表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界地図の余白 ~前世ではどこにも行けなかった俺は、異世界のすべてを見て回る~  作者: みき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/14

第3話 はじめての地図

 父からもらった真っ白な紙を、俺はその日の夜まで何度も眺めていた。


 まだ何も書かれていない。


 それなのに、不思議と見ているだけで楽しかった。


 ここに家を書いて、道を書いて、川を書けば、少しずつリデル村が紙の上にできていく。


 そう考えると、すぐにでも始めたくなった。


「ユアン。ご飯のときくらい、その紙を置きなさい」


「あと少しだけ」


「何も書いてないでしょう」


 母のエマに言われ、俺は仕方なく紙を机の端へ置いた。


 向かいでは父が笑っている。


「自分からやりたいと言ったんだから、しばらくは止まらないだろうな」


「あなたが紙を渡すからでしょう」


「俺のせいか?」


「半分くらいは」


 二人がそんな話をしている横で、二歳になった妹のリアがパンを小さな手でちぎっていた。


 リアは最近、ようやく短い言葉をいくつか話すようになった。


「にー、なに?」


 俺の紙が気になるらしい。


「地図だよ」


「ちず?」


「そう。この村の地図」


「むら?」


「リアにはまだ早いか」


 そう言うと、リアは分かったのか分からなかったのか、楽しそうに笑った。


 この子がもう少し大きくなったら、俺が作った地図を見せてやろう。


 そんなことを思いながら夕食を終えた。



 ◇



 次の日。


 俺は朝から家の前に立っていた。


 片手には紙をはさんだ板。もう片方には炭の筆。


 父から借りた短い縄も腰に巻いている。


「まず何から書けばいい?」


 仕事へ行く前の父に聞くと、父は家の前で腕を組んだ。


「お前が使う地図なんだから、お前が決めればいい」


「決めていいの?」


「ああ。ただし、自分で見たものだけにしろ」


「見たものだけ?」


「昨日も話しただろう。知らない場所を、知ってるつもりで書くな」


 俺はうなずいた。


 父は俺の頭を軽くなでる。


「最初から村全部をきれいに書こうとしなくていい。まずは自分の家から始めろ」


 そう言って、父は役場へ向かった。


 俺はあらためて家を見る。


 木でできた二階建ての家。


 前には小さな畑があり、母が薬に使う草を育てている。その横には、リアがよく座って遊んでいる平たい石がある。


 まず、それを書いた。


 四角を一つ。


 その横に小さな四角。


 家。


 畑。


 まだ地図と呼ぶにはさびしい。


 でも、最初の一歩だ。


 次に家の前の道へ出た。


 昨日、父と測った方法をまねして、家から角までの長さを調べてみる。


 父のような長い縄はないので、短い縄を何度も置き直した。


「一、二、三……」


 数えて、紙に小さく数字を書く。


 そして角を曲がる。


 少し進むと、パンを焼く店がある。


 朝なので、焼きたてのパンのにおいが外まで流れていた。


「おや、ユアン。何してるんだい?」


 店の前を掃いていたおばさんが声をかけてくる。


「地図を作ってる」


「地図?」


「村の」


「へえ。こんな小さな村の地図なんて、何に使うんだい?」


「まだ分からない」


 正直に答えると、おばさんは笑った。


「なら、うちの店は大きく書いといておくれ。村で一番大事な場所だからね」


「それはおばさんが決めることじゃないと思う」


「七歳のくせに言うねえ」


 笑いながら、小さなパンを一つくれた。


 俺は紙に店を書き、その横へ小さく印をつけた。


 あとで分かるように、パンの店と書いておく。


 地図に店のにおいまでは残せない。


 昨日、父が言っていたことを少し思い出した。



 ◇



 村の中を歩いていると、今まで気にしたことのなかったものが次々に目へ入ってきた。


 井戸。


 橋。


 物置。


 村長の家。


 小さな広場。


 宿。


 水車。


 いつも遊んでいる場所なのに、地図に書こうと思って見ると、知らないことがたくさんある。


 広場は思っていたより細長かった。


 川は村の中をまっすぐ流れているわけではなく、少しずつ曲がっている。


 村長の家と役場は近いと思っていたけれど、間には意外と何軒も家があった。


 自分が知っているつもりだった村を、一つずつ見直しているようだった。


「面白いな」


 思わず声に出した。


 紙の上に線が増えていく。


 そのたびに、自分の中にも村の形ができていく。


 昼近くになるころには、紙の半分ほどが埋まっていた。


 けれど、そこで困った。


「入らない……」


 村の北側を書こうとしたところで、紙の端が近づいてきたのだ。


 家から適当に書き始めたせいで、全体が片方へ寄ってしまっている。


 このままだと、森まで書けない。


 少し考えたあと、俺は家へ戻った。



 ◇



「失敗した」


 昼食を作っていた母へ紙を見せると、母は手をふいてから地図を見た。


「ずいぶん書いたじゃない」


「でも、ここが足りない」


