表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/81

本能

 その日の夜、俺はのんびりと寛いでいた。

 ルフと竜華は既に眠りに就いている。

 よく食べて、いっぱい騒いで、ぐっすり眠る。

 実に健康的で良い。


 ソファーに寝転びながらスマホをいじる。

 少し前に風呂から出たばかりで体はほかほかだ。

 気を抜いてしまえば何時でも寝落ちしそうだなこれ。


 じゃあ本能の赴くまま、意識を睡魔に委ねればいいがそうは行かない。

 理由は単純、二人が寝静まったこの時間くらいしか一人の時間が無いからだ。

 俺は聖人君子ではない。

 だからこそ色々と溜まる。出さないように溜め込んでしまう。

 子供の面倒を毎日見るのがこんなに大変なんて……正直舐めてた。


 睡魔が重く瞼にのしかかる。

 どうやら俺を無理やりにでも寝かせたいらしい。

 それに徹底的に抗うため、こうして観なくてもいい動画を流している。

 我ながら天邪鬼。


 だがしかし、そんな仁義なき攻防戦は突然と均衡を崩す。

 抗い続けた意地が膝を付いた。

 体の力が抜け、持っているスマホを遂に落としてしまう。

 顔面でのキャッチに失敗し、その後始末に床が不機嫌な程大きくゴンッと音を立てた。


 行き場の失った右腕を下ろし、光を遮る。

 意思の揺らぎ、拾うのももう面倒臭い。

 ソファーの優しく包み込む感触が既に侵食されているこの体でそう思ってしまうのは最早本能。

 クッ、睡魔め、いつの間にこんな伏兵を……。


 既にグロッキー状態に追い打ちをかけるように隣の部屋から二人の寝息が聞こえてくる。

 自然の声と化した気持ち良さそうな二人の声。

 まさに天然物のASMR。


 体の至る所が白旗を上げているが、最後の抵抗とばかりに脳が今日を振り返る。


 竜華の言っていた風の声。

 あれは結局どういう意味だったのだろう。

 竜華特有の――竜の本能とでもいうのだろうか。

 仮にそう捉えるのだとすれば、それを俺が聞くのは不可能だ。

 言ってしまえば空を掴むようなもの。ルフにだって真似できるもんじゃない。


 試しに声を聞いてみる。

 ――やはり何も聞こえない。聞こえてくるのは心地良い安眠導入音……あ、これヤバい。

 完全に閉じてしまった瞼が動かない。

 どうやら脳も抵抗を止めたらしい。

 深く優しく包み込む暗闇にゆっくりと落ちてゆく。

 その途切れる意識の中でルフと竜華の顔が無意識に心に浮かんだ。


 瞬間――


 眩い光が暗がりを照らした。

 目の前を懐中電灯でも当てられたように眩しい光。

 寝落ちの一歩前、昇天手前での帰還。

 引き摺り出されるように戻された意識が、がばりと飛び起きる。

 聖人君子も復活の際はこんな感じだったのだろうか……。

 下らない事を考える脳も復活していた。


 そんな頭で周りを確認する。

 うん、自分ん家だ。良かった転生でもしたんかと思った。

 あの二人を置いて転生なんてしようもんなら、死んでも死にきれない。ほっと安堵した。


 じゃあ、あの光は何だったのだろう、答えはすぐそこにあった。


「あえっ!?」


 驚きのあまり変な声が出た。

 俺の体が光ってる。

 ルフと同じ青白い光が俺を纏っている。

 そこにキラキラと煌めく銀色の光が散りばめられている。これはきっと竜華と同じ光に違いない。


 この世のものでは到底作り得ない不思議な光、それに魅了されるのは最早本能――はえぇ……綺麗。

 いや、言ってる場合かっ!


