四聖
三人称視点が続きます
谷野とさすトラ君がダイエンと向かい合った同時刻、オウミは未だ机に突っ伏していた。
いや、正確に言えばずっとではない。
食事を取っては突っ伏し、昼寝を挟んで突っ伏して、時折立ち上がってうろついた後また突っ伏してを繰り返し、アレイスターが淹れたお茶を飲み干して今に至る。
そこにいつもの凛々しい姿は無い。当然小姑のように小言が煩いことも無い。
そんな普段の姿からかけ離れた怠惰っぷりに、彼女を知る者ならきっと誰もが困惑し、何なら体調、はたまた更年期を疑われてもおかしくは無いだろう。
それだけ今のオウミは気が滅入っていた。
慶志郎と共にネーセフと戦い、その時に力を使い過ぎたこと。
その代償が重くのしかかっている最中に新たに厄介事が上積みされたこと。
この二つの要因だけでも彼女の小さな体躯が踏ん張るには重すぎた。
そこにまた新たに、そして上二つより遥かに厄介にして厄災事が追加されたのならば、こうなってしまうのは最早必然。
今までは気合いと根性と少しのプライドで何とかしてきたが、今回ばかりはどうにも体が言う事を聞いてくれなかった。
体は既に万全である。力の代償も支払った。だが、肝心の心が気乗りしてくれない。
当然だ、気乗りするような事柄じゃない。だから動けない。いや、動きたくないと言った方が正しい。
もういっそ幼女モードのまま全てを投げ出したい。
けどこのまま放っておいたらもっと面倒で厄介なことが自分の身に降り注ぐのは明白である。
結局、先にも後にも処理をするのはオウミ自身。ならば速やかに迅速に取り返しの付かなくなる前に片付けておきたい。
そう思うオウミだったが、駄々をこねる己の心にやる気を灯そうとするも苦戦を強いられていた。
そんな彼女の姿をアレイスターは眺めていた。
何か声を掛ける訳でも無く、突っ伏したオウミの旋毛を、頬杖を付きながら物珍しそうに見つめている。
無論、こんな状態のオウミを見るのはアレイスターであっても初めてであった。
にもかかわらず、アレイスターがオウミに心配という言葉を掛けることはない。
それは単に先生と仰ぐ人への信頼の証か、それともアレイスターという男がそういう人物だからなのか定かではない。
どちらにせよこの男を知る者であれば「アレイスターだから」の一言で片付く。
「……なあ、アレイスター」
憔悴しきった声がアレイスターを呼ぶ。
見た目に反した年相応の声を発した主の旋毛から目を離すことなくアレイスターが呼びかけに答える。
「どうしました?」
「お前はこれを見てどう思う」
1日の大半、動きの少なかったオウミがのそりと動き、取り出したのはダイエンも持っていたあの玉と一通の手紙。
この物こそがオウミを一番苦しめる元凶であり、厄災級の厄介事。
差出人こそ不明だが、これを書いた人物は分かっている。
だからこそ、安易に無視出来ない。
四聖の中で、何でも卒なくこなす彼が態々オウミを頼ってきているのだから。
「ヒノタテの奴、何故私にこんなものを渡してきた……」
面倒臭さ全開で吐き出したオウミに、アレイスターはその玉を摘み、描かれた虎の絵と見つめ合いながら何かを考えていた。
「――これを作ったのはシロトラですかね。それをあいつが持っていて、そして先生に渡してきた――先生、これは非常に不味いかも知れません」
「どういうことだ……?」
暫く眺め続けたアレイスターが発した言葉にオウミが訝しげに聞く。
アレイスターが不味いなんて言葉を口に出すなんて滅多にない。
故にアレイスターが続けた言葉にジッと耳を傾けた。
「この玉、今朝トラが言っていたことが真ならシロトラが作ったものでまず間違い無いでしょう。そしてあいつが作ったものならば、何らかの呪物であることが予想されます。あいつは俺達の中でも最も狂人で頭がイカれてますから」
「まあ、私から言わせれて貰えばお前達四聖は全員どこかイカれてるから位置付けは出来ないがな」
「そのシロトラの呪物をどういうわけかヒノタテが持っていて、先生に渡してきた。これはおそらく、先生を立ち合い人にしたかったのではないでしょうか?」
