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夕暮れ

「慶志郎お兄ちゃ〜んご飯食べよ〜」


 昼時、矢野さんに気色の悪い声で呼ばれた。

 貴方のお兄ちゃんになったつもりはない。それどころか貴方の方が歳上だし、何ならおっさ……って言ったら怒られそうだから止めておく。


「また愛衣ちゃんに引かれますよ、矢野さん」

「悪い悪い冗談だって」


 悪気を微塵も感じさせない口調で言った矢野さんに清々しさすら感じるが、まあ、このくらいならいつものことだ。

 大方新しいおもちゃでも見つけたくらいの感覚だろう。こんなことで動揺していたら身が持たない。


「はいこれ、うちの奥さんから」


 差し出されたのは3つのタッパー。

 中に入っているのは――煮物とかおひたしとか、真衣さんの手作り料理。


「ありがとうございます。今度何かお礼しないと」

「気にすんな。うちの奥さん、あれ以来もう作りたくて作りたくてうずうずしてたみたいだから」


 お前の負担が少しでも減らせれば嬉しいって言ってた。と矢野さんが言う。

 めちゃくちゃありがたい。俺の作れる料理なんてそんなに無いし、何より真衣さんの作る料理はめちゃくちゃ美味い。

 そういえば以前、味の秘訣を聞いたことがある。

 そしたら「んー、愛情かしら」なんて言われた。

 それ以来、俺も愛情込めて料理を作ってはいるが、上手くいってる気がしない。

 愛情の込め方が悪いのか、自分に愛情を持てていないのかは分からない。

 それでも俺なりの愛情と追加で真心を込めた料理を二人が美味しいと思ってくれてたらめちゃくちゃ嬉しい。


「気にするなって言われても、こんな美味しい料理を毎回頂いていると気にもなりますって」

「って俺に言われてもなぁ……じゃあさ、あの子達の写真でも送ってくれ。奥さんに見せるから」


 多分物とかより喜ぶと思う。と、矢野さんが提案してくる。

 本当にいいのだろうか……なら、めちゃくちゃ可愛い一枚を収めなければ。


「んで、あの子達とは元気でやれてんの?」

「やってますよ。寧ろ元気過ぎるくらいです。今朝だってもう取っ組み合いですよ」

「……それ大丈夫なん? 喧嘩になってない?」

「大丈夫ですよ。家の日常です。愛衣ちゃんは……しなさそうですね」

「うん、愛衣は一切しない。そもそも家で取っ組み合いにする人がいない」


 言われると確かに。子供相手に取っ組み合いするとか大人気ない。

 それに愛衣ちゃんは外を駆け回るより家で読書してる方が絵になる。

 ルフと竜華にも本とか読ませ……てもすぐ飽きそうな気がするが。


「そんなに元気があるなら休みの日にでも公園とか連れていったらどうだ? ほら、会社(ここ)の通り、土手沿いの真っ直ぐのところ。知ってるだろ」


 知ってるも何もその通りで竜華と出会ってる。話がややこしくなるから言えないけど。

 しかしながら矢野さんの提案は確かに有りだ。

 一度ヘトヘトになるまで思いっ切り遊んだら少しは喧嘩も減るじゃないかと思う。


「良いかもしれないっすね。考えてみます」


 良い案なのは間違い無いのだが懸念がある。それはルフや竜華が全力で遊んだら間違いが起こるのではないだろうかということ。

 いつものじゃれ合いがいつの間にか本気の勝負になって、人前で力を使ってしまったなんてなったら大問題不可避。

 しかも公園に他の子供達なんか巻き込んでしまったら目も当てられん。

 とりあえず遊びに行く際はルフと竜華にはちゃんと言い付けを守らせないと……うん、多分無理だな。売り言葉に買い言葉、会話のデットボールから乱闘騒ぎのおてんば鬼っ娘とやんちゃな竜娘が聞けるはずがない。