 本能に抗い、現実に目を向ける。

 有り得ないだろ、ルフと竜華だけなら納得している。することにした。

 いや待てよ、確かあの時――ルフとお守り同士を重ね合わせた時も光っていた。

 しかし、あれはあくまでお守り同士が光っていただけだ。俺の体まで光っていない。

 ルフから貰ったお守りを見る。光ってはいるが、ここが発光源では無さそうだ。


 ふと、竜華の言っていた事を思い出す。

 風の声ってのを無意識に聞いたのか――聞いたら皆、力を使えるようにでもなんの!? んなことあってたまるか。


 叩き起こされた脳をフル回転したが、答えは見つからない。

 もしかしたら急な光を見てしまって脳がバグってるじゃないのかな。っていうか目がめちゃくちゃ痛ぇ……飛び出してたんかな。

 いや言ってる場合じゃない。これ以上人間離れしてたまるか。

 要らんことをすぐさま考られる脳は正常のようだ。


 ああでもない、こうでもないと考えてると寝室から物音がした。


「……お兄ちゃん、おしっこ」


 とたとたと足音を鳴らしてルフが起きてきた。

 いかん、起こしてしまったかと思いきや、どうやらトイレで起きてきたみたいだ。

 眠たい目を擦るルフが俺の異変に気付いたのか、こてんと首を傾げ、聞いてくる。


「お兄ちゃん光ってる。おもらししたの……?」


 幼女に子供扱いされてしまった。

 っていうか、お漏らしと言わないで。漏らした訳じゃなくて、勝手に漏れ出てるだけだから。


「ルフも早くしないとお漏らししちゃうぞ。お兄ちゃんと一緒に行くか?」

「ううん……大丈夫」


 そう言ってルフはトイレへと向かって行った。

 ルフにまで見えているということはやはり俺の勘違いって訳では無さそうだ。

 溜まりに溜まった物が出てしまったのだろうか。

 俺が溜め込んでいるものなんてこんな綺麗な光じゃなくて、もっとこう白く濁った汚いえ――いや何でもない。

 やはり脳は正常で元気満々らしい。いやそういう意味じゃなくて。


 そんな頭がふと疑問を思う。

 これもしかして俺も力を使えるんじゃね?

 子供の頃に憧れたあのアニメやあのキャラのように。

 ルフや竜華みたいに光るこの身体でそう思い込むのは必然であり、最早本能。


 投げかけた疑問が体を駆け巡る。

 いやいや有り得ないと否定する一方で、もしかしたらという期待と高揚がせめぎ合う。

 寄せては返す波のように一進一退の攻防が俺の鼓動を早くする。

 ドクン、ドクン、とうるさい心臓に急かされ、俺は立ち上がった。


「――よし、覚悟は決めた」


 ふぅ、と一息吐いて、目を閉じる。

 体が異常に火照りを感じるのはアニメのキャラのようなポーズをとっているからなのか将又――。

 意思を固めて、握り込む。

 家の中で試すのは気が引けるが多少の被害は仕方ない。

 光に意識を傾け呼びかける。奥から聞こえる微かな声に問いかける――ええい、ままよ!


「お兄ちゃん、おしっこおわった……」

「のわあっ!?」


 心臓飛び出したんかと思った。それくらいびっくりして変な声が出た。

 振り返ればルフが寝ているのか起きているのか分からないくらい細まった目を向けていた。


「ル、ルフ? ちゃんと手は洗ってきたか?」


 ビクリと跳ねた脳みそが即興で出した言葉にしては良くやったほうだと思う。

 俺がそう問いかけるとルフはこっくり、こっくりと頷いていた。

 本当だろうか、と疑問を抱くが見れば指から水滴を垂らしていた。

 それをちゃんと拭いてやり、寝室へと見送ろうとした。


「……お兄ちゃんもいこ」


 左袖を掴まれ引っ張られるが、俺の足は留まろうとする。

 どうやら体は自分にある問題を解決しないと眠れないらしい。


「ちょっと待っててね。ルフは先に行ってていいから」

「……いや」

「でも、ほら、お兄ちゃんおもらししちゃったからちゃんと片付けないと……」


 くっ、意味は違えどこんな言葉をこの歳で言うとは……自分で言ってて情けなくなってきた。

 何とかルフに諦めて貰おうと自ら恥ずかしめを選んだが、ルフは聞き入れてくれない。

 頑固に握られた袖を放すことなく、ルフが言った。


「ふみゅ? お兄ちゃんもうおもらししてないよ?」


 ルフに言われて気がついた。

 さっきまで纏っていた光が消えている。

 何で、どうして、決着を付けるより早く疑問の波が全てを覆う。

 ルフに突然と声を掛けられ引っ込んでしまったのだろうか……そんなしゃっくりみたいな原理で治んの!?


