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密議

三人称続きます

 ネーセフ、オートリーとの戦いが明けて翌日の話。

 オウミとアレイスターの部屋を訪ねる者がいた。

 平日であれば既に活動を始める朝の時間帯、急な呼び出しを受けた一人と一匹は玄関のチャイムを鳴らす。


「よく来たな。先生が待っている」


 玄関がガチャりと開き、アレイスターが顔を出す。

 見知った仲である事を示すように、労いを軽い言葉で表し、客人として家へと招く。

 通された一人と一匹はリビングへ足を運び、これまた見知った顔のオウミへ言葉を掛けた。


「ほほう、こりゃまた随分とだらけているのぉ、チウリン――いやチーちゃん」

「やかましい、チーちゃん言うな。ただでさえ昨日は……いや何でもない」


 テーブルにグデりと伸びながら座っているオウミを、男に抱かれた猫ほどの大きさをした一匹がカッカッカッと憚らず笑う。

 平常のオウミをチーちゃんと呼ぶだけではなく、豪快に笑い飛ばせる数少ない一人――もとい一匹。

 それだけでもお互いに信頼とも旧知の仲とも読み取れる。

 それをオウミは、またいつもの年寄りによるイジりかと受け流す。

 そんな年寄りの会合にアレイスターが口を割って入る。


「先生は昨日までチーちゃんだったからな。大分お疲れだ。その上で言うのならこいつをどうしまょう先生? 俺が処しますか?」

「……お前は余計な事を喋るな。受け入れさせるな。押し付けるな」

「カッカッカッ。相変わらず元気が良いのぉ。だがな四聖、お前らの汚したおむつと青い尻を誰がいつも拭いてやってるのかよーく思い出すのだな」


 口では笑っているが、目は笑っていない。

 アレイスターに一匹のマスコット風のトラが好戦的な視線を送る。

 このやり取りを傍から見た人は本当に仲が良いのか疑問に思うだろうが、当の本人達からすれば、これくらいは挨拶代わりの単なる軽口。

 それを簡単に叩ける程には仲が良いのだろう、多分。


「まあまあ、その辺にしてくださいよ。アレイスターさんもトラも」


 マスコット風のトラ――世間からは、さすトラ君と呼ばれている一匹を抱く男が、二人の間に立ち、この不毛なやりとりを終わらせる。

 誰かが強制的に断ち切らないといつまでこの調子が続くからである。

 いつもは率先してくれるその誰かも今は突っ伏して本調子では無い。だから嫌嫌ながらも男は進んでその役を買って出る。


「それよりも先生、今日は良いんですか? 慶志郎の修行は」

「あぁ、うん。今日は中止にした。昨日の昨日まで戻らなかったからな。今も正直、油断すると出てきそうになる」


 まるで二日酔いで昇ってきた気持ち悪さを我慢するかのように、オウミが言葉だけを吐く。

 そんな中でアレイスターの相手をしなければならないのは苦でしかならないだろう。

 気の毒にと想いながらそれでも男は話を進める。


「えっと、今日はどういったご要件で呼ばれたのでしょうか」

「あの二人についてだ。お前達も知っているだろう」

「そのことについては粗方。しかしお二人がもう既に叩き退けたと捉えていますが」

「ああ、そうだ。ネーセフは私と慶志郎が、セイレンはアレイスターがな。しかしその行方までは分からず終いだ。何処へ行方を眩ましたか全く辿れていない」

「どうせ、お主らがそのまま転がしたままにしていたのであろう」

「だって、そんなことよりもずっと大事なことがあったんだもん……ハッ⁉」


 我慢していたものが思わず出てしまったと、オウミがハッとして口を押さえた。

 それだけオウミには大事な事だった。慶志郎が自分と過ごした過去に触れ、また同じように接してくれたことが。

 一緒に過ごしたのはほんの少しの僅かな時間だったけれど、オウミにとっては一生物の宝物。だからこそ一緒に共有出来て、これからの未来をまた共に育めるのは何物にも代え難い。

 それに――


「あいつ、私の炎まで貰っていきやがった」

「なんと……! それは確かに一大事じゃな……」


 オウミがぼそっと漏らした言葉にさすトラ君の目が見開いた。

 それだけその意味を重く厳しく受け止めていた。

 何せそれは――


「……あまりこういう事を言ってはならんのは理解しているが敢えて言う。そりゃダイオンが何としてでも動くのも納得がいくわい。奴ならば特に、な」


 その意味の重みをオウミは理解しているのいないのか、さすトラ君には分からない。だが、旧友で同じ時代を生きてきた戦友であるのならば、ちゃんと理解しているに違いないと決めつける。

