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後始末

三人称視点です。あまり書いたことないです

 河川敷自然公園より少し上流。

 慶志郎に殴り飛ばされ、木々を薙ぎ倒し、水面を水切りした小石の如く跳び、リシの体はようやくボチャンという音と共に止まる。


「ぶはっ、はあ、はあ……」


 沈んでゆく体を意識と共に起き上がらせ、リシは水面から顔を出して呼吸を整える。

 立ち上がってみれば、腰より少し下程までしか水嵩はない。

 公園の一部として水遊びが出来る下流付近とは違い、上流付近はどちらかというと釣り人達に人気があったりするが、この時間では流石に人はいない。


「くそっ! くそっ!!」


 静かな自然の中にリシの怒号が虚しく響く。

 体中痛めつけ、服は木で引っ掛けて破れ、その自慢の羽は水で濡れて飛ぶこともままならない。水中に落ちたもがく虫――いや、満身創痍と言ってやった方がリシは救われるだろう。


「くそっ、何だあいつ、何だあの力、認めん、認めんぞ!」


 水面をじゃぶじゃぶと掛け分け、ふらつきながらやっとの思いで岸へと上がる。

 上がった先で力無く膝をつき、手を地面につき、惨めったらしく頭も垂れる。

 全身から滴り落ちる水の不快感、自慢の羽を折られた屈辱、四つん這いで情けない格好――こんな状態になってもせめてもの抗いで恨み言を言い続ける。

 が、今はそんなことよりも。

 失敗した。リシにそれだけの事実が突き刺さる。

 天種族のこの私が、正統者であるこの私が、たかが白竜種の小娘一匹に負けるだなんて――

 そもそもあいつは何も言ってなかった。白竜種の捕縛、簡単な事だ。としか言ってなかった。


「何だ、何なんだあれは。あんな奴がいるなんて聞いてないぞ、あれではまるで――」

「――まるで、何?」


 言い訳をまるで呪詛のように呟き続けるリシに声が掛けられた。

 声のした方向にリシは頭を上げる。

 リシの視線は雑木の中で揺れる一つの影に集中している。

 いや、正確に言えば、一人の影とその肩に乗っている一つのぬいぐるみを睨み付けていた。


「貴様らか? 私の邪魔をしたのは」

「いーや、俺達は何もしていない。何もしなくてもお前が負けるって分かってたから」


 それが事実だろ? とあっけらかんと言い放つ男にリシはギリリと歯を噛みしめる。


「事実ではあったが、そうはっきりと言ってやるな」


 その男の物言いを一匹のぬいぐるみが嗜める。

 このぬいぐるみ喋れるのだ。そして動けるのだ、まるで本当に生きているかのように。が、それは男もリシも分かっている。お互いにこのぬいぐるみが何者なのかを知っているのだから。

 男はへいへい、と聞き入れたのか、入れてないのか分からない曖昧な返事を返した。


「貴様らのせいで……貴様らのせいで……!」


 だが、そんな会話等リシには届いていなかった。

 リシはとにかく理由が欲しかった。捕縛に失敗した理由、簡単な事ととまで言われたものを失敗した理由が。


「いやいや俺らはまじで何もしてないって、なあ?」

「いやわしは何度も助太刀しようと思っていたが、こやつが」


 手を横に振った男の影が揺らめく。

 振る舞いを見るに本当に何もしていないのだろうが、リシにその言葉は届かない。

 怒りに任せて言葉を吐き、責任転嫁のように飛びかかって、殴り倒してやる。血走った目で睨むリシの頭はそれでいっぱいだった。

 だが、体は思うように動かず、地面で這いつくばって震えるのみ。

 そんな哀れな姿を見ながら男はリシに訊ねる。


「俺達のことはどうでもいいんだよ。お前には聞きたいことがある――誰の命令だ?」


 飄々としてた男が纏う空気が一気に冷える。

 凍てついた目がリシを射抜く。

 お前如きどうにでも出来るんだぞ、そういう攻撃的な目。

 そんな目を向けられているが、リシは依然として眉間に皺が寄った血走る双眸で睨み返している。


「貴様らになど答えるか――貴様のような堕ちた者に」


 リシが放った一言に男は無言を返す。

 両者睨み合っていたが、先に男がふぅと息を吐き、言葉を吐いた。


「哀れな奴だ」

「哀れ? 貴様の方が哀れでみっともない。あんなものに媚び、諂い、汚れた一族の肩を持つ、同族の恥晒しがっ!」


 リシの吠えた言葉が男の感情をピクリと僅かに動かす。

 その僅かに動いた眉を眉間をゆっくりとほぐしながら男は言葉を返した。


「お前がどう思ってるかは知らないが時代は変わった。先王が死んで新しい時代に切り替わった。一人の英雄と一人の姫君が成し遂げた。これから歩む二人の時代を邪魔してやるな、元同族ならそれくらい分かるだろ」

