騒乱
竜華との仲も深まり数日が経った。
以前に比べて竜華は素を見せてくれるようになったと思う。
今までよりいっぱいお喋りしてくれるようになったし、よく笑うようにもなった。
時には照れることもあるし、それをからかうとめちゃくちゃ怒る。
ルフみたいな飛んで抱き着くとか突進して抱き着くというような本能的スキンシップは無いが、あれはまあ、ルフ特有のものだろう。子供が皆あんなだったら親の苦労が計り知れない。
あまりに日常になり過ぎていて、家では常識になっているが。
それでも竜華なりの感情の表現を見せてくれるのは感慨深い。
――ただ時折、竜華からの視線が痛い。
特にルフに抱き着かれている時、恨めしそうな目が背筋をゾクリと刺してくる。
竜華も飛んだり跳ねたりして抱き着いたりしたいのだろうか。
ならば、いつでも来れるように手を広げて待って……いやまた怒られそうだから辞めとくか。
そういえば怒られるといったらルフと竜華がよく喧嘩するようになった。
喧嘩と言うのは大げさかもしれない。竜華がルフに注意してルフがそれに突っかかるみたいな感じだ。
子供特有のそれだと思ってはいるが、姉妹は皆そうなのか? 小さい頃に兄妹がいたことないから分からん。
まあ、二人とも時間が経つとけろっとしているから本当に険悪って訳ではないだろうけども。
子供だから仕方ないが物凄い騒がしい。嵐だよ、あれは。
「ただい――」
「ちょっと待ちなさい! ルフーッ!!」
「リュウお姉ちゃん、のろまさん〜」
「誰がのろまよっ! もうあったまきた! 待てくそガキーッ!」
会社から帰ってきたら、無邪気な鬼が竜を煽ってた。
雷鳴が風を弄び、暴風が雷光を追いかける。うん、嵐だな。
「おかえりなさい。ねえ! 慶お兄ちゃんからもこの子に言ってあげて」
「お兄ちゃんおかえりなさい! だってリュウお姉ちゃんが」
わいわいと騒がしい足音へ仲介に入る。
俺に気付いたルフと竜華がそれぞれ己の主張をするが要領を得ない。
なのでまずは俺の下へと駆け寄ってきたルフを捕まえて言い聞かせた。
「ルフー? 竜華お姉ちゃんにそんなこと言っちゃだめ」
逃げられないようにがっちり掴んで全身にこちょこちょ攻撃。
笑いながら体を捩って逃れようとするルフだったが、ごめんなさいの言葉を一向に吐こうとしない。
「ふみゃははっ、だって、りゅ、おねちゃが、のれまれ、みゃひゃ、おたんこなす、みゅひぃひぃ」
それどころか、呂律が回らない口で更に悪態をつく。
っていうか、おたんこなすとかどっから覚えてきやがった。
「そんな悪い事言う子にはまだまだこちょこちょしちゃうからな」
「にゃはははっ⁉ ごめんらはい、みひゅ、りゅ、ちゃ、ごめんらはい……」
更に続けるとルフがようやく謝罪したので離してやった。
ぐったりと寝転ぶルフがお腹で大きく呼吸している。
やはり何かあった時はくすぐりだな。これの効果の絶大さは既に検証済みだ。
「さて、竜華?」
「ひっ……」
ルフから竜華へと目を移す。
竜華はルフの無惨な姿に戦慄しているのか、俺が見やると恐怖した顔で後退る。
しかし、壁に追い込まれ、逃げる道を見失う。
「いや……来ないで……いや……あやまるから……イヤーッ!!」
そんな竜華に俺は笑顔で近付き、信頼と実績のあるくすぐりをお見舞いしてやった。
「――んで、今度は何で言い合いしてんたんだ?」
一頻りくすぐった後、二人から事情を聞く。
今回は現行犯で汚い言葉を使っていたから両成敗したけど、何があったのか分からない。っていうかくそガキとか本当どこで覚えてきたの、お姉ちゃん?
