巻き込まれ
翌朝、まだ日も明けない時間に目を覚ます。
起き上がり、眠気の残る体を動かして顔を洗えば、少しは気だるさもマシになった気がする。
徐々に覚醒していく頭と共に着替えをして眠気を一気に吹き飛ばす。
「ルフ、竜華。行ってきます」
身支度を終え、寝息を立てるベッドに声を掛けるが、夢の中の二人には聞こえてはいないだろう。というか、その格好寒くない?
ルフが布団を思い切り足で蹴飛ばし、捲れていた。それだけに留まらず、丸くなって寝ている竜華をルフの足が踏んづけていた。この子はどうしてこんなにも寝相が悪いのだろうか……。
そう思ったが、そういや親父も寝相といびきが酷かったっけと思い出しながら、布団をかけ直す。
そんな幼少の思い出と今のルフが重なり、自然と笑みが溢れる。
いかんいかん、これから修行に行くんだ。緩んだ顔を引き締め、隣へと出向く。
「ふむ、慶志郎。相変わらず早いな」
「おはようございますアレイスターさん。そういうアレさんは……今起きたばっかって感じですね」
「……アレイスターな。俺は不死鳥だからな、朝に弱い」
「不死鳥が朝に弱いとか聞いたことないんですけど」
「それはそうだ。俺だって本当かどうかは知らん」
「慶志郎、アレイスターの言う事を真に受けない方がいい。朝は特にな。理解がこいつを拒む」
俺とアレイスターさんがそんな会話をしているとオウミさんがやってきた。
欠伸混じりにそう吐いたオウミさんの表情はまだ眠たげそうに見えるが、その顔付きは何だかとても疲れ切っているようにもみえる。
そんなオウミさんを見るに、またアレイスターさんと何かあったのかと脳裏に浮かんだ。
それと同時にオウミさんへ深く同情を抱いてしまうのは、俺がこの人達への理解を深めている証拠なのだろうか。
とか思いつつ、二人の後ろを歩いてリビングへ向かい、俺は椅子へと腰掛ける。
「慶志郎、コーヒーでいいよな。先生はお茶を淹れますね」
そう言ってアレイスターさんは俺達の返事を待つこと無く準備を始めた。
その様子を眺めながら時折部屋を見渡すが、相変わらず殺風景というか何というか……。
この人達の部屋には必要最低限の物しかなく、本当にに俺の部屋と同じ間取りなのかと変に疑ってしまう。
ちゃんと生活出来ているのだろうか、そう心配になるのはやはり俺がこの人達への理解を深めている証拠なのだろう。
いつの間にかにもぬけの殻になってしまったら――いや、止めよう。そんな淋しくなるような妄想をしたって仕方がない。
それにオウミさん達はまだ引っ越して来たばかりなんだ。物なんてこれから増えていくだろう。
「ほらコーヒーだ――ん? どうした、そんな耽った顔をして」
「え? 俺そんな顔してましたか?」
「ああ、憂鬱そうで面倒そうな顔をしていた」
「……それ絶対見間違いです」
テーブルに置かれたコーヒーを啜りながらアレイスターさんにきっちりと否定しておく。
っていうかこれからオウミさんと修行に行くのにそんな気不味くなるような発言をしないでほしい。
「オウミさん! 俺そんな顔してなかったですよね⁉」
「見苦しいぞ慶志郎、俺の眼は誤魔化せない。絶対にしてた。そうですよね、先生」
「いや見苦しいって何すか⁉ そもそも誤魔化すも何もないんで! アレイスターさんの目が節穴だったんじゃないんですか⁉」
俺もアレイスターさんも一步も引かない。埒のあかないこの会話の行き先は静観を決め込んでいるオウミさんに託す。
だが託されたオウミはと言うと、俺達の目線を心底鬱陶しそうにしながら、それを無視してお茶を啜っていた。
その様子を見るに、私に振るなと言っているのは明白だった。
なんなら、こんなしょーもない事で言い争っている俺達に苛立ちすら覚えているようにも見える。
そういえばさっきオウミさんは忠告してくれていた。
アレイスターさんの話を真に受けるな、と。理解が拒むとも。
つまり、俺がここで追撃しようもんならオウミさんの忠告を無視することになる。
そもそもアレイスターさんとこんな押し問答してる場合じゃない。
ここは……大人しく引くべきだろう。
っていうか冷静になって思う。なんで俺はこんな誰も得しない言い合いをしているんだ……
元はと言えばこの人が――いやダメだ、これじゃあ無限にループする。とにかく、ここは何も無かったことにしましょう! ね! アレイスターさんッ!!
