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男の正体

三人称視点です

 その日の夜、慶志郎達が訪れていた公園にて。


「全く、どいつもこいつも」


 静けさが訪れた公園に独り言が産み落とされる。

 昼間のような元気溌溂の声も和気藹々の様子も今はもうすっかり過ぎ去った公園でベンチに座る男が漏らした声だ。


「なーんでこうなっちゃうかなぁ……」


 愚痴を漏らす男の声色に苛立ちの文字は無い。ただ呆れ、諦めのような活気の無い言葉を力無く吐いては天を仰ぐ。

 男が見上げる夜空には星が散りばめられた。見晴らしの良いこの場所から見えるはそれはもう、満天の星。

 恋人、カップルが夜のデートとして訪れるなら真っ先にこの場所であるだろう。事実、この公園は昼は子供連れのスポット、夜はロマンチックなデートスポットとして地元では取り上げられている。


 しかしながら、そんな素敵な場所である筈のこの場所を今日は縁もゆかりも無い野郎が独り占め。何故か? 理由は単純、人払いをしているからだ。これから起こる事に備えて。


「俺はさあ、争い事が嫌いなんだよ。特にこういった知人の故郷では暴れたくない」


 星を見上げる男が煙草に火を付け、煙を吐く。

 昇るそれを遠い目で見つめ、見送っては、誰かに問いかけるような口調でまた言葉を吐く。

 その目の先に思い耽るのは遠く離れた知人を思ってか、または――


「――出て来いよ。人払いまで掛けて俺に接触しているんだ。話をしようじゃないか」


 男の声に呼ばれ、引き摺り出される一人と一匹の影。

 今朝オウミから新たな任を負ったコンビが男の背後に立つ。

 両手に多少の距離がある。が、同郷の者同士にそんなもの無いに等しい。

 やろうと思えば首のひとつ軽く跳ねることが出来る。


 しかし互いにそれをしない。平和的な解決を目論んでいるのか? 答えは否である。

 お互いが見合う様子になっているのは、双方に何らかの思惑があることは間違いない。

 腹の中に溜め込んだ黒いそれを痛い思いをしながら探り探られるのはメリットがないと踏んでの思考と長考。


 両者共々その手の搦め手は得意とするが、男の方が谷野よりも頭一つ抜けている。

 何せ男は見ているからだ。この展開とその先を。それを使って。


「この世界は住み心地が良い。平和で、弱くて、貧弱で。そして何より――」


 男は吸殻を捨て火種をすり潰してから振り返り、谷野とさすトラ君に向き直る。


「飯が旨い」

「それはそれは。この世界を随分と満喫していますね――四聖ダイエン」


 谷野が男の名を――ダイエン・カラナ・マーガバを口にするとダイエンが笑う。

 足を組み、手を組んで不敵に笑うその姿は勝ち気でやり手なビジネスマンを思い描く。


「あまり気乗りしていなかったが悪くないもんだな。お前らはもう慣れてしまったかもしれねぇが」

「えぇ、おかげさまで。もう長い間こっちに居ますからね」

「羨ましいな。もうあっちに帰りたいと思わないだろ」

「いえ、それを決めるのは俺じゃないんで」


 そんなダイエンに臆する事無く、いつもの口調で谷野が無難に返す。

 ただ話を聞いてるだけであれば、ただの世間話にしか聞こえない。だが、谷野は頭の中で次の一手を考えている。

 ただ冷静に、最小限のリスクで最大限のリターンを得るために画策。

 悪を穿つ弓を構える天使が慎重にその機会を窺う。


 しかしそれはダイエンも同じであり、ダイエンも得意とする分野。

 狙った獲物を逃さない蛇がジッと待つようにその頃合いを計っている。


 血の流れない血なまぐさい駆け引きが二人の間で行われている。


「真面目だねぇ。あいつらの耳ん中かっぽじって聞かせてやりたい」

「ふんっ、貴様の駒が聞いたところで何も学べんじゃろ」


 ドブ川のように淀んだ思惑に、ボチャンとさすトラ君が言葉を投げ入れた。

 それだけにとどまらず、さすトラ君は続けて言葉をぶち撒けた。


「大体貴様のような無法者から平和という単語が出ることすらおこがましい。飯の旨さかて汚い言葉しか吐けないその口じゃ、血の付きまくったその手じゃ分からんじゃろて。そもそも――」

「ちょ、ま、トラッ! ストップ! 流石に言い過ぎだって」


 尚も言葉をぶち撒けるさすトラ君に谷野はたまらず制止をかける。

 歯に衣着せぬ物言いに谷野はさすトラ君に正直ドン引きしていた。

 が、それは仕方がないことなのかもしれない。それだけダイエンとの間に因縁が払拭出来ない過去として積もり積もっている。ぶち撒けた言葉だけでは精算なんてこれぽっちも出来やしない。