 その上でこの腑抜け具合を見れば、溜息の一つ吐きたくもなる。


「全く、婆がその歳で色気付きおって」

「ばばあ言うなぁ……」


 こんな甘ったるく、気の抜けた返しが来れば尚更。


「まあまあトラ、その辺で勘弁してやってくれ。先生はお疲れなんだから」

「お主は儂以外にはちゃんと接するよな」

「それはほら、付き合いが長いし、普段を知ってるから。そんなことより、アレイスターさんの方も逃がしたのは少し驚きです」


 男の進行により、話はアレイスターへと向けられる。

 この人物を昔から知っているなら、そんなへまはしないと誰もが思っているからだ。

 だからこそ意外そうな目を向けて男は話を聞いた。


「俺は次会った時にでも聞けばいいかと思ってな。あいつのことだ。また直ぐに会いに来るだろう」

「そうですか……」


 返ってきた言葉にかける次の言葉を探しても見当たらなかった。

 アレイスターはこういう男だと諦めるしか他は無い。

 自身を殺しに来る者に掛ける言葉にしてあまりにも悠長過ぎる。

 どうもこの人とは相性が悪いと思いながら、男はそれ以上の会話を止めた。


 だが、ここで口を閉ざすことはこの場に留まることを長引かせるということ。

 片方は力の代償による二日酔い状態、もう片方は素面でも会話の成り立たないサイコパス。

 こんなカオスな場に長く居たくないという思いが、男の脳をフルに回転させる。


「つまり――俺達にはネーセフとオートリーの行方を追えということで?」

「嗚呼、すまないが頼む。それと、可能であれば、あの二人をどうやってこっちの送り込んできたのかも頼む。あわよくば縛り上げて思惑を吐かせて、その上で撃破して欲しい」


 オウミの応えに男は思う。何て我が儘なのだろうかと。心の奥でひっそりと。

 丁重に断りたかったが、早く帰りたいが思考の天秤を上向ける。


「……分かりました。可能な限り善処します……可能な限り」


 慶志郎の監視を行うこと20年と少し。問に対する解をらしさを添えて答える。


「すまないな。お前には苦労かけてばかりだ。何かあれば直ぐに言ってくれ」


 濁した言葉を直接的に捉えたオウミが男を労うが、染まりに染まった男は、それを建前と捉えていても不思議ではない。

 だらけた身体を起こしたオウミに、こちらも礼節を返す。


 話は終わった。後で考えれば良い。今はそれよりやっと帰れる。

 この場から解放される喜びと安堵に打ちひしがれながら男は踊る心を宥める。

 そんな男の思いを知ってか知らずか、さすトラ君がオウミに向かって言葉を投げた。


「それなら一つ頼みたいことがある。家の頭領がな、面白い発明をしたと言っておってな。それを試すために娘っ子を一匹こちらに送ったらしい。その子供を探して保護しておいておくれ」


 平常に落ち着かせた心がピシャリ叩かれた。

 しかし、どうやらそれは男だけでは無く、一匹を残して全員が何か思うことがあるらしく、爺に視線が吸い込まれる。


「おいバカトラ……。二人が来た原因、それ関わってないだろうな……? そもそも貴様らは――」


 一人は完全に酔いが覚めて、冴えた頭脳を取り戻した慈愛と博識の先生が。


「ふむ、流石は狂人。あいつは如何なる場合に於いてもブレないな」


 一人はうんうんと共鳴し合う、この場に於いて最も考えも行動も分からない狂人が。


「それ何で今言うかなぁ……。っていうか初耳なんだけど俺。あぁもうっ! やることがまた増えた……! けど、これはほっーておけん!」


 一人は今の今まで我慢に耐えた常識を持った天使が。



「儂に言われても仕方ない。儂のしでかしたことでは無いからな」


 三者三様の想いを聞かされてもなお、平然とカッカッカッと笑う一匹にオウミが長年募らせた想いをぶち撒けた。


「ほんっとお前らも四聖もいつもいつもいつもいつも勝手で自由に奔放に――」

「確かに他の奴らはどいつもこいつも自由過ぎますね」

「煩い黙れ」

「チウリンよ、あまり怒る過ぎると血管がブチッといくぞ? もう儂らは若くないんじゃから」

「誰のせいだ誰のッ!」

「そもそもお主らを呼んだのは助っ人としてじゃ。儂らでは手が回らんからの〜」

「貴様らが次から次へと面倒事を増やしてるからだろうがあァーッ!」


 口調と息を荒くしてオウミが怒鳴る。

 終わりかけた話し合いが再度火蓋を切るのは流石に止めて欲しいと願う男はただ一人。


 だからこそ、穏便に平和的に解決へと導く。


「ま、まあまあ。ここで口論していても埒が明きません」

「ハァ……ハァ……。そうだな。すまない……取り乱した」

「とりあえず今現状、我々だけでは手が足りません。なので助っ人を巻き込みましょう」


 男の提案にオウミに疑問が浮かぶ。

 だが、完全に目覚めたオウミがそれを察するのに少しの時間も掛からなかった。


「しょうがない。また力を借りるか。あいつは子供の扱いが上手いしな」

「確かに昨日も三人の面倒を見ていましたからね」


 アレイスターの一言に、オウミは黙れと一蹴。

 それを見て見ぬふりをして男は続ける。


「慶志郎ならやってくれますよ。何たって――」


 俺の可愛い後輩ですからね。と男が、谷野徹平が自信を持って告げた。

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