王
「ふむ、どうやら帰ってきたようだな」
チャイムの音にオウミさんがお茶を啜りながら静かに反応した。
帰ってきた……? 誰が……? まさか――
「ああ、いや、私の連れのことだ。ちょっと買い物を頼んでいてな。慶志郎、お前の父親ではない」
俺の考えを見透かしたようにオウミさんが少し申し訳なさそうに言った。
「勘違いさせた事は謝る。だから、その……そんな残念そうな顔をしないでくれ」
「あ、え、俺そんな顔してました?」
オウミさんがこくりと頷く。
そっか俺、そんなに親父の帰りが待ち遠しかったのか……。
そりゃこのタイミングで帰ってきたなんて言われて期待はしたけど、それ程までに期待していたことに自分でも驚きを隠せない。
多分オウミさんに言われなきゃ気付かなかったと思う。
「いえ大丈夫です。実際会ったら会ったで多分気不味い感じになるんで。それより出てきますね」
オウミさんにそう言い残し、玄関へ向かう。
そう、これも俺の本心だ。正直、今帰って来ても何から問い質せばいいか分からない。
聞きたい事なんて山程あるし、文句だっていっぱいある。
それにルフを捨て置いたみたいなやり方にだって腹を立てているし――ああっもう、言ってやりたい事が有り過ぎて腹が立つ。
そういう意味では今は会えない方がお互いのためなのかもしれない。
ただ、今は目の前の事を優先する。
頭の中で絡み合う文言を一旦放置し、俺は玄関を開けた。
「オウミさんのお連れの方ですよね。どうぞ中へお入り――」
そこまで言って、言葉が詰まった。
玄関の前に立っていた彼のせいだ。
まずその見た目だった。身長は俺よりも高い。多分2mは超えていると思う。
そしてこれまたオウミさんとは違うが、どこぞの国の民族衣装を着こなしている。
オウミさんとは裏腹に、彼のは紅色の派手目な御召し物だった。
え? それで買い物に行ったの? まじすか……。
いやそれも大分目を引くものではあるが、それ以上に目を引くのが彼の容姿である。
黒髪であることに疑問を少し疑問を持ったが、これは多分俺が彼女達に色々と毒されているからだと無理矢理納得する。
しかし、その切れ長の目から覗く紅き瞳や、スラリと高い鼻、その口元さえも全てが完璧に整った所謂イケメンだった。
言うならば、絵本の中から王子様が飛び出してきたようなイケメンだった。故に身に纏うオーラにさえ気品を感じる。
まじでそれで買い物なんて行ってきたの⁉ もう絶対外ヤバいことなってんじゃん!
「はじめまして、だな。買い物から戻ってみれば先生がこちらに伺っていると置き書きを残していてな」
女性をイチコロにしてしまうその美貌が俺を睨む。
瞬間、その燃えるような紅の瞳と裏腹に俺の背筋がゾクリと凍え付く。
言うならば、全てを掌握した者、全てを支配してきた者が目の前を阻んでいるような感覚に陥っている。
これ王子様じゃねーや、魔王の方だったわ。
この場を支配していた気品溢れるオーラが一気に禍々しい覇気へと変わった気がする。
こんな魔王すらオウミさんを先生って呼ぶのか……あの人は一体何者なんだよ……
「どうかしたか?」
「あ、いえ……。えっと、オウミさんのお連れの方ですね。どうぞこちらへ」
「ふむ、敬えるのは良い事だ」
こんな厄災を具現化したような人を家に招き入れて良いものかと一瞬迷ったが、オウミさんの連れならば他に選択肢は無い。
っていうか何その台詞、流行ってんの?
