来訪
翌日、ピンポーンと玄関からの呼び出しで目が覚めた。
スマホで時間を確認すれば朝の10時を過ぎていた。
ルフと竜華はまだ眠っている。結局、昨日は寝れずに夜遅くまで起きていたからな。
まだ眠たい足に言う事を聞かせ、インターフォンを確認する。確認したが、誰も居ない。
俺の眠りを妨げた人物は相当せっかちなのだろう。ったく睡眠の邪魔しやがって。
まだ完全に目覚めていない足取りをベッドに戻そうとすると再度チャイムが鳴った。
「え……?」
しかしインターフォンを見ても当然ながら誰も居なかった。
不思議に思いながら呆然と見つめていると今度は連続的にチャイムが鳴る。
人の姿なんてどこにもない。ただチャイムが鳴り続ける。
ま、まさか……お、おばけ……?
いや、いやいやあり得ない。例え有り得たとしてもこんな朝っぱらから出てくるせっかちなおばけがいるもんか。
そう思いながら玄関へ向かった。
念の為、覗き穴から見てみるが誰も居ない事は分かってる。
だからこそ俺はその音の元凶に向かって、玄関のドアを強く開け放った。
「痛ッ⁉」
ドアが痛がっていた。いや正確に言えば、ドアの先で痛がっている人物に声が聞こえた。
「えっと、あの、どちら様で……?」
視線を下げて見れば、小さな女の子がおでこを両手で押さえながら涙目になっていた。
お化けの正体はこの子で間違いないだろう。何とも可愛らしいおばけもいたもんだ。
「えっと、大丈夫?」
その女の子に声を掛けながら観察をする。
白髪のセミロング、くりくりとした青い瞳、背丈は竜華より少し高いくらいだろうか。そしてどこの国か分からない民族衣装のような服を身に纏っている。そして何となくだが、この少女の雰囲気何処かで――
「――おい、貴様。人にドアぶつけておいて何だその口の聞き方は」
「……え?」
可愛らしい見た目とは裏腹に凜とした声で響かせ、荒々しい言葉を吐く。
え、貴様? 初対面の人に向かって口が悪いよ……。
「す、すみません。あのお怪我はありませんか?」
「うむ、問題ない。敬えるのは良い事だ」
見た目とのギャップに戸惑いを起こしながらも言葉使いに気をつけ、再度聞いてみると満足気に答えてくれた。目元が全然笑ってないけど。
っていうか俺の方があきらかに年上なのに何で怒られてるんだ……。これじゃあどっちが年上かわかったもんじゃない。
しかしこっちが口の聞き方に気をつけなければ進む話も進まなくなる。
ここは大人の余裕を持って、俺は少女のわがままに付き合ってやることにした。
「はっ。ありがたき御言葉。して、お嬢様。本日はどのようなご用件でございますか?」
「貴様のようなガキにお嬢様と呼ばれる筋合いは無い」
えぇ……めっちゃ口悪いじゃん。これじゃあ本当にどっちが年上なのか分かったもんじゃない。
我が儘過ぎだろ、流石に俺でもドン引きするって……
「お兄ちゃん……? おはよ、う⁉」
「んもう何よ朝っぱ――」
口の悪い少女に顔を引き攣らせているとルフと竜華が起きてきた。
俺と少女の姿を見て二人は固まってしまい、顔が段々と青ざめていった。
あきらかに様子のおかしい。
あ、あれ? これもしかして――
そんな二人を見やり少女がニヤリと笑えば、ルフと竜華がビクリと怯えたように肩を跳ねさせる。
直感というか確信だった。この三人、顔見知りだろう。ということはこの少女も当然――
挟まれ、間に立つ俺は為す術なくキョロキョロと三人を交互に見返していると少女が俺に口を開いた。
「英雄のせがれ、上がらせてもらうぞ。貴様に話がある。勿論、そこのガキ共にもな」
「え……? あ、ちょっと」
英雄のせがれ? 何、どういうこと?
少女が俺に向かって言っていたから俺のことで間違いないとは思う。だがそうなると英雄って――
考える間もなく、少女が家の中へと入っていく。
立ち尽くしたままのルフと竜華に構まう事無く少女はリビングへと向かっていった。
その後を俺は二人を連れて追いかけようとするがルフと竜華ががたがたと震えて動けなくなっていた。
何とか背中を押しやりリビングへと連れて行く。
「さて――私が此処に来た訳は知っているな?」
いや全然。寧ろ貴女のお名前すらご存知ありませんが?