 紙の端を指さす。


「北の道が入らないんだ」


「じゃあ、もう一枚もらえば?」


「でも、最初からやり直したい」


「どうして?」


 俺は少し考えた。


「今なら、最初よりうまく書けるから」


 母はそれを聞くと、少し笑った。


「お父さんに似てきたわね」


「父さんもやり直すの?」


「書類を何度もね。間違えるたびに、ぶつぶつ言いながら」


 それは少し想像できた。


 母は棚から紙を一枚取り出してくれた。


「これは家で使う分だから、本当は大事に使うものよ」


「うん」


「でも、ちゃんと最後まで書くならあげる」


「書く」


 新しい紙を受け取る。


 一枚目も捨てずに持っていくことにした。


 失敗した地図も、見比べるためには役に立つ。



 ◇



 二枚目は、最初から村全体の大きさを考えて書いた。


 家を小さくする。


 道の長さも、同じ決まりで紙の上へ移す。


 細かすぎるものは書かない。


 でも、自分が大事だと思った場所は残す。


 父が昨日言っていた意味が、少し分かった気がした。


 全部を書こうとしたら、紙がいくらあっても足りない。


 だから選ばなければならない。


 午後には、川の向こうまで歩いた。


 村の東には小さな石橋があり、その先には牛や羊を放す草地が広がっている。


 橋の上から川を見る。


 水はきれいで、底の石まで見えた。


 俺は橋の形を紙へ書いた。


 それから、川の横に小さく名前を書く。


 リデル川。


 この村と同じ名前だ。


 生まれたときから聞いていた名前なのに、紙へ書くと少し特別に見えた。


 次は南。


 畑。


 西。


 森へ続く道。


 北。


 小さな墓地。


 そこまで歩いたころには、日が傾き始めていた。


 最後に少し高い丘へ上がる。


 村を見渡せる場所だ。


 赤茶色の屋根が並び、その間を細い道が走っている。真ん中には川が流れ、西には畑、さらにその向こうには森が広がっている。


 俺は紙と目の前の景色を何度も見比べた。


「……うん」


 完ぺきではない。


 きっと長さも少しずれている。


 家の形だって、本当とは違う。


 でも分かる。


 これは、リデル村だ。


 俺が毎日暮らしている村だ。


 紙の上に、自分の故郷があった。



 ◇



 その夜。


 仕事から戻った父は、俺の地図をずいぶん長いあいだ見ていた。


「どう?」


 待ちきれずに聞く。


「七歳が初めて書いたものにしては、かなりいい」


「本当?」


「ああ。ただ、この道はもう少し東だな。それと川の曲がり方も少し違う」


 父は容赦なく間違いを指さしていく。


「あと、ここ。村長の家が大きすぎる」


「大きい家だから」


「地図で本物と同じ大きさにしたら、村長の家だけで村が埋まるぞ」


「……それもそうか」


 父が笑った。


 それから地図のすみに目を止める。


「ここは何だ?」


「パンの店」


「印がついてるな」


「パンを一個もらったから」


「なるほど。ずいぶん大事な場所らしい」


 父の横から母ものぞきこむ。


「あら。うちの家にも印がある」


「そこは一番大事だから」


 何気なく答えると、母は少しだけうれしそうな顔をした。


 そのとき、床を歩いていたリアが俺の足にしがみついてきた。


「にー、ちず?」


「そう。できたよ」


 俺はしゃがんで、地図をリアにも見せた。


「ここが家。それで、ここが川。ここがパンの店」


 リアは分かっているのかいないのか、紙の上を指で触った。


「りあ?」


「リアは家にいるだろ」


「りあ、かく」


「人は書かないんだよ」


「かく」


 どうしても自分を書いてほしいらしい。


 仕方がないので、家の横に小さな丸を書いた。


「これでいい?」


「りあ!」


 妹は満足そうに笑った。


 父も母も笑っている。


 俺はその小さな丸を見た。


 地図としては、たぶん必要のない印だ。


 でも消す気にはならなかった。


 この地図は、誰かに売るためのものでも、役場で使うためのものでもない。


 俺が初めて作った、俺のための地図だ。


 だから、これでいい。


 俺は紙の上の村をもう一度見た。


 家がある。


 川がある。


 橋がある。


 畑がある。


 父と母がいる。


 そして、妹がいる。


 世界地図ではほんの小さな点にさえならない村かもしれない。


 けれど今の俺にとっては、ここが世界の中心だった。


 地図の下の空いている場所に、俺はゆっくり文字を書いた。


 ――リデル村。


 その下に、少し迷ってからもう一つ書く。


 ――ユアン・フェルナー、七歳。


 父がそれを見て、うなずいた。


「なくすなよ」


「うん」


「初めての地図は、一枚しかないからな」


 俺は地図を丸めず、折らないように気をつけながら、自分の部屋へ持っていった。


 それから箱の一番下へ、大切にしまった。


 このときの俺は、もちろん知らなかった。


 七歳の俺が一日かけて作ったこの小さな地図が、いつか俺にとって、世界中のどんな地図よりも大切な一枚になることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