、俺はこの目に弱い。


「……正直言います。危険ですよ、俺だって何度も危ない目に合ってます」

「覚悟している」

「ずっと一緒に居られるかなんて分かりません。別れだって突然来るかもしれません」

「それがラウのためなら受け入れる」

「でも――」


 もはや疑う余地はない。本気なのだ。

 ここまで言われて食い下がるのは俺の良心が持たない。


「……分かりました」

「本当かっ!」


 心の底から喜んだ声と同時に課長の表情が柔らかくなる。

 ホント笑ってる美人何だよなー。なんて今は言える訳もなく。

 そんな声を上げたからだろうか、竜華とラウちゃんが何事かと俺達の様子を窺っていた。

 ルフは相変わらずテレビに夢中のようだ。


「でも、危なくなっても無理はしないでくださいね!」

「もちろんだ。ラウおいで」


 課長の呼び声にラウちゃんが駆け寄り、そして膝に座る。

 撫でられ、ぴょこぴょこ動くその耳を見れば、どれだけ二人が信頼し合っているかなんて一目で分かる。


 二人の絆を魅せつけられ、試しに俺も二人を呼んだ。

「なによ?」の一言で片付けられた。ルフに至っては反応が無い。夢中のようだ。

 俺達の方が出会ってから長いのに……泣ける。


「ふむ、そうなるとこれからの事を考えなければならないな」

「これからのことですか」

「ああ。例えば戸籍は取ってやらねばいけないだろう。そしたら学校に通わせて――」

「ちょ、ちよっと待って下さい!」


 悲しみに打ちひしがれていると、課長がうきうきでそんなことを言い出してきた。思ってたよりもガチな話でびっくりしていたが、気になる単語が出てきたため、計画に待ったを掛ける。


「何だどうした」

「流石に学校は不味いかと。バレたら大変な事になります」

「それは……そうだな」


 理解が早くて助かる。


「だが私達が仕事に行ってる間どうする? まさかお前――」

「い、今は大丈夫です! 今は面倒見てくれる人が居ますんで」

「む、そう言えばそう言ってたな」

「何で仕事中は問題ないです。何なら課長さえ良ければ、朝俺ん所に預けに来ますか?」


 俺の提案に、課長の動きが止まった。

 手の止まった課長をラウちゃんが不思議そうに見上げている。

 もしやそれは面倒臭かったか……? ならメリットを上げないと


「ほ、ほらラウちゃんがいればルフと竜華とも遊んであげれるし、例えば俺と課長のどっちかが遅い時は夜ご飯とか食べながら待ってられるし、最悪時間が遅ければ泊まっていっても俺は全然構わないしで良い事だと思うんですけど……」

「ご飯、共同、泊まり……良いな……」

「ゆ、由希ちゃん……?」


 何やらぶつぶつと言ってる課長に不気味さを感じた。

 ラウちゃんも同じように感じたらしく、少し体を強張らせていた。

 しかし俺の提案はどうやら良かったらしく、課長には珍しく、少し緊張した様子でこう返してきた。


「そ、そうだな。だがこれはあくまでラウのためだからな! ラウのためご飯を作りにきて、ラウのためお風呂にだって入る……そう私に私欲は無い。これはラウのため、ラウのため、だ」


 元よりそのつもりの提案だが、何をそこまで復唱しているのだろうか。

 いや皆まで言う必要はない。それだけラウちゃんに掛ける想いが強いのだろう。

 やはり課長の本気が窺える。


「…………通い妻じゃん」


 俺が課長の想いに感心していると竜華がぽつりと言った。

 どっからそんな言葉を覚えてきた。と思ったが、思い当たる節はある。

 少しばかりテレビの見過ぎは治さねばならん。

 二人共な。

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