「……私を通して、大義名分でも得ようとでも言うのか」
「その通りかと。得体のしれない呪物を送られたのなら斬り伏せられても文句は言えませんからね」
「そんな馬鹿な話があるか……? いや、あいつらなら普通に有り得るな……」
アレイスターの考えにオウミは否定的な言葉を投げ掛けるが、これまでを思い返して大いにあると考え直した。
それだけあの龍と虎の仲は睦まじくない。
何かにかこつけては常に争っている。
幸いにも惨事には至ってないだけで、何時それが起こってもおかしくない状態ではある。
その都度オウミが間に入って宥めてきた。言わば、尻拭いである。
そんなオウミが居ない今、あの二人がどうなるかなど想像するに容易い。
隙あらば、難癖をつけ合ってるに決まっている。
そしてそれがこの玉なのだろう。
それを想像するだけでオウミの胃がキリキリと悲鳴を上げていた。
つまり、ヒノタテはオウミにこう言いたいのだ。
シロトラが仕掛けてきた。ぶっ潰す、と。
オウミは机に突っ伏しながら、もうどうにでもなれと投げ出したかった。
ただでさえこっちはダイエンという火種で手一杯なのに。
だが、心のままにそれをすれば、余計に戦火が広がってしまうのは目に見えている。
そんな呪いの連鎖が更にオウミの胃を締め上げる。
やっぱ一旦こいつら全員滅んでしまえと心に中に留めておくだけにしといた。
「狂戦士と呪術師。先生はどちらに軍配が上がると思いますか」
「……ちょっとお前は黙ってろ」
自分の世界の危機に何を悠長な事を言ってるんだ、こいつは。
オウミはアレイスターに呆れ果てる。
「俺はどっちが滅んでも良いんですけど、シロトラが滅べばトラ達が使う術の進歩が遅れるし、ヒノタテが滅べば、国力が大分厳しくなる。故に難しいですね世界って」
「お前は事の重大さをほんとに分かっているのか……? まあ、世界の王を倒したと言えど、まだまだ世界は不安定だからな。本来はお前らがいがみ合ってる場合じゃないんだよ」
オウミはそう言いながら、アレイスターを見やる。
こんな仲も思想も役割もバラバラの四人を国の中枢に置く理由なんて打算的なものでしかない。
その先に何を見て、反逆を企てたのかは本人にしか分からない。
「……あっちの世界の事はあの二人に任せれば問題ないだろう。私には最も頼れる二人が居る。だから私達はこっちの問題に取り組むぞ」
「でしたら、危惧しなければならないことが」
「何だ……?」
「この玉の使い道がもし呪物であり、同時に兵器であるなら、ダイエンもまた同じものを所持している可能性があります」
「有り得るな。とりあえずこれが何なのかはあのバカトラに投げておくとして、私達は一刻も早く言っていた娘っ子探し出さねばならん」
「しかし先生、既に1日が終わろうとしてしています。先生がだらけていたので」
「やかましい! 明日からでも遅くはないだろ! 私はもう休む。明日はちゃんと慶志郎に修行つけねばならないからな!」
「あんなに寝たのに眠れるですか?」
「無理にでも寝る!」
歯に衣着せぬアレイスターの物言いにオウミは堪らず声を荒げて反論する。
それをアレイスターは何食わぬ顔で受け止め、立ち上がったオウミを見送っていると、スマホの着信が鳴った。
既に寝室へ向かうオウミの足取りが止まり、振り返ってアレイスターを見やった。
「……何でお前がそんなもの持ってる?」
「今朝あいつらが置いていったじゃないですか。連絡はこれでしろって」
「そうだったか……?」
「先生、出ますか?」
オウミにそんな記憶が全く無かったが、それは今はどうでも良かった。
アレイスターが見せるスマホの画面の方が重要だったからだ。
画面には谷野の文字が映し出されている。
「何やら嫌な気しかしないのだが……」
「奇遇ですね。俺もです」
何度目かのピリリと鳴る電子音を取って出た時、ダイエンと谷野さすトラ君コンビとの出来事をこの時二人は初めて知ったのだった。
取ってから直ぐに駆けつけたのは言うまでもない。
私事ですが、めちゃくちゃに風邪を引いてました。
原因は分かっています。
暑いからって止めましょう水風呂は!