「戻って来たか、アレイスター」
「先生、只今戻りました。」
リビングへ戻れば、オウミさんが男に声を掛けた。
アレイスターと呼ばれた男がペコリとオウミさんに頭を下げる。どうやら本当にこの人よりオウミさんの方が立場が上のようだ。
「そう言えば名乗っていなかったな、アレイスターだ。アレイスターフェネス。よろしく頼む」
「慶志郎です。こちらこそよろしくお願いします」
「お前の名はよく知っている。嫌と言う程な」
そう言ってアレイスターが手を差し出してくる。
その手を握り、俺も簡単に名乗ったが、やはりこの人も俺の名前を知っていた。加えて何か不穏な事を言い残してくる。
「そっち子供達には――改めて名乗ることもないだろうが、よろしく頼む」
アレイスターがルフと竜華に目を向ける。
反射的に俺も二人を見やると竜華があんぐりと口を開け、固まっていた。
「ん、竜華? どうかしたのか?」
「どどどどうもこうも無いわよ! な、な、何でここにし、四聖の――」
「わあぁっ!! アレのおじちゃんだぁーっ!」
「アレイスターおじさんな」
竜華の絶叫をかき消す以上にルフが喜びの声を上げた。
四聖? アレのおじちゃん? ちょっと待って、あまりの出来事に脳が追い付いていない。竜華も同じなようでルフを見ながら口をパクパクしていた。
こういう時はオウミさんの出番だと思う。先生解説お願いします。
オウミさんの方を見ると耳を手で塞いでいた。
全く埒が明かん。アレさん何とかして下さいお願いします。
「アレイスターな」
何さらっと頭ん中に入って来てんの、このイケメン魔王。
「魔王じゃない。不死鳥な」
……今とんでもない事普通にカミングアウトしてきたんだけど。
とりあえず何でも良いんで解説お願いします。
「思考の放棄は戦場で最も命を落とす行為だ。常に頭は働かせておけ」
いやこんな戦場作った張本人に言われたくないんですけど。
「ふむ、確かにその通りだな。慶志郎、お前本当にあいつの息子か? いや平和を一番に考えるという意味ではあいつの息子らしいか」
ちょっと気になる話題振ってくるの今は止めてください。後、自然に人の頭ん中に入ってくるのも。
「分かった、気をつけるとしよう。それと解説だったな。お前の父親とは腐れ縁でな。ルフとも顔を合わせる機会が多かった。次第に懐かれ今ではおじさんと呼ばれている」
成程、つまりルフにとってアレイスターさんは近所のおじちゃんみたいな人ってわけか。
「余談だがこの子の名付け親だったりもする。あの日は良く晴れた日にも関わらず、雷がよく降る日でな――」
「お兄ちゃん! アレおじちゃんはね、おしえるのすっごくうまいの!」
「アレイスターおじちゃんな」
ルフが駆け寄って来て目を輝かせながら見上げてくる。
そう言えば竜華が以前言っていたっけ。ルフの力は異常だと。
それはルフ自身の力もあるが、その力の使い方を教えてくれたのがアレイスターさんと言う訳か。
そうなると竜華がさっき言って四聖と言うのは――
「それは私の方から説明させてもらおう」
そこまで考えると今度はオウミさんが口を開いた。どうやら回復したようだ。
余程気に入ったのだろうか、オウミさんが勢い良く湯呑みをもう一度差し出してくる。
オウミさんとアレイスターにお茶を汲み、ルフと竜華にはオレンジジュースを渡してオウミさんの話に耳を傾ける。
「四聖というのは言わば現女王の家臣。時代を少し遡るが先代の王が統治した我が国は最悪でな。力が物言う世界、乱世、数多の命が散っていった地獄だった。その時代を終わらせたのが一人の姫と英雄、そしてアレイスター含む英傑達だ。しかし、時代が終われば世は混乱する。先王の独裁的な支配であれば尚のこと。世の乱れと共に皆が次の王になろうと各地で争いも起きた。そういった内戦を終決させ、新たな時代の秩序と政務を担っているのが四聖というわけだ」
オウミさんが言い終わるとお茶を一気に飲み干した。
何て言うか……世紀末かな? 皆の頭上で赤い星輝いてそう。
話を聞いて率直に思った。つまり暴力が暴力を支配する時代の先王を討ったというわけか。
その救世主が一人の姫と伝承者――じゃなくて英雄か。
そのお姫様絶対幼いでしょ。
「そうだな。25年経った今では立派な姫君――いや女王として国の統治を行っているが、あの時はまだしょんべん臭いガキだったな」
しょんべん臭いガキって……国のトップにそんなん言っていいの?