「それで先生はどっちだと思いますか」
「いや何でだよ!」
俺の心の声聞いてた⁉ 聞いてた上で敢えて無視しやがったかこの魔王⁉
「魔王じゃない。不死鳥だ」
知らんがな! だめだ、この人ほんと何考えているか分からん。
前言撤回! やっぱり俺の頭が理解が拒む……!
頭を抱え込みそうになるくらいの頭痛を無理やり抑えていると、コトリ、と静かな音がした。
その瞬間、ゾクリと悪寒が走った。
ブワッと汗腺から滲み出た汗が背中を伝って、腰へと滑り落ちる頃には、全身がもうびちゃびちゃだった。
隣から燃えるような熱波に襲われる。なのに俺の身体は震えが止まらない。
言うまでも、確認するまでも無い。不死鳥が麒麟の逆鱗を逆撫でしたようだ。いや、神獣に逆鱗があるのかは知らんけど……
っていうか、俺これからこの怒り狂った獣と修行なんだけど、何してくれてんだこの不死鳥はっ! とりあえず謝ってくれ! 早急にッ‼
懇願にも似た想いを眼差しに乗せて、俺はアレイスターさんを恐る恐るチラリと見上げる。
世の女性が卒倒する程の美形の顔がまるで彫刻のような無表情でオウミさんを見つめていた。
この人は何でこんなにも冷静な顔をしているのだろうか。っていうか、そんな冷静さがあるのなら何でこんなにもオウミさんを弄んでいるのだろうか?
理解を深めるにはまだまだ時間が掛かりそうだ。
一方でオウミさんは――あ、俺怖くて見れねーや……
オウミさんの覇気というか何というか、無言の圧力が周囲に放たれ、それを俺の身体がビリビリと感じ取っている。
早く終わってくれ……俺の身体が持たん……。
最早震えながら俯き縮こまりながら懇願することしか俺には手がない。
そんな状況でも頭は恐る恐る戦況を見つめている。
とりあえずお互いがお互いに引かないバチバチの闘いを繰り広げていることだけは何となく分かる。
仕掛ける一撃がそのまま最後の一撃になっても何らおかしくはない。
もしやこれが達人の間合い――⁉
いや違う気がする……寧ろ違うと言って欲しい。
確かに空気はバチバチに張り詰めているが、何処となく既視感がする。
例えるならルフや竜華の煽り煽られと何となく似てる気がする。
ルフや竜華のこういったじゃれ合いは何度も見てるから分かる。
そしてあの二人と同じようにこの二人もめちゃくちゃ頑固者なんだなということも。
「はあ……全く、お前はほんとうに……」
「折れましたね、先生」
「やかましい! お前のせいで慶志郎に小童扱いされたんだぞ! 付き合ってられるか!」
突如訪れた終幕を感じ取るまで少しだけ時間が掛かった。
オウミさんからあの身体がビリビリする感じの威圧感はもう感じられない。
肌で感じ取ったのも束の間、身体からどっと力が抜けていく。
ベタンと顔をテーブルに伏せて項垂れる俺にオウミさんが申し訳無さそうに声を掛けてきた。
「その、すまんな慶志郎。少しばかり大人気なかった。だが、あいつが悪いんだ。全く、これだから朝は理解が拒む……」
「子供の成りしたあんたが何言ってんだ」
「あっ?」
あ、ヤベっ。つい言葉が。
あまりにも脱力してしまっていて、普段飲み込んでいて言葉がポロッと出てしまった。
「……ほう? 普段からそう思っていたのか」
「いやいやイヤ!? そんな訳ないじゃないですか!? ねえアレイスターさん!?」
なんか矛先がこっちに向いた気がする。
慌てて俺はアレイスターさんに話を振ったが、当の本人は勝ち誇ったように口元を緩め、悦に浸っていてそれどころではない様子だった。
「ハァ、どいつもこいつも……今日は覚悟しておけよ慶志郎?」
助け舟が来ず、あたふたしているところへ突然の死の宣告。
「アレイスターもいつまでも間抜けな顔をしているな。ほら、さっさと行くぞ」
助け舟の舵を乗っ取られ、これから向かう地獄と化すであろう修行場を想像すると自然に顔が曇ることは必然。
俺、今日終わったかも……
元はと言えばこの人のせいで――恨みを乗せてアレイスターさんを睨むが、この人は全く気にする素振りもない。
やっぱり俺にはまだまだこの人達を理解することは難しい。
オウミさんの言いつけを守らず、この人と絡んだことを俺はただただ後悔するのであった。




