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 放たれた言葉に俺や矢野さん、真衣さんに竜華、愛衣ちゃんさえも固まってしまった。

 もしかしたら時が止まったんじゃないか、そう思わせるには充分過ぎる程の沈黙が流れている。


「うぅ……」


 その空間でただ一人、自由に動いているルフが怯えたように声を漏らす。

 掴まれてる腕がギューッとこれでもかという握力で締め上げられる。そんじょそこらの子供のそれとは非でない力があるのにこの怖がりよう、ルフにとっては本当に敵として視えているようだ。


 ルフが楽しくいつも笑って暮らせるのが今の俺の目標だ。勿論竜華も。

 ただ……こればっかりは……その……空気が重い……。


「ル、ルフちゃん……? あの……えっと……だ、大丈夫だよ」


 皆が皆あっけにとられてる中で、おろおろと戸惑った様子で真衣さんが言葉を発した。

 危なっかしい手付きのような、それでも私が何とかしなければという気持ちがひしひしと伝わる切り口の開き方にすごく胸が痛い……。

 俺は真衣さんが動かしてくれた時を止めぬためにも勇気を振り絞りルフを叱る。


「ルフ? だめだよ、そんなこと言っちゃ。おっ……胸がどうこうとか関係ないよ。真衣さんは優しい人だよ」


 小動物を撫でるかのように優しく諭す。

 その思いが伝わったのかルフが恐る恐るといったように真衣さんに顔を向けた。

 ルフの反応に真衣さんが微笑みを返す。

 どこか緊張というか、反応しづらい少しぎこちない笑顔でもルフを受け入れようとするその姿勢は感心を通り越してもはやリスペクトすら覚える。これが母の力……。

 こんなにも優しい人をルフはおっ……胸が大きいだけで敵認識するとは……けしからん。いや、そうじゃない、今すぐ止めさせなければ。


 不意に、最初にルフと此処に来たことを思い出す。

 そういえばあの時もルフは怯えていた。俺はてっきり人混みに慣れてなくて怯えていたと思っていたのだが、これもしかすると無数のおっぱ……胸に怯えていたんじゃないかと思えてきた。

 怯えの限界とでも言うのだろうか。それがあのお姉さんと着ぐるみの時だったのか。確かあの時、丁度ルフの真ん前にお姉さんのち……胸が放り出されている状態だったからな。今思うとくそ羨ましい……いや俺は何を。

 と、とにかく、そう考えると合点がいく。


 ルフが真衣さんと向き合ったまま微動だにしない。

 これは俺が何とかしなければ、そう思いルフの顔を覗き込む。

 ルフの目は真衣さんの顔――より少し下の方で固定されているようだった。

 ルフが本当にそれに釘付けなのか、それを確かめる術は有ると言えばあるが、無いに等しい。

 もしそれを行動に移してしまえば俺が危ない。

 さっきあんなに娘にズタボロにされていたのに向かいから物凄い殺気がぶつけられている。ちちは強し……じゃなくて父、で良いんだった。

 多分俺の眼が真衣さんのその豊満な胸部を捉えた時、俺が終わる。社会的にも物理的にも。


 俺は未だ真衣さんの巨にゅ……胸を見ているであろうルフに声をかける。


「な? 真衣さん優しい人に見えるだろ? だから怯えなくて大丈夫だからな」

「でもおかーちゃん言ってたもん……おかーちゃんいつもおこってたもん……」


 ルフ、それただの僻みや……


「おとーちゃんすごくおこられてたもん……」


 親父いいぃぃ⁉

 あんた娘の前で何やらかしてくれてんのぉぉ!?

 つまりあれか、親父が鼻の下伸ばしながらおおきなおっぱいに釘付けになっていて、それを良く思わないちっぱ……スレンダーなルフのお母さんがしばき倒してた。

 その光景を何回も見て、お母さんから何回も聞かされて、ルフが巨乳嫌いになった、そういことか!?

 何やってんだよ親父ぃ……どうなってんだよルフん家の()事情……

 何か真面目に考えてるのがアホくさくなってきた。

 どうせ親父のことだ、何回言っても無駄。俺が一番分かってる、解りたくはないが。


 そんなルフの呟きを聞いた真衣さんの表情は何とも言えなさそうな顔をしていた。

 多分だけど俺と同じ結論に至ったのだと思う。

 そうだとすると、真衣さんの口から何を言おうともそれは全て皮肉に聞こえてしまう。これが持つ者の愉悦、圧倒的強者……。

 そんな顔しないで下さい。ルフのお母さんのためにも。

 そう思ってると竜華がどこか納得したかのように言った。


「確かにルフのお母さんおっぱい無いもんね。何て言ってたかしら? 確か絶壁?」


 竜華さん!? 何口走ってんの!? っていうかそんな言葉何処で覚えてきたの!?

 オーバーキルにも程がある。

 本人に聞かれたら狂戦士の騒ぎじゃ済まない。もうやめて! ルフのお母さんのライフはゼロよ!!


 多分俺の顔が強張ってたからだと思う。

 だからこそ俺が顔を向けた瞬間、竜華はバツが悪そうにしながらストローを噛み噛みし始めた。


「テレビでそう言ってたのよ……」


 子供の教育に悪いテレビ番組は見せてはいけない。

 大人の戯言だと思っていたが、こう目の当たりするとあながち間違いではないのかもしれない。

 とりあえず、今は一番の被害者であろうルフのお母さんに心の中で謝罪しておくことにする。

 いつか会う日には菓子折りも準備しておこう、そう心に決めた。


「女性のことをそんな風に言っちゃダメだからな」


 竜華の頭をぽんぽん叩いて言い聞かせる。

 竜華はほぼ氷しか残ってないジュースをストローでぶくぶくしながら渋々といった様子で返事を返してきた。


「ルフもそんなこと言っちゃダメだぞ。これからは一緒に慣れていこうな」


 ルフからの返事はない。けれどもいじけて嫌になってる様子でもない。

 多分どうすればいいのか分からないんだと思う。ずっとそういう風に育ってきたのだから。

 だったら俺が正しい方へ導けばいい。俺はお兄ちゃんなのだから。


「ということでこの話は終わりにしましょう。とりあえずご飯も頼んじゃいましょうか」

「そ、そうね。愛衣もお腹すいたでしょ?」

「む、やっと終わったか」


 何かどっと疲れた。それもこれも親父のせいだ。

 ルフが要らぬ怯えをするのも、竜華が要らぬ事覚えたのも、俺が巨乳好きなのも全部親父のせい。

 帰ってきたら絶対文句言ってやる。


「ごめんね愛衣ちゃん。お腹すいたよね、好きなもの頼んでいいからね。ルフも竜華もいいからね」


 俺らのやり取り中、ずっと愛衣ちゃんは矢野さんと遊んでた。

 つーか興味なさ過ぎだろこの子。まあ、まだまだお子ちゃまだもんな。


「愛衣ちゃんは何食べるの? お子様ランチ?」

「慶志郎、あまり私を子供扱いするな」

「愛衣ったらそんなこと言って、結局いつも残すじゃない」

「その時は父が代わりに食べてくれる」


 結局矢野さん頼りじゃねーか、とか思いながら矢野さんを見ると俺の方を見ている。

 ……一切見てませんよ? と、目でアピールしてみたが伝わってるのを願う。


「ま、そん時はそん時だ。早く頼んじゃおうぜ」


 矢野がにっこり笑いながら言ったその言葉に俺らも早く注文を決めるのであった。




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