第五章 悪女、すべてを取り戻す
厳しかった冬がようやく終わり、暖かい日差しが差し込むようになった春。
エヴァソール家では、次女エレナの結婚を祝したお披露目パーティーが開催されていた。中庭の真ん中で、招待された令嬢たちが今日の主役であるエレナを取り囲んでいる。
「エレナ様、ご結婚おめでとうございます」
「オブライエン伯爵家に輿入れなんて、本当にうらやましいですわ」
「うふふ、ありがとう」
フリルがふんだんについたピンクのドレスを身にまとい、グラスを手にしたエレナが淑やかに笑う。だが内心ではだらだらと毒を巻き散らかしていた。
(ちょっと~~せっかくのお披露目式だって言うのに人少なすぎない⁉)
出した招待状のうち、約半分が欠席で返ってきた。なんとか来てくれた女性たちも地味なドレスに安っぽい化粧をした格下で平凡な令嬢ばかり。
当然お祝いのプレゼントも刺繍入りのハンカチやありふれた焼き菓子といったつまらないものだらけで、どうせなら高級化粧品の一式でも持ってきなさいよ、とエレナは笑顔を貼りつけたまま脳内だけで罵倒する。
ちなみに婚約者であるランバートは、自分の友達と話がしたいからとパーティー開始から早々にいなくなっていた。
(だいたいランバート様もケチよね~。本当だったらここにダイヤモンドをあしらって、スカートにはキラッキラのスパンコールを縫い留めた超可愛いドレスにするつもりだったのに! 『ただのお披露目式だろ? 結婚式にも金がかかるんだから我慢しろ』だなんて~‼)
伯爵家といえばとにかくお金持ちで、ドレスでも化粧品でもなんでも欲しいだけ買ってもらえると思っていた。だが例年の不作や領地没収の憂き目、まだ現伯爵である父親が実権を握っていることもあり、どうやらランバートが自由に出来るわけではないらしい。
それどころか向こうの家は、嫁であるエレナに『女主人としての自覚を持て』だの『領民のことを考えろ』とうるさく、早くランバート様に代替わりしてくれないかしらとエレナはぷうっと頬を膨らませる。
(噂では領地経営が赤字? とかも聞いたけど……。まあでも、ランバート様がどうにかしてくれるわよね! わたしは今まで通り、毎日楽しく遊んでいればいいだけだわ)
手にしていたグラスをくいっと傾け、あっという間に中身を空にする。すると正門に近い方がにわかに騒がしくなり、エレナは苛立った顔つきのままそちらを見た。
(……誰よ、あれ)
ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる、一組の男女とその使用人。
男の方は周囲の誰よりも背が高く、艶やかな銀髪に端整な顔立ち。腰には儀礼用の剣を携え、銀糸の刺繍が入った黒の外套を羽織っていた。
対する女性は上質な生地で出来た深紅のドレスを身にまとい、輝くような黒髪をなびかせている。もし野に咲く薔薇が人の形をとったらきっとこんな姿になるのだろう――と思わせるほどの優美な佇まいだ。
(まさか……)
やがて一行はエレナの前に到着し、完璧な化粧をした女性が柔和に微笑んだ。
「……結婚おめでとう、エレナ」
「お姉様……」
そこにいたのは間違いなく実姉・アイリーンだった。だが半年ほど前に見た姿とは全然違い、大人の女性としての美貌と貫禄に満ち溢れている。
「招待してもらえて嬉しいわ。これ、ほんの気持ちだけど受け取ってくれるかしら」
「これって……」
包装紙だけで高級だと分かる包みを開けると、中からは今王族の女性たちが愛用していると噂の化粧品が出てきた。価格は一般的な化粧品の五倍。なにより二年は待たないと買えないと言われており、ランバートに頼んでも手に入れられなかった希少な品だ。それをどうして姉が――。
「あ、ありがとう。ま、今日もらった中じゃそこそこね」
「そうなのね、ごめんなさい。エレナは小さい時からお化粧が好きだったから、喜んでもらえるかと思って準備したんだけど」
それじゃあね、と頭を下げ、アイリーンと銀髪の男がその場を立ち去る。一瞬にしてその場の空気を変えてしまった存在感にエレナが呆然としていると、やがて周囲からひそひそと嬉しそうな声が聞こえてきた。
「見た⁉ 今のヴァンフリート男爵様よね⁉ ほらあのすごく強いって噂の」
「怖い方かと思ったらものすごく美男子なのね。素敵だわ~」
「隣にいたのは婚約者のアイリーンか? しばらく社交界で見ていなかったが、見違えるように綺麗になってるじゃないか……」
「ヴァンフリート領って今人気なんでしょう? なんでも素敵なホテルがあるっていう」
「デュナン商会が新しく工房を作っているという話ですわ。そうそう、アクスタってご存じ? 絵を描いたガラスを張り合わせた置物なんですけども、これが本当によく出来ていて――」
(な、なんなのよ、これっ……‼)
今日は自分が主役のはずなのに、なぜか姉夫婦が注目を集めている。
いつもの陰気な格好で大勢の前に呼びつけて、幸せな結婚をするわたしとの圧倒的な差を見せつけるために『わざわざ』招待したというのに。
(ていうか隣にいたのって……もしかして前にお姉様を迎えに来た熊男⁉)
あの時は冬眠明けの熊みたいな粗野な見た目だったのに、髭を剃っただけであんなに見違えるなんて。それにヴァンフリート領は食べるものすら困るほど貧乏だと聞いていたのに、この化粧品を見る限りとてもそうは思えない。
(お姉様のくせに……ずるい……!)
自分の着ているドレスが急に安っぽく見えてしまい、エレナはぶちぶちっとスカートに付いていたフリルをむしり取る。そのまま周囲の人々からの視線を集める姉の後ろ姿をじーっと睨みつけ続けるのだった。




