CASE.1
僕の住んでる近くには『飛び降り団地』があるの。
みんなから『自殺の名所』って呼ばれてる。
みんな怖がって近寄らない。
何がそんなに怖いのか気になって友達といっぱい話したこともあるよ。
「そりゃ人が死ぬもん」
当然だって友達は言ってた。
でもそれだけじゃ無いような気がする。
わかんないけど、そこにはみんな近づかない。僕らも近づかない。
だって死ぬもん。
──人が死ぬ姿を見るのが怖いってことかな?
違うよ。死ぬんだよ。
僕は見たことないけど、音が聞こえたんだ。
──音?
そうだよ。死んだ音。
──どういう音?
ちょっと待って、この前見た漫画に書いてた。
ほら、これだよこれ。グシャッて──。
*
飛び降り団地の情報を仕入れるのは根気のいる作業だ。
団地に入って真相を確かめるのが手っ取り早いというのに、区画一帯を『事故多発地域』として立ち入り禁止にされている。付近であの団地のことを聞くなり口を閉ざす。有力な情報を得られたのは小学生に聞いた時くらいのものだ。
当時は自殺が多い地域として有名で、多くの記者が詰めかけたものだ。ネタに困ればここに来て自殺者を取り扱う。『またあそこか』と呆れられても人が死ぬのは珍しいもの。テレビで取り上げられれば週刊誌の売り上げに直結する。実際それでいくらか救われていた部分は否めない。我が社のオカルト冊子が飛ぶように売れていたのも今や昔。団地から人が消え、立ち入り禁止となって放置されればいつしか忘れ去られる。
だからだろう、編集長が今更になってあの団地のことを調べろと言い始めたのは。
でも今更何が分かるというのか。『自殺の名所』という以外に何もないあの場所を張ったところで、寄ってくるのはこの世に絶望した連中ばかりだというのに。
かくいう俺だって妻に浮気されて逃げられたばかり。もしかして俺に死んでくれとでも言いたいのかと勘ぐってしまう。
俺はオンボロ社用車と栄養失調気味の足で団地周辺に聞き込みをするしかない。どうせなら落ち目のグラドルでも拾ってきて助手にでもしてくれたらやる気も出るのに。
*
──それではインタビューを開始します。ご協力に感謝いたします。あなたのことは仮にBさんと呼ばせてください。あの団地に飛び込み営業されていたと伺っていますが、あの団地の噂はご存知でしたか。
Bさん:
今は……ですね。
最初に配属された時は何も知らなかったのですが、事情を知っている上司にはニヤニヤと嫌な笑顔を見せられたものですよ。嫌な男でした。私が転職を決めた理由の一つでもあります。
すいませんね。話が逸れますから悪口はこのくらいにいたしましょう。
私は時代錯誤の飛び込み営業で苦心しておりました。企業に話をもっていくならまだしも、個人宅に教材を売りにいくなんて今となっては考えられませんよ。とにかく、数多くの物件を訪ねて虱潰しに教材が売れないか当たったものです。
しかし私には話術がないのか成績にはつながらず、頼みの綱にあの集合団地に行くことにしました。正直、かなり不気味で、噂を聞く前から行きたいとは思いませんでした。
──当時はそれなりにまだ新しい建物だったように思いますが、その時から既に不気味だったということですか。
Bさん:
ええ。かなり不気味でした。
なんというか負の感情を放っているというか、今から考えてみれば人に害を与えようとしている感じがしました。
それでも時間は待ってはくれないので仕事を継続しました。
──中に入れたのですか。
Bさん:
ええ。今とは違って人も普通に住んでましたし、団地は賑やかなものでした。しかし雰囲気はとにかく暗くて、気持ちが悪かったんです。早く済ませてお昼でも食べようと考えていました。
けれどもやはり売れません。誰も話ひとつ聞いてくれないんです。興味が無いとかそれ以前の話です。視線一つ合うことがないんです。若い身空の私には価値がないと言われているも同義でした。
すっかり心が折れてしまった私は肩を落として団地から離れようとしました。団地の広場で子供たちの遊ぶ声を聞きながらふと視線を感じて上を見上げました。
驚きました。屋上には手を振る何十人もの人が立っていたんです。
怖くてそれ以上そこに居ることは出来ませんでした。
まだ回っていない部屋がいくつかありましたが、私はその団地に戻ることが出来ず、お昼を食べて直帰しました。
お察しの通り。私は逃げるように会社を辞めました。二度とあの団地には行かないように。
──インタビュー終了。




