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停留

すんません、竜華の話もうちょい続きます

 吹き荒れていた嵐が静まった。

 今まで重い雲に覆われていた空が晴れ、月が顔を出す。

 多分竜華の操った風がここのところずっと居座っていた雲を追い出してくれたのだろう。お月さまは竜華に感謝しないとな。


 さて、その竜華はと言うと――


「り、竜華? そろそろ離してくれると助かる……」

「グスッ……後もうちょっと……」


 俺のお腹ら辺に顔を押し付け、抱き着いていた。

 ポカポカと叩いた後、こうやって抱き着いて離れようとしない。

 俺は竜華が落ち着くまで頭を撫でながら、どうしたもんかと考えていた。


 普段なら煩悩やら心の闇やらが我先にと顔を出すこの状況なんだが、そんな予兆は今は一切見られない。


 竜華に抱き着かれて嬉しくないのか? いやそんなことはない、こんな可愛い少女に抱き着かれて嬉しくない訳がない。ただそれよりも今は――さ、寒みぃ……


 風が雨が止んだとは言え、ずぶ濡れだ。

 そんな体に夜の気温が容赦無く触れてくる。

 もう寒くて寒くて仕方なかった。煩悩やら心の闇やらが活動を止めてしまっていた。生き物は寒さに弱いと言うが、まさかこいつらにまで効き目があるとはな。

 いや、そんなことより今はどうすればいいかを考えろ。


 先ず暖を取る必要がある。

 俺は勿論の事、このままではルフや竜華まで風邪を引いてしまう。

 それと泥んこも落としてやらなければならん。

 月明かりのおかげで竜華の姿がハッキリと見えたが、ひどい有様だった。

 顔や服に泥を付けているし、何よりやっぱり寒そうに体を震わせていた。そのせいで肌も――特に顔を真っ赤にしていた。

 アルビノの肌は余程敏感なのだろう、ならば早急に手を打たなければ。


 それら全て同時に解決させるには――風呂だな。

 よぉし! そうと決まればさっそく……いや待て。

 子供とは言え、家の風呂に三人も入れるか? 二人で入ってる時、ルフが窮屈そうに体を密着させてくるが本当に大丈夫だろうか……。


 ま、そんなこと今はいっか! 竜華達と一緒に入れて、且つその泥んこ塗れの体を洗って上げられる。

 これ以上は望まんよ、だから竜華? さあ、おいで? この慶自慰が洗って上げよう――グッヘッヘ。


 どうやら煩悩が活動を再開したようだ。心の闇も広がってゆく。うん、こいつらが寒さ程度で怖じ気づく訳がなかった。


 煩悩が早く早くと先走る。

 ええいっ、この節操無しめ! ちょっとは大人しくできんのか。待てだ、待て! 違う、チンチンじゃない、待て!


「……ありがと、もう大丈夫」


 俺が煩悩を躾ていると竜華がそう言って離れた。

 泣きじゃくった後の目と鼻をゴシゴシと擦ってから俺を見上げる。


 どうやら落ち着いたようだ。けれども言葉とは裏腹に、竜華の顔は今にもまた泣いてしまうのではないかと思う程辛そうだった。

 言うなれば親しい者との別れを惜しむような辛そうで、それでいて悲しそうな顔。


 何故竜華はそんな顔をしているのだろう? その答えを考えていると、竜華の方から教えてくれた。 


「ケイジイはさ……こんなことがあっても……私が竜王種だと知っても……また明日も来てくれる?」


 不安そうに竜華が問い詰めてくる。

 返答次第ではまたその橙の瞳から大粒の涙を流してしまうのではないか。そう思わせる程、竜華の目は潤んでいた。


「いや……」


 ――来る必要ある?


 反射的にそう言いそうになった口を急いで閉じる。

 あっぶねぇっ! また竜華に誤解を与えてしまうところだったぁ……。


 昨日も話していて思ったが、こいつ早とちりが過ぎる。

 まるで俺と一緒だ、先走りが多い――いや、俺の煩悩と一緒にするのは流石に良くない。可哀相だ……。


 しかしどう言ってやれば竜華が誤解しないで済むか……

 俺は言葉選びに思考を巡らせる――巡らせていたが、先走った煩悩が邪魔をしてきた。

 この節操無しめ! 待てと言っているだろうが! もういいっ! ハウスッ!

