大蛇
「ネーセフ! お前達の目的は何だッ⁉ 何を企んでいる!!」
「企む? 人聞きの悪い。我々はただ付いていくだけです。あの方の考えにね!」
「馬鹿を言うな! あいつが何をしようとしているか分からないお前ではない筈だ! その先に待つ未来だって――!」
「地獄だったあの頃に戻る。そう言いたいのですか?」
「分かってるなら何故!」
攻防の語り合い。
撃っては撃ち返し、放っては跳ね返す。
ネーセフがオウミさんの死角を狙ういやらしい攻撃を絡めがら、迫ってくる。
オウミさんはそれを的確に捌きながら攻撃を交え、距離を保つ。
さっきまでブチギレていたのにこの冷静さは流石としか言いようがない。しかしそれ以上に――
「――ッ! 慶志郎!」
暗がりから伸びる影のように蛇が口を開けて差し迫る。
しかしネーセフからの攻撃が俺に届く事はない。最強の盾が守ってくれる。
「す、すみませんオウミさん」
「いや仕方ない。お前にこいつの相手は早過ぎる」
俺が狙われればオウミさんがすかさず守ってくれる。
その上でオウミさんはネーセフと互角に闘っている。
それが指し示す事実。
俺がいなければ、もっと――
俺がもっと強ければ――
心の底から湧き上がる悔しさに拳を握る。
けど、そんな俺を見透かしてオウミさんが笑みを浮かべ、穏やかな口調で言う。
「焦るな。今は無理でもお前をこれからもっと強く育ててるのが私の使命だ」
「オウミさん……」
「だから今は――先人に護られていろ」
オウミさんの想いが乗った炎が俺を囲む蛇を灼き尽くす。
オウミさんは自身に群がるネーセフの手下を片っ端から蹴散らしていく。
地でのたうち回り、戻る先はネーセフの下。それを見ながらネーセフが舌打ちを漏らし、苦虫を噛み潰したように吐く。
「相変わらず嫌な相手。老人が若い芽を摘むなんて」
「……安心しろ。間引いた後はちゃんとその根性を一から鍛え直してやる」
「そんな体力無いでしょうに。ご老体なんですから」
「…………やはり焼畑してから新しい芽を植えるしかないか」
燃え盛る。
ネーセフが口を開く毎にオウミさんの炎が激しく燃え盛る。
感情を燃料にしているのは明らか……これは……アカン……!
「オ、オウミさん、あの人の口車に乗っちゃ……」
「分かっている慶志郎。私は常に冷静だ」
ぐりんと振り向いたその表情は怖い程にこやかだった。
だからこそ、その裏にある感情が空気を灼いて伝わってくる。
絶対にこの人は怒らせないようにしよう。俺は心に絶対を誓った。
「私から冷静さを奪う見え透いた策は止めることだな」
「流石、無駄に年を食っていなさそうですね。けど――」
なおも止まらない煽りにオウミさんのこめかみからビキビキと音が聞こえてきそう……駄目です、オウミさん! そんなにイラついちゃ血圧が――
「誰が高血圧だァァァアアアッ!!」
ブツリと昂った臨界点。
達したエネルギーは地から火を吹き上げ、周辺が焦土と化した。
「あ、あぁぁ……」
その聖火の威力は這う邪をことごとく浄化した。
爆発したオウミさんの力に巻き込まれなかったのは、この盾のおかげである。
俺が何度挑んでも破れない膜がミシミシ音を立てながらも俺を守ってくれた。
慈悲深いこの力に感謝を――!
オウミさんのお慈悲に祝福を――!
この減らない災いにチャックを……
いや、言ってる場合じゃない!
あろうことか俺が最後に砦を破壊してしまった。
そんなつもりで言ったんじゃないんですっ! ただ俺はオウミさんの御身体を心配しただけなんです! 加齢と共に怒りで血管まで千切れてしまうことを危惧しただけなんですっ!!
「あら、中々才能ありますね坊や。是非うちに来ませんか」
ちょっとほんとに黙っててくんないかなッ!?
一方でネーセフは何体もの蛇で壁を作り、防御していた。
「慶志郎――お前まさか」
「ないです! ないです! 絶対にないです!」
紅くギラついたが眼が俺を捉える。
嘘を見抜き、真実を現すようなその目付きは当に仁獣……!
生まれたての子鹿のように足をガクつかせながらも真の応えを返す。
そして改めてここに誓う。先生、俺もう絶対口走らない。
ブチギレた真紅を見つめて、心に禁句を封じる。
「寝返りなんて私達の中では常套手段何ですけどねぇ。ましてや坊やの――」
「――黙れ」
最後まで言い切る前にオウミさんの炎がネーセフに降り注ぐ。
それは今まで見てきたオウミさんの攻撃の中でも異質であり、オウミさんの炎というにはあまりにも攻撃的な感情の乗った炎に見えた。
「くっ……人が喋っているのに、年寄りの分際で随分と行儀が悪いですね……」
「お前にだけは言われる筋合いが無い」
その炎をまたしてもネーセフで守ったが、その姿に今までの余裕が無い。
致命的、とはいかないがオウミさんの攻撃に大きくダメージを残しているように見える。
そんなネーセフを見据えながらオウミさんが続ける。
「今の貴様達にそれを語る資格はない。あれを裏切りや寝返りと捉える今の貴様達に、また同じ歴史を繰り返そうとしている今の貴様達には、な」
「酷い言われようですね。私達と貴方達は違う。貴方達のようなクーデターとはまるで違います。私達は――あの方は革命を起こそうとしているのです」
オウミさんにネーセフが言い返す。
何の話をしているか分からなかったが、オウミさんが話してくれた事をふと思い出す。
内部からの裏切り、燻り続ける火種、争いと革命――まさかネーセフがやろうとしているのは現体制への謀反――?
いや待って、それってつまり――
「親父やルフのお母ちゃんが狙われている……?」
思わず漏れた俺の呟きにネーセフがニヤリと不敵に笑う。
その目はこの世の怨みつらみを混ぜ込んだ鍋の中身のようにドス黒く濁っていて、悪辣で狂気に染まっていた。
「えぇ、そうですね。ですがお忘れにならないで下さい」
「な、何を……」
「そこに貴方とあの白竜の子供も含まれていることをッ!!」
ネーセフがそう告げた瞬間、地面から影が伸びる。
それは木々を薙ぎ倒して登っては俺を見下ろてくる。
「だ、大蛇……」
ネーセフの想いに呼応した蛇眼に睨まれ、俺はただ見上げることしか出来なかった。だからこそ反応が遅れてしまった。
「慶志郎ッ!」
オウミさんが俺を呼ぶ。だけど、これは、避けられない――
固まったまま動くことの出来なかった俺に、大蛇が思い切り突っ込んでくる。
俺と大蛇の間にあった盾は幾度となく俺を守ってくれていたおかげで疾うに限界を迎えていた。
パリン、と上げた悲鳴と同時に俺は吹き飛ばされ、意識を手放した。




