戸惑い
――ぱちくり、と目を覚ませば見慣れた天井が広がっていた。
何だかひどく倦怠感を感じる。頭の中に靄が広がったような気だるさに襲われ、まだ頭がボーっとしている。
非道い夢の中に延々と閉じ込められていた感覚が今も残っていて、気持ち悪い何かが腹の中から込み上げてくる。
それを無理くり押し戻し、吐く事だけは耐えた。
俺の身に何が起こっているか分からない。けど、吐くならトイレへと思い、起き上がろうとしたら身体中に激痛が走った。
「ッ⁉」
いっ……痛ったああァァァーーッ⁉
心の中で叫んだ。口に出さなかったが思い切り叫んだ。
そのおかげか、頭の中の霧が一瞬にして晴れる。思い出した。確か俺、オウミさんと山で――
徐々に覚醒していく頭と身体中に広がった痛みが今朝の出来事を教えてくれる。
えっと、結局最後はどうなったんだっけ? 思い出そうとするが真実を拒むかのように身体中にが痛い。
加えて何かに乗り移られたのかと思うくらい妙に身体が重たい。おかげで手足の自由が効かず、起き上がることさえままならない。
「ふみゅ? お兄ちゃん……? お兄ちゃんッ!!」
「フグゥゥゥーーッ⁉」
だがその正体はすぐに分かった。
分かったは良いが、その代償は大きかった。今度こそ我慢出来ずに叫んだ。
「何ッ⁉ 何事⁉」
「目を覚ましたか……おや」
俺の叫び声を聞きつけ、竜華とアレイスターさんが隣の部屋から駆け付けてきた。
ルフに押し倒されている俺を見ながらアレイスターさんが真剣な顔付きで何やら考え込んでいる。
「ふむ、どうやらお前は子供によく好かれるようだ」
……。
それ、そんな面持ちで考えること……? いいからたすけて……
「ちょっとルフ! 離れなさい!」
「いーやッ!!」
俺の願いが竜華には届いてくれたようだ。ルフを俺から引き剥がしてくれる。
しかしルフが中々離れてくれない。そんなルフを竜華が無理くりに引っ張り……痛ててて、痛いって!
ちょっと見てないで助けてアレイスターさん。
「ふむ、これが噂に聞くハーレム……」
違う、全然違う! この人、さっきから真面目な顔して何言ってんだ!
っていうかあなた、俺の思考読めるんじゃないの?
「読めるがそんな嫌がってもなさそうだし」
…………。
そりゃほんとに嫌かって言われれば寧ろ……って何言わせんだ!
「これが噂に聞くロリコ――」
「それ以上は言ってはいけない!」
何か言いたげな顔をしながらも、俺の上でやいのやいの取っ組み合う二人を担いでいった。
担がれても尚、繰り広げられた二人のいざこざを目で見送る。ルフと竜華は何がしたかったのだろうか……
訪れた静寂の中、ふと思う。
そういえば、さっきからオウミさんの姿が見えない。
隣の部屋でお茶でも飲んでいるのだろうか。あなたのせいで今こうなっているのに、ちょっとくらい顔を出してくれても良いんじゃないか。
そう思う反面、あの人にとってはあれくらいでへばるような情けない奴だと思われたかもしれない。
事実、俺とオウミさんにはそれだけの差がある。有り過ぎる。
それをさっきひどく痛感した。たかが薄膜一つ、されどその隔たりは天と地。
はあ、強くならないと……。
ふいに握った拳から溢れた痛みに耐えながら誓う。
なら先ずはオウミさん――いや先生にしっかりと挨拶をしなければ。
そう思ってヘロヘロの体で何とか立ち上がってみると、布団に足を取られて転んでしまった。
あー、そういや朝は片付ける余裕なんて無かったもんな。
今日はもう敷きっぱなしでいっかと考えつつ、改めて立ち上がろうとした時、手に柔らかい感触を感じた。
ふむ、どうやら誰か寝ているらしい。あれ、でもルフと竜華はアレイスターさんに連れていかれたし……ん? もしや――
「うーん……ん……? うわぁ、ケイシロウお兄ちゃんだぁ!」
「…………え?」
その正体と目が合った時、俺は目を疑った。
聞き慣れた凛々しい声とは真逆の甘ったるい声が俺のことをお兄ちゃんと呼ぶ。
「えっと……オウミさん、ですよね?」
「……チーちゃん」
「え……?」
「チーちゃんって呼んでくれないとやだっ」
「ち、チーちゃん……?」
「うん! そうだよ!」
ニコニコと笑う姿はある意味では見た目相応だった。
だからこそその言動に戸惑いを隠せなかった。オウミさんは見た目子供の中身おばばなロリババァ。いやババァは良くないな。
ともかくオウミさんの精神年齢が見た目に引っ張られ逆行していた。これではただのロリ。非合法である。
あんなにも強く頼り甲斐のある目がへにゃへにゃと柔らかく笑っている。可愛い、思わず口に出た。
「えへへ〜。お兄ちゃんもかっこ良いよ」
甘えながら膝に乗ってくるオウミさんにもう堪えられなかった。今すぐ撫でくりまわしたい。それだけこのギャップは魅惑に満ちていた。
あ……あぁぁ……アレイスターさん! アレイスターサァーン!!