そもそも二人共、歳そんなに変わらないだろ。
二人からの返事は無い、というよりは笑い過ぎて未だまともに喋られないようだ。
ちょっとやり過ぎてしまったか、そう思いながらも二人の息が整うのを待つ。
「……だ、だってルフが言う事聞かないんだもん」
「違うもん! リュウお姉ちゃんの言ってる事がわかんないんだもん」
「わ、わかんないって何よ!」
「わかんないもんはわかんないもん!」
やっと喋れる状態になったがまたバチバチと言い合いが始まる。
このままでは第二ラウンド待ったなしだ。
この一発触発の事態を手を叩いて止める。
「ふみゃ⁉」
「ひっ!?」
二人の目の前で手をワキワキと動かせば、さっきの光景を思い出したであろう二人が悲鳴を漏らした。
「とりあえず状況は分かったけど、竜華は何を言ったんだ?」
竜華の言う事をルフが聞かない。
二人の喧嘩に関しては大体がこっから始まる。
えーっと確か、この前は見たいテレビがあって、じゃれ合いしてたら終わってて、とか言ってたな。
喧嘩と言えど、所詮は子供の言い合いっこ。
竜華の言葉足らずな部分を補完して、ルフに噛み砕いて説明し、二人を言いくるめ――もとい、諭すようにまとめて終わり。
さて、今日はどんな些細な事で――
「ルフが最近全然力を磨こうとしないからそんなんじゃ強くなれないわよって言ったの。そしたら――」
「お兄ちゃん、ルフは強いよ? いっぱい強いよ!」
「だからそうじゃなくて、力は使わないと鈍るから私と一緒に訓練するわよって話なの!」
前言撤回。けっこう深刻な話じゃないか、これ。
っていうか、そもそも俺がどうこう出来る話じゃない。いやその前に力使ったの……? 家の中で……?
部屋を見渡してみたが荒れた様子は無い。
未遂で終わったのだろうか。そう思い、ほっと安堵する。
「お兄ちゃん、ルフ強いよね? 強い子だよね?」
ルフが純粋な目で問いかけてくる。
いやまあ、俺達普通の人間目線で言えば、めちゃくちゃ強いというか、もはや次元が違う。
けれどもまだ子供だし、そもそもの基準が分からない。
だから同じような力を持つ竜華に目で問いかけてみる。
すると認めたくないとでも言いたそうな顔で、竜華はため息一つ零す。
「ルフの力は強すぎるわ。はっきり言って異常よ」
絶対に認めたくないけど、と念押しして竜華が「ぐぬぬ」と唸る。
竜華はどこか負けず嫌いな節があるが子供特有のそれだろうと思っている。
竜華にそう言われ、ルフが満更でもない様子で「えへへ」と照れていた。
どうやら褒められていると思っているらしい。
褒められているのだろうか、多分褒められているのだろう。
俺も今はそう思うことにして話を進めた。
「それで、ルフは何がわからないんだ?」
ルフに訊ねる。
ルフはさっき、竜華の言ってることが分からないと言っていた。
竜華は一緒に訓練しようと誘ったが断ったという流れでルフは何が分からないのだろうか……。
まさか、私最強だから訓練とか修行なんて苦労したくないわ、いらない。という童話の中のきりぎりすに似たような、最近流行りの小説の踏み台として扱われるキャラクターのような言動をしているのでは……?
