殺気
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曇り空は晴れないまま、来てしまった修行の地。
俺はこれからどんな地獄を見せられるのだろう……。
ちらりと窺ったオウミさんの顔は険しい。あの表情にどれだけの鬱憤が溜まってるいるのか想像するだけで身体が鉛になる。
それもこれも全部――イヤダメだ、もうここまで来てしまったんだ、女々しく嘆くのは止めよう。覚悟を決めて――ええいっ、ままよッ!!
これからの成り行きに身を任せて修行の場に降り立つ。
明朝の山はいつも通りまだ肌寒い。これは決して後ろから放たれるプレッシャーに悪寒を感じている訳ではないと思いたい。
しかし、今日はどこか違和感を感じた。
のどにつかえがあるような気持ち悪さ、異物を取り込んだような圧迫感――この山に何かがいる。そう感じると同時に体が強張った。
「――ほう」
俺に感じられるものを二人が感じ取れない訳もなく、アレイスターさんが口を開いた。
獲物を見つけたように鳴らした声色が、一層俺の緊張を増幅させる。
「よせアレイスター、慶志郎に毒だ」
「しかし先生、これは――」
「わかっている。慶志郎もよく気付いたな。だが、少々状況が芳しくない。」
そう言ったオウミさんの顔の険しさが事の重大さを物語っている。
それ以上、口を閉ざしたアレイスターさんの殺気が肌をビリビリと刺激する。
二人がこんなにも警戒を強めているのは初めてだ。
俺が感じ取ったものの正体――それはおそらく――
「足掻くな。隠れてないで出て来い」
オウミさんが茂みに向かってそれを呼ぶ。
発せられた言葉には明らかな敵意、そして異常なまでの冷たさを孕んで。
「お久しぶりですね先生。そして四聖アレイスター」
音も無く姿を現したそれがオウミさんとアレイスターさんに答える。
暗闇に紛れていた影がオウミさんによって照らされたことでその人の正体が浮き彫りになる。
「え……? あ……女性……?」
「あら? 貴方が――ふふっ、はじめまして坊や」
妖艶に微笑んだ女性の眼と合う。
切れ長の目から覗く瞳に捉えられ、体が本能的にぶるりと拒絶を示す。
執着と執念を孕ませた双眸は一瞬の隙すら見逃さないだろう。
気を抜いたら最後、蛇に睨まれた蛙の行く末は想像に難くない。
「そんなに怯えなくて良くってよ?」
女性は黒い長髪をかき上げ、妙に色気のある唇をちろりと舌で舐る。
その仕草がやけに艶っぽく、俺の視線の先で豊満な胸が大きく揺れた。
大人の女性と接点が無い俺にとって、その貴重な瞬間を見逃すことはなかった。
大人の女性に耐性の無い故に、やたらとでかい音を立て生唾を飲み込んでしまう。
その音を聞かれたと思い、顔がだんだんと熱くなっていく。
なんて童貞臭い反応を……情けないぞ俺……
「――苦しまないよう一瞬で殺してあげますから」
「――ッ! 慶志郎ッ!」
一瞬の出来事だった。
何が起きたのか分からなかった。
気付いた時には目の前に死が襲い掛かってきた。
だけど――俺は生きている。
「間一髪だったな慶志郎」
「――アレイスターさん?」
アレイスターさんに手を引かれ、そして抱えられている。
俺を襲った死を纏った蛇のような生き物はアレイスターさんの炎で焼かれ、灰と化していた。
「ネーセフ、随分と卑怯な手段だな」
「闘いの基本は奇襲と騙し討ちですよ。四聖アレイスター」
「確かに……一理あるな」
「いや、何納得してるんですか⁉ しないでください!」
こんな時でもマイペースなアレイスターに尊敬の念と呆れが入り混じる。いやまあ、アレイスターさんが居なかったらもろに攻撃をくらってたから何も言えんけど……。