理性が限界に達する前に俺は心の中で叫んだ。あと少し遅かったら俺は先生に……考えるれば考えるほど恐ろしい――
「何だ騒々しい。おや、チーちゃんも起きましたか」
隣の部屋がガラリと開くと面倒臭そうな表情をしたアレイスターさんがやってきた。
アレイスターさんは俺の膝の上に乗ったオウミさんを見ても平然としている。
「チーちゃん、お腹すきましたか? それともまだおねんねしますか?」
「うーんとね、チーちゃんご飯にするーっ!」
「分かりました。では、顔洗ってきてくださいね」
「はーい!」
「いや、いやいやいやちょっと!」
「ん、どうした? お前の分もあるから早く顔洗ってこい」
「あ、はい。ありがとうございます。じゃなくて! 何とも思わないんですか⁉」
「……?」
「チーちゃ……オウミさんが幼児退行してることです!」
「ああ、そんなことか」
「慶お兄ちゃん、今度は何? ……え?」
「ふみゃ⁉」
騒ぎを聞きつけ、ルフと竜華も顔を覗かせる。
二人は俺にすりすりと体を密着し続けるオウミさんを見て、あんぐりと口を開けて固まってしまった。
だよな。やっぱこういう反応になるよな!
求めていた反応で安心した。この変わり様とこの光景こそが異常なのである。俺は何も間違っていない。
しかしアレイスターさんはさぞ当たり前かのように接している。仮にも先生と慕っている人だろ? この変わり様はいくら何でも不自然に思った方がいいんじゃない?
いや待て……アレイスターさんとオウミさんは長年の付き合い……。そしてアレイスターさんの落ち着き様。
もしや今までのは演技したオウミさんでこっちが本来のオウミさんなのでは? 俺や二人に舐められないようにわざとあんな態度をとっていたのでは……
そういうことですかアレイスターさん。
「いや違うぞ」
違うんかい! じゃあ何でそんな落ち着いていられるんですか。
「そのうち元に戻る。その時に直接教えてもらえ。俺からは何も言わん」
「は、はあ……」
「いいからチーちゃんを連れて早く顔洗ってこい」
そう言ってアレイスターさんが戻っていった。
残された俺とオウミさん、そして未だ固まったままのルフと竜華。
とりあえず、痛みに耐えながらオウミさんを抱えて立ち上がり、洗面所へと向かう。
ちらりと見えた時計が19時を指していた。
そんなに俺は眠っていたのかと驚きつつも、体の方は自覚があるみたいでやっぱり気だるくて重い。
「ケイシロウお兄ちゃん、痛いの治った? まだ痛い?」
重荷が乗った腕で顔を洗っていると、オウミさんが聞いてきた。
顔を拭いて見てみれば、不安そうな顔を浮かべていた。
今にも泣きそうな、罪悪感に押し潰されそうな表情が胸に刺さる。
「大丈夫だよ。心配してくれてありがと。ほらっ、チーちゃんもお顔洗ってご飯食べよ」
元に戻る。戻りつつある。だけど今はまだ少女のまま。
ならば今だけはルフや竜華と同じ接し方で返す。それで良いんじゃないかと思えてきた。
「うんっ!」
ぽんぽんと撫でるとオウミさんが明るく笑った。
その笑顔にまだ戸惑いはあるが、本人が喜んでいるのならそれでいっかと受け入れるのであった。