 いやハウスはダメだ、あんなもんが家に居るとか考えるだけでおぞましい。ルフにも竜華にも悪影響過ぎる。


 俺は頭をブンブン振って煩悩を振り落とす。そして二度と奴が出ぬよう、落とした穴に蓋をした。臭いものには蓋をするとはよく言ったものだ。


 そ、そんなことより、とりあえず、もう無難に手を差し出して「帰るぞ」でいいんじゃないか。

 その方が王道的で手っ取り早いし、何か格好いいし。


 掛ける言葉も見つかり、俺は竜華に手を差し伸ばそうとしたが――時は既に遅かった。

 竜華は絶望したような顔で俺を見ては、泣きべそをかき、震わせた声を出して


「イヤ、なの……?」

「え? ちょ、り、竜華?」

「イヤ……イヤ……イヤ……いやあぁぁぁあっ‼」


 それから堰を切ったかのように大声で泣き始めてしまった。

 わんわんと泣く竜華の体を光が纏う。


 またオレやっちゃいましたぁぁあっ‼

 これはまさか、また竜化するのではないか? 直感がそう告げている。

 だとするのならば、また闘うのだけは避けたい。それだけはどうしても止めなければ。

 焦った俺は咄嗟に竜華を抱き締め、溢れた光を押さえ付けるように頭を撫でては、落ち着かせるために信仰心を唱えた。


「だ、大丈夫! イヤじゃないから! な? だから落ち着け!」

「でもイヤって言ったもん‼」

「そ、そうじゃなくてな、それには続きがあって……」

「イヤイヤって首も振ったもんっ‼」

「ああっ! もうっ! いいから聞け! これから一緒に住むのにここに来る必要がないと思っただけだ!」

「グス……ふえっ?」


 俺の言葉に竜華は泣くのを止め、きょとんとする。可愛い。

 いや言ってる場合じゃない。竜華がまた要らぬ早とちりをする前に、俺は畳み掛けるように言葉を続けた。


「いつもここにいるって言ってたよな? ってことは、行く当てが無いんだろ?」

「……うん」

「だったらさ、家に来ないか?」

「で、でも……」


 今思ったが、最初からこうやって誘っておけば良かった。

 それが思いつかない程、さっきの俺は煩悩に支配されていたようだ。


 けれども俺の誘いに、竜華はあまり乗り気ではなかった。

 何かを躊躇うかのように言葉を詰まらせている。


「嫌か?」

「イ、イヤじゃないけど、その……私にも竜の誇りが……竜としてのプライドがあって……そ、その、だから簡単に施しをう、受け取る訳には……」


 竜華はしどろもどろといった様子でそう口にした。


 いや言ってることは分かるけども……その誇り、既に投げ捨ててない?

 既に施しをガツガツと受け取った気がするんだが、あれはお供え物なのでセーフってことなの……?


 考えるより先にそう言いそうになった口を閉じる。

 い、いかんイカン。今の竜華に考え無しに言葉を口にするのは非常に危険だ。それはある意味、竜華の逆鱗に触れることと同じだ。

 もっと慎重に言葉を選んで発しなければ。


 そう思って、竜華の機嫌を逆撫でしないような言葉を考える。

 しかしながら、次に竜華が言った言葉で、俺はそれを止めてしまった。


「ううん。でも、ケイジイがそこまで言うなら、行ってあげても……いい」


 竜華がモジモジとしながらそう言う。

 最早、誇りもプライドもあったもんじゃない。

 あったのはただの泣き虫少女の構ってちゃんのようなめんどくさい行動だった。


 何かもうまともに考えるのが馬鹿らしくなってきた。

 それくらい竜華が引いた線がガバガバで曖昧に見えてしまった。

 もう誇りもクソもあったもんじゃねーよ……。竜ってこんな面倒臭い生き物なのか親父ぃ……?