っていうかオウミさんが言えるような――は言わないでおこう。この人見た目はあれだけど相当御長寿っぽいし。
あれ? 待って、さっきからオウミさんにも思考を読み取られている。これまずいんじゃ……
「ああ、さっきからよく聞き取れている」
オウミさんがニコりと笑いかけてきた。
微笑んでいるけど、その裏に圧倒的な怖さがある。嗚呼、ルフと竜華が言っていたことがようやく分かった。
ただ分からない事だってある。
とりあえず心の声で誤りつつ、オウミさんに聞いてみた。
「えっと、今は平和なんですよね?」
「ああ。大方世界は平和になった。だが、平和なんてものはいつまでも続かない、いつかは崩れ去る。それが内部からの崩壊なら尚更な」
「内部からの崩壊? 裏切り者がいるって事ですか?」
「それも同じ四聖の一人がな」
オウミさんの言葉にアレイスターさんが言葉を被せる。
おいおいそれってかなり不味いんじゃ……。
「かなり不味い。世界は大方平和になった、それは確かな事実だ。だが今の体制に不満を持ち続ける者も居れば、長年燻り続ける異種族間同士の争いだってある。それが充満すれば新たな火種なんてものは簡単に生まれる。25年という歳月はそれだけ長く、それだけ短い」
「その不満を上手く取り纏め、内乱を起こす。それがあいつの狙いだ」
「実際お前達にも被害が出ている。リシという男を使ってな。奴め、どうやってあの扉を開いたというのだ」
オウミさんが苦虫を潰したような顔を浮かべる。
そっかリシにはそんな経緯があったのか。ただ何で執拗に竜華を狙っていたのだろうか。
竜華を見れば、不安そうな顔で俺達の会話を聞いている。
そして竜華が、意を決したかのように口を開いた。
「あ、あの……! その……」
「安心しろ。お前の父親ではない」
上手く言葉を紡げない竜華にオウミさんが声を掛ける。
竜華はその言葉にホッと安堵した表情を浮かべたが、俺と目が合うと、取り繕うようにしてその表情を消した。
「おそらくこやつを攫って人質にでもしようとしたのだろう。こやつの父親はそれだけ強い」
「姑息で卑怯な手を使ってでも勝てば官軍。あいつはそういう奴ですからね」
ようやくリシの――リシ達の狙いが分かった。
そんなことのためだけに竜華達に危害を加えたのかよ。大人の事情に子供を巻き込みやがって……!
沸々と怒りが込み上げてくる。
「怒る気持ちも分からんではないが冷静になれ」
「だけど!」
オウミさんの言葉に思わず声を荒げてしまった。
はっと我に帰り、オウミさんを見据える。
俺よりも苦渋に満ちた顔がそこにはあった。
そうだ、俺なんかよりもこの人の方がずっと苦しみ踠いている。
しかしその目は死んでいない、何とかしようと儘ならない現状に挑み、打破しようと画策している。
感情のまま口を動かす俺とはまるで違う。
「すみませんでした」
これじゃあ二人を守るだなんて出来っこない。オウミさん達のようにあらゆる困難に立ち向かうためにどっしりと構えないと……!
そんな俺の心を読んだのかオウミさんは目を閉じて何かを考えた後、ゆっくりと目を開いた。
「――そういうところ本当に似ているな」
「え」
「アレイスター、やはり私は慶志郎を信じたい」
「先生がそう決めたのなら私から言う事は何もありません。ですが――」
「ああ、分かっている」
誰かの姿に重ねたように見つめてくる。その目はどんなものよりも深く、優しく、そして強い。
けど何故だろう、慈愛にも似た眼差しをこんなにも注ぎ込んでくれているのに、どうして俺にはこんなにも感傷的に映ってしまうのだろう……
俺の心を読んだのかは分からないけどオウミさんがその眼と共に優しく語りかけてくる。
「いいか慶志郎、お前のその優しさは強さだ。それはどんな困難にも立ち向かえる勇気の道標になり、全てを守り、凌駕する力と成り得るだろう。しかし時に弱さにも変わる。優しさというのはそれだけ脆く儚い」
オウミさんの言葉にどこか懐かしさを感じた。
ずっと昔に何処かで聞いたような、全然覚えのない小さい頃の記憶。何時、何処で俺はこの言葉を聞いたんだっけ……
そんな俺に構わずオウミさんが続ける。
「お前が道を違わぬよう私が導いてやる。だから――我らの国の未来、この子達の未来をお前に託したい」
「はい任せて下さい! ――え?」
え? 何か勢いで返事しちゃったけど、凄いスケールの大きな話になってない?
しかし熱気を帯びたそれに首を横には振れなかった。振りたくなかったのもまた事実。
それだけオウミさんが発した言葉には魂が宿っていた。
頷いてしまったものはしょうがない。ルフと竜華を守るついでだ、とりあえず心にそう言い聞かせる。
でもいいのだろうか、俺みたいな余所者にそんな重大なものを任せてしまって――
「何を言っている。慶志郎、お前は英雄と女王の息子、言わば我が国の王子だぞ」
……は? 初耳何ですけどおぉぉッ⁉




