竜化
「ただいまー」
「お兄ちゃん遅い!」
家に帰ると、ルフが出迎えてくれた。
飛び込んでくるルフを屈んで受け止める。
「遅くなってごめんな」
「ふみゅぅ」
そう言って抱き上げ、頭を撫でる。
ルフはくすぐったそうな声を上げながらすんなりと受け入れた。
しばらく続けていると、ルフは俺の胸に顔を埋めてしまう。
その様子はどこか満足気で、言うなれば干したばかりの布団に体ごと埋めているかのようだった。
「どした?」
「ふみゅぅ、今日はお兄ちゃんから変な臭いがしなーい」
モゾモゾ動くルフから良い匂いがする〜っ。クンクンしていいかな?
ダメに決まってるだろ、何言ってんだ。
暴走しそうになる心の闇を押さえつけ、俺はルフの言う臭いについて確信を持って聞いてみた。
「そうだろ〜、今日は竜の臭いがしないだろう〜」
するとルフは驚いたように目を見開き、俺を見る。
それは俺の思い描いた仮説が正しいと言ってるように見えた。
これはもう間違いないだろう。
俺の仮説が――竜の正体が竜華であることはもう間違いない筈だ。
そしてそれは竜華もまた、この世界の人間ではないと示しているようなものだ。
日本人離れした容赦や、感情の起伏で風を自在に操ること。
それにすぐお腹がすくこともだし、泣き虫なところもそうだ。
思い返せば竜華は、ルフと多くの共通点がある。
もう腹を空かせた容姿が外人の少女は皆、異世界から来たと思っていいかな。
いや、脳死してる場合じゃない。まだ疑問が残っている。
俺はそれをルフに聞こうとしたのだが、いつの間にか俺を見るルフの目がキラキラしたもの変わっていた。
「お兄ちゃんすっごーい! 何で分かったのーっ?」
「そりゃあ分かるぞ、何たって俺はルフのお兄ちゃんなんだからなっ!」
「お兄ちゃん大好きーッ!」
ルフはそう言って後ろに回した腕にギューっと力を入れてくる。
俺も大好きぃーッ! 俺達、相思相愛だねっ‼ やっぱり俺にはルフさえ居てくれれば……ってち、違う! 今はそうじゃなくてっ!
再度押し寄せた心の闇を払いのけ、ルフを下ろす。地味に首周りが痛い。
「なあルフ、人が竜になるって有り得るのか?」
「ふみゅ? リュウさんに? んっと……」
竜華がこの世界の人間ではないと何となく予想出来ていた。
しかしこの疑問だけは仮説に過ぎなかった。
それでも確証はあった。でないと、竜華はやっぱりなんて言わなかった筈だ。
そりゃ覚えてる筈もない。あの時、竜華――いや、竜の姿の竜華しか見ていないのだから。
ルフがふみゅみゅと腕を組んで考えている。
もし仮に、竜華が竜に変化――竜化出来るのならば。
それはルフもまた同じく変化――ルフの場合だと鬼化だろうか。それが出来るということになるのだろうか。
しかしルフにそんな素振りは一切ない。
何か起爆トリガーがあるのだろうか。それこそファンタジーお馴染みのレベルだったり、スキルだったり。
少し脱線してしまった。
しかし丁度良く、ルフが思い出したように、あっ! と叫ぶと手を挙げてこう言った。
「ルフね、見た事ある! おじさんがね、大っきいリュウさんになったの見た事ある!」
「まじかっ! やっぱりあるのか⁉」
「うん、マジ!」
これはもう決まりだ。
俺の仮説が一気に現実となった。
ルフの見たのは大きい竜のようだが、それは大人か子供かの違いだろう。
ということはまさか――!?
お、お、親父ぃぃ……やっぱりお前はその股座にでっかい竜飼ってんのかよぉぉ……。
いや今はそんな風に嘆いている場合ではない!
竜華の素性について分かった。
何処で何をしていたかを少年が教えてくれた。
それはつまり――いや待てよ?
となると、竜華はこの世界に来てからずっとあの橋の下に居たってことか⁉
あんな寒い中、何も食わず、ずっと一人で居たってことなのか……?