 俺は頼みの綱の親父に問いかけたが、当然返答はない。それはつまり無言の肯定だった。

 こんな奴をぶっ倒してぶら下げているなんて……やっぱりあいつ正気の沙汰じゃねぇよ……。


「ソウダナ。オレがそういってるんだ。だから、な? カエルゾ?」


 俺は脳死しながら竜華に手を差し出した。

 せっかくの格好いいシチュエーションが台無しだったが、もうどうでもよかった。疲れたし、寒みぃし、早く帰ってルフと戯れて癒やされたい――あ、やべっ。


 ルフのことすっかり忘れてた。

 俺はルフの方を見やる。

 すると、ルフはまるで待てでも言われた犬のようにジッとして、こっちを見つめていた。

 その顔はどこかいじけてるように見えた。


「ル、ルフ? な、何か怒ってる?」


 返事がない。代わりに、つーんとそっぽを向いた。や、やっぱり怒ってらっしゃる……。

 多分ルフは放置されていたことに怒っているのだろう。ならば――


「ご、ごめんって。ほらルフ、おいで?」


 俺は手を広げて、ルフを迎え入れる。

 それでもルフはつーんとしていた。

 しかし、最初の方こそ何とか抵抗していたルフだったが、次第にその誘いに抗えなくなってきたのだろう、最終的には待てが解かれた犬のように走ってきた。


「――ふみゅーッ‼」


 走ってくるルフの勢いが凄い。

 ダッダッダッダッダッ‼ と、効果音すら見えてくる。


 あ……これは、まずい……。

 多分――いや絶対、今の俺にルフを受け止めてあげられる程の力は残ってない。

 ど、ど、どうするッ!?


 考える。考えるが時既に遅し。

 ルフの突撃が思いっ切り股間にめり込んだ。


 フ、フギャアアァァァアッ⁉

 ルフッ!? マテマテマッテ‼ 違う! チンチンじゃないッ! そこは俺のおチンチンーッ‼


 案の定、ルフを受け止められなかった。

 股間を打ったまま、勢い良く後ろへ倒れ込む。

 股間も勿論の事、体中に電撃が走ったような痛みが襲う。


「ふみゅみゅ〜」


 そんな俺に構うことなく、ルフは気持ち良さそうにモゾモゾ動いては顔を埋めていた。


「ル、ルフ、ヤバいぃ。ど、どいて……」


 ぴくぴくと痙攣する体で上に乗ったルフを退かそうしたが、ルフはギューッと張り付いてそれに抗ってくる。

 体に力が入らない事もあるが、ルフの力がいつもより強く感じた。これほんとヤバいかも……。


「うーっ!」


 しばらくの攻防に嫌気が差したルフが、頬を膨らませてむくれる。可愛い。

 いや、言ってる場合じゃない。場合じゃないけど……何かもうこのままで良い気がしてきた。

 痛みよりルフの感触の方が今は勝っている。

 どうやらさっきの衝撃で蓋が空いてしまったようだ。煩悩がすんごい溢れ出る。


「うぅ……」


 この一連の光景を見てた竜華が切なげに声を漏らす。

 そんな竜華にルフが勝ち誇ったような目を向けていた。


「ふみゅみゅみゅ〜」

「むうーッ!」


 ルフの挑発にも似た言動が竜華を乗せたのだろう。

 竜華は体を光らせ、ルフを睨み付ける。


「みゅーッ!」


 そんな竜華に負けじとルフも体を光らせ、竜華へと歩み寄る。

 それはもう臨戦態勢、二回戦の幕開けに見え――いや、それはダメだって!


「ちょ、二人共! もうお終いだって!」


 俺は急いで体を起こし、二人が睨み合う間に入る。

 今思ったが、この二人って相性悪いのか? そもそも出会って間もないのに仲悪くなるってあるのか?


「だってこっちがッ‼」


 二人は言葉をハモらせて俺を見る。

 うん、そんなことはなかった。寧ろ、相性がこの上無く良く見えた。

 まあ今はこんな感じだけど、一緒に住めば仲ももっと良くなっていくだろう。これからが楽しみだ。


 俺は二人の頭を宥めるように撫で、こう言った。


「いいからお終い! それよりルフも竜華も寒いだろ? 風邪引く前に早く帰ろうぜ?」

「お兄ちゃん、鬼は風邪なんて引かないよ?」

「ケイジイ? 竜が風邪なんて引くわけない」


 いや知らんがな。

 そう言いたくなったが、グッと堪える。


「そうなのか、まあ、そんなことより二人共、お手手」


 代わりにそう言って、ルフと竜華に手を差し出した。

 右手はルフが、竜華は左の手を握る。


「さあ、帰るぞ」

「うんっ!」

「うんっ!」


 俺は二人の柔らかくて少し冷たくなってしまっているお手手を優しく握ってから歩き出した。


あと1話くらいで竜華の話は終わらせたいですね、はい。


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