 ただそれをダイエンは無価値な過去として振り返り、そして笑った。


「お前良いもん食ってねぇな。小便臭けりゃ、口も臭え。おまけに加齢臭もする。さっさとくたばれ、死に損ない」

「き、貴様ーッ!」


 ダイエンはさすトラ君を見ながら組んでいた手で鼻をつまみ、口を覆う。

 その仕草にさすトラ君が今にも飛び掛かる勢いだったが、谷野が腕の中でがっちりと捕まえる。

 それを見ながらダイエンがシッシッと払うジェスチャーをすれば、さすトラ君の怒りは頂点を超えてしまうのは必然であろう。


「あ、そういや死に損ないで思い出した。あの死に損ないのくたばり損ない焼き鳥は元気にやってるか?」


 そんなさすトラ君を谷野がなんとか抑え込んでいると、ダイエンがまたとんでもないことを聞いてきた。

 死に損ないで何を思い出しているんだと思いながらも、冷静にこの場を見極め、解を導き谷野は答えた。


「アレイスターさんなら変わらずですよ。俺に聞くより会いに行ったらどうですか」

「嫌だよ。あいつ物騒だし、頭が特にイカれてやがるから」

「は、はぁ……そうですか……」


 頭イカれてんのはアンタも含め四聖全員だろ。

 心の奥底で直情的に湧き出た言葉を言わなかったのは谷野が至って冷静であり、この場の主導権を逃すまいとしているからであろう。

 既に一匹脱落しているのならば、尚更言葉は慎重に選ばなければならない。

 選ばなければいけないからこそ、谷野は早くに勝負をかける。

 腕に抱えた爆弾が暴発する前に。


「……で、どうでした。実際に話して、その目で見たあいつは」


 谷野に聞かれ、ダイエンは昼の出来事を思い返す。

 年の離れた妹と存在自体が稀少な幼き白竜種を見守る兄の姿を。

 その眼が、顔立ちが面影が。

 その全てがダイエンの知人によく似ている。

 それもそのはず。慶志郎はその息子なのだから。


「良い眼をしていた。強く、優しく、愛を兼ね備えた良い眼だった。憎たらしいくらいあいつに似ている」


 だからこそ、ダイエンはその眼を良く知っている。

 脳内で瓜二つに重なった人物に思わず舌打ちが出てしまう。


「だからこそ嫌になる。損な役回りだぜ、全く」

「……」

「勝手に引き起こしておいて、何が損な役回りじゃ」


 遠くに思い耽った思考を引き戻すようにさすトラにが辛辣に言葉を叩き付ける。

 今の今まで黙っていたのは谷野に暴発する恐れのある災いのもとを塞がれていたからだ。

 ダイエンの言葉に谷野の塞いでいた手の力が緩まったことをいいことに、ここぞとばかりに毒を吐き続ける。


「貴様らが要らぬちょっかいをかけるからあっちは大混乱、こっちは大迷惑しているんじゃっ! よもや貴様の命だけでは償いきれんぞ」

「ハッ! お前みたいな老いぼれのドラ猫に玉取られるほど軟じゃねんだよ」

「ならば試してやろうではないか。貴様の現実をその眼に焼き付けるがいい」

「ちょ、だからトラ! 落ち着けって!」

「ここまで言われて落ち着いてなど要られるか! まさかお主、日和ったか!?」


 さすトラ君のやる気が止まらない。

 矛先を相方へ向けるくらいに興奮仕切っている。

 谷野の手を離れた瞬間、相対した敵へ真っ直ぐに向かっていくだろう。

 谷野としては別に構わないと思っている。日和っている訳でも無いし、元々先制攻撃の機会を窺っていたからだ。

 だがまだその機会では無い。故に手綱を握っておかなければならない。

 まだ肝心の答えが返って来ていないのだから。ダイエンが見た本当の姿を――

 それを聞く前に手を出されては今までのやり取りが無駄になる。


 そんな谷野の思惑を知ってか知らずかダイエンは答える。


「――心配すんな。まだその時じゃない。その証拠に慶志郎君に手を出していない。本当にヤバかったら、とっくに屠ってる」


 恐らく意図を汲まれたのだろう。谷野が望んだ答えをあっさりと答えた。

 ダイエンが言うのだから間違いは無いのだろうと谷野は確信する。

 今は敵であるが、ダイエンの言葉にはそれだけの説得力がある。

 そこに嘘偽りは無い。疑ってしまえばそれはダイエン自身が自分の力を否定してしまうからだ。


「それは……良かったです」

「だが気を付けろ。あいつは既に鬼と竜の力でリシを、オウミ(ババァ)の力でネーセフちゃんをやってんだ。着々と目覚め初めている」

「……分かっています」

「それならいいんだ。さて――」


 話を切り上げ、ダイエンは立ち上がる。

 瞬間、空気が張り詰めた。

 体の節々を軽く鳴らす音がこれから起こる事象の序章だと言わんばかりに。


 しかし、その始まりを見逃す程、一人と一匹も軟ではない。

 寧ろ一匹は既に滾っている。


「お前らに何の罪は無ぇが、こっちも立場ってのがある。戦力を削られたんだ。償ってくれるよな?」

「ふんっ! 元よりヤるつもりだったわい! 覚悟せいッ!」

「……避けられない未来であれば、挑むしかない、か……」


 相対する両者。

 衝突はどう転んでも免れそうにない。

 ダイエンがそれを避けられないのだから。


「安心しろ、殺しはしない。そんなことしたら全部パーだ。俺もお前らも、な――」


 星が輝く空の下、抱かれた枷を外した虎の特攻を皮切りに戦闘が始まった。

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