おいおい、マジかよ……。
「お兄ちゃんルフ思い出したよ!」
「おぉ、そうだな! 偉いぞールフ」
はいはいと、ピョンピョン飛び跳ねるルフを撫でてから、靴を脱ぐ。
竜華を野良猫と例えていたが、ルフを例えるならば飼い犬になるのかな。何かこう、懐っこい所とか。
ちなみに犬と猫、どっち派って言われると、どっち派でもない。
皆違って皆良い、だから俺はあの野良猫に餌付けをしたのかもしれない。もっとも、あれは野良竜だけど。
そんな言葉があるかどうか知らないがこれだけは言える。
野良猫だろうが竜だろうが見知ってしまった以上、野垂れ死にされたら溜まったもんじゃない。
脱いだ靴には泥がついていた。靴下も少し湿っている。やはり濡れた土手を歩くにはこの靴では頼りない。
このまま靴下も脱いでしまえ。どうせ一足洗濯するのも二足洗濯するのも大差はない。
俺は玄関マットに裸足を押し付け、水分を拭ってから寝室に向かった。
そこで背負ったリュックと握った靴下を投げるように雑に置くと、急いで着替え始める。
すると後ろから着いてきたルフが疑問を投げ掛けてきた。
「ふみゅ? お兄ちゃん何処に行くの?」
「ちょっとな。ルフごめんな、もう少しお留守出来るか?」
今まで着ていた服を放り投げ、濡れても良い格好に着替えると、ルフに向き直り目線を合わせる。
頭を撫でながらそう聞くと、ルフが思いっきり飛び込んできた。
「イヤッ! ルフも一緒に行く‼」
「おわっ!? で、でもなルフ……」
後ろに倒れそうになりながらも何とか受け止める。
叫んで拒否したルフの体は青白く光っていた。
俺が何処にも行かないように捕まえる腕には、少女とは思えない程の力が入っていた。
ウググググッ……。そ、そうだった、ルフは少女でもあるし鬼でもあった。
「ル、ルフ……ギブ……限界――ル、ルフ?」
ちょ、そろそろマジでヤバいぃ……俺はルフの背中をタップする。
いつもなら素直に言う事を聞いてくれるのだが今日は違かった。
俺が竜華の所へ行こうとするのを何とか阻止するように離れない。
俺の胸に埋めながらギューっと抱きつくルフが、ぽつりぽつりといった感じて言葉を零した。
「だって……ルフ、一人っきりでずっと……」
表情は見えない。
けれどもその声色が、抱き締めた腕が、青白く発光する体が、ルフの心情を何よりも物語っていた。
ルフの想いに呼応するように、貰ったお守りが光り出す。
大きく、それでいて強く、はっきりと光るそれに、あの日の約束を思い出した。
「そうだったな。一緒に強くなるって、共に挑むって約束したもんな。でもお外は雨も降ってるし、風も強いぞ? いいのか?」
「うん! ルフね、雨好きだから大丈夫だよ!」
顔を上げたルフが喜んでいる。
そ、そんなに雨が好きだったんだろうか……。
てっきり俺と離れるのが嫌だったもんだと思っていたのだが……俺めっちゃ恥ずかしい勘違いしてんじゃん……。
「そ、そうか。でも風邪引いちゃいけないから、はいこれ着て」
恥ずかしさを押し隠し、ルフにジャンパーを着せる。
この前買っといて良かった。まさかこんな形で使うとは思わなかったけど。
そして平静を保ちながら、リュックの中にタオルとか詰め込んで準備を続け、それが終われば玄関で長靴で履く。
「よし、行くか」
「うん!」
互いにタッチを交わし、ルフを連れて車を走らせる。
外は依然、雨がザーザーと降り頻っていて、風もビュービューと強い。
しかしワイパーがそれらを全てを切って視界を確保してくれる。
車を停めても尚、その役目をしっかりと果たしてくれた。
「おおーっ!」
だからこそフロントガラスに映ったそれにルフは声を上げたのだろう。
橋の少し手前、信号よりちょっと離れた路肩に車を止めた俺も、奴を――前方に映った竜を見据える。
「竜華……」
「ふみゅ、あのリュウさんのお名前?」
俺の呟きにルフが反応する。そういえばルフは初めて会うんだっけか。
「ああ、ルフよりちょっと大きい、泣き虫な少女だ」