「知らんな、元同族なら我々の悲願の邪魔をするな」


 男の言葉をリシは切り捨てる。

 このまま争いが起こてもおかしくない。が、それはリシが万全であるならばの話。リシは地に這うまま。

 男はリシのその言葉を、その思いを、その格好を憐れみ、はあと息を吐いた。


「これ以上は無駄な問答のようだ。お前が口を割らなくても大方の予想はついている。そのしょーもない理由もな」


 そう言って男は肩のぬいぐるみの頭を撫でて声を掛ける。

 後始末は頼んだぞ。と、いつものおちゃらけた態度で飄々とした口調で。


「全くお主は……」


 やれやれという口調で面倒臭そうに呟き、ぬいぐるみは光を放つ。

 後ろに縫ってある羽と言うには頼りないその小さな羽をパタパタと動かし、空へと羽ばたいて行く。

 小さな緑の光がぐんぐん上へと上がって行き――弾けたように広がった。


「お前さんに恨みは無いが、あのお方のためだ」


 ドスン、と。弾けた光が重量の伴い、落ちてくる。

 辺りに衝撃と音を撒き散らして光を宿す持ち主の姿が現れる。

 虎だった。子供ならその殆どが知る――子供の親なら誰でも知っているあの気持ち悪い虎のマスコットだった。


「や、やめろ……やめろ……」


 そのリアル過ぎる虎のマスコット――さすトラ君が命乞いのような声を出しているリシを見下ろし、こう告げた。


「我々ではどうしようもない。泣き言も恨み言も、後は世界を救った英雄殿に聞いてもらえ」


 リシにとって慈悲の無い最終通告。

 敵意を向ける相手に何を聞いてもらえるのか? 男もリシ自身もそれを分かっているだろう。

 が、さすトラ君はそう言って容赦無く、その口を開ける。

 リアル過ぎる虎の顔の口――では無く、そのでっぷりとした腹が一つの生き物のように口を開く。

 腹が裂けて顕になる虎の鋭く光る牙が、暗闇のような口内を照らす二つの三日月が、リシの体に突き立てられた。

 ばっくりと平らげ、暴れてる形跡なのかマスコットが子供に殴られたように時々、歪に形を変える。

 しかし抵抗虚しく、最終的にはずちゅずちゅともぐちゃぐちゃとも聞こえる咀嚼音と満腹とでも言いたいようなげっぷが響き渡った。


「……相変わらず、あんたのそれは見てて気色悪い、おえっ……」


 背後でその一部始終を見ていた男がげんなりとした口調で呟いた。


「抜かせ、若造」


 その男の言葉をげふっ、残り滓でも吐き出すような空気と共に吐き捨てる。


 そのやり取りが終われば辺りは静寂に包まれる。

 男とマスコットが来た経緯はリシの後始末、今それが終わった。そう告げていた。


「……それにしても、堕ちた天使か」

「俺が堕ちた天使なら、あいつも堕ちた天使だ。何たって天種族は永世中立。どっちかに加担している時点で俺もあいつも堕ちてるよ」


 さすトラ君の言葉に男が返す。

 そして更に続けた。


「本当はあの闘い、俺はどっちにも付く気は無かった。だが、あの人についた……惚れたって感じかな。例え一族を追い出されても傍に居たいと思えた」

「確かに英雄殿は人を惹き付ける。魅力のあるお方じゃ。だからご子息の御守を買って出たと?」

「まあ、そんなところ。さて、そんな昔話はいいとして――」


 じゃあ何でさっきその惚れた男の子供の危機を傍観に徹していたのだろう、そんな事が頭を過ったが。

 さすトラ君は男の言った事に付け加えるように言葉を口にする。


「問題が生まれてしまった。二つも。まあ、一つは英雄殿とあの娘っ子の親が引き受けてくれよう。自分の子供があんな変態天使にちょっかい出されたと聞いたら、奴も動くであろう」

「そもそも子供使って脅そうなんてやり方が気に食わんが慶志郎が解決した。解決しちゃったのが問題なんだよなぁ……あれ絶対目覚めちゃったよね」

「だからその前に止めに入ると何度も言っていたじゃろ!」


 悪びれること無く、あっけらかんと言う男に、さすトラ君も口調が強くなる。が、男は動じない。

 さすトラ君もこの男のことをよく理解している。何せこの世界に一緒に来た時からの付き合いなのだから。

 感情に任せて喋っても無駄だと。だから次の言葉をなるべく冷静に喋った。


「お主が何を考えているかは分からんが目覚めてしまったものは仕方がない。お主もそれを見越して傍観に徹したのであろう」


 で、どうするつもりなのだ。と男に問い掛ける。

 男は腕を組んで、うーん、と少し悩む素振りを見せた後に口を開いた。


「あの人が慶志郎に娘を託した時点で遅かれ早かれ力に目覚めてはいたさ。イレギュラーなのはそこにあの子が加わったこと。それのおかげかそれのせいか、あいつはとんでもない力を宿してしまった。それもリシを一撃で倒してしまう程の」


 あれでも天種族の正統者だからね、弱くは無いよと一言加えた後で。


「今の段々であれば俺達で対処は出来るが」

「時が経てば我々でも対処が出来なくなると?」

「そうだな。だから呼ぼうと思ってる。強力な助っ人を」


 誰を? さすトラ君が思っていると男が手招きして呼んだ。

 呼ばれ、歩くがこの格好どうにも歩きづらいとさすトラ君は元のぬいぐるみの姿へと戻り、またパタパタと飛んで男の肩へ乗っかる。

 そのさすトラ君に男が耳へとゴニョゴニョと呟き、ニヤリと笑った。


「お主、正気か……」


 その内容にさすトラ君は驚愕した。


「勿論。多分すぐ来てくれると思うぜ。それだけあれに目覚められるのが厄介だと思ってる」


 忙しくなりそうだ、とか言って男が笑って踵を返す。

 そんな様子の男を悪魔かなんかを見る目で眺めるぬいぐるみ姿のさすトラ君。

 一人と一匹の影が深い夜へと消えていった。

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