連休
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します!
ルフと竜華から力を授かって早数日。
特に何か問題事に巻き込まれることも無く、平和な毎日を過ごせていた。
いやまあ、リシとの一件が非日常過ぎなだけなんだが……。
それでもあの一件は刺激が強すぎた。
正直、俺自身まだあの日に起こった現実を受け入れられてない。
だってそうだろ、今まで普通に生きてきた人間が、この体が雷だの風だの生み出すんだ。普通に考えたら受け入れ難い。
それに――初めて人を殴った。
拳がめり込む感触が、その瞬間に見た表情が、時折走馬灯のようにフラッシュバックしては脳がビクリと跳ね上がる。
けれど思っていたよりも、こう何ていうか、罪悪感ってものは正直無かったりする。
別に開き直るとか、正当防衛でやった正義の鉄槌だとか言うつもりもない。人を殴るのも悪いと自覚している。
でもあの時はただただルフと竜華を守ることに夢中だった。そして何より奪われて溜まるかって本当に必死になっていた。
二人を守れるなら俺は本物の鬼にでも竜にでも――いや悪魔にでもなってやる。それくらい本気の想いだった。
まあ、結果的に守れたはいいものの、こんな状態じゃ次どうなるか分かったもんじゃない……そういえば、あの後リシってどうなったんだろうか。また目の前に現れた時、俺はもう一度勝てるのだろうか……いやリシ以上の相手が出てきたら俺は――
「何物思いに耽ってんだ慶」
矢野さんに肩をトンッと叩かれた。
見上げればニヤニヤとした笑みを浮かべている。
その表情が何を企んでいるのかは分からないが、絶対に良からぬ事だと直感が告げている。
俺は一旦、頭の中のごちゃごちゃを無理矢理に奥へと押し込み、今起こっている現実に目を向けた。
「いやまあ、連休中何処か行こうかなーって」
無意識に出た言葉にしては上出来だと思う。そう、今日が終われば明日からGWだ。
毎年何処かに行く事もなく、一人でだらだら過ごす事が当たり前になっているが今年は二人がいる。
三人でどこか遊びに行きたいし、何なら遠くに旅行とかもありだ。
今までならこんな話を矢野さんには絶対にしない。こんな話をしたら最後、面白がっておもちゃにされるのが目に見えるから。
だが今回は違う。矢野さんは既に家の事情を分かっているし、なんなら矢野さんにオススメを聞いてみるのも有りだ。
寧ろそれを見越して矢野さん側から話題を振ろうとしていたのかもしれない。
「へえ、遠出すんの?」
「しようかなーって」
「勿論あの子達も連れてくんだろ? 泊まりにすんの?」
「いや泊まるってなると大変そうで……」
「まあ、確かに大変だった」
うんうん、としみじみ頷く矢野さんを見るに宿泊を伴う旅行はやはり大変なようだ。
「なので日帰りで行けるオススメの場所ありませんか?」
「うーん、そうだなあ……」
俺の問い掛けに矢野さんが悩む。
少なからず俺よりも良い所を知っている筈だ。何せ俺はほとんど旅行なんて行った事がないし、そもそも一緒に行ってくれる相手も居ないからな。自分で言ってて悲しくなってきた……
しかしながら矢野さんが結構悩んでいる。
やっぱり子供連れとなると行ける所が限られてくるのだろうか。
「やっぱり限定的になってきます?」
「いや、逆にあり過ぎて何処を勧めればいいか分からなくなってる」
「あー、そういう。なら愛衣ちゃんが楽しんでいた場所とか」
「――慶志郎が休みの話をするなんて珍しいな」
矢野さんからの返答を待っていると、不意に課長が声を掛けられた。
課長の鋭い眼光がこちらを向いている。
「あー、その、ちょっと事情があるというか」
「花ちゃん、察してやってくれ」
矢野さんがそう言って小指立てた。その瞬間、課長の猛禽類のような眼が見開いた。
鋭さが増したその眼に射抜かれ、俺の心臓がビクッと跳ね上がる。
「慶志郎、私は何を察してやればいい」
「え? あのか、課長……?」
「私というものがありながら、他の女と出掛ける予定を立てようとしている慶志郎に、私は何を察してやればいい⁉」
「え、ちょっ、課長っ⁉」
早口で何言ってるか分からなかったが鬼気迫る勢いに俺は身動きがとれなかった。
迫ってきた課長にがしりと両肩を掴まれ、激しく揺さぶられる。
まるで浮気でもバレたかのような修羅場だ。俺彼女いた事ないけど。
周りを見渡せば、何事かと俺と課長に視線が向いていた。近場には元凶がお腹抱えて笑っている。
今すぐにでもこの人に鉄槌を下してやりたい。いや待て、矢野さんは普通の人間だ。早まるな、それは流石にまずい。
頭を駆け巡った衝動をグッと抑え込み、課長を宥める事に専念した。
「課長落ち着いてください。矢野さんのいつものおちゃらけな言動を真に受けないで下さい」
「慶、ひどくない? 俺はお前らのためを思ってだな」
ちょっとあんたはほんと黙ってて。思ってるならこれ以上余計なこと言わないで。
へらへらしている矢野さんを無視して課長の方に集中する。
「あのですね課長、その、何ていうか……休みは妹達と遊びに行こうかなと」
「妹……だと?」
言うかどうか迷ったがこの状況では言わざるを得ない。
課長が怪訝な表情で言葉を返してくる。
まあ誰にも言ってないし、矢野さんに知られたのだって偶然だし、課長が疑問を持つのもおかしくはない。