「いいからはやくベッドいこ?」


 ルフがぐいぐいと引っ張る。

 まさか子供にそんなおませな事を言われるとは……ふっ、今夜は抱かせてもらおうか……いやそういう意味じゃなくて


 脳が反射的にしか物事を処理していない。どうやら色々考え過ぎて思考を止めたらしい。

それに光が無くなった今、これ以上あれこれ出来る術を持ち合わせていない。


「そうだな。じゃあ寝るか、寒いからちゃんとお布団被ってな」


 ルフを抱き上げて寝室へと行く。

 日中は暖かくなりつつあるが、夜はまだ少し冷える。

 風邪――は引かないんだっけか、けれど冷えた体では寝付けやしない。

 ベッドを見ると、ルフが脱いできた布団の形跡が残っている。

 まるで脱皮でもしたんかと思った。その隣で竜華が体を丸くして寝ていた。

 元通りに戻すようにルフに被せて俺も床に就こうとしたらまた袖に掴まれた。


「いっしょにねるの」


 ルフの握る力が思ったより強く、振り解くには多少苦労しそうだ。

 うるさくして竜華を起こしてしまうのも気の毒だし、渋々納得した。


「わかったよ、ちょっと狭くなるけど我慢しろよ」

「うん――お兄ちゃんあったかい」


 そう言うと、ルフは潜り込むように俺の懐に入っては直ぐに寝息を立てた。



 ――そして翌朝。


「おはよ」

「お兄ちゃんおはようーっ!!」


 リビングへ行くとルフと竜華は既に起きていた。

 ルフが俺に向かって飛んでくる。

 ソファーの腕置きからの軽やかなジャンプ、朝一での抱き止めに腰がぐきりと目覚めの悪い音を鳴らした。


 肺の空気が口を伝ったそばから呻き声へと変換されるが何とか耐えた。っぶねー、肺がパンクでもしたんかと思った。


「り、竜華もお、おはよう」


 寝ぼけているのか、それともルフの痛打で焦点が合わないのか分からないぼやけた視界で竜華を見る。

 いつになく今朝は機嫌が悪そうだ。またルフに無茶苦茶な起こされ方でもしたのだろうか。


「お兄ちゃん、リュウお姉ちゃんね、何で私もいれてくれなかったのって、おこってるんだよ!」

「なっ⁉」


 どういうことだろうか。声を上げた竜華に目を向ける。

 竜華は怒りを露わにした口調で言い放った。


「だ、だって! 私を放っといて二人で寝てるんだもん!」


 感情の高ぶりを現した銀の煌めきを纏い竜が吼える。

 俺はルフを下ろして臆する事なく竜華に近付き、腕を回して包み込んだ。


「そっかごめんな。寂しかったよな」

「べ、別に寂しいとかじゃないし……ただずるいって思っただけだし……」

「そっか。じゃあ今日は三人で一緒に寝ような。約束」

「うん、約束。ううぅっ……早く下ろして!」


 竜華を抱き上げ、おでこを触れ合わせた距離で約束を交わす。

 それのおかげで竜華の機嫌が直ったのだが、それのせいで今度は手足をジタバタと動かして暴れている。


「リュウお姉ちゃんお顔がまっかっか〜」

「誰のせいよっ! もうあったまきた! 待ちなさい!」


 下ろした先で鬼が竜を煽る。

 突然の嵐、前の静けさなんて予兆はまるでない。


「二人共、ご飯までだからな。あと竜華お漏らししてる」

「誰のせいよ! っていうかお漏らしとか言わないでちょうだい!」


 俺が名付けた訳では無い。

 怒りの矛先が俺に向かないようにそそくさと朝ご飯の準備をしていると追いかけられていたルフが急に立ち止まって竜華の方へと向き直った。


「くらえ〜っ! お兄ちゃんのひっさつわざーっ!」

「――何よ、それ?」


 ルフの突飛なポーズに竜華が素を取り戻していた。

 見ればルフが昨日俺がやってたあのアニメキャラの真似事をしていた。

 ちょっ!? ルフちゃん!? 止めて! せっかく忘れていたのに!


 竜華が訝しげな顔で俺を見てくる。


「あれだ、あれ、あの……俺なりの風の声を聞くポーズだ」

「風の声! 慶お兄ちゃんも聞けるのね!」


 脳みそが即興で出した言葉にしては良くやったほうだと思う。またの名を誤魔化しという。

 何だが竜華がキラキラとさせた目を俺に向けているが、何時まで騙し切れるんだろうか……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