CASE.2
Bさんが当時食べたワンコインラーメンは、時代の流れとともに静かに消えていたようだ。
残念なことだが、俺はコンビニのおにぎりを頬張る。
*
──インタビューを開始します。ここでは仮にCさんと呼ばせてください。。ご協力に感謝いたします。あなたはあそこで管理人をされてきたと伺っております。当時のことを教えていただけたらと思います。
Cさん:
与太話程度に聞いていただければと思うのですが、あの団地は気味の悪い場所です。近寄らないほうが良い。実際私も最初に訪れた時は気持ちが沈みましたよ。
それでも私が管理人になったのは少しでも多く稼ぐためだったのです。子供のためにはお金が必要だったんです。……リストラにあって……。
歳のせいもあって就職には苦労しましたし、出来るだけ早く長く多く稼げる仕事を探し、行き着いたのが団地の管理人です。丁度空きがあったので滑り込むように雇い入れてもらいました。
──給料が良かったということですが、通常業務の他に何か特別なことでもやっていたのですか。
Cさん:
(1分の沈黙)……特別ってこともないでしょうけど、住み込みで働くことが条件でした。
出来るだけ管理人室を空けないようにして欲しいと……。
エアコンも完備してありましたし、テレビもこたつもありましたので住むのに不自由なことはありませんでした。
あとは庭の手入れや設備の不具合がないか配電盤などのチェックをしていたくらいのものです。もちろん住人との挨拶は欠かしたことがありません。
──住人の様子はどうでしたか。
Cさん:
ありふれた方々でした。どこにでも居るようなと言えば語弊がありますが、ごく普通の方々です。
ですが一つだけ皆さんに共通して妙なことがありました。皆さん視線が合わないのです。
行き違いに挨拶して視線が合わないのは当然とも思えますが、3、4人の井戸端会議でもそれぞれが別々の方向を向いているような感じです。背筋が寒くなるような気を覚えながら挨拶しますと、どうにか顔はこちらを向くのですが、視線は相変わらず合わないまま。
──どこを見ていたのでしょうか。
Cさん:
地面ですね。皆さん視線を下に落とすのです。普通に会話されている時は意図的に視線を外すのですが、何かしら不測のことや急な挨拶は顔だけを向けますが、視線は下に向けられます。
──それでよく会話が続けられますね。
Cさん:
あの時は気にしないように努めていましたが、今から考えてみれば普通を装っていたのかもしれません。あの団地から出て行くまでの間だけでも人並の生活をしようと努力していたとしか考えられませんよ。
──それでは核心に迫りましょう。団地の住人たちは何に怯えていたのでしょうか。
Cさん:
(目を見開き、じっとこちらを伺いながら20秒沈黙)……既にご存じなのですね。他の方へのインタビューでお聞きしたのでしょうか。
ご存じの通り、あそこには何かが居ます。下を向かれるのは絶対に上を見ようとしないという現れ。
夕方、仕事帰りの夫や奥方が団地に入るや否や速足で一心不乱に建物に入っていきます。努めて上を見ないようにしながら。
──状況だけを鑑みればすぐにも荷物を纏めて出て行ってもおかしくなさそうですが、どうして居続けたのでしょうか。
Cさん:
いろいろ要因はあります。引っ越す場所だとか、資金だとか、時期だとか。
しかし一番の要因は『慣れ』でしょうね。
私が管理人として働くずっと前から自殺が無かったですから、既に皆さんは攻略法を見つけていたのです。お察しの通り『上を見ないこと』が条件でしょう。それさえ守っていれば何かが起きることは無いんです。
──その情報は共用されていましたか。
Cさん:
会社からは何も言われていません。私が知ったのは1ヶ月先のことです。
管理人という仕事自体に不満はありませんでしたが、どうしてもあの気持ちの悪い団地から離れたい一心で仕事の合間に就活をしていましたので、忙しくて上を見る暇が無かったんだと思います。
特に何事もなく仕事をする私に住人の皆さんから声を掛けていただきまして、団地から離れた居酒屋で飲みに誘われたんです。ストレス解消になるかと思って参加させていただいた折、団地のルールなるものを享受されたのです。
1つ、空を見上げないこと。
2つ、何があろうと屋上には近づかないこと。
3つ、これを口外しないこと。
それを守れば何も起きないと諭されました。
これ以上何も起きないようにどうかお願いしますと念押しされて……。
しかし、結局事件は起きてしまいました。
団地に住んでいた女子高生の飛び降り自殺です。
それを機に皆さん重い腰を上げ、逃げるように去っていきました。
最後の一人になる前に私も他で職を見つけて去りました。
──最後に上を見ましたか。
Cさん:
(回答無し)
──インタビュー終了。