ルフ早まるな、噛ませ犬はアカン……。
「リュウお姉ちゃんが言ってることは難しくてわかんない……」
ルフは表現を一変させ、不貞腐れた顔で呟く。
そしてそれ以上は口を閉ざしてしまったので、またもや竜華に問いかけた。
「ルフは本能のままなのよ。感情に左右されて力を使ってる――ううん、力を爆発させてるの」
やれやれというように竜華が答えてくれる。
思い当たる節はいくつもあった。
ルフの体が青白い光で覆われる時は決まって気持ちが昂った時だ。
その時の感情は寂しかったり、辛いって思う時もある。
怖い思いも照れるような思いもいっぱい――。
それが抑えられなくなった時がルフの力の頂点なのだろう。
「なるほど。それで竜華はどんなアドバイスをしたんだ」
そこまで聞けば竜華がルフに何かしらのアドバイスをしてくれたに違いない。何だかんだルフの面倒はしっかり見てくれるお姉ちゃんだからな。
「私のように風の声を聞きなさいって。それから問いかけなさいって教えたわ! そうすればきっと心が答えてくれるのよ!」
ふふんっ、とドヤ顔で竜華が語る。
あまりに衝撃的な言葉を喰らい、きょとんとしてしまった。
ごめん竜華、俺もルフと同じだわ。難しくて……いや、突飛過ぎて何言ってんのか全然わからん。
竜華もまさか俺にまでそんな顔されると思っていなかったのだろう。
「な、何よ! 慶お兄ちゃんまでそんな顔するの……?」
竜華の口調が尻すぼみに弱くなる。
表情もみるみる自信を無くし、べそをかく。
「あ、いや、そうじゃなくて、えっと……竜華がそんな凄いことしてるなんて思ってなくてな、ただルフに難し過ぎるかなって……」
竜華がこれ以上泣かないように何とかフォローを入れ続ける。
「んと、多分竜華も最初から出来た訳じゃないんじゃないか」
「ぐすっ、そ、そうだけど、何でよ……?」
「だったら尚更ルフがすぐ出来る訳ないんじゃないか。竜華がいっぱい頑張って出来たことなんだ。すぐに出来るようになる訳ないだろ?」
「で、でも、この子は天才よ……」
「じゃあ、竜華も天才ってことだよ」
ぐずぐすと鼻を啜る竜華にティッシュをあてがう。
いつもの竜華なら照れて手をはたきそうだけど、今は大人しくされるがままだった。
そんな竜華の体を光が纏う。
漏れ出しすようにほんのりと光る銀色の光。
「り、竜華? それ……」
「な、何よ……え? な、何で……? ちょ、ちょっと見ないでよっ!? お兄ちゃんのえっち‼」
何で⁉
竜華は俺の手を弾き、自分の体を手で覆うように隠す。
そんな事されると、何かこっちも見てはいけないものを見てしまったかのように錯覚してしまい、咄嗟に後ろを向いた。
「その、あれだ、俺は見慣れてるから。ルフの……」
「それ以上は言わないでっ!! あぁ、もう、頑張ってずっと抑えられてたのに何で……」
後ろで竜華が何か呟いている。
あまり聞いちゃいけないと思いながらも、どうしても気になり耳に意識を集中していると背中に凄い衝撃が走った。
「お兄ちゃんっ! 今の見たっ⁉ リュウお姉ちゃんすごかったね‼」
「なっ⁉」
自転車にでも轢かれたのかと思った。
そのくらい勢いのある突進からの抱き着きというルフお決まりのコンボ技。その内、背中失くなりそう……
ようやく機嫌が直ったのか、きゃっきゃっと騒ぎながらルフが腕を回してくるが――え、ルフちゃん、もしかして、君も今、光ってる……?
もしかしなくても後ろから伸びる幼くて短い腕が青白く光っていた。
見慣れた光だったが、同時に珍しいとも思った。
ルフがこの光を発する殆どが寂しかったり、辛かったり、嫌だったりとか負の感情が爆発した時だったからだ。
竜華が来てそれが失くなってからは光る事の方が珍しかった。
「ルフ? ルフは恥ずかしくないのか? 俺に見られるの」
「ふみゅ? ルフはずかしくないよ? 嬉しいよ! いっぱい見ていいよ!」
嬉しさの表れなのか、回される腕が強く光り、強く抱き締められる。その内、お腹も失くしそうだこれ……。
しかしながらルフは恥ずかしくないらしい。
いや、まあ、ルフみたいな幼女に羞恥心なんてまだないのが普通だが、もし違ったらそれはもう痴……何でも無い。
「うぅ……静まれ、私……うぅ……落ち着け、私――」
竜華が未だに呟いている。
これが竜華の言ってた問いかけるという事なのか……?
いや多分違う。
「と、とりあえず、二人ともちゃんとごめんなさいしたから、ご飯にしようか。待ってね、すぐ作るから」
何だが色々と錯綜していたが、本来の目的は既に達成済みだ。
俺はルフを引き剥がし、晩御飯の準備に取り掛かるため、立ち上がった。
その際、二人をちらりと見たがやっぱり険悪な雰囲気はない。まあ、今はちょっと竜華が立て込んでいるからだけど。
でもそれを放って置かないようにルフが竜華に寄り添っている。
しばらくすると、わいわいとした嵐の声がまた響き始めるのであった。