そう思いつつも、ちょこんとソファーに座っている少女にお茶を出す。
オレンジジュースにしようかと思ったが、また子供扱いされてると誤解を生んでしまいそうだから止めた。
「多分隣に引っ越してきた方ですよね。わざわざご挨拶ありがとうございます。えっと……」
ズズズッとお茶を啜る少女へとそれっぽいことを言ってみる。
ルフと竜華にソファーへ座らせようとしたが、頑なに少女の傍に座ろうとしない。
「チウリン。オウミチウリン、私の名だ。お前に名乗るのは初めてだな、慶志郎」
俺の名前を何で知っているかは分からない。けど、どこか懐かしむような目が見つめてくる。
オウミさんでいいのかな。会って初めて目元が和らいだ気がする。
「私のことは好きに呼ぶといい。そこの二人含め、ガキ共には先生と呼ばれる事が多いがな」
オウミさんがそう言ってルフと竜華に目を向ける。
さっきまでの優しそうな目では無く、かと言って睨むでも無い。言うならば教師が生徒に、上司が部下に見せるような目。
「そう怯えんでも良い。もう起きてしまった事象にネチネチと小言を言う程歳はとっておらん。寧ろ格上相手に良くやった」
諭すような口調でオウミさんは二人にそう言った。
その労いが二人から恐怖心というか、張り詰めていた緊張感みたいなものが消した気がする。二人はお互いに抱き合いながらペタリとその場に座り込んだ。
オウミさんがその光景を少し微笑みながら眺めている。
「まあ、それもこれも慶志郎、お前のおかげだがな」
「お、俺ですか」
「ああ、リシとの闘い私の耳にも入っている。慶志郎、お前なくして二人は無事ではいれなかっただろう。礼を言う。守ってくれてありがとう」
俺に向き直り、オウミさんが立ち上がって頭をを下げてくる。
どうやらリシをぶっ飛ばしたことを既に知っているようだ。だけどあれは俺よりもルフと竜華の方が頑張っていた。
それはちゃんと伝えたい。
「違いますよオウミさん。あの闘い、俺は二人に助けられたんです。だから二人のことは大目に見てあげて下さい」
そう言って俺は二人の頭にポンと手をおいた。
何となく察したけど、二人は力を使ったことをオウミさんに怒られると思ってビクビクとしていたのか。
オウミさんを見れば、何かを悟ったような目で俺達を見ている。
口は悪いけど、そんな怖そうな人には見えない。
「ふむ、流石英雄のせがれだ……分かった、そういうことにしておく。元々お前達は巻き込まれただけでこの件は目を瞑るつもりでいたからな」
「ありがとうございます。良かったな二人共ッ!」
「ふえぇ……」
二人から気の抜けた声が漏れる。
うーん、やっぱりそんな怖そうな人には見えない。
しかしルフや竜華が怖がってるってことは余程のトラウマを植え付けられたのは間違いなさそう。
だから興味本意で聞いてみた。
「オウミさんは一体何したんですか?」
「何、とは?」
「いえ、ルフや竜華がこんなにもしおらしくなってるは珍しいというか初めてなもんで」
「ちょっと! 慶お兄ちゃん⁉」
「ほう――」
あ、やべ。オウミさんが逆に興味を持ってしまった。
竜華を見ると、何てことしてくれてんのよ! と言いたげな顔をしている。ごめんて……
なるべく波風立たないように二人のフォローをする。
「あ、いや、二人ともやんちゃですけど、その分いっぱい元気を貰ってますし、最近はお手伝いもしてくれるし――」
「ふふっ、そんな警戒せずとも良い。まさか奴の娘が英雄のせがれをお兄ちゃんと呼ぶとは思わなくてな」
オウミさんが二人に柔らかく笑いかける。こんな優しい顔が出来るんだ、やっぱり怖い人には思えない。
多分ルフと竜華はオウミさんとの心の距離がまだ遠いんだろう。昔の俺が課長に苦手意識を持っていたように。
「それに竜と鬼が手を取り合うなんて奇跡を二度も見せるなんて、やはり英雄の血は争えんな」
飲み終えた湯呑みを差し出しながら、オウミさんがそう言った。
おかわりを淹れながら考える。
さっきから言われる英雄という言葉。その過程を口にして居なくなった人物を俺は知っている。
そしてルフや竜華といった人知を超えた存在を目の当たりにしたこの事象が確信を突いてくる。
聞かなければ確定ではない、しかし俺は知らなければならない。
「オウミさん、その、英雄ってのはもしかして――」
揺らぎ鬩ぎ合う思考が絞り出した声はピンポーンというチャイムの音に遮られた。