 あの二人を信用しなさすぎだろって、いやいや信用してるからこそ二人の行動が手に取るように分かるんよ。


「何だかあんま乗り気じゃないな」

「そういう訳では無いですけど……」

「そんなに気にするんなら下見にでも行ってみたらどうだ? 遊具とかもいっぱいあるし」


 意外と広くてびっくりするぞ、と矢野さんが教えてくれた。

 そして思い出したかのように一つ付け足してくる。


「あ、でも気をつけろよ、最近不審者が多いっていうから」

「不審者ですか?」

「そう。ほらこの間もニュースでやってただろ。子供に声をかけたって」

「事案っすね」

「事案だな。愛衣に三つ防犯ブザー持たせてる」


 それあんまり意味ないんじゃ……。

 まあでも何かあるかもしれないし、無いよりかは安心なのかな……。

 それにしても不審者か、よく暖かくなると出るって話だけど本当なのかもしれない。

 仮に不審者が出たとしてもあの二人は多分大丈夫だろう。何たって最強の防犯対策出来てるから。

 まあ、そんなことになる前に俺が守るけど。


「っと、そろそろ休憩終わるな。んじゃ俺、花ちゃんのとこ行ってくる」

「何かあるんですか?」

「うちの奥さん、花ちゃんことも面倒見たがりだから」


 そう言って矢野さんは俺に渡してくれたものと同じタッパーを手に持って課長の所へと向かっていった。

 良かった、俺だけが子供扱いされてる訳では無いようだ。


 ――退社後、矢野さんに言われた通り公園に来てみた。

 そこは竜華と出会った土手を道なりに進んだ先にあり、近場には駐車場もある。

 少し歩いて公園を探索。うん、確かに広い。


 見慣れた遊具や懐かしのあの遊具、自然を存分に活かしたジャングルジム、おまけに川遊びも出来るじゃん。

 最近は色々と遊具が使用禁止になってると耳にしていたがここは使えるのだろうか。

 遊具を少し動かしてみたが問題は無さそうだ。

 もし仮に禁止になっていたとしてもこの広さなら子供達が走り回って遊ぶには充分過ぎる。


「――ふぅ」


 一通り周り、ベンチに座る。

 日が傾き始め、もうすぐ夜が来る。

 木の質感が懐かしいこの椅子に座るのは何時ぶりだったかと思い耽る。

 あれは確か小学生の時、親父と一緒に遊んだ記憶。

 珍しく二人の休みが重なった日曜日。

 朝から出掛け、気付けば今くらいの時間まで遊んだっけ。

 元々外で遊ぶのがそんなに好きじゃなかったが、親父と一緒にへとへとになるまではしゃいだのを今でも覚えてる。


「確か最後はおぶってもらって帰ったっけか」


 あの背中がやけに広く感じたのはまだ小さかったからなのだろうか。

 いや多分違うな、安心感があったからだと思う。

 守られてるっていう安心があったからこそ、身を委ねることが出来て、そのまま眠ることが出来たんじゃないかと思う。まあ、寝心地は最悪だったけどな。


「……二人には俺がどう見えてるのかな」


 小さい頃の記憶が俺に呟かせた。

 ルフや竜華に俺の背中が広く見えているだろうか。

 守られてるって安心を与えられているだろうか。

 もし頼りないって言われたら泣いちゃうかも……


「ああ、もう、余計な事考えない」


 落ちる気持ちに頭を振る。

 こんな感傷的な気持ちになるのはきっと沈みゆく夕日を眺めていたからだ。

 そんな暗い気持ちを吹き飛ばすように強い風が吹いた。

 荒々しく吹いたその風に、何となくだけど背中を押された気がする。

 お前は今まで通りで良いって、ぶっきらぼうなくらい無言の手付きで。

 でもその後押しが俺には妙に優しく感じて、同時に心強くも感じた。


「よっしゃ、早く帰るか」


 顔を叩いて、気合を入れ直す。

 すっかり長居してしまった。

 夜に公園で一人寂しく背中を縮こませているなんて他の人から見たら事案不可避の不審者待ったなし。


 帰りにスーパー寄って帰ろうかと思ったが、先に家帰ってから三人で行くかと考えながら立ち上がる。


 夜空を見上げれば雲一つない星空。

 そこに一際輝くのとても大きな星――星?


 自分の目を疑った。

 星なんかよりも光輝くそれは突然として現れた。


 ルフや竜華、そして俺以外にそれを纏う者。

 ただ――宙に浮くその人が纏う光を、俺は不思議と綺麗とは感じられなかった。

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