だが、そんな課長にお構いなく俺は続ける。
「だから子供でも楽しめそうな場所を矢野さんに聞いてたんです」
「そ、そういうことだったのか」
「はい。それを矢野さんが……」
「おいおい、そんな俺が悪いような言い草――」
日頃の行いが功を奏したのであろう。俺の言葉を課長が信じ、正気を取り戻してくれた。
その瞬間、課長の眼が見たこともない程鋭く光り、俺から矢野さんへと視線が移った。
「先輩、少しお話があります」
「は、花ちゃん? ちょっと顔が怖いぞ? そんなんじゃ子供に泣かれちゃうよ?」
課長が凍てつくくらいに冷たい声色が響き、刃のように尖る双眸で睨んでいる。
それでも平然としている矢野さんにちょっと尊敬すら感じる。口には絶対出せないけど……
直後に退社を告げる鐘が鳴った。
「じゃ、じゃあ俺は帰りますね。そ、その妹達が待ってるんで」
二人にそう告げて、そそくさと帰る準備を済ます。
ちらりと二人を見れば、課長が矢野の首根っこを掴んでるように見えた。あれは多分、ちょっとやそっとでは開放されないだろう……合掌。
そして部屋から出ようとした時、課長に呼び止められた。
「慶志郎、良い休みを過ごしてくれ。それと……出来れば妹の写真撮ってきて欲しい」
「慶、出来れば俺を助けてから帰ってもろて」
「課長、分かりました。期待して待ってて下さい。矢野さんは……ドンマイッス」
「慶、まじ……? そんな殺生な……」
後ろで何か聞こえたが、ルフと竜華より優先度は低いと判断し、挨拶して帰るのであった。
家に着き、車を降りれば、何やらトラックが停まっていた。
黒猫マークが印象的な引越し業者のトラックだ。どうやらこのマンションに引っ越してくるらしい。
もし隣同士、はたまた上下の部屋ならばあまり煩くは出来ないな。ルフと竜華に言っておかないと。
「ただいまー」
返事がない。
いつもなら玄関を開けると騒がしい足音が聞こえてくるのに珍しい。
「ルフー? 竜華? あれ珍しい」
不思議に思いながらも部屋を入れば、二人仲良くすやすやと気持ち良さそうな寝息を立てながらベッドで眠っていた。
普段お昼寝をしているのは知っているが、この時間まで寝ているのは珍しいどころか初めてだった。
今日はそんなに騒ぎ疲れたのだろうか。ならば尚更のこと言っておかないといけない。隣人トラブルを回避するために。
それはまあ後からでもいいとして、二人のこと起こした方が良いのだろうか……。
こんなぐっすり眠っているのを無理に起こすのはどうにも気が重い。
いやでもこのままぐっすり寝かせて夜眠れ無くなるのは結構困る。それで夜騒がれたりしたらもっと困る。
迷った末、俺は二人を起こすにした。
「ルフ、竜華、ほら起きろー」
しばらく揺すっていると二人がようやく起きた。
寝ぼけ眼のボーっとした目で見つめてくる二人に俺は声を掛ける。
「おはよ。この時間まで寝ているの珍しいな」
くしゃりと撫でながら話していると、やっと目覚めたルフが竜華を踏み越え、突っ込んできた。
「お兄ちゃん! おかえりーッ!」
「んぐっ!」
竜華が小さく呻いたが、大丈夫だろうか……?
ルフを撫でながら竜華に問い掛ける。
「り、竜華? 大丈夫か」
「うん」
まだ完全に目覚めていない竜華がむくりと起き上がり、何事も無かったように俺を見つめてくる。
「ただいま竜華」
「うん、おかえり慶お兄ちゃん。今何時?」
「もうすぐ夕方の6時になるよ」
「6時……6時ッ⁉」
時間を聞いて竜華が目を見開き、大きな声を上げる。何かあったんだろうか。
「ど、どうした」
「やっちゃった、ルフを寝かせてたら私も寝ちゃってた!」
竜華が慌ただしく立ち上がり、玄関へと走っていく。
その後をルフを抱いて俺も付いていく。
竜華がそっと玄関を開けると何やらキョロキョロと辺りを見渡していた。
そんな竜華の頭上から俺も顔を出し、周囲を見渡した。
「何かあったのか」
「お兄ちゃん、今日ね、お外がすごいうるさかったの!」
「おかげで全然眠れなかったわ」
ドアを閉め、二人がそう言う。
なるほど、多分引っ越し作業が二人の睡眠を妨げていたのか。
「っていうことはやっぱり隣かな?」
「ええ、そうよ。どたばたうるさいったらもう!」
それ竜華達が言える立場ではないぞ。
「今度は俺達が言われないように静かにしないとな」
ぷんすかと怒る竜華を宥め、リビングへ戻る。
そしてソファーにルフと竜華を座らせて話を切り出した。
「明日から休みなんだけどさ、何処か行きたいところある?」
「いきたいところ?」
「ああ、何処でもいいぞ」
「行きたいところ……うーん」
俺の言葉に二人が考え込んだ。
あ、あれ? 思ってたのと違う。何かもっと、「わーい!」とか「やったーっ!」とかそういうのを期待していたんたが。
「今じゃなくていいぞ。行ってみたいとこ思い付いたら言ってくれ」
「慶お兄ちゃんはいつまでお休みなの?」
「んーと、明日から七日間だな。ずっと一緒に居られるぞー」
「ずっといっしょ……! わーい!」
ルフがキラキラとした目を向けてくる。何でこっちの方が需要あんだよ。喜んでくれるなら良いけども。
「いっぱい一緒に過そうな。さて、ご飯作ってくるからちょっと待っててな」
結局、連休中の予定は立たなかったが、追々決めていけばいいか。