「さて、我ながら呆気なく失敗してしまいましたね。どうしましょう」
ネーセフ、と呼ばれた彼女からは二撃目が来ない。
隙を付く機会を窺っているのか、それともこの分厚い障壁が抑止に繫がっているのか――
「慶志郎ッ! ほんっとお前らは親子揃って!」
「す、すみませんオウミさん……」
障壁を張ったのは言うまでも無い。この中で一番頼りになる人だ。
怒りながらも心配してくれているオウミさんに罪悪感を感じざるを得ない。
ただ心外なのは、親父共々ってのは認めたくない。
あっちの方が絶対俺より――いや、言ってる場合じゃない。油断したらまた狩られる。
「ネーセフ、お前がどうして此処にいる?」
「それは先生の方がよく知ってるのではなくて?」
「……こういう言い方をしたくはないが、お前達の狙いはあの娘っ子だろう。どうしてわざわざこっちに来たと言っている」
「それは先生にご挨拶をするためです。日頃から私達はお世話になっているのですから」
「よくもまあ、そんな嘘を白々と……」
「先生――」
二人の会話にアレイスターさんが割って入る。
大きな声量でもないのに、ここに居る誰の声よりも威圧感がヒシヒシと伝わってくる。
場を征圧するような魔王の覇気。それは顔付きにまで現れていた。
「どうしたアレイス――まさかっ⁉」
「そのまさかです」
「ネーセフッ‼」
アレイスターさんは俺達が来た方向をジッと見ながら呟く。
いつもと違う雰囲気のアレイスターとオウミさんの焦りようが嫌な想像を掻き立てた。
まさか――
「だから言ったでしょう? 闘いは奇襲と騙し討ちだと。それが私達の闘い方ですもの」
ネーセフの不敵な笑みに俺の心臓がギュッと圧迫される。
最悪の想像が脳裏に過った瞬間、動悸が激しくなる。
呼吸が荒い。バクバクと鳴る鼓動と共に息が絶え絶えになる。
あの二人に何かあったら俺は――絶対にお前を許さない。
その思いが強くなるに連れ、俺の中の何かが目覚めようとする。
この感覚、前もどこかで――それ以上は思い出せないが、止め処なく溢れる憎悪に包まれ、考えを放棄させる。
「ッ!! 落ち着け慶志郎!! あの娘っ子達は大丈夫だ! お前が心を飲まれてどうする‼」
オウミさんが何か叫んでいる。分からない、でも俺がやらなきゃ――
「安心しろ慶志郎。俺が子供達を守ってやる」
何もない闇の中で、澄んで聞こえたのはアレイスターさんの声。
温かく沁み渡るその声に心を委ねれば、自然と心が落ち着いてゆく。
「へぇ……あれが……」
「ネーセフ、お前の好きにはさせない。アレは俺の手で始末してやろう」
慈愛と非情が同居したアレイスターさんの顔付きは魔王そのもの。
「アレイスター、いいのか……? お前に任せて」
「これ以上、身内から恥を出す訳にもいきませんから。慶志郎のことは先生に丸投げします」
「嗚呼、しっかり受け取った。行って来い、フェネス」
満足気に頷いたアレイスターさんは不死鳥の姿となり、飛び立った。
残された俺とオウミさんだったが、何だかめちゃくちゃ良い雰囲気だった手前、めっちゃ気不味い……。
あんなんもう、長年連れ添った熟年夫婦じゃん。
「今度そんなこと口走ってみろ。その口引き裂いてやるからな」
「……はい。すみません」
ほんとこの二人はよう分からん。けど、それはこれから深めて行けば良い訳で。
今はこっちに集中だ。
「さて、世界広しと言えど私を本気で怒らせたのはごく少数だ。褒めてやろう、ネーセフ」
「有り難いお言葉ですわ。ちっちゃいオウミおばあちゃん?」
瞬間、ブチッと理性の千切れる音がした。
言うまでも無い。ブチギレだった